殿下、手遅れです
「ティナ・コルトナード・ダズナス。なぜ、ここに呼ばれたかわかるか」
静まり返った王宮の大広間で、バルト王太子の声が響き渡る。
「わかるな?」
周囲はヒソヒソと、中央に立つティナではなく王太子を見上げた。
「わかるだろう?」
「御用件を」
全員が注目する中で、バルト王太子は口を開いた。
「まあいい。まず、君の父上であるダズナス公爵家が管理してきた国境間近にある領地についてだ」
「……」
「あの土地は本来、王家管轄の領地だということは知っているな?」
「存じ上げております」
「今日までダズナス公爵家に管理運営を任せていたが、今日限りであの領土は没収とする」
「……」
「あそこは代々農産物が盛んでな。我が国の食、そして諸国に対する貿易の拠点ともなっている土地だ。それを貴様らダズナス家の者がしっかり管理しないせいで、ここ最近は著しく収穫も衰え、税収もろくに納めきれていないという状況になっている」
バルト殿下はマントから片腕を振り上げた。
「貴様らダズナス家に、これ以上あの土地を任しきれん!」
ティナはただジッとバルト殿下を見上げている。
「ふふ、そう慌てるな。まだまだ話はこれからだ」
バルト殿下はくるりと翻し、座り直すと、果敢に腕を組んだ。
「次に、お前と婚約したときに贈った歴史的価値のある宝飾品パーネット。あれは元々、王家ゆかりの物であることはさすがに知っているな?」
「存じ上げません」
「ふん、公爵家の令嬢でこの程度か。これだからこの国の貴族は底が知れているなどと諸国から失笑されるのだ!」
「申し訳ありません」
「まあいい。あの宝飾品についてだが、悪いがあれも返してもらう」
「……残念です」
「おっと、勘違いするなよ。僕が一度贈り物をした女性からそれを感情だけで奪い返す醜い男などと」
「ええ」
周囲はざわついている。いよいよ家臣の者も様子がおかしくなってきて、宰相は!宰相を呼べ!そんな声まで聞こえてきた。
だがバルト殿下は慌てない。むしろ微笑んで今度は足を組む。
「まだあるぞ。聞きたいだろう、ティナ」
「お聞かせください」
「というより。ここまで言えばさすがの鈍いお前でも察しはついているだろうがな。いいか、よく聞けティナ! 僕は君との婚約を破棄する!」
「……」
「声も出ないか。まあ、哀しむのは理由を聞いてからにしろ」
「続きを」
「僕はな、君の妹を愛してしまったのだ。可憐で愛想が良く、陽気で、社交性もある、あの麗しきプリメーラを!」
「……」
「君とは正反対、まさに妖精のような令嬢だ。彼女こそ、我が婚約者にして王太子妃となるに相応しい女性だ」
「婚約解消の旨、しかと承りました」
ティナはドレスの裾を摘みながら、堂々と、それでいて品のある美しい一礼をした。
「それではバルト王太子殿下。わたくしは、これで失礼いたします」
ティナが一礼から頭を戻したそのとき、大広間に数人の家臣と財務官、そして宰相が飛び込むようになだれ込んできた。
「バルト殿下、お待ちを」
「なんだ、騒々しいぞ」
「ダズナス家から没収を宣言した土地についてですが、殿下のおっしゃいます通り、確かに古くから歴史があり、本来は王家の直轄領であることに相違ございません」
「相違がないなら下がれ」
「ですが、そもそも近年は領民の高齢化が進んでおり、それに伴って税収も乏しく、農産物もそのほとんどが領民の自足分として賄われているような状況にあります。王家が直轄領として管理するには圧倒的に人手が足りず、没収というのは」
「こいつらダズナス家が無能だからだ! 高齢化が進んでいるなら、なぜもっと早く政策を打ち出さなかった!」
「ダズナス家からの政策案を却下してきたのは王家でございます殿下。衰退してく土地に使う金はないと。こちらに殿下の署名も入っております」
「ぐぬ!」
「なお、今まではティナ様が未来の王太子妃として王家の公務の傍ら、率先して自らが畑を耕し、それに同調した若者たちの手伝いが常習化していたからこそ安定していたのです」
「うるさい! な、なんだ、財務官まで!」
「バルト殿下。殿下がお贈りした宝飾品ですが、あれは元々ダズナス公爵家から王家に贈呈されたお品です」
「それがどうした!」
「贈呈式も行われた由緒ある宝飾ですが、その贈呈品を殿下はティナ様への『贈り物』として返却された形となっているのです」
「返却……だと?」
「はい。さすがに、これを返せは通りません」
「な、なんださっきから!どいつもこいつも! 貴様ら、僕のやり方に文句があるのか!」
うろたえる家臣や財務官であったが、ここで大広間の中央階段を「コツ、コツ……」と一歩ずつ踏みしめる音がした。
バルト殿下も、財務官も、家臣も、そして周囲も、思わず見入った。
「文句などございません。婚約解消の申し出は謹んでお受けいたしますし、殿下がおっしゃるのであれば、ダズナス家は領地を返上、パーネットも御返しさせていただきます」
ティナの歩みは止まらない。
気付けば祭壇上まで上り詰め、バルト殿下と片腕ほどの距離にいた。
「しかし一つだけ。これだけは申し上げます」
ティナはバルト殿下を見つめた。
「殿下がお見初めになった我が妹プリメーラは、先刻、モラージュ王国の第一王子が娶られました」
「え?」
「わたくしも、向こうで暮らさないかと打診を受けておりましたが、殿下の婚約者としての立場や、王家からお授かりしている領地がありましたので、本日まで見送ってきました」
「……ティナ……?」
「ですが領地は没収。婚約も破棄とのことですので、わたくしもこれで隣国で羽を伸ばせるようです」
「ま、待て!」
バルト殿下は勢いよく立ち上がった。
「違うのだ、ティナ! まずは落ち着いてくれ!」
「はい」
「ど、どれも、悪気があった訳じゃない! 領地の件は、あれは本当にそのような土地だと知らなかっただけで、ダズナス家が領地を食い物にしているかもしれないと懸念したからだったのだ!」
「……」
ティナは踵を返した。
「ま、待ってくれ! 宝飾品の件も、贈呈品だと知らなかったのだ! 君に良く似合うだろうなと思い、店で購入したことにした……。君に少しでも格好良く見られたかったのだ。わかるだろう!?」
止まっていたティナだったが、再びコツ、コツと床を鳴らしはじめる。
少しずつ遠ざかっていく背中を見ながら、バルト殿下は声を振り絞った。
「だから、婚約破棄を! 婚約解消……を!」
声量が著しく小さくなっていく。
ティナはもう一度だけ振り返った。
「なんでしょう」
「先ほどの婚約破棄は愛情の裏返しというか、君の妹は確かに美しいが、僕の婚約者は君であり、僕が本当に愛しているのは君だけなのだ! そう……つまり、正式に婚姻しようという愛の宣告の裏返しだったわけで!」
「殿下」
もう振り返ることはない。
「手遅れです」
ティナは再び階段を下りはじめ、そして静かに立ち去った。
「ティナぁぁ!!」
そのままダズナス家へと戻り、済ませていた支度を手にしたティナは、隣国のモラージュ王国へと向かった。
「お姉様!」
翌週に控えた妹の婚姻式に向け、関係者は王宮ではなく隣国の屋敷で飾り付けに精を出していた。
その中で、プリメーラは誰よりもいち早くティナの姿を見つけた。嬉しそうに裾を捲り、駆け寄ってくる。
「良かったです。お姉様が無事こちらに来ることが出来て」
「ええ」
「でも、どうやってバルト殿下との婚約を解消してきたのですか?」
「……秘密です」
ティナは、にこっと微笑んだ。




