表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17番を継ぐ日まで ―消えた天才の成長譚―  作者: 道雪ちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/20

産声

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

上田の街が、夕陽によって燃えるような茜色に染まり始めていた。


夕食前、リハビリがてらアパートを出た隼人の足は、自然とあの場所へ向かっていた。


上田城跡公園。


かつて真田氏が強大な敵を2度にわたって退けた、難攻不落の城跡。


今は市民の憩いの場となっているその公園には、歴史の重みと、信州の澄んだ空気が満ちていた。


杖こそ手放しているが、左足の親指と人差し指に力が入らない独特の違和感は消えていない。


砂利道を踏みしめるたび、その「不自由」が意識の端に引っかかる。


それでも、日常生活を送れるまでになった自分の足に感謝しながら、隼人は広い公園内を歩いた。


やがて、壁当てに最適な、人影のまばらなスペースを見つけた。


周囲には数人の散歩客がいる程度だが、球が逸れれば危険だ。


隼人は周囲を注意深く見渡し、安全を確認した。


右手には、リハビリの間、片時も離さなかったあのボール。


そして左手には、莉奈から手渡された漆黒の『IZUMO』。


隼人は立ち止まり、深く息を吐いた。


「……やるか」


痺れが残る左手に、ゆっくりとグローブをはめる。


手首から先、特に親指と人差し指に麻痺があるため、新品の革の硬さが通常よりも強く感じられた。


指先に力を込めても、グローブを完全に閉じ切ることはできない。


けれど、宮澤さんが隼人のために用意してくれたこの相棒は、冷たく、それでいて力強い意志を宿しているように思えた。


しっかりと「壁」を作るイメージ。


父・誠一郎から口を酸っぱくして教えられた、ピッチングの根幹。


それを右投げ用に変換し、心の中で繰り返す。


まずは立ち投げから始めた。


フォームは気にせず、両足を地面にしっかりとつけたまま、腰の捻りと右腕の振りだけでボールを放る。


「……っ!」


グローブをはめた左手を胸元に引き込む動作の際、麻痺のある指先がわずかに遅れる。


繊細な感覚が欠落していることが、強い違和感となって隼人を襲う。


それでも、何球か繰り返すうちに、右腕の筋肉が徐々に熱を帯びてきた。


事故前のトレーニング。


父は「体のバランスを整えるため」と、左右均等なスローイングやシャドウスローを日課にさせていた。


そして覚醒後の半年間。


ベッドの上で、あるいは車椅子の上で、右手で数万回も繰り返してきたスナップとリリースの練習。


今、右手に残るこの感覚は「未知」ではない。


自分が自分であるために、暗闇の中で育て続けてきた「知っている」感覚だ。


隼人は静かにセットポジションに入った。


脳内にあるのは、鏡写しになった父・誠一郎の、あの完璧なフォーム。


「ふぅ……」


右手の指先が、軟式ボールの縫い目をしっかりと捉える。


渾身の力を込め、右腕を大きくしならせた。


これ以上ないほど鋭く腕が振られ、指先がボールを完璧なタイミングでリリースする。


しかし、その直後だった。


右腕のエネルギーを支え、地面を強く踏み込むはずだった左足。


その踏み込みの衝撃を受け止めるべき親指と人差し指が、麻痺のために地面を掴みきれず、外側へと逃げた。


「っ……!?」


バランスを司る微細な軸が崩壊する。


逃げ場を失った慣性が、隼人の体を無残に宙へ投げ出した。


――ドサッ!!


激しい音を立てて、隼人は土の上に叩きつけられた。


右肩、そして顔の右側を冷たい地面に擦り、砂のざらついた感触が皮膚を刺した。


「……くっ……」


たった2本の指。


その僅かな不自由が、完璧だと思えたイメージを無残に破壊する。


神様が俺に与えた、残酷な現実の重み。


汚れがついてしまったグローブを見つめ、隼人が絶望に近い溜息を漏らした、その時だった。


『ピコンッ』


静まり返った公園に、自分にしか聞こえない電子音が響く。


視界の隅、半透明のウィンドウが、茜色の空の下で青白く発光した。


【通知:ステータスが更新されました】


■ 橘 隼人

【投打】右投左打


◆投手能力

球速: 89km/h (成長率:S)

制球力: F (成長率:A)

スタミナ: F (成長率:S)

変化球: ?:G (成長率:A)


◆野手能力

ミート: F (成長率:B)

パワー: F (成長率:A)

敏捷: F (成長率:C)

肩力: F (成長率:S)

守備力: F (成長率:B)

捕球: F (成長率:E)


◆ポジション適正

投手:S / 1塁:E / 外野:E


◆スキル

観察眼: 能力や状況を冷静に分析する。

不屈: 逆境下において精神的摩耗を大幅に軽減する。

勇気: プレッシャーのかかる場面を跳ね除け、本来の力を引き出す。


「……え?」


隼人は倒れたまま、その文字を凝視した。


投手としての成長率『S』。


左腕の能力が『F』へと落ちぶれたあの日、俺の投手人生は終わったと思っていた。


けれど、システムは今、右腕で一球を放った俺を「投手」として全肯定している。


絶望の淵にいた隼人の心に、小さな、けれど消えない火が灯った。


「……っ……ふぅ」


痛みと土を払い、隼人はゆっくりと立ち上がった。


その時だった。


「ひゃははは! お前なんだよ、だっせぇな!」


少し離れた場所から、小馬鹿にするような笑い声が聞こえてきた。


数人の不良少年たちが、こちらをニヤニヤと眺めている。


その中の1人が、肩を揺らしながら歩み寄ってきた。


175センチの隼人とほぼ同じ身長。


Tシャツ越しでもわかるほど、体格が良く、鍛え上げられた肉体をしている。


「なんだよお前。投げ方だけは綺麗なくせに、最後でバランス崩してやんの。無様な格好だな。野球、教えてやろうか?」


少年は挑発的に笑いながら、隼人を覗き込んだ。


「……ちょっと怪我をしててね。今はリハビリ中なんだ」


隼人は怒ることもなく、静かに答えた。


「ふーん、リハビリねぇ……。ま、せいぜい頑張んなよ」


少年は興味を失ったように鼻を鳴らした。


隼人はその少年を気に留めないふりをしながら、無意識にスキル『観察眼』を発動させていた。


そして、その視界に映し出された数値に、思わず目を見開いた。


■ 櫻井 蓮司

【年齢】14歳(中学2年生)

【投打】右投右打

◆野手能力

ミート: E (成長率:B)

パワー: D (成長率:S)

敏捷: F (成長率:D)

肩力: D (成長率:S)

守備力: E (成長率:A)

捕球: E (成長率:S)


◆ポジション適正

捕手:S / 一塁:F


◆スキル

鉄壁:ワンバウンド、暴投、変化球の逸れに対する反応補正、ブロッキング成功率大

鉄砲肩:送球の初速が速く正確

豪打:ミート時の打球速度上昇。フルスイング時の長打率上昇。インパクト時の芯補正上昇。


(捕手適正……S? それに、このスキル……)


信じられないような数値だった。


この年齢で、これほどのポテンシャルを持った選手が、こんなところで不良として燻っている。


「……勿体ないな」


小さな呟きは、遠ざかっていく少年の耳には届かなかった。


「おい、お前。そういえば見ねぇツラだな。ここらへんの奴か?」


少年――蓮司が足を止め、振り返って聞いた。


「引っ越してきたばかりなんだ。来週から上田西中に通うことになってる。2年生だよ」


「なんだよタメじゃん。……まあいいや、頑張りな」


蓮司は仲間たちの元へ戻っていった。


隼人は再び、壁に向き直った。


今の転倒。左足の指が地面を掴みきれなかった原因を、冷静に分析していく。


(踏み込みの強さを、抑える。その分、腰の回転で代用すれば……)


二球目。


セットポジションから、先ほどよりも丁寧な体重移動を行う。


左足の親指と人差し指にかかる負担を調整し、力の逃げ道を計算に入れて腕を振る。


――スパァァンッ!!


コンクリートの壁に、心地よい「産声」が響き渡った。


初球とは比較にならないほど力強いボール。


その快音に、遠くで煙草を弄んでいた蓮司が、わずかに眉を動かして「ほう」と感心したような表情を浮かべた。


その後、隼人は何度も、何度も確かめるように壁当てを繰り返した。


右腕に残るしびれるような熱量。


それこそが、俺が生きている証だった。


「隼人ー! 迎えに来たよ!」


背後から、莉奈の声が聞こえてきた。


莉奈はしばらくの間、ベンチに腰を下ろして隼人の様子を見守っていたようだ。


その瞳には、かつて「天才」と呼ばれた頃とは違う、泥臭くも懸命に失った時間を取り戻そうとする息子の姿が映っていた。


「……お母さん」


隼人が壁当てを切り上げると、莉奈が優しく歩み寄ってきた。


「頑張りすぎないでね。でも、いい球だったよ」


「うん。……行こうか」


隼人は莉奈と共に歩き始めた。


右手の掌を握りしめると、そこには確かな「手応え」が残っていた。


アパートへ帰っていく2人の後ろ姿。


それを、薄暗くなった公園の隅から、櫻井蓮司は黙って見送っていた。


その瞳には、先ほどの嘲笑ではなく、何か得体の知れない熱が宿っているようにも見えた。


ブックマーク、リアクション、評価をしていただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ