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17番を継ぐ日まで ―消えた天才の成長譚―  作者: 道雪ちゃん


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20/20

火花

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

グラウンドに散った部員たちが、2人1組になってキャッチボールを始めた。


新入部員である隼人、蓮司、康介の3人の動きを、木山先生は腕を組みながらじっと見つめていた。


(……アップだというのに、1球ごとに目的を持って、確認しながら投げているな)


隼人は立ち投げの状態で、右手のスナップとリリースの感触を1つずつ確かめていた。


手首の角度、指先が縫い目を切る瞬間の抵抗。


あえて山なりのボールを投げ、滞空時間の中で指先がどうボールを制御しているか、脳内のイメージと現実の肉体を同期させていく。


時折、投げはしないが、かつての左投げのフォームを空中でなぞるように確認する。


その「左右の反転」こそが、彼の右投げを支える設計図だった。


その様子を、少し離れた場所で見ていた2年生のエース・山本は、不機嫌そうに鼻で笑った。


「……チッ、何チンタラやってんだよ」


隣の水野に聞こえるように毒づく。


さらに、カバーするために、捕球の際に必ず右手を添えて慎重にボールを捕りに行く隼人の姿を見て、嘲笑を深めた。


「おいおい、キャッチも両手かよ。あんなの素人じゃねぇの?」


キャッチボールの距離が徐々に伸び、遠投の段階へと移る。


コンビを組む相手の肩の強さによって、それぞれの距離に差が出始める。


隼人と組んでいるのは、強肩を誇る蓮司だ。


必然的に、彼ら2人の距離はグラウンドにいる誰よりも長く、遠くなっていた。


隼人の右腕は、その距離を全く苦にしていなかった。


放たれたボールは失速することなく、一直線に蓮司のミットへと吸い込まれていく。


やがて距離を縮め、素早い持ち替えを意識したクイックスローへと移った。


ここで隼人の課題が露呈する。


左手の指先に麻痺があるため、捕球から投球への「握り替え」を素早く行うステップが、どうしてもワンテンポ遅れてしまうのだ。


「……くっ」


苦い顔をする隼人に、蓮司がポンと下からボールを放り、近寄ってきた。


「気にすんな。ここまで出来てるだけでも上出来なんだからよ。焦って無理して、また怪我しても意味がねぇぞ」


「……わかってる。わかってるんだけどさ」


蓮司の気遣いに感謝しつつも、隼人は自分の思い通りに動かない指先がもどかしくてたまらなかった。


「先生! キャッチボール、終了しました!」


キャプテンの中島の報告を受け、木山先生がメガホンを構える。


「よし、次はバッティングだ! 1人ずつ回していこう。バッテリー陣はこっちに来なさい」


2年生の野手陣から打撃練習が始まる中、中島と山本のバッテリー、そして隼人と蓮司のバッテリーが木山先生の前に残された。


「君たちはこっちでピッチングをしてくれ」


先生に促され、校庭の端にある簡易的なブルペンへと向かう。


「カキーンッ!」という快音と部員たちの威勢のいい声が響く中、隼人はマウンド代わりのプレートの横で山本と並んだ。


「……おい、お前、本当に投げられんのかよ」


山本がボールを弄びながら、低い声で隼人を挑発した。


「ダッシュもトロトロ、キャッチも両手……。本当は素人なんじゃねえの?」


「……そう見えていたら、ごめん。でも、これが俺に今出来る精一杯のことなんだ。迷惑をかけて申し訳ないと思ってる」


口では謝ったものの、隼人の内側では、プライドが激しく波打っていた。


不意に、隼人の視界に山本の能力が浮かび上がる。


■ 山本 龍也

【投打】右投右打


◆投手能力

球速: 110 km/h (成長率:C)

制球力: E (成長率:C)

スタミナ: E (成長率:C)

変化球:

カットボール(F)

カーブ(F)


(……バランスがいいな。腹が立つけど、今はこいつがこのチームのエースなんだ)


隣のマウンドでは、山本が既に小気味よい音を立てて投げ始めていた。


隼人は全力で投げたい衝動を抑え、まずは蓮司を中腰で立たせ、アップの延長としてゆっくりとピッチングを始めた。


スパンッ!


柔らかい投球ながら、ボールがミットの芯を叩く心地よい音が、ブルペンに響き渡る。


「なんだよ、まだ座らせねぇのかよ」


山本が肩越しに茶化す。


「もう少し肩を作ってからね。自分のペースがあるから」


その淡々とした物言いが、山本のプライドを逆撫でした。


「やる気がないだけじゃねぇのか? やるならちゃんとやれよ! 中途半端にやるなら、さっさと辞めちまえ!」


山本の怒声が響き、木山先生と中島、そして蓮司が血相を変えて駆け寄ってきた。


「何があった!?」


木山先生の声に、中島は即座に山本を抑えにかかる。


一方、蓮司の目は鋭く据わり、一歩、山本へと詰め寄った。


「……やる気がない? お前、誰に口きいてんだ、あぁ?」


蓮司の纏う空気が、一瞬にしてかつての狂犬のような威圧感を取り戻す。


「蓮司、やめて!」


隼人が慌てて蓮司の腕を掴む。山本は不敵な笑みを浮かべ、さらに煽り立てた。


「おぉ? なんだヤンキー。真面目になるんじゃなかったのかよ」


「やめろ、山本!!」


中島の怒号が飛ぶ。


「僕の目には、橘くんは自分の身体の状態を見極めながら、非常に丁寧に調整しているように見えるがね。山本、何に不満があるんだ?」


木山先生の冷静な問いに、山本は忌々しそうに視線を逸らした。


「……いや、言い過ぎました。すいません」


「後で、皆できちんと話し合うんだ。……練習を続けて」


先生の言葉に従い、山本と隼人はそれぞれのマウンドに戻る。


しかし山本はボソッと、「……贔屓かよ」と聞こえるような声で毒づいた。


山本の言葉を無視し、隼人は中腰の蓮司に向かってボールを投じ続けた。


(落ち着け……落ち着け……)


自分に言い聞かせるが、隼人もまた、血気盛んな14歳の少年だ。


ましてや、エースという言葉の響きに敏感なピッチャーという生き物だ。


「……蓮司、座って」


「……おう、わかってるよ」


蓮司の返事を聞き、隼人は隣の山本をチラリと見た。


「山本。……とりあえず、今俺がやれるだけのことはやるから」


そう告げると、隼人はゆっくりとプレートを踏み、大きく振りかぶった。


ワインドアップ。


左足を高く上げ、麻痺のある指先で地面をギリギリまで掴む。


そこから、研ぎ澄まされた右腕がムチのようにしなった。


バチィィィンッ!!!


「ナイスボール!!」


蓮司のミットが、これまでの調整とは明らかに違う、破裂するような音を奏でた。


(……あいつもピッチャーだ。あんなこと言われて、腹が立たねぇわけがねぇよな)


ミットに伝わる重い衝撃を感じながら、蓮司は隼人の心の中にある、消えない「闘志」を確信していた。


「……今の球は、すごいね」


木山先生が、中島と共に目を丸くして近づいてくる。


「山本より速いんじゃないか……?」


「そうですね。僅かかもしれませんが、初速と終速の差がほとんどない……球の質が、違います」


中島の言葉通り、隼人のストレートは、リリースの瞬間に強く切られた回転数が、打者の手元で「伸びる」という現象を引き起こしていた。


「……でも先生、まだまだっすよ。あいつのポテンシャルは、こんなもんじゃない。小学生の頃の方が、もっとエグい球投げてましたから」


蓮司の言葉に、木山と中島は驚きを隠せない。


「……小学生で、これより速かったの?」


「全国大会で120km/hをマークしてました。怪我をする前の左なら、130km/h台は超えていたはずです。……あいつなら、右でもそこまで辿り着ける。俺はそう信じてます」


木山先生は、その言葉を黙って噛み締めた。


橘誠一郎を彷彿とさせる、しなやかで力強いフォーム。


そして、右腕へと転向してもなお失われない、圧倒的な球質の良さ。


(……橘誠一郎の息子。この子は、本当に日本野球界の至宝だったんだな)


隣で話を聞いていた山本は、返す言葉を失い、ただ黙々とボールを握りしめるしかなかった。


やがて、バッテリー陣にもフリーバッティングの順番が回ってきた。


中島と山本はさすが2年生というパワーを見せ、高い弾道で外野の頭を越える当たりを連発していた。


そして、次にバッターボックスに入ったのは蓮司だった。


隼人が蓮司の「本気」のバッティングを見るのは、これが初めてだった。


マウンドには、2年生の又川。


「いきまーす!」


シュッ――ボォンッ!!


「カキーン」という金属音ではなく、軟式球が芯で潰れるような、重低音の響く打球音がグラウンドを支配した。


放たれた白球は、圧倒的な放物線を描き、外野を軽々と越えていった。


「……すごいパワーだな。櫻井、お前、ブランクがあるって言ってたけど、バットは振ってたのか?」


中島の問いに、蓮司はヘルメットのツバを直しながらぶっきらぼうに答えた。


「んなわけねぇだ……いや、まぁ、たまにな。ここ最近は隼人とずっとトレーニングしてたからな。復帰するまではしっかり振り込んできたわ」


中島は「なるほどな」と感銘を受け、蓮司は「ありがとうございました!」と礼をして一塁の守備位置へと散った。


次に左打席に入ったのは、隼人だ。


右投げへ転向しても、バッティングは慣れ親しんだ「左打」のまま。


右足を少しだけ開き、バットのトップをスッと高い位置にセットする。


シュッ!


投げ込まれた球に対し、隼人は麻痺のある左足で地面をグッと掴み、溜めを作った。


インパクトの瞬間、理想的な体重移動でバットをアッパー気味に振り抜く。


キィィィンッ!


放たれたのは、鋭いライナー性の打球。それがライト線のフェアゾーン、ライン際にピタリと落ちた。


「……バッティングまで、これほどのレベルなのか」


中島が、もはや呆れたように呟く。


「ありがとうございました!」


隼人が打席を後にし、練習は最後のメニューであるノックとベースランニングへと移った。


やはり、久しぶりの本格的なチーム練習。


ノックで左右に振られると、疲労のせいか左足の踏ん張りが効かず、体勢を崩して土に膝をつく場面もあった。


(……ここだ。疲れた時にどう踏ん張るか。それが俺の今の限界で、これからの課題だ)


隼人は、土の匂いと共に、今の自分の肉体の「現在地」を刻み込んでいた。


練習終了。


夕闇が迫るグラウンドに、14名の部員たちが整列した。


「今日の練習は以上! 各自、今日の反省点を明日の練習に活かすように。……それと、山本と橘」


木山先生が、2人の名前を呼んだ。


「2人は、しっかりと話し合うように。お互いを理解することも、チームの力になる。いいな?」


「……はい」


「……わかりました」


2人の返事が重なり、本日の部活動は終了した。


解散の号令がかかった後も、隼人と山本の間に流れる空気は重いままだった。


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