目標への第一歩
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
「――ストラックアウッ!!」
審判の鋭い叫びが、東京新宿フィールドに響き渡る。
その瞬間、球場を埋め尽くした観客から、地響きのような歓声が沸き起こった。
全日本少年野球大会・決勝。
『瀬田ドリームス 4―0 仙台ホワイトスネークス』
最後の打者を空振り三振に仕留めた瞬間、キャッチャーの「ハイジ」こと灰島秀が、防具の音を鳴らしながら猛然とマウンドへ駆け寄ってくる。
一塁手の一樹、遊撃手の拓人、二塁手の莉緒……ダイヤモンドを守っていた仲間たちが次々と集まり、もみくちゃになりながら抱き合った。
歓喜の輪の中心で、隼人はふと顔を上げた。
2年前、憧れの父・誠一郎が最後の勇姿を見せたこのマウンド。
今、自分はその場所で、最高の仲間たちと日本一の景色を見ている。
隼人は眩い光の中で、人差し指を天高く、誇らしげに掲げた。
父の引退試合から2年。
6年生になった隼人は、身長168センチの恵まれた体格を武器に、東京の強豪『瀬田ドリームス』のエースとして君臨していた。
最速125キロ。
父譲りのしなやかなフォームから放たれる直球は、小学生レベルではもはや「打てるはずのない魔球」だった。
さらに3番打者としても打線を牽引する、世代トップクラスの評価。
――No.1サウスポー。
そう評価される存在になっていた。
チームを支えるのは、隼人だけではない。
女房役として冷静にリードし、自らも強打を誇る5番・ハイジ。
175センチの巨体から長打を量産し、守備でも抜群の器用さを見せる4番・一樹。
切り込み隊長として俊足好打を連発し、鉄壁の守備でヒットを阻む1番・拓人。
そして、小技とシュアな打撃で繋ぎ、女子選手とは思えぬ堅実な守備を見せる7番・莉緒。
この5人を中心としたドリームスは、まさに無敵の快進撃で全国の頂点まで駆け上がったのだ。
閉会式。
西日に照らされた人工芝の上を、隼人とキャプテンのハイジが歩み出る。
重厚な優勝旗と優勝杯を受け取った時、腕に伝わる確かな重みが「現実」であることを教えてくれた。
さらに、大会の最優秀選手(MVP)として隼人の名前が呼ばれる。
スタンドでは、父・誠一郎と母・莉奈が、盾を掲げる息子の姿に涙を浮かべて拍手を送っていた。
「……完成度が抜群だな。流石、橘ジュニアだ」
「フォームも父親そっくりだ。あれは間違いなく将来の日本を背負う逸材だよ」
「うちのシニアに欲しかったんだがなあ。やはり地元の瀬田に進むか」
ネット裏に陣取った各シニアチームの監督やスカウトたちが、手元の資料に目を落としながら、口々に隼人への賞賛を漏らしていた。
隼人、ハイジ、一樹、拓人の4名は、中学からそのまま強豪『瀬田シニア』への入団が内定している。
唯一、紅一点の莉緒だけは、「中学では野球を続けない」という選択を早くから周囲に伝えていた。
式が終わり、球場の外に集まった選手と保護者たちを前に、山岡監督が静かに口を開いた。
「――君たちが今日まで積み重ねてきた努力が、この優勝という形になった。だが忘れるな。これは決して一人で成し遂げたものではない。仲間を信じ、結束した結果だ。支えてくれた家族、そして共に戦った仲間への感謝を忘れずに、次のステージへ進んでほしい」
監督は一度言葉を切り、優しい眼差しで教え子たちを見つめた。
「ここがゴールじゃない。君たちの野球人生は、まだまだ先があるんだからな」
その言葉に、選手たちは力強く頷く。
「……そして、保護者の皆様。お子さんたちはこの大会を通じて、本当に大きく、強く成長しました。今日という日は、どうか目一杯褒めてあげてください。私は、この子たちを心から誇りに思います」
監督の言葉に、莉奈をはじめとする母親たちの目から、我慢していた涙が溢れ出した。
「さあ、帰って祝勝会だ! 今日は最高の喜びを全員で分かち合おう!」
「はいっ!!」
少年たちの瑞々しい返声が、夕暮れの空に溶けていく。
………
「ただいまーっ!!」
玄関のドアが開くのと同時に、隼人の元気な声が家中に響き渡った。
そのすぐ後ろから、迎えに行っていた母・莉奈が、愛息の背中を見守るように微笑みながら入ってくる。
「おかえり。隼人、本当によく頑張ったな!」
リビングから顔を出した父・誠一郎が、破顔一番、隼人の頭をくしゃくしゃと大きな手で撫でまわした。
「さあ、最優秀選手! リビングで今日の話をたっぷり聞かせてくれ」
「うん! お父さん、あのね――」
二人は並んでリビングのソファーへと向かう。
その弾んだ後ろ姿を見送りながら、莉奈がたしなめるように声をかけた。
「私だって色々聞きたいけど、隼人は疲れてるんだから。お父さん、ほどほどにしてあげてね?」
大きくなった息子の快挙を誇らしく思いつつも、母親としてその体調を気遣う莉奈。
しかし、隼人は振り返って満面の笑みを返した。
「お母さん、いいんだよ! 俺、お父さんに聞きたいことがいっぱいあるんだもん!」
それは橘家の日常だった。練習や試合が終われば、親子でその日のプレーを振り返る。
誠一郎がリビングのテレビに今日撮影したばかりの試合映像を映し出すと、二人の視線は一気に真剣なものへと変わった。
「隼人、今日見ていて何個かアドバイスがある。……ランナーが出ると、どうしても力押しのピッチングになるな。もっとバックを信じてもいいんだぞ」
「やっぱり、そうかな……」
「全力投球も魅力だが、上のステージではそれだけじゃかわせない場面が出てくる。力を抜く勇気、それも覚えないとな」
映像を一時停止させたり巻き戻したりしながら、「ここはどう感じた?」「この場面ならこう攻める」と熱い議論が交わされる。
その様子を、莉奈は「もう、本当に野球ばっかり……」と呟きながらも、幸せを噛みしめるような笑顔で眺めていた。
「あなた、山岡監督も言ってたでしょ? 今日はいっぱい褒めてあげなさいって」
「ははは、褒めてるさ! うちの自慢の息子が日本一なんだ。なあ、隼人!」
誠一郎が太い腕で隼人の肩を抱き寄せると、隼人も照れくさそうに、けれど誇らしげにニコニコと笑った。
だが、誠一郎の表情がふと、プロの顔に戻る。
「……隼人。これから軟式ではなく硬式になる。どうしても怪我のリスクが上がるんだ。ボールの重さも硬さも違う。普段からしっかり触って、指先の感覚を慣らしておくんだぞ」
「わかってるよ。お父さんも、時間があったらキャッチボールしてよ!」
「ああ、もちろんだ。約束だぞ」
隼人たちは、すでに入団が決まっている『瀬田シニア』の練習に、中学入学を待たずして参加することが決まっていた。
日本屈指の強豪チームからも「即戦力」として高い評価を受け、輝かしい未来は約束されている。
けれど、誠一郎の胸の内には、期待と同じだけの不安があった。
自分自身が何度も経験し、苦しんできた「怪我」。
息子には同じ思いをさせたくない。
焦らず、一歩ずつ、強靭な体を作ってほしい。
父の大きな掌には、そんな切実な願いが込められていた。
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