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17番を継ぐ日まで ―消えた天才の成長譚―  作者: 道雪ちゃん


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19/20

初練習

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

爽やかな風が吹き抜けていく。


朝、隼人は自分の背中にかかる心地よい重みを感じていた。


バックパックの中には、昨日買ったばかりの真っ白な練習着、手入れの行き届いたグローブ、トレーニングシューズ、そしてまだ土のついていない金属スパイク。


バットをバックパックのサイドに差し、それを背負って玄関に立つ。


「お母さん、行ってきます!」


「はい、行ってらっしゃい! 隼人、無理しすぎちゃダメよ」


莉奈の明るい声に見送られ、隼人は勢いよくアパートを飛び出した。


木山先生は昨日、隼人の家へ電話をくれていた。


莉奈に、隼人のこれまでの病状と、野球部への正式な入部、そして顧問として無理をさせない指導方針を丁寧に説明してくれたという。


莉奈からは「あんたがやりたいことなんだから、しっかり頑張りなさい」と、背中を強く叩かれた。


そして放課後。


隼人、蓮司、康介の3人は、狭い部室内で着替えを済ませ、姿鏡の前に並んだ。


「……康介はいいけど、蓮司の練習着姿、マジで見慣れないな」


隼人が思わず吹き出すと、康介も「たしかに」と笑って続いた。


「うるせぇよ! これから嫌っていうほど毎日見せてやるし、そのうち馴染んでくるんだからよ」


蓮司は不器用に帽子のツバを曲げ、鏡の中の自分を睨みつけるようにチェックしていた。


3人がグラウンドに向かうと、そこには既に野球部員たちが集まり、道具の準備を始めていた。


「チワッス!!」


真っ白な練習着に身を包んだ隼人たちを見て、その場にいた6名の部員たちが元気よく挨拶をする。


彼らの動きから、隼人は「たぶん、1年生だろうな」と推測した。


現在の上田西中野球部は、3年生が夏の大会を終えて引退し、2年生が5名、1年生が6名の計11名。


そこに隼人たち3人を加えた14名が、秋の大会へ向けた新生・西中野球部の全メンバーとなる。


見慣れない先輩たちと、学校一の有名人である蓮司の姿に、1年生たちは困惑と緊張を隠せない様子だった。


「お願いします」


隼人たちが落ち着いた声で返すと、その内の2人が康介と蓮司のもとへ駆け寄ってきた。


「康介くん! また野球やるんすね! 嬉しいっす!」


一人の少年が、康介に人懐っこい笑顔で話しかける。


隼人はじっくりと見るように、スキル『観察眼』を発動させた。


(……岡田真斗くん。ステータスはまだこれからだけど、敏捷が高いな。1年生でこれだけ動けそうなら、将来のリードオフマン候補かな)


「今更になっちゃったけどね。よろしく、真斗」


康介が優しく答える。


そしてもう1人、蓮司のもとへ突撃してきたのは、背の高い、細身の少年だった。


「蓮ちゃん!!」


「……っ、やめろ、太陽! 暑苦しいんだよ!」


少年が蓮司に抱きつくと、蓮司は鬱陶しそうにそれを引き剥がそうとする。


けれど、少年は満面の笑みを浮かべたまま離れようとしない。


(……桐原太陽くん。この子も蓮司の知り合いってことは、ファイターズ出身か。1年生でこの能力なら優秀だったんだろうな)


「2人とも、後輩なの?」


隼人の問いに、康介が頷いた。


「うん、岡田真斗。1個下の中では、上手い方だったよ」


「こっちは桐原太陽。……小学生の頃から、俺の後ろを金魚のフンみたいにくっついてくるんだわ。シニアに上がったと思ってたけど、西中の野球部だったんだな」


蓮司はため息を吐きながらも、どこか懐かしそうに桐原の頭を軽く小突いた。


「太陽、こいつは橘隼人だ。……お前なら、名前くらい聞き覚えがあるだろ」


隼人は、ファイターズという強豪チームにいた彼なら、自分の過去を知っていてもおかしくないと考えた。


「橘隼人です。よろしくね、桐原くん」


隼人が右手を差し出すと、桐原という少年の動きがピタリと止まった。


「……よろしくっす。……橘……橘……えっ!? いやいや蓮ちゃん、それは嘘だよ! いくらなんでも無理があるって!」


桐原の目が、これ以上ないほど大きく見開かれる。


その驚愕の声に、他の1年生たちも作業の手を止めてこちらを訝しげに見つめた。


「桐原、知ってるの? その人」


岡田が不思議そうに尋ねると、桐原は震える指で隼人を指さした。


「知ってるも何も……ありえないんだよ! あの『怪物』が、こんな田舎の公立中の部活にいるわけないもん! そもそも、橘隼人は……」


「……事故で怪我をしてね。それで母さんの実家があるこっちに引っ越してきたんだ」


隼人が静かに、けれど隠すことなく事実を告げる。


「事故って……大丈夫なんすか?」


「今は、こっちで投げてるよ」


隼人は右手を軽く上げて答えた。


隼人の「過去」を、そして彼が世代No.1サウスポーと呼ばれていたことを知る桐原は、その一言だけで、隼人がどれほどの絶望を乗り越え、どれほどの凄まじい努力をして右腕への転換を果たしたのかを理解した。


「……いや……すげぇっす……。蓮ちゃん……俺、あの橘と一緒に野球をやるんすね……」


桐原の瞳に、憧憬の熱が灯る。


「……と、言っても、隼人が言った通りだ。隼人も、俺も、康介も……野球から離れていたからな。今やっと、スタートラインに立ったところなんだわ。太陽、岡田、頼むな」


蓮司のその言葉に、2人は「はい!!」と弾けるような声で返事をした。



………



程なくして、2年生の5名と、顧問の木山先生がグラウンドに入ってきた。


「集合!!」


キャプテンらしき、がっしりとした体格の少年が鋭い声をかける。


部員たちは一斉に本塁付近へと集まり、整列した。


隼人、蓮司、康介の3人は、その1番端に並ぶ。


木山先生が列の前に立った。


「よし、今日から新たなメンバーを加えて、本当の意味でのスタートだ。まずは、9月の秋季大会・東信地区予選の1回戦突破を目標にしていこう。人数も14名になった。競争だぞ」


木山先生の指示が飛ぶ。


「アップをしてからキャッチボール、その後はバッティング、最後にノックだ。キャプテン、新入部員の3人に付いて、メニューを教えてあげなさい」


「ハイ!!」


部員たちの声がグラウンドに響く。


「じゃあ、新入部員の3人は前に出て、自己紹介を」


木山先生に促され、3人が整列の前に出る。


「2年2組、青木康介です。ポジションはセカンドです。早くチームの戦力になれるよう頑張ります。よろしくお願いします!」


康介が爽やかに頭を下げると、部員たちから温かい拍手が起きた。


「2年2組、櫻井蓮司……です。ポジションはキャッチャー。……色々あったけど、これからは真面目にやります。よろしくお願いします」


学校一の不良の入部宣言に、部員たちは戸惑いの表情を浮かべながらも拍手をしたが、桐原だけは、満面の笑みで誰よりも大きく手を叩いている。


「同じく2年2組、橘隼人です。ポジションはピッチャーです。皆に早く追いつけるよう精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」


隼人が元気よく挨拶すると、木山先生が補足するように口を開いた。


「この3人は経験者だ。けれど、それぞれブランクがあり、特に橘は大きな怪我からのリハビリ中でもある。皆、協力して、互いに高め合ってやっていくように。いいか?」


「ハイ!!」


木山先生の合図でアップが始まった。


キャプテンの「ランニング、開始!」という掛け声と共に、部員たちが校庭を大きく回り始める。


走り終わると、次はサイドステップ、前後へのダッシュというメニューへと移った。


3人1列のグループになり、次々とメニューをこなしていく。


隼人は最終組――キャプテンの中島、蓮司、康介の4人のグループに入った。


「隼人くん、大丈夫?」


後ろを走る康介が、隼人の左足を気遣って声をかける。


「大丈夫! 」


隼人は1本1本、しっかりと地面を噛んでいることを確認しながら、丁寧にダッシュを繰り返した。


一連のメニューが終わると、グラウンドの隅でストレッチが始まった。


その際、隼人たちのグループから少し離れた場所で、1人の2年生が不機嫌そうに声を漏らした。


「……なんだよ、あいつ。しっかり走れねぇのかよ」


声を潜めて言ったのは、現エースで2年生の山本だった。


組んでいる1年生の水野に愚痴をこぼす。


「先生、大きな怪我明けだって言ってたじゃないですか。仕方ないですよ」


水野がとりなすように言うが、山本の不満は止まらない。


「復帰するんなら、ちゃんと治してから来いよな。あんなノロノロ走られてたら、こっちの調子まで狂うわ。迷惑なんだよ、特別扱いはさ」


山本は、新入部員として入ってきた「橘隼人」という存在に、言い知れぬ不安を感じていた。


ピッチャー志望。


自分の背番号1が脅かされるのではないかという焦りが、棘のある言葉となって漏れ出していた。


水野は「まあまあ……」とそれ以上は何も言わず、ストレッチを続けた。



キャプテンの中島は康介と、隼人は蓮司とペアになり、互いの筋肉をほぐしていく。


「……まさか、青木が本当に復帰するとは思わなかったよ。それに、あのファイターズにいた櫻井まで連れてくるとはな」


キャプテンの中島洋平は、康介と同じ秋和ジャガーズ出身だった。


「ははは、僕も蓮司くんも、そのつもりは全然なかったんだけどね。全部、そこにいる隼人くんに影響されちゃったんだ」


康介が笑顔で隼人を指さす。


「あぁ、橘か」


中島が、隣で蓮司とストレッチをしていた隼人に声をかけた。


「橘、身体の方は大丈夫なのか? 無理はするなよ」


「うん、全力で走ったりするのはまだ様子を見ながらだけど……ゆっくりやっていくつもりだよ。気にかけてくれてありがとう」


「何かあったらすぐに言えよ! お前らが入ってくれて、チームに活気が出るよ。助かる」


中島は笑顔で、隼人の背中をポンポンと親しみ深く叩いた。


キャプテンのその明るい態度に、隼人は「いいチームに来られた」と心から安堵した。


「よし! 全員、ストレッチ終了! キャッチボール、開始!!」


中島の号令が響き、部員たちが一斉に2列に分かれて広がった。


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