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17番を継ぐ日まで ―消えた天才の成長譚―  作者: 道雪ちゃん


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18/20

面談

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

制服に身を包んだ隼人は、アパートの階段を下りる際、左足の指先でしっかりと地面を蹴る感触を確かめた。


あの城跡公園での特訓、千曲川の土手での泥まみれの練習。


そのすべてが、今の自分の肉体を支えている。


教室に入ると、夏休みを終えたクラスメイトたちの活気ある声が隼人を迎えた。


「おはよう、橘くん! 焼けたね!」


「隼人くん、おはよう!」


「おはよう!」


隼人は笑顔で挨拶を返しながら、自分の席へと向かった。


隣の席では、すでに蓮司がどっしりと座ってこちらを見ていた。


その前には、康介が椅子を逆向きにして座っていた。


「おう」


「隼人くん、おはよう!」


「おはよう、蓮司、康介。……今日、4時間目の木山先生の授業が終わったら、面談のお願いをしに行くからね」


隼人の言葉に、康介が力強く頷いた。


「僕たちも一緒に行くよ。たぶん、実際の面談は放課後になると思うけど、気持ちはもう固まってるからね」


「……始まるんだな。本当によ」


蓮司がポツリと、感慨深げに呟いた。


「なに? 蓮司くん、もしかして感動してるの?」


康介がニヤニヤしながら茶化すと、蓮司は「うるせぇよ!」と顔を赤くして立ち上がった。


蓮司は康介の肩を掴んでふざけて揺さぶり、教室の隅で笑い声が上がる。


その様子を見ていたクラスメイトの数人が、興味津々という顔で寄ってきた。


「何してるの? 何の話?」


「今日、木山先生に野球部の入部をお願いしに行くんだ。蓮司と康介と一緒にね」


隼人が答えると、クラスメイトの1人が驚いたように声を上げた。


「えっ、青木くんも?」


「康介も、元々は小学校で野球をやってたんだわ。こいつ、実は上手かったんだぞ」


蓮司が誇らしげに言うと、周囲からは「へぇー! 知らなかった!」と驚きの声が漏れた。


「でも、僕はブランクもあるしね。この3人で、同じ位置から再スタートってこと。……よろしくね、隼人くん、蓮司くん」


「おう」


「そうだね。ここからだよ、俺たちの野球は」


クラスメイトたちは、「応援してるよ!」「試合、絶対観に行くね!」と口々に温かい言葉をかけ、それぞれの席へと戻っていった。


かつて「怖い不良」として避けられていた蓮司が、今ではこうしてクラスの輪の中に溶け込んでいる。その変化が、隼人には何よりも嬉しかった。


そこへ、担任の高畑先生が元気よく教室に入ってきた。


「皆、久しぶり! おぉ、夏休みを越えて、なんだか少し大人になったんじゃない?」


「わかる? 美月ちゃん!」


「美月ちゃんは相変わらずだね!」


生徒たちの茶化すような声に、高畑先生は「はいはい、先生をちゃん付けで呼ばない!」と笑いながら教卓を叩いた。


「さぁ、今日から新学期だよ。夏休み気分は今日でおしまい。しっかり頑張っていこうね!」


チャイムの音が、新しい日常の始まりを告げるように、高く、澄んだ音色で響き渡った。



………



授業は順調に進み、4時間目の歴史。野球部の顧問でもある木山先生の授業が、終わりの時間を迎えた。


「はい、今日はここまで。重要な部分は黒板に残しておくから、しっかりノートに取っておくんだよ!」


木山先生が資料を抱えて教室を出る。それを見逃さず、隼人、蓮司、康介の3人は席を立ち、その後を追った。


「木山先生!」


廊下に出たところで、隼人が呼び止める。


「おぉ、橘くん! ごめんごめん、忘れてないよ。夏休みが明けたら入部の話をしたい、って言っていたね」


木山先生は足を止め、3人の顔を順に見つめた。


「放課後、この教室で面談ということでいいかな?」


「はい! よろしくお願いします!」


隼人が元気よく答えると、その隣で康介が1歩前に出た。


「先生。隼人くんと蓮司くんだけじゃなくて……僕も、野球部に入りたいです。一緒に面談、お願いします」


康介が深々と頭を下げると、木山先生は「おぉ!」と驚き、それから破顔した。


「青木も入ってくれるのか! それは嬉しいなぁ。経験者なのかい? あ、いや、それは面談の時の楽しみに取っておこう。じゃあ、また後でね!」


木山先生が軽やかな足取りで去っていく。


残された3人の間には、心地よい緊張感が漂っていた。


「……あぁ、なんか、急にドキドキしてきたよ」


康介が自分の胸に手を当てて、ふぅ、と息を吐く。


「緊張することねぇだろ。入部自体はもう確定してるようなもんだしよ」


「違うよ蓮司くん。……いよいよなんだよ。またユニフォームを着て、グラウンドで野球をするんだ」


康介の言葉に、隼人も頷いた。


隼人が最後に野球部として活動したのは、中学1年の4月。


蓮司と康介にとっては、小学6年の引退以来のことだ。


「ドキドキっていうか、わくわくだね。でも、やるべきことはこの夏休みでしっかりやってきた。蓮司と康介がいれば、そこがグラウンドだろうが、いつもの公園や土手だろうが、やることは変わらないよ。……楽しみだね、俺たちの野球部生活」


隼人が笑って言うと、蓮司も「……そうだな。やることは変わらねぇ。気合入れてやるだけだ」と笑みを浮かべた。


3人は教室に戻り、給食を食べながら、「どんな質問をされるかな」と、まるで作戦会議のように賑やかに語り合った。



………



放課後。


掃除の時間が終わり、クラスメイトたちが「面談、頑張ってね!」と声をかけながら教室を去っていく。


ガランとした教室。


午後の柔らかな光が机の上に影を落とす中、3人は木山先生を待っていた。


「……なぁ、今日この後、練習着を買いに行かないか?」


「いいね。野球部のみんなに早く追いつきたいよね」


そんな話をしていた時、教室のドアがカラリと開いた。


「お待たせ! ごめんね!」


木山先生が椅子を引いて、3人と向き合うように座った。


「よし、それじゃあ面談を始めようか。……誰からいく?」


「じゃあ、僕からお願いします」


康介が背筋を伸ばして名乗り出た。


木山先生は手元のメモを広げ、「よし。青木は、どうしてまた野球をやろうと思ったんだい?」と優しく尋ねた。


康介は、かつて『秋和ジャガーズ』で野球をしていたこと。


中学では一度離れたが、転校してきた隼人や、かつてのライバルだった蓮司が必死にトレーニングをする姿を見て、もう1度、今度は自分の意志で真剣に野球に向き合いたいと思ったことを、飾らない言葉で伝えた。


「ありがとう、よくわかったよ。……次は?」


「俺、いきます。お願いします」


蓮司が短く、けれど力強く言った。


「櫻井……なんだか、顔つきが変わったな。夏休み、しっかり鍛えてきたのか?」


「はい。やれることはすべてやってきました。……先生、今までのこと、本当にすいませんでした。でも俺、こいつらと、本気で野球がやりたいんです。もう、絶対に迷惑はかけません」


蓮司は、かつて県内強豪の『上田ファイターズ』で捕手をしていたこと。


母がいなくなった寂しさから自暴自棄になっていたこと。


けれど、絶望的な怪我から立ち上がろうとする隼人と出会い、自分も変わりたいと強く願うようになったことを、一言一言、噛み締めるように話した。


「……うん、わかった。過去のことは、他の人が何と言うかはわからない。けれど、僕はこれからの君に期待しているよ。期待させてくれ、櫻井」


「……っ、ありがとうございます!」


蓮司が深く頭を下げる。その目には、決意の光が宿っていた。


「最後に、橘くんだね」


木山先生の視線が、隼人に移る。先生の表情が、少しだけ真剣なものに変わった。


「まず、身体の状態……怪我のことを詳しく教えてくれるかな?」


「はい。事故の後遺症で、左手と左足の親指、そして人差し指に軽い麻痺が残っています。日常生活には支障ありませんが、激しい運動や疲労が溜まると、指先の感覚が鈍くなり、動作に遅れが出ることがあります」


「……そうか。ならば、無理は禁物だ。医師の診断や親御さんの意見を聞きながら、メニューを調整していこう。……入部を断るつもりはないから、安心していいよ」


木山先生の言葉に、隼人は胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます。……俺、小学校の時に全国大会で優勝したんです。瀬田ドリームスというチームでした」


「えっ!? 全国優勝……! それはすごいな……」


「そのチームのエースで、大会MVPです。俺も見ていたんで、間違いありません」


蓮司が補足すると、木山先生は言葉を失った様子で隼人を見つめた。


野球界でも名の知れた逸材が、今、目の前にいるのだ。


「……でも、中学1年の4月。父の仕事について行こうとして、迎えに来てくれた父と歩いている時に……車が、突っ込んできました。ニュースにもなったので、ご存知かもしれませんが」


「ニュース……?」


「元東京ファルコンズの、橘誠一郎が亡くなった事故です。誠一郎は、俺の父です。……俺を庇って、死にました」


教室内の空気が、凍りついたように静まり返った。


「話させてしまって、すまなかったね。……辛かっただろう」


木山先生の声が、微かに震えていた。


「いえ……。俺、8か月間も意識がなくて、目が覚めた時、自分の体が思うように動かないのを知って、もう全部終わりだと思ったんです。野球なんて、二度とできないって」


隼人は、少しだけ遠くを見るような目をした。


「でも……意識がない間、ずっと夢を見ていたんです。父さんと、グラウンドで練習している夢。……目が覚めてからも、俺はどうしても野球を諦められませんでした。だから、死ぬ気でリハビリをして、左がダメなら右で投げればいいって……そう思って、ここまで来ました」


「……わかるよ。夏休み前に見た君より、今の君の体は、見違えるほど厚くなっている。君がどれほどの覚悟でこの夏を過ごしてきたか、その目が物語っているよ」


木山先生はそう言うと、カバンの中から3枚の紙を取り出し、机の上に置いた。


「教えてくれてありがとう。……さぁ、これを受け取ってくれ」


それは、待ちに待った『入部届』だった。


「これを書いて、明日、職員室に提出しに来なさい。明日から正式に練習に参加してもらう。……橘、櫻井、青木。道具と、練習着を忘れないようにね。一緒に頑張ろう!」


「はい!! ありがとうございます!!」


3人の張りのある声が、放課後の教室に響き渡った。


木山先生が去った後、隼人は手元の入部届を、宝物のようにじっと見つめた。


「よし! 1回帰って、練習着を買いに行こうぜ!」


「おう!」


「あはは、楽しみだね!」


夕暮れの上田の街を、3人は駆け抜けた。


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