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17番を継ぐ日まで ―消えた天才の成長譚―  作者: 道雪ちゃん


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17/20

夏休み最終日

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

夏休み最終日、河川敷。


そこには隼人、蓮司、康介の3人だけでなく、さらに8人の少年たちの姿があった。


彼らは蓮司の「元」不良仲間たちだ。


普段はそれぞれの中学校で「ろくでもない不良」とレッテルを貼られ、大人たちからは白い目で見られている少年たち。


けれど今、彼らは額に大量の汗を浮かべ、泥にまみれながら、必死に白球を追いかけていた。


野球未経験の彼らには、華麗な守備も正確なノックもできない。


けれど、空振りしては笑い、暴投しては全力で走り、隼人たちの練習を支えていた。


彼らの中には、自分たちの溜まり場ではタバコを吹かしている者もいるだろう。


けれど、この河川敷の空き地において、隼人たちの前で紫煙をくゆらす者は1人もいなかった。


それは、不自由を抱えながらも死に物狂いで腕を振る隼人への、そして、本気で野球に戻ろうとしている「蓮ちゃん」こと蓮司への、彼らなりの不器用で真っ直ぐな敬意の表れだった。


「へーい! 次、蓮ちゃんいくぞ! 覚悟しろよ!」


慎吾という、蓮司と1番仲のいい少年が、慣れない手つきでノックバットを振るった。


カンッ、と乾いた音を立てて放たれた強烈なゴロが、蓮司の正面を襲う。


「……っ!」


蓮司はそれをミットに収めきれず、ボールが跳ねる。


「へいへーい! しっかり捕れよ、名捕手様!」


「蓮ちゃん、今の取れないとかダサすぎだろ!」


周囲から野次が飛ぶ。


けれどそれは冷たい嘲笑ではなく、場を盛り上げ、連帯感を高めるための心地よいスパイスだった。


「るせぇ! もう1丁だ!」


蓮司が吠える。


続く打球は、乾いた土の上でイレギュラーに跳ねた。


蓮司は咄嗟に体を投げ出し、ミットではなく胸でその衝撃を受け止めた。


「ナイスファイト!!」


「今のマジでかっこよかった!」


仲間たちの声が、青空に吸い込まれていく。


この夏休みの間、こうして人数は日によってまちまちだったが、彼らは欠かさず練習を手伝いに来てくれた。


グローブを持っている者もいれば、軍手や素手でボールを拾う者もいる。


彼ら自身が今後、野球部に入ることはないかもしれない。


それでも、彼らはこの「橘隼人のリハビリ」という場に、自分たちの居場所を見出していた。


ノックが終わると、いよいよ今日のメインイベントであるピッチング練習が始まった。


バッターボックスには、康介と、未経験ながら体格のいい慎吾が交互に入る。


「……よし。来い、隼人!」


蓮司がホームベース代わりの石の上にどっしりと腰を下ろし、漆黒のミットを構えた。


隼人は深く息を吐く。


8か月の空白、そして麻痺。


この夏、彼は幾度となく地面を掴めず転倒し、泥を舐めてきた。


その度に蓮司の手を借り、康介の分析を聞き、立ち上がってきた。


隼人はゆっくりと腕を上げ、ワインドアップの姿勢に入った。


左足を高く上げ、支点となる右足で、土を噛む。


溜めたエネルギーを、一気に右腕へと解放した。


シューッ――!!


ボールが空気を切り裂く、独特の回転音が周囲に響く。


スパンッ!!!


蓮司のミットが、これ以上ないほどの快音を鳴らした。


糸を引くような、綺麗なストレート。


「……っ、ナイスボール!!」


康介が思わず声を上げた。


「アウトローにビタビタだ。……隼人くん、今の、絶対110キロ超えてるよ」


隼人は、自分の右手の感触を確かめた。


指先から離れる瞬間の、手応え。リリースでの押し込み。


それは、お辞儀するように失速するような球ではない。打者の手元でさらに加速するような、回転数の極めて高い110キロだった。


■ 橘 隼人(14歳)

球速:113 km/h

制球力:E

スタミナ:E



「球速、戻ってきたな……」


隼人は小さく呟いた。


まだ中学時代の父の速度には遠く及ばない。


けれど、右腕としての「産声」は、今、確かな咆哮へと変わりつつあった。


「いいぞ隼人! 次!」


蓮司が指を2本、下に向けた。


隼人は頷き、再びワインドアップの姿勢に入る。


今度はボールを持つ右手を、空中でチョップするように鋭く振り下ろした。


クッ……スパンッ!


放たれた球は、バッターの慎吾の手元で僅かに外側へ滑り落ちた。


夢の中で、父・誠一郎から何度も何度も教え込まれたスライダーの軌道。


この夏、ようやくその断片が、右腕からも放たれるようになったのだ。


「……今の、どうだった?」


隼人が少し不安げに尋ねると、蓮司は興奮を隠しきれない様子で立ち上がった。


「まだバッター相手に完璧に使いこなすには時間がかかるだろうけど……今の状態でこの曲がり方は上出来だ! 」


「いや、俺は無理だわ。今の、絶対打てねぇもん」


慎吾が呆然とバットを杖にして立ち尽くす。


「当たり前だろ、このド素人! 隼人の球を打とうなんて100年早いんだよ!」


周囲からの野次に、慎吾は「うるせぇ!」と笑った。


そこへ、河川敷の堤防を降りてくる2人の女性の姿があった。


莉奈と、康介の母である恵子だ。


「みんな、お疲れ様! 差し入れ持ってきたわよ!」


莉奈がスポーツドリンクと、大量のおにぎりが入った袋を持ってやってきた。


「こんちわっす!」


不良たちが、まるでお腹を空かせた子供のように集まってくる。


「みんな、本当にありがとうね。隼人のためにこんなに集まってくれて」


莉奈が1人ひとりに丁寧におにぎりと飲み物を手渡していく。


青空の下、青い芝生の上に、全員が輪になって座り込んだ。


「……なんだか、康介が小学校の頃を思い出しますね」


恵子が、おにぎりを頬張る少年たちを眺めながら、感慨深げに莉奈に語りかけた。


「本当ですね。格好は少しやんちゃそうに見えるけど……みんな、純粋な野球少年みたい」


莉奈の言葉通り、そこには「不良」と「一般生徒」の壁など存在しなかった。


あるのは、1つの白球を追いかけ、1人の仲間の復活を願う、ありふれた、けれど最高に贅沢な青春の景色だった。


「隼人、食べ終わったら再開するんでしょ?」


「うん。もうちょっとだけ投げ込みたいんだ」


「ごちそうさまでした!」


蓮司が1番に立ち上がり、それに続いて不良たちも次々と声を揃えた。


「よーし、じゃあ俺らは球拾い再開だ! 蓮ちゃんをビビらせるくらいのノック、頼むぜ慎吾!」


「任せとけ!」


笑顔で見守る莉奈と恵子。


「明日から学校なんだから、あんまり遅くならないように帰ってきなさいよ!」


莉奈がそう言い残して帰路についても、彼らの練習は、夕陽が千曲川を真っ赤に染め上げるまで続いた。



………



練習が終わり、辺りが藍色に包まれ始めた頃。


少年たちは名残惜しそうに、泥だらけになった道具を片付け始めた。


「……なぁ、蓮ちゃん、隼人」


帰り際、1人の少年が、照れくさそうに頭をかきながら口を開いた。


「俺らもよ……明日からちゃんと、学校行ってみるわ。お前らがこれだけ必死にやってるの見てたらよ、俺らだけサボってるのも、なんか格好つかねぇし」


「そうだな。お前ら、明日から野球部入るんだろ? 練習厳しくなってなかなか遊べなくなるだろうけどよ……試合とかあったら、絶対応援に行くからな。頑張れよ」


慎吾も、バットを隼人に手渡しながら笑った。


「また自主練やるなら、いつでも呼んでくれよ。球拾いくらいなら、いつでも駆けつけるからさ。連絡しろよな!」


「……ありがとな、お前ら!!」


蓮司が、堤防を登っていく彼らの背中に向かって、これ以上ないほど大きな声で叫んだ。


その声に応えるように、不良たちは振り返ることなく、片手を高く挙げて去っていった。


「……みんな、怖いと思ってたけど。本当はすごく仲間思いで、真剣に僕たちのこと、サポートしてくれたよね」


康介が、彼らの消えていった道を眺めながら静かに呟いた。


「なんであいつらが不良なんてやってるのか、分からなくなってくるよ。……本当に、いい奴らだ」


隼人の言葉に、蓮司が優しくその背中を叩いた。


「……まぁ、あいつらも色々あるんだよ。家庭のこととか、学校でのレッテルとかな。……でも、隼人。お前の努力が、あいつらの心を動かしたんだ。お前が諦めずにやってる姿が、あいつらに『もう1回やってみよう』って思わせたんだよ」


「それは、僕自身もそうだから、よくわかるよ」


康介も、穏やかな笑顔で頷いた。


隼人は、自分の右手をじっと見つめた。


この夏休みの期間で手に入れたのは、110キロの速球と、わずかに曲がるスライダーだけではない。


自分を信じてくれる相棒。


共に歩んでくれる仲間。


そして、見守ってくれる大人たちと、不器用ながら応援してくれる友人たち。


「明日から、いよいよ野球部か。……まずは木山先生との面談からだけど、気合入れていこう」


「おう!」


「うん、頑張ろうね、隼人くん!」


秋の気配を含んだ涼しい風が、河川敷を吹き抜けていった。



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