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17番を継ぐ日まで ―消えた天才の成長譚―  作者: 道雪ちゃん


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14/20

初登校

ゆるゆると書いてます。

変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。

翌日。


隼人は蓮司と共に大型スポーツショップへと向かっていた。


蓮司の手には、昨日決意した通り、新しいキャッチャーミットが握られている。


「……やっぱりこれ、いいな」


蓮司が選んだのは、隼人のグローブと同じ『IZUMO』の軟式モデルだった。


漆黒の革に、鮮やかな黄色のステッチが映える。


まだ型もついていない真新しいミットを、蓮司は愛おしそうに何度も叩いていた。


その後の週末も、2人は多くの時間を共に過ごした。


練習の合間、蓮司の周りには時折、以前のような不良仲間たちが集まることもあった。


けれど、今の蓮司にはもう、虚勢を張る必要はなかった。


「俺、これから本気で野球をやるわ。もう、ふらふらした遊びはしねぇ」


蓮司の突然の宣言に、仲間たちは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに顔をほころばせた。


「……なんだよ蓮ちゃん、やっぱりそうこなくっちゃ」


「蓮ちゃんが野球やってる時が一番かっこいいもんな。応援するぜ、マジで」


仲間たちの言葉は、意外なほど温かかった。


彼らの中には上田西中の生徒もいれば、別の学校に通う者もいたが、誰もが蓮司の「再起」を心から喜んでいるようだった。


公園での練習中、まだ硬いミットでボールを弾いてしまうたびに、蓮司は「すまん!」と顔をしかめて謝った。


「謝んないでよ、蓮司。俺だって、転んでばっかりなんだから。お互い様だよ」


隼人が笑って返すと、蓮司も照れくさそうに笑い、再びミットを構えた。


家に戻れば、隼人は勉強の遅れを取り戻すために机に向かった。


そして合間には、祖父が買ってくれたトレーニング器具を使い、地道なリハビリに励んだ。


『フロッグハンド』で左足の親指と人差し指のグリップ力を鍛え、ハンドグリップで両手の握力を高める。


日課にしているトレーニングも欠かさない。


すべては、あのマウンドに再び立つため。


そして、蓮司のミットに最高の球を投げ込むためだった。


そして、運命の月曜日。


隼人は、袖を通したばかりの新しい制服の感触に、少しだけ背筋が伸びるのを感じた。


「隼人、準備はいい? 忘れ物はない?」


莉奈が玄関で声をかける。


彼女もまた、どこか緊張した、それでいて嬉しそうな表情をしていた。


「うん、大丈夫。行こう」


2人でアパートの階段を下りると、そこには意外な人物が待っていた。


「……蓮司! どうしたの?」


「初登校だろ。……迎えに来たんだが、早すぎたか?」


蓮司もまた、少し窮屈そうに学ランに身を包んでいた。


いつもの威圧感は鳴りを潜め、どこか落ち着いた雰囲気を纏っている。


「蓮司くん、おはよう! 迎えに来てくれたのね、ありがとう」


「……あ、おはようございます。……お邪魔してます」


莉奈の笑顔に、蓮司は少し照れくさそうに頭を下げた。


「心強いわ。じゃあ、3人で行きましょうか」


莉奈を先頭に、隼人と蓮司は並んで歩き出した。


爽やかな朝の空気が、新しい生活の始まりを祝ってくれているようだった。


上田西中学校の校門。


少し早めに到着した3人は、朝練に向かう生徒たちが活気ある声を掛け合う中を通り抜け、職員室へと向かった。


ちょうど職員室から出てきたのは、教務主任の山崎先生だった。


「山崎先生。今日から隼人をよろしくお願いいたします」


莉奈が丁寧にお辞儀をすると、隼人もそれに続いた。


「よろしくお願いします!」


「こちらこそ、よろしくお願いします。……ん? 櫻井、お前はどうした? お前が学校に来るなんて珍しいな」


山崎先生の鋭い視線が蓮司に注がれる。


蓮司は一瞬だけムッとしたような、苦々しい表情を浮かべたが、それをぐっと堪えた。


「先生。蓮司くんは隼人と友達になってくれまして。この数日間、リハビリやトレーニングにもずっと付き合ってくれていたんです」


莉奈が助け舟を出すように、笑顔で言った。


山崎先生は、信じられないというように目を見開いた。


「……本当ですか、それは」


「本当です。もう、友人っていうより『相棒』って感じなんです。な、蓮司」


「……おう。山崎……先生。今まですいませんでした。俺、こいつとちゃんと野球をやりたいんで。これからはしっかり学校にも来ます」


蓮司の口から出た言葉に、山崎先生は絶句した。


今まで、素行不良で登校もまばら、周囲からは「手の付けられない不良」と評価されていた蓮司。


その彼が、自らの意志で更生を誓ったのだ。


「先生、今一度、蓮司くんを信じてあげてください。お願いします」


莉奈が深く頭を下げると、蓮司も、そして隼人もそれに続いた。


「……頭を上げてください。わかりました。櫻井、自分の家族はもちろん、こうして君を信じてくれる人たちがいるんだ。その人たちを二度と悲しませないように、全力でやり遂げるんだぞ」


「……はい。わかってます」


蓮司の力強い返事に、山崎先生の表情がわずかに和らいだ。


「では、橘くん。校長室へ行こうか。櫻井は、自分の教室に行ってなさい。お母様、ありがとうございました。大切にお預かりします」


莉奈に見送られながら、隼人は山崎先生と共に校長室へと向かった。


校長室には、穏やかな笑みを浮かべた校長と、1人の若い女性教師が待っていた。


「おはよう、橘くん。面談の日から今日までは、どう過ごしていたかな?」


「新しくできた友人と、ずっとリハビリとトレーニングをしていました。あ、もちろん勉強も頑張りましたよ」


隼人が少し照れくさそうに頭をかくと、校長は声を立てて笑った。


「ははは、それはよかった。面談の時、体を動かせるようにしておくって言っていた通りだね。……さて、こちらが橘くんの担任を務める、高畑美月先生だ」


「初めまして! 2年2組担任の高畑です。橘くん、これからよろしくね!」


高畑先生は若く、元気いっぱいの太陽のような印象の女性だった。


「橘です。よろしくお願いします!」


校長室を出ると、廊下の壁に背を預けて立っている蓮司の姿があった。


「蓮司! 山崎先生が教室に行っておけって言ったじゃん」


「お前のクラスがどこか気になってよ……」


「櫻井くん、橘くんと知り合いなの?」


高畑先生が不思議そうに尋ねると、隼人は胸を張って答えた。


「蓮司は、俺の相棒です」


「……おう、相棒だよ」


蓮司も、少し誇らしげに頷いた。


「なんだ、よかった! 櫻井くん、よかったね、橘くんと同じ2組だよ! 3人で行こうか。あ、でも山崎先生に見つかったら怒られるから、静かに移動してね」


小声でいたずらっぽく笑う高畑先生に、隼人と蓮司は顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。



………



教室が近づくにつれ、中から漏れ聞こえるガヤガヤとした喋り声が大きくなっていく。


「よし、じゃあ私が『どうぞ』って言ったら入ってきてね。櫻井くんは、私と一緒に先に入ろうか」


高畑先生の言葉に従い、蓮司が先に教室内へ足を踏み入れた。


その瞬間。


溢れかえっていた会話が、潮が引くようにピタリと止まった。


(……あぁ、高畑先生が入ったからじゃないんだな)


隼人はドアの外で悟った。


クラスメイトたちは、めったに姿を見せない「あの櫻井蓮司」が朝から登校してきたことに、強烈な衝撃を受けているのだ。


教室の中からは、高畑先生が明るく今日の連絡事項を話す声が聞こえる。


隼人は深呼吸をし、これから出会う仲間たち、そして蓮司への印象を変えたいという強い思いを胸に秘めた。


「橘くん、どうぞ!」


高畑先生の声が響き、隼人はゆっくりとドアを開けた。


一斉に注がれる視線。


窓際の席では、蓮司がニヤニヤとしながらこちらを見ている。


隼人は一瞬だけ、冗談めかして彼を睨みつけてから、教壇の前に立った。


「新しく皆のクラスメイトになる、橘隼人くんです。橘くん、自己紹介をお願いします」


「皆さん、初めまして。東京から来ました、橘隼人です。しばらく怪我で入院をしていたので、学習面などで遅れているところがありますが、早く皆に追いつけるよう精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」


隼人が深々と頭を下げると、教室内には温かい拍手が沸き起こった。


その中でも、窓際で誰よりも大きく、力強く手を叩いているのは蓮司だった。


「はい、ありがとう! じゃあ橘くんの席は……あぁ、櫻井くんの隣が空いているね。そこでいいかな?」


クラスメイトたちが、「えっ、あの櫻井の隣……?」と動揺を見せる中、隼人は「はい!」と元気に答え、蓮司の隣へと向かった。


「蓮司、よろしくな」


隼人が右手の拳を突き出すと、蓮司も「おう」と短く返し、力強くグータッチを交わした。


その様子を、クラスの面々は驚愕の表情で見守っていた。


朝のホームルームが終わり、1時間目の授業が始まるまでの短い休み時間。


興味津々のクラスメイトたちが隼人の周りに集まってきたが、誰もが隣に座る蓮司を恐れて、なかなか声をかけられずにいた。


隼人はその空気を察し、まずは自分の前の席に座る少年に声をかけた。


「ねぇねぇ、よろしくね! 名前、なんていうの?」


「……あ、青木だよ。橘くん、よろしくね」


青木という穏やかな雰囲気の少年が答えると、それをきっかけに少しずつ、周囲の生徒たちも口を開き始めた。


「橘くん、東京のどこから来たの?」


「入院してたって、大丈夫なの?」


次々と飛んでくる質問に答えていた隼人だったが、ふと、隣で腕を組んで黙り込んでいる蓮司の存在に気づいた。


「なんだよ蓮司。なんで黙ってるんだよ」


「……俺が喋ると、空気が悪くなるだろ。気にするな」


蓮司が自嘲気味に呟いたその言葉に、隼人はムッとして立ち上がった。


「皆、ちょっと聞いてほしいんだ!」


隼人の大きな声に、教室内の視線が再び集中する。


「俺には、事故の影響で、左手と左足の指に軽度の麻痺があるんだ。長い間入院していて、こっちに来たばかりの俺のリハビリやトレーニングに、ずっと付き合ってくれていたのが蓮司なんだ。……確かに、今までは皆に迷惑をかけたこともあったかもしれないけど、蓮司はこれからちゃんと学校に来て、俺と一緒に野球をやるって決めたんだ。だから、俺の親友として、クラスメイトとして、蓮司を受け入れてほしい。……お願いします!」


隼人は、深々と頭を下げた。


教室内に、重苦しいまでの静寂が流れる。


クラスメイトたちは、東京から来た爽やかな転校生と、あの恐ろしい不良の櫻井蓮司の間に、そんな深い絆があるとは夢にも思っていなかったのだ。


「……皆、今までのことは本当に申し訳なかった。これからは、ちゃんとやるから」


蓮司もまた、ゆっくりと立ち上がり、不器用に、けれど誠実に頭を下げた。


その光景に、誰もが言葉を失っていたが、最初に口を開いたのは、前の席の青木だった。


「櫻井くん、橘くん。改めて、これからよろしくね!」


青木が明るく笑って手を差し出すと、それを合図にしたように、周囲からも次々と声が上がった。


「なんだよ櫻井くん、野球やるのか! 応援するぜ!」


「橘くんも、大変だったんだね。何かあったら力になるよ!」


静まり返っていた2年2組の教室が、一気に活気づく。


蓮司は驚いたような、どこか照れくさそうな顔をしながら、青木の手を握り返した。


その隣で、隼人は確かな手応えを感じていた。



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