光景
ゆるゆると書いてます。
変なところがあれば都度ストーリーに関わらない程度に直しております。
その光景は、今でも俺の瞳の裏側に焼き付いている。
カクテル光線に照らされた、緑の芝と土のコントラスト。
30000人を超える大観衆が詰めかけた、東京ファルコンズの本拠地「東京新宿フィールド」。
地鳴りのような歓声が、まだ小さな俺の体を衝撃となって震わせていた。
マウンドに立つ俺の視線の先には、ファルコンズのユニフォームを纏い、背番号『17』を背負った父・誠一郎がホームベースの後ろでどっしりと構えている。
バッターボックスには、父の親友であり、宿敵でもある大阪ブラックパンサーズ、「代打の神様」村松選手。
今日はお父さんの引退試合。
俺はセレモニーピッチのピッチャーとして、憧れ続けてきたこのマウンドに立っていた。
小学校1年生から野球を始めた。
全ては、このマウンドで投げるお父さんのようになりたくて。
何百回、何千回と動画を見返し、鏡の前で真似し続けた。
しなやかで躍動感のあるフォーム。
4年生になった今、ようやく形になってきた俺の全てを、今ここで出すんだ。
「プレイ!!」
審判の鋭いコールが響く。
深く息を吸い込み、両腕をまっすぐ頭上へ掲げた。
胸を張り、左足を高く上げる。軸がブレないように、溜めた力を一気に前方へ解き放つ。
体が開かないようギリギリまで我慢して――。
指先にかかる感触。お父さんに教わったリリースポイント。
――スパンッ!!
小気味いい快音が静寂を切り裂いた。
村松選手のバットが空を切り、白球は父のミットの真ん中に吸い込まれる。
「ストライク!!」
地響きのような歓声が沸き起こった。
村松選手とがっちり握手を交わした父が、満面の笑みでこちらへ歩いてくる。
「最高の球だったぞ、隼人。……大きくなったな」
そう言って抱きしめてくれた腕は、少しだけ震えているように感じられた。
その後、俺はお母さんとお揃いの背番号『17』のユニフォームを着て、スタンドから試合を見守った。
そして、7回表、2死。
球場内に特別なアナウンスが響き渡る。
『ピッチャー、河野に代わりまして――橘。ピッチャー、橘。背番号、17』
今日一番の、割れんばかりの歓声。
専用の登場曲が流れ、ゆっくりとマウンドへ向かう父の背中。
何度も見たはずのその姿が、なぜか少し遠く感じる。
「お母さん、お父さんってやっぱり、世界一カッコいいね」
「……そうだよ。隼人のお父さんは、世界一カッコいいんだよ」
お母さんの言葉に頷きながら、俺はメガホンを握りしめた。
マウンドで投球練習をする父は、いつも以上に気合が入っているように見えた。
練習が終わり、父は一度グラブを外すと、その平裏部をそっと撫でた。
そこには、父の信念である『勇気』、そして俺の名前である『隼人』の文字が刺繍されている。
父が投球前に、必ず行うルーティンだ。
バッターは村松選手。
2人はマウンドと打席で視線を交わし、一瞬だけ、戦友としての笑みを浮かべた。
「プレイ!!」
ワインドアップから繰り出される、何度も目に焼き付けたあのフォーム。
内角低め、糸を引くようなストレート。
――スパンッ!
「ットライーーク!!」
球速表示は133キロ。
かつて155キロを誇った「ファルコンズのエース」の球ではない。
度重なる肘の怪我。
去年の再手術。復活を懸けた今シーズンだったが、その剛腕が元通りになることはなかった。
それでも、父は痛みを押し殺し、持てる全ての技術と魂を右手のミットに叩き込む。
2球目、外角低めいっぱいのストレート。
村松選手のバットが再び空を切る。
打席の村松選手が、泣いているように見えた。
キャッチャーの下山さんが大きくミットを構える。父が深く頷く。
ああ、これで、最後なんだ。
子供ながらに、終わりが来ることを悟った。
最後の一球。
魂を削り出すように投じられた白球は、内角ぎりぎりに突き刺さった。
――スパンッ!!
「ストラックアウト!!」
三振。
球場全体が「橘!!」という絶叫に近いコールに包める。
マウンドへ駆け寄った村松選手と父が、人目も憚らず抱き合って泣いていた。
それを見て、俺の目からも涙が溢れた。
悲しいのか、悔しいのか、それとも誇らしいのか。
自分でも分からない感情が、涙となって止まらなかった。
試合は3対1でファルコンズが勝利し、試合後に引退セレモニーが行われた。
父の泣き顔なんて、一度も見たことがなかった。
けれど、スピーチをする父の声は震え、ファンやチームメイト、スタッフへの感謝を伝える背中は、今までで一番大きく見えた。
「――いつか、息子の隼人がファルコンズの背番号17をつけ、このマウンドで活躍する日が来ることを、楽しみにしています」
父のその言葉を聞いた瞬間、俺の中の「夢」は、明確な「目標」へと変わった。
セレモニーの最後、父と手を繋いでフィールドを1週したとき、ファンの人たちの顔がよく見えた。
泣きながら「ありがとう」と叫ぶ人、応援タオルを掲げる人。
俺は知ったんだ。
俺の憧れた人は、こんなにも多くの人に愛され、勇気を与えてけきた偉大な男だったんだと。
「待ってて、お父さん。俺、絶対にお父さんの背番号を継ぐから」
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