プロローグ
※本作は著者自身の執筆に基づいておりますが、より読みやすい文章を提供するため、生成AIによる校正・推敲の支援を受けています。
過去に為した偉業は、見方を変えれば悪業となる。
そして、自分はその時に正しい選択をしたのかという問いが今でも付いて回る。
それが現在起きている事件のきっかけとなったのであれば、なおさらだ。
「ここは相変わらず、冷えるな」
「そりゃあ、そうだろう。ここは何たって氷に閉ざされた大陸ノースグランツだぜ。しかも冬だ。寒いに決まってる」
「あんたは相変わらず元気だな。船長」
と俺は言った。
「おうよ。船乗りならこんぐらいどうったことないぜ」
と貨物船の船長は豪快に笑う。老いているとは思えないほどに力強く肯定する。
「お前とも長い付き合いだがな。冬のノースグランツでいったい何をするんだ?また厄介ごとでもあるのか?」
「古い知人から招待状が届いただけさ。新型列車のお披露目会に参加しろとな」
「そうか。明日、このノースゲートから出発する豪勢な列車か。船に乗せている荷物の中にはそれに乗せる荷物もあるんだが、どうもきな臭い。気を付けたほうがいい」
「何、大丈夫だよ。軍のご自慢の新型列車だ。1泊2日の快適な列車旅になるさ」
その列車とは、北の大陸の玄関口である港街ノースゲートから、首都のフロストブルグまで繋ぐ新型列車の試運転であった。
俺を呼んだということは、何かしらのトラブルが発生することを彼女は見越しているのであろう。
「じゃあな。船長。生きていたらまた会おうぜ」
「おう、気を付けていけ!次はお前さんの土産話で飲むぞ!」
背中越しに軽く右手を一振りし、桟橋に降り立った。そしてそのまま、今夜の宿に足を向けた。
埠頭から旧市街地へ続く石畳を歩き出し、この港街は俺が昔軍人だったころから何も変わっていない。張り巡らされた複雑な電線網、ごつごつとした灰色の厚い石壁の家々、そして何より肌を刺すような凍てつく寒さも、すべてが相変わらずだ。
違うところと言えば、街の中心地に近づくにつれて、ある一つの話題で持ち切りになっているという点だ。そう、その話題とは、明日この街から出発する軍の肝入りの新型列車『ポラリス』である。
「もうすぐ試運転だってよ。あれに乗れば、フロストブルグまで1日だってさ」
「軍が総力を挙げて作ったんだ。ノースグランツの交通、物流は西や東の大陸を大きく突き放すらしいぜ」
いろんなところからポラリスの話が聞こえ、酒場からは陽気な歌声とエンジンの轟音にも似た熱狂的な喧騒が漏れ聞こえてくる。この街がこんなにも浮足立つのを見るのは初めてだ。
軍に持ち込まれた熱がこの極寒の入り口の空気を変質させているようだ。
俺はその喧騒を横目に馴染みの宿の看板を探した。このざわつきと熱狂が、明日からの旅路で一体どんな厄介ごとを引き起こすのか、その予感だけが重くのしかかっていた。
馴染みの宿の、煤けた木製の看板を見つけると、俺は重い扉を押し開けた。外の熱狂的な喧騒は嘘のように遠ざかり、そこには沈黙と暖炉の温もりだけがあった。
「おや、久しいな。まさかこんな真冬に来るとは思わなかったよ」
カウンターの奥から顔を出したのは、がっしりした体躯の宿の主人、ガストンだ。白い髭を撫でながら、彼は俺の顔を見てにんまりと笑った。
「あんたの宿以外に泊まれる場所があるか、ガストン。ここほど暖かくて飯が美味いところはない」
「そりゃあ光栄だ。いつもの部屋を用意している。それにお前さんは運が良い。お前さんの好きな旬で脂が乗った『凍紅魚』が手に入ったんだ。今朝揚がったばかりのいい奴だ。用意するから先に荷物を置いてきな」
ガストンから鍵を受け取り、部屋へ向かった。2階にある部屋はベッドと机があるぐらいのシンプルな部屋であるが、掃除が行き届いており、シーツにしわが一つもない。高級な宿よりもこういったしっかりと手入れの行き届いた場末の宿の方が俺の性に合っている。
荷物を置き、一階の奥の食堂へ向かった。部屋の中央に据えられた大きな石造りの暖炉からは、薪のはぜる音だけが響いている。その炎の揺らめきは、凍りついた空気を温かく溶かし、壁際の席に着くとすぐに心地よい睡魔が襲ってきた。
ガストンが運んできたのは、極寒の海でしか獲れないという分厚い身の魚、凍紅魚を地元のハーブとスパイスで煮込んだ豪快な料理だった。湯気が立ち昇り、香りが鼻腔をくすぐる。添えられた分厚いパンを千切り、煮汁に浸して口に運ぶ。魚の濃厚な旨味と塩気が、旅で疲弊した全身の細胞に染み渡っていくのを感じた。
「今日は特別に、西の大陸から入ったばかりの赤ワインもつけておいた。どうだ、美味いだろう?」
「ああ、美味い。この一杯のためだけに、ノースグランツに来た甲斐があるってもんだ」
ワインの熱が体の芯まで巡るのを感じながら、俺は食事に集中した。外の寒さを忘れさせるほどの滋養に富んだ魚料理と、濃いワイン。
食事が半分ほど進んだところで、ガストンが皿を下げに来た。
「しかし、明日のお披露目会のために、この街はもうめちゃくちゃだ。軍の関係者やら大商会の連中やら、普段見ない顔ばかりでね。あんたも列車に乗るんだろう?やけに物々しい警備だ。ただの試運転とは思えないが……」
彼は口調を潜めたが、俺はパンをワインで流し込みながら静かに答えた。
「俺はただの客さ。あんたの心配性の癖は変わらないな、ガストン。それより、もう一皿もらおうか。この寒さで腹が減って仕方がない」
そう言って俺は、ワイングラスを一つ空にし、次の獲物を待つようにガストンを見上げた。
腹を満たした俺は、ガストンに礼を言って食堂を出た。暖炉の炎から離れた二階への階段と廊下は、ノースグランツの夜の冷気をそのまま閉じ込めており、急激な温度差で体が強張る。
二階の部屋に戻り、鍵を回した。簡素なベッドに腰を下ろすと、外の喧騒と、ガストンが口にした物々しい警備の話が、頭の中で渦を巻く。
(あの人は、一体なぜ俺を呼び寄せた?)
招待状を送ってきた「古い知人」――名はアルヴィア・スノースフィア。今この大陸で彼女ほど有名な女性はいない。明日の主役、新型列車『ポラリス』を建造した、この国の元王女だ。
そんな彼女が俺に出した招待状。彼女が今になって俺をノースグランツに呼んだのは、単なる招待状でないことは確かだ。俺には彼女が何を企んでいるのか、これから為そうとしていることについては、何もわからない。
だが、もし、あの日の約束を違えるというのであれば、俺は迷わない。
重いコートを脱ぎ捨て、窓の外を見た。ノースゲートの街明かりは、雪に反射してぼんやりと広がっている。
明日、俺はこの街を出て、過去と向き合うことになる予感だけははっきりとしている。
俺はベッドに横たわると、凍紅魚とワインで温まった体の熱が逃げないよう、厚い毛布を引き上げた。眠りはすぐそこにあった。




