【6】どこかにいるかもしれない親
友達でも何でもいい。四季が自分を必要としてくれるのなら何でもかまわない。
そう思ったならなのか、コナの心は芯を持った。
海が見える公園を四季と二人で散歩しながら、コナは四季に今までの話を聞いてもらおうと思った。
緑の草が風に次々と倒されてはまた起き上がる。
白い塔を見上げてコナは立ち止まった。
「四季に聞いてほしいことがある」
立ち止まったコナに振り返った四季は風に揺れる髪を
押さえて微笑んだ。
「俺、親がいないんだ」
正式にはいるのだがどこにいるのかもわからない。
探すな、と祖父母に言われたが探す気などない。
全てを捨てて東京に出てきた、とコナは話した。
「コナは強いな」
「強い?そんなの言われたの初めてだよ」
「強いよ。俺なんて…逃げただけだから」
うん、と頷いた四季は誰にも言っていない、篤子に
さえ言っていないことをコナに話した。
四季の実家は会社を経営していた。
幼い頃から父の会社を継ぐのが当たり前だと思ってきた四季は高校生になってすぐに、それが嫌だと思い始めた。
大人になってきたからなのだろう。
敷かれたレールの上を走るのが嫌なのではない。
脱輪が許されない人生が嫌だった。
これから勉強はもっと難しくなる。自分のキャバを超してでも勉強しなければならない。
そんな無理をして会社を継いだところで無理なものは無理なのだ。
四季は自分で自分があまり賢くないことも知っていた。
「そんなことばかり考えてたら病んじゃって」
「圧力がすごかったんだね」
「見えない圧力なんだけどね。親父は仕事でほとんど家にいなかったから。でも俺もそうなるんだ、って、楽しいこともなにも経験せずに仕事だけして死んでいくんだ、って」
母親は人形のような女だった。何を話してもお父さんに聞いておくわね、と言って答えはくれない。
父親とはお見合いだと聞いていたが、夫婦間、家族間にあるはずの愛を見たことはなかった。
ほとんど家に帰ってこない父。話した記憶もほとんどない。
そんな人を信頼して跡を継げるのか。
「このままじゃ狂ってしまう、って自分でわかった。
親の仕事を継いでいる人間なんて山ほどいるのに、
それができない俺はダメな人間なんだって…
さらに追い込まれた」
食事がとれなくなった。朝起きられなくて学校に行けなくなった。母親は大丈夫か、のひと言も掛けないかわりに責めることもせずに放置だった。
そして四季を見限ったのか、元々可愛がっていた弟にさらに愛を注ぐようになった。
「親父は帰ってくる日も夜遅いから、俺がそんなことになっていることを知らない。まあ、母親同様俺に
興味がなかったんだろうけど」
コナは信じられなかった。
親を知らないコナは、家族とは何でも話せて温かくて、守りあって生きるものだと思っていたからだ。
だから四季の話は衝撃でしかなかった。
「免許の話したじゃん。高三の時、単位をもう落としかけていて、担任も家に来るしで大変だった。
でも何も知らない親父は計画通りに俺を車校に行かせた。
そんなことしてる場合じゃないのにさ。
半年も掛かってやっと免許を取ったんだよ」
免許を取った頃にはもう、数個の単位を落としていたので四季は学校には行ってなかった。
今でもわからないが、母親はそんな四季のことをなぜ
父親にはひと言も言わなかったのだろう。
病み出した頃に父親に言っていれば何かが変わったのかもしれないのに。
「それからすぐに俺は家出した」
「辛かったね」
そんな言葉では本当は伝え切れない。
家族がいるのに心が通い合わなくて、悩みのひとつも聞いてもらえなかった四季はどれほど辛かっただろう。
居場所もなくなり、家を出ることしか残された道がなかったのだから。
「ううん。甘えかもしれないけど、俺は家族が信じられなかったんだと思う」
「信じられない人とは一緒にいられないよね」
「だよな」
探しに来るかと思っていたが、家を出て一ヶ月経っても両親からはなんの連絡もなかった。
もちろん警察にも届けていないのだろう。
「最初から俺はあの家にはいらなかったんだ、って思ったら逆に気が楽になったんだ。
でも家を出て二ヶ月経った頃、弁護士が来たんだ」
父親の顧問弁護士の与田蒼。家に来ていた時に四季も
何度か会ったことはあったが、挨拶を交わすぐらいだった。
その蒼が篤子が所有するマンションで暮らす四季の元へやってきたのだ。
「やっぱり…四季のこと探してたんだ」
「俺もそうかなと思ったけど違った。蒼さんはいつ行っても家にいない俺が出て行ったのでは、と疑って調べたらしい」
両親からの依頼ではなかった。弁護士の蒼は単に四季を心配して独断で探していたのだった。
それから今まで、蒼は一、二週間に一度は四季を訪ねて来ていた。
「本当にお父さんが頼んだんじゃないの?」
「違う。だって連れ戻されないから」
「そっか」
四季は複雑だった。気が楽になった、とはいえ、本来ならば探されて当たり前なのだ。
訪ねてくる蒼とは少しずつ話ができるようになったが、四季は両親のことは聞かない。そして蒼もその話は一切しなかった。
「俺の親は篤子さんだ。篤子さんは俺の声を全て拾ってくれる。枝折さんもだ。
コナもそうだろうけど、篤子さんと枝折さんに返していけるように俺も一生懸命働きたい」
生まれや育ちは違えど、同じような境遇のコナと四季は血の繋がりなどどうでもいいと思っているのだ。
自分たちを心から愛してくれる人が親だ。
そして愛してくれた親に恩返しがしたい。
ゆっくりと暮れていく空に時間の流れを感じる。
今までがあるからこれからもある。
いつか振り返った時、生きてきた自分の道を好きになれるだろうか。
コナは長くなった二人の影に振り帰ってみた。
近所のコンビニにごはんを買いに行き、レジを済ませて自動ドアから出た四季の前を弁護士の蒼が通り過ぎた。
「蒼さん」
「あ、四季くん。こんにちは」
おはよう、と言い掛けた四季がこんにちは、と言い直す。昼なのもあるが、いつも店ではおはようしか言わないのだ。
「今から四季くんの家におじゃましようと思って」
「でしょうね」
四季の父親の会社は銀座にはない。
ははは、と笑った蒼を連れて四季はマンションへ向かった。
「なんだか顔つきが良くなったよ」
「俺?」
篤子にもらったバック式のコーヒーを淹れて、蒼の前に置く。顔つきが良くなった、と言った蒼はなんだかうれしそうだった。
「なんか良いことあったの?」
コーヒーの香ばしい香りを楽しんでから蒼はひとくち
飲んだ。
四季も同じようにしてコーヒーを飲み、蒼に聞かれたことを考えてみた。
蒼にはホストをしていることも話している。
しかしコナのことは今まで話したことがなかった。
両親から依頼されたわけでもないのにこうして様子を見に来る蒼を、四季は信頼し始めていた。
ただ、私が心配だから来たんです、と、ここへ初めて蒼が訪ねて来た時に言ったこと。
それを思い出した四季はコナのことを話してみようと
思った。
「大切な友達ができたんです」
「そう。それは良かった」
蒼がホッとしたような表情を浮かべる。
四季は続けてコナの生い立ちの話をした。
「おじいちゃんとおばあちゃんに探すなって言われたらしいけど、会いたいんじゃないかなって」
「なるほど。その、コナくんのお父さんはすぐに探せそうだけど、お母さんは難しいかも」
蒼が持っていたカバンから手帳を取り出す。革の大きめの手帳に付いていたペンを持ってページをめくった。
蒼はまだ若いのだが、携帯よりもこちらの方が管理しやすいと、好んで手帳を使っていた。
「コナくんの本名は?」
「そういえば…知らない」
ホストでも名字をつけている人はいるが、四季は下の名前を源氏名にしているだけだ。
コナはいわゆるパーテンのようなものだが、コナというのも源氏名なのだろうか。
「今度聞いてみる」
「ついでにコナくんに本当に探しても良いかも聞いておいた方がいいね」
「だよね。うん。わかった」
コーヒーのいい香りが漂う部屋で、蒼が何も書かなかった手帳をまたカバンにしまった。
しばらくして四季は枝折の店branchを訪れた。
一人で来るのは初めてだ。
緊張しながら地下への階段を降り、ドアを開ける。
四季だとわかったコナがニコッと笑って手を振った。
「いらっしゃいませ」
「おはようございます」
「あら?篤子は?」
来る時は篤子と一緒なので枝折がそう聞いても不思議はない。一人です、と言った四季がカウンターの椅子に座った。
「今から出勤?遅くない?」
「今日は休みなんだ」
コナが四季の好きなりんごジュースをグラスに入れて
前に置いた。
蒼に会ってからすぐにでもコナに聞きたかったが、ラインではなく顔を見て話そうと決めていた。
少し時間が空いてしまったが、やっと今日来ることが
できた。
枝折とコナにも飲んでもらい、四季は落ち着いたところで話を切り出した。
「コナは…お父さんやお母さんに会いたくない?」
「どうしたの、急に」
「前に、俺たちの親は枝折さんと篤子さんだ、って話したよな?でも俺は親とは思っていないけど親は一応いる。コナ、会いたいって思わない?」
コナが目を丸くして助けを求めるように枝折を見る。
四季が弁護士の蒼が訪ねて来たこと、そしてコナのことを話したことを説明した。
「勝手に言っちゃってごめん。蒼さんにコナの話を
してて…つい」
「それはいいけど…」
「ねえ。その弁護士さんが探してくれるって言ってるの?」
「はい。見つかるかはわからないけど、特にコナの
お母さんは難しいかもしれないって」
「で、でも俺…おじいちゃんたちに探すなって言われてて」
会いたいか、会いたくないかと聞かれたら正直難しい。コナは続きの言葉を探していた。
「コナ。顔ぐらい見てみたいんじゃないの?」
「枝折さん…」
コナの心を読んだように枝折は聞いた。
「会うのは気まずいし、おじいさまたちにバレても
コナが困るわよね。でも見てみるだけならいいんじゃない?」
会ったところで初対面のようなものだ。
何を話して良いかもわからないだろう。
親子だからといってすぐに打ち解けるはずもない。
枝折の提案はコナが探していた言葉だった。
「見つかるかどうかわかんないけど、一応調べてもらうね。
コナの本名と、知ってたらお父さんとお母さんの名前を教えて欲しいんだ」
うん、と頷いたコナの肩に枝折が手を置く。
自分や篤子に気を使うな、と枝折の目は言っていた。
「親の名前は知らない。俺の名前のコナっていうのは
本名なんだ。カタカナでコナ」
「カタカナなんだ。可愛い。俺も四季って本名だよ」
「え。かっこいいなあ」
「ちなみに私も本名よ」
コナと四季が一斉に枝折を見る。
枝折が男性だと知っている二人はその後、顔を見合わせた。
「本好きの父がつけたのよ。本に挟む枝折。
昔の人は枝を折って本に挟んでたんだって。
女でも通用する名前だからありがたいし、好きなのよね自分の名前。
ごめんごめん話逸れたわね」
ふふ、と枝折が口に手を当てて笑う。
枝折、という名前が本当に似合っているな、とコナは
うらやましかった。
「名字は?」
「山城。漢字は山にお城の城だよ」
ガシャン、と四季のグラスが倒れる。
割れはしなかったが残りのジュースと氷がカウンターの上に流れてしまった。
「大丈夫?」
布巾を持ったコナがあわててカウンターを出て四季のところへ行く。服には溢れていなかったのでそのままカウンターを拭いた。
「四季?」
「あ、大丈夫です。ビックリして。俺も…名字が山城
だから」
山城はそこまで珍しい名字でもないが、多い名字ではない。
四季は今まで同じ名字の人に直接会ったことがなかった。
「すごい偶然ね。なんか縁を感じるわ」
枝折がパチパチ、と手を叩く。
そう言われてみればそうなのだ。
決して多くもなく少なくもない名字だからこそ、この偶然は拍手ものなのかもしれない。
コナが恥ずかしそうに笑っている。
一瞬、ざわついた四季の胸も二人の笑顔でスッとした。
「コナの本名を弁護士の与田蒼さんに伝えてもいい?」
「うん。よろしくお願いします」
枝折の言うように見てみるだけならいいだろう。
祖父母にバレなければいい。
「わかった。見つかるといいな」
蒼もコナの本名はあの手帳に記すまでもないだろう。
しばらく話してから四季はbranchを後にする。
その後すぐに蒼に連絡を取った。




