表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MOTHER  作者: 村上呼人
5/28

【5】通じ合えた心




枝折しおりとコナが篤子あつこの経営するホストクラブに

行った次の日深夜1:00を回った頃、 枝折の店、branchに篤子がやって来た。


「昨日は来てくれてありがとうね」

「こちらこそ。イケメン揃ってるじゃない。

また行くわ」


篤子に出す酒を作りながら枝折が笑う。

男性だが心が女だということは恋愛対象は

男なのだろうか。

コナは篤子の好きなチョコを小さなガラスの器に入れながら枝折の横顔を見ていた。



昨日はあまり眠れなかった。仕事だ、と枝折に念を押されたが、目を閉じると客と四季しき

くっついているのがまぶたの裏に浮かんで

しまう。

眠れない夜、コナはあの女の子の客に嫉妬していることに気づいた。

枝折と同じなのか。いや、自分の心は男だ。

好きな人は今までいなかったが、たぶん恋愛

対象は女性だ。

じゃあなぜ、嫉妬するのだろう。


せっかく友達になれた四季を取られたくない

から?

それも違う。あの女の子の客は四季を友達とは思っていない。

とろけるような目で四季を見ていた。

恋をしたことのないコナでもわかった。

あれは恋する目だ。


嫉妬だと気づいたコナの胸はずっとちくちく

している。

なにかが胸の中でうごめいているような感覚。

枝折と篤子の楽しそうな話し声もコナには

遠くに聞こえた。



閉店後、枝折と篤子が階段を上った。


「戸締りしてね」

「はい。おつかれさまでした」


下で手を振っているコナは今日ずっと同じ表情だった。

笑顔の仮面をつけているよう。

あの仮面の下の心を思うと枝折は切なかった。


「篤子。相談があるの。ちょっとだけうちに

寄ってくれない?」

「うん」


相談。コナの前ではできなかったのか。

篤子は枝折の言いたいことがなんとなく

わかった。


タクシーが枝折のマンションの前で停まる。

オートロックを解除して部屋に上がるまで、

なにか考えているのだろうか。枝折はひと言も話さなかった。


「飲む?」

「お茶がいいわ。今日は飲み過ぎた」


ペットボトルからグラスに注がれた緑色。

枝折の心を思うと、店で飲んだマンハッタンのピンクよりも篤子には濃く見えた。


「いただきます。相談って…コナのこと?」


篤子がそう聞いてくるのは枝折には想定内

だった。

人が三人ほどゆっくりと横になれる大きな

ソファに篤子と並んで座った枝折が頷いた。


「昨日から変なのよあの子」

「昨日ね…うちの店に連れて来ない方が

良かった、ってこと?」

「うーん。そうなのかな。私は良かれと思ってコナを連れて行ったんだけど。四季が一生懸命働いているところをコナも見たいかなって

思ったんだけどな」


仲の良い二人だ。四季はコナが働いている

ところを何度も見たことはあるが、コナは

ない。

見てみたいと思っていると枝折が勝手に思って連れて行ったのだが、それがどうやらダメ

だったみたいだ。


「なんか、元気なかったわよねコナ。

笑ってはいたけど」

「営業スマイルよね。いつものコナの笑顔じゃない」

「んー」

「あの子…四季のことが好きなんだわ」


うん、と篤子も素直に頷く。接客をしていた

四季を見てコナは思うことがあったのだろう。

ホストという仕事が仕事なだけに難しいところだ。


「枝折」


心配そうにそわそわとしている枝折。

コナのことだから心配でたまらないのだろう。

篤子はお茶をひとくち飲んで、そのグラスを

見つめた。


「私たちには何にもできないわよ」

「…」

「気持ちを伝えるのも、このままそっとして

おくのも、コナが決めること」


枝折は篤子の方へ顔を向けたが、篤子は前を

向いて手に持ったグラスをじっと見ていた。


「そう…よね。私はコナも四季も、二人とも

大好きだからなんとかなればいいなって思ってしまって、」

「それは私も同じよ。でも、気持ちを伝えられなくても伝えてダメだったとしても…

諦めるのは難しいよね」


コナと四季は同性だ。異性に想いを告げるよりももっといろんなしがらみがある。

篤子がそれを一番理解していた。


「私は、好きな人は好きなままでいい。

私のことを好きになってくれなくてもいい。

たとえどんな立ち位置でもそばにいられたら いい。そう思ってるわ」

「…」


篤子がゆっくりと枝折の方へ顔を向ける。

枝折には、目を細めて笑っている篤子が高校生の時のメイクも薄めな篤子に見えた。


「コナはどう思うか。私たちは精一杯見守って、コナがなにか話してくれたらそれについて精一杯のことをしてあげよう」

「篤子」


腰まで届きそうな長い髪が枝折の肩にさらりと掛かっている。

それなのに篤子には高校生の時のまだ男の子

だった枝折に見えた。


「篤子は…大切な人だよ」

「ありがとう。枝折もよ」

「これからの長い人生…」


篤子は気持ちを伝えないことを選んだ。

枝折が女として生きていくことを決めたのを

尊重してやりたかった。

そばにいられれば親友でもなんでもいい。

それが篤子が出した答えだった。


「これから先の長い人生、篤子は俺のそばで

歩いてくれる人だって勝手に思ってる」


篤子が目を見開く。枝折が自分のことを “俺” と言ったのを聞いたのはいつぶりか。


そばを歩く。恋人じゃなくてもいい。

篤子の想いを知った枝折は篤子が望んだことを口にした。


ずっと積み重なっていた想いが溢れそうになったのを篤子は飲み込む。

枝折を困らせないために。


「私もそのつもりよ。枝折と歩けるのなんて

私しかいないでしょ」

「そうね。他の人じゃ役不足だわ」


ふふ、と笑いながら顔を逸らした篤子は目に

涙を浮かべる。


枝折が恋人を作らない理由。

そして篤子が恋人を作らない理由。

それらが同じだったことだけで、それだけで

良かった。


「ありがとう枝折。それでじゅうぶんよ」


“好きな人は好きなままでいい”


ついさっき自分が言った言葉はやっぱり正解

だった。

結ばれなくてもいい。心が通じているだけで

幸せだ。


これからコナも自分と同じ思いをするかもしれないがそれは幸せなことなんだよ、と今ここにいないコナに篤子は伝えてやりたかった。







branchの定休日。昼頃起きたコナが携帯を見ると四季からラインが来ていた。


「ドライブ…」


篤子が経営するホストクラブに行ってから

しばらく経っていた。

日を追うごとにコナの胸の痛みも少しずつ

和らいできたものの、それはあの日以来四季に会っていなかったからというのもある。


久しぶりの四季からのライン。

コナからラインしなかったからなのだろうか、元気?という言葉から始まっていた。


【元気?】

【ドライブいかない?】


四季は免許を持っているようだ。仲良くなれたつもりなのに四季のことをあんまり知らない

ことコナは苦笑した。


どう返そうか迷う。四季はコナが今日休みなのを知っているから誘っているのだ。

断るのも変だと考えて、いいよ、と返信した。



コナを迎えに来た四季の車はカーシェアのものだった。

カラーサングラスをかけて微笑んでいる四季はコナから見たらやっぱり都会の人、という感じがした。


「免許持ってたんだ」


コナが乗り込むとすぐに車は動き出す。

普段あまり見ることのない昼間の太陽が眩し

かった。


「高校の時に車校行ったんだ。行かされたって方が正解かな」


大学に行けば自動車学校へ行く暇はない、と

言った父親に無理やり通わされたと四季が

笑った。


「いいなあ」

「将来仕事でいるからって。

家を出ちゃったから結局意味ないんだけどね」


車の中で流れている曲は四季の好きな曲なのだろうか。

元々口数の少ない二人の上を真っ青な空が通り過ぎて行く。

そのうち車は首都高速に乗った。


高速に乗って30分ほどした頃、港が見えて

きた。

コナにはここがどこなのかもちろんわから

ない。

港の中にあるスターバックスに四季は車を

停めた。


「飲み物買おう。コナ、なにする?」

「俺よくわかんないから四季と同じので」

「わかった。コーヒー系でいい?」


うん、とコナが頷くと、隣にいた四季が流暢にオーダーをする。四季と出かける以外は外に

出ないコナはまだ都会に馴染むことはできな

かった。


飲み物を買って再び車に乗る。10分ほど走ったところに大きな公園のような芝生が見えて

きた。

駐車場に車を停めてカップ片手に二人で歩いて行く。

白い塔のようなものが青い空と白い太陽に

光っていた。


「ここ座ろ」


木でできた古いベンチ。四季がコナを連れて

きたこの場所はのんびりと時間が流れている

みたいだった。


「ここって…」

「横浜。本牧埠頭だよ」


東京から神奈川県に来たのか。東京と神奈川は近いんだな、とコナは思った。


「ここ好きなんだ。春には花がキレイでさ」

「今も咲いてたよ。さっきの階段のところに」


コナが、このベンチまで歩いてきた道を指さす。

その方に四季が顔を向けた。


「ほら。見える?あのピンクの小さい…」

「ねえ、コナ」


コナは指をさしていた自分の手をぎゅっと

握る。

サッと風が吹いて。コナが見つけたピンクの

花が大きく揺れた。


「俺、なんかした?」

「え?」

「なんで…俺の目、見てくれないの?」


コナはホストクラブに行ってから一度も四季に会っていない。

それなのに四季はコナの様子がおかしいことを気づいていたのだ。だから今日、誘ったのだ。


「四季は…なんにもしてないよ」

「でもコナ、」

「ごめん。俺が悪いんだ」


四季の心臓がドン、と大きな音を立てる。

コナのこのひと言で、なぜかこのまま何もかも終わってしまうみたいな気がした。


「どういう…こと?」


聞きたくなかった。本当はコナがいつもと違う理由なんて。

店に来てくれたコナと枝折を見送り、また店に戻った時からコナの顔が四季の頭の中に貼り

付いていた。


何かおかしい。違和感が拭えない。

そしてそれからいつもくれていたコナからの

ラインが途絶えていた。


「理由は… 」


コナが握った自分の手に置いていた視線を

四季に移す。

そこには泣きそうな顔をしている四季がいた。


今の今まで理由は言わないつもりだった。

友達のままでいたかったから。これからも

ずっと。

しかし理由を隠して友達でいたとしても、

この先何度も何度も四季にこんな顔をさせて

しまうのだ。


好きな人を苦しめたくない。たとえ失うことになっても。


うまく言えないかもしれないし、気持ち悪いと思われるかもしれないが、コナは自分の言葉で正直に話そうと思った。


「四季の働いてるとこ見て、大変な仕事だなって思った。

働いてるとこ初めて見たけど、」


何も言わずに四季はコナの話を聞いている。

一言一句こぼさないようにしているその目は

強かった。


「接客してる四季を見て…仕事だって

わかってるんだけど…苦しくて」


無意識にコナの手は自分の胸を掴んでいた。


「自分でも、なんで苦しいのかわかんなくて。

帰ってから眠れなくて、ずっと考えてたんだ」


言えば今日が最後になってしまう。

それでもコナは四季に全てを伝える決心を

した。

好きな人にもう二度とこんな顔をさせない

ために。


「嫉妬だった。頭では仕事だ、ってわかってるのに、お客さんとくっついて楽しそうに話してる四季を見てて、

…俺はお客さんに嫉妬したんだ」


四季は何も言わない。

すぅ、と大きく息を吸い込んで、コナは雲

ひとつない青い空を見上げた。


「コナ、」

「ごめんごめん。俺めっちゃ気持ち悪いこと

言ってるよね。

一生懸命仕事してる四季にホント失礼だし。

友達なのに嫉妬とか、わけわかんないよね。

でももう大丈夫だから。四季が気にする…」


青い空が見えなくなった。コナの視線の先には四季の茶色のジャケット。そしてコナの背中には四季の腕が回ってきていた。


「うれしい」

「…」

「なんかわかんないけど、死ぬほどうれしい」


コナが変だと思い始めてから四季の心は毎日

落ち着かなかった。

このままコナと途切れてしまったらどうしよう。そればかり考えてしまっていた。


今日ドライブに誘ったのも、落ち着かない心が限界を迎えそうだったからだ。

そして、コナに会いたかったからだった。


「コナになんて言われても、謝って…絶対に

また会えるって思いたかった」

「謝らなくてもいいって言ったろ?

四季は何にも悪いことしてないんだから」

「何としてでも…

コナと切れたくなかったんだ」


なぜこんなにも会えなくなることに怯える

のか。

一緒にいて楽しいからというのももちろん

ある。しかし楽しいばかりではなく、辛くても苦しくても四季はコナのそばにいたいと思っていた。


「俺…コナのこと好きだよ」

「…」

「会えなくなるなんて嫌だから」


コナの目の前にある四季の心臓からトントン

トン、と生きている音が聞こえる。


いつ死んでもいい、と思って生きてきた

コナは、その力強い音を一生聴いていたいと

願った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ