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MOTHER  作者: 村上呼人
25/28

【25 】明かされた真実




父であるテルヤにも話していなかった、コナと引き離されたあの日のこと。


話すことを承諾したゆりだったが、思い出したくもないのだろう。

胸に手を当てて一生懸命呼吸を整えていた。


あおいが携帯を机の上に置く。その場にいた全員はゆりが話し出すのを待った。



「コナと二人でアパートにいると、

インターホンが鳴ったんです」



佳樹よしきが帰ってくるにはまだ早い。

誰ですか?とゆりが中から聞くと、

テルヤ・オオノの部下だと名乗った。

大学を辞めたという連絡は、すぐにハワイの

テルヤいったのだろう。

しかしゆりがすぐに引っ越したので音信不通になっていた。


とうとう見つかったか。

ハワイに帰るつもりのないゆりはしらばっくれた。


「そんな人知りません。帰ってください」

「He ʻōlelo kaʻu mai koʻu makuakāne」

(お父さんからの伝言です)

「memo?」(伝言?)


男の話したハワイ語に思わず答えてしまった

ゆりは唇を噛んだ。



「ʻAʻole hiki ke wehe ʻia ka puka. e hoolohe mai

maanei」

(ドアは開けません。ここで聞くわ)



「父が…相手の男を訴えると言っていると言われました。

コナの父はもう亡くなっていましたが、彼にはお父さんやお母さんがいます。

訴えられたら家族に迷惑になる」



そう考えたゆりは仕方なくドアを開けた。


ズカズカと入ってきた男は三人。その威圧感にコナが大きな声で泣き出した。


「ʻO Yuri. E hoʻi kākou i Hawaiʻi.」

(ゆりさん。ハワイに帰りましょう)



「そう言われて帰るしかないと思いました。

一度ハワイに帰って父を説得して…

それからまた日本に戻り、佳樹さんと暮らそうと。

だからせめて佳樹さんが帰ってくるまで待ってくれ、と私は言いました」



日本に戻ってくるつもりだったが、もしもということもあり得る。

だから佳樹に今までの感謝を伝えたかった。

そして最後に顔が見たかった。


しかしゆりの願いに部下たちは首を縦に振らなかった。

佳樹が帰ってきたらややこしいことになると思ったのだろう。

今すぐに、と部下たちはゆりの腕を掴んだ。


「E hooki!」(やめて!)


そんなゆりを見てコナはさらに泣き叫ぶ。

ゆりがコナを抱こうと手を伸ばすと部下の一人がその先でコナを抱え上げた。


「ʻAʻole! E hoʻokuʻu!」(いや!離して!)


顔を真っ赤にして泣いているコナを乱暴に抱えている部下に向かってゆりは叫ぶ。

ゆりを押さえつけていた二人の部下はそれでも手を緩めなかった。


「Kona! Kona!」(コナ!コナ!)



「泣いている私に父の部下は…

ここでコナを殺されたくなかったら今すぐ一緒に来いと…」



従うしかなかった。父の部下は最初から自分だけを連れて帰るつもりだったのだ、とゆりはこの時悟った。



「ハワイに帰るから…最後にコナを抱かせてほしいと頼みました」



それだけは聞き入れてくれた部下たちは、ゆりが逃げないように玄関を塞ぐ。

部下の一人からコナを奪い取ったゆりは、

コナを抱きしめて頬ずりをした。


「コナ。ママは…もう…コナに会えないかもしれない。

でも、コナのこと世界で一番愛してる。

ʻO Kona ke ola o Māmā(コナはママの命よ)

幸せになってね」


ゆりの涙が落ちてコナの顔を濡らす。

コナが小さな手でゆりの髪をきゅっと握っていた。



「知らなかった。そんなことが…」


ゆりの話を聞いたテルヤが目を固く閉じる。

無理やり連れて帰ってきたのはわかっていたが、子供を人質にするような真似をしたとは聞いてなかった。


ゆりは抱いたコナを自らの手で置いてきたのだ。

コナを守るために。


帰ってきてすぐにゆりが狂ってしまったのも頷ける。

しかしテルヤは部下を責めるわけにはいかない。

どんなことをしてでも、と若かったテルヤは

部下にそう命令したのだから。


「コナが生きて幸せになるためなら私はなんでもします。

たとえ…二度と会えなくても、私の命さえ差し出します」


最後に抱きしめたコナのぬくもりを、今、背中をさすってくれているコナの暖かい手がゆりの心に蘇らせていた。


「ゆりさん。僕を守ってくれたんだね」

「ごめんなさい。私にはそれしかできなかったの」

「ゆりさんが守ってくれたから、こうやって会いに来れた。

ありがとう。そして、テルヤさんを許してあげて」


テルヤとゆりは表面上は普通だ。

しかしコナにはゆりがまだ心からテルヤを許していないことがわかっていた。


「コナが会いにきてくれてわかったわ。

父からすれば行方不明になった娘が見つかったと思ったら子供を産んでいたなんて。

ショックだったのよね。

だって…可愛い我が子なんですもの」


涙を流しているテルヤは当時のゆりを思い、

自分のしたことを後悔していた。

しかしゆりはコナがこうして会いにきてくれて幸せだと言ったことで、親であるテルヤの気持ちも少なからず理解し、全てを許そうと思えた。


「少しずつ貯めていたお金も、全て置いてきたわ。

佳樹さんにコナのことを頼むために。

ハワイに帰ってきた私は一円のお金も持っていなかった。

父はそれでも私を家においてくれた」

「ゆり…本当に申し訳ないことをした。コナ。許してくれ」


テルヤが涙声でゆりとコナに頭を下げる。

ゆりの背中をさすりながらコナはテルヤに優しく微笑んだ。



「ゆりが置いていったその金は私の両親に渡したよ。

コナを育ててもらうのに使ってもらった」


蒼が机に置いていた携帯から声がする。

ゆりがあわてて携帯を掴んだ。


「佳樹さん?」

「ゆり。久しぶり。元気で良かった」


ビデオ通話の画面で佳樹が優しく微笑んでいる。

年月を重ねてもあの頃と変わらない佳樹の笑顔を見てゆりはまた泣いた。




その少し前。佳樹の元に蒼からラインが来ていた。


【今、大丈夫ですか?】


ゆりが社長をつとめる会社に着いた、という

ラインを最後に蒼からの連絡が途絶えていた。


ゆりに会えたのか、と心配していた佳樹がすぐに大丈夫だ、と返信するとゆりの話をビデオ

通話で聞いてほしいと蒼からまたすぐに返信があった。


【コナくんが社長のご実家で大切に育ててもらったとゆりさんに言ってますので、そこだけ話を合わせてください】


ゆりを安心させるためなのもあるが、祖父母の本心を知ったコナは心からそう思っているのだ。


【わかった。いろいろありがとう】


ビデオ通話に切り替わった画面。

佳樹は携帯を持ち、ひとりで社長室でゆりの話を聞いていた。


ゆりが連れ去られた日のこと。

自分が帰るまでにそんなことがあったのだ。

コナはきちんと布団に寝かされていたのは、

ゆりが置いたからだった。


ゆりの話を聞いていた佳樹も胸が苦しくなって涙が溢れた。

あの日、もう少し早く帰っていれば…

今頃、ゆりと暮らしていただろうか、とも考えたが、それはおそらく叶わぬ夢なのだ。

いずれゆりはハワイに帰らなければならない

運命だったのだから。


蒼が机においているので天井しか映っていなかった画面。

静かに聞いていた佳樹がゆりに話しかけると、懐かしいゆりの顔が映ったのだった。




「佳樹さん…本当にありがとう。

ありがとうございます」

「俺はなんにもしてないんだ。

コナが強く生きてくれたんだよ」


頷いたゆりは涙を流しながら微笑む。

可愛らしい笑顔は変わらない。

佳樹は今までで一番愛した人が元気に生きてくれていたことに感謝した。


どんな人生を送ってきたのはわからない。

しかし今、ゆりはコナに会えたことでその人生は幸せだったと思っているはずだ。


「佳樹さんと暮らした、短かったけど本当に

幸せでした。

コナと二人、佳樹さんに救ってもらって…

たくさんの愛をもらいました」

「ゆり…」


何もしてやれなかった、と佳樹はずっと後悔していた。

コナにもゆりにも。それなのにゆりはそう言ってくれた。

20年経って、やっと佳樹は救われた気がした。


「俺もだよ。幸せだった。

ゆりとコナと三人で過ごした短い時間、本当に幸せだったよ」

「ありがとう。佳樹さん」


いろんな誤解が入り混じっていた。

ゆりがコナを置いていくはずがないと思っていたのは佳樹だけで、実家の両親はそう思わずに佳樹からコナを遠ざけた。

しかしコナに情が湧いてきた佳樹の両親は、

コナを立派に育てることだけを考えた。


佳樹がコナを放置していたのではなかったことや、ゆりが失踪したのではなく連れ去られたことなど、だんだんとわかってくる真実。


コナの周りの人々は、みんな優しいだけだったのだ。


「四季さん、佳樹さんの息子さん。素晴らしい息子さんね」


父である佳樹との関わりがなく家を出た四季も、佳樹のいろんな姿を見てこれからも父と歩み寄れそうな気がしていた。


「ゆりは、結婚したの?」


佳樹がそう聞くと、ゆりは微笑んで頷いた。


「ハワイに子供の頃からの婚約者がいたんです。

会ったことなくてお見合いみたいなものだったけど、主人、優しい人です」

「そうか。それは良かった」


政略結婚だったが、相手に恵まれた。

これも佳樹の気持ちを明るくさせた。


「子供は女が一人。まだkula kiʻekiʻe(高校)に通ってるけど」

「コナ。妹がいるんだって。

きっとコナに似て可愛いぞ」


四季がうれしそうにそう言うと、コナも微笑む。

ゆりが娘の写真を出して四季とコナに見せると、本当にコナによく似ていた。


「だからコナがすぐにわかったの。

Maoマオにそっくり」

「マオちゃんって言うんだね。可愛い名前」

「マオはハワイでは

【雨が止む】【不安が和らぐ】の意味なの。

マオは私たち家族の雨を止ませてくれた。

コナは【南風】。暖かくて優しい。

名前の通りの子。いい子よ。

毎日コナにおやすみ、と言って眠っていました。

コナ。会いにきてくれて…本当にありがとう」


ゆりがコナを抱きしめる。

そして、ありがとう、と涙混じりの声で何度も言った。


枝折しおりがゆりに会えと言った意味がコナにはわかった。

記憶に残っていない母に会ってもなにも変わらないだろうとコナは思っていたが、ゆりに会い、どれだけ自分が愛されて生まれてきたのかを知った。

そして、ゆりのためにもこれからの自分の人生を大切に精一杯生きていこうと思えたのだ。




ホテルに帰り、コナは四季にそのことを話した。


「ゆりさんがくれたこの命、大切にしていくよ。

ゆりさんが産んでくれておじいちゃんとおばあちゃんが育ててくれた。

だからこそ枝折さんや篤子さん、四季に出会えたんだ」


コナの手を握った四季が頷く。

離れていても、二度と会えないとわかっていても、ゆりはコナを愛し続けていたのだ。


「俺も…なんか、ゆりさんに会っていろいろ考えた。

お父さんが家に帰ってこなくて、話をした記憶もなくてお父さんのこと何にも知らなかった、って前にも言ったけど…」


ゆりが佳樹に感謝していたこと。

コナと二人、短い間だったが佳樹からたくさんの愛をもらったと言っていたこと。

四季は、佳樹が今まで過ごしてきた時間をまた感じることができた。


「お父さんは、家にこそ帰ってこなかったけど俺と弟とお母さんのこと、愛してくれてるのかなって」

「当たり前だろ」

「うん。会社は継がないけど、なんていうか、お父さんともっといろいろ話したいって思わせられた」


ゆりは佳樹に出会い、コナと二人なんとか命を繋いだ。

ゆりを愛していたのもあるが、若かった佳樹は二人を守るのに精一杯だっただろう。

だからこそゆりはあんなに佳樹に感謝しているのだ。


「ねえ、四季。俺も四季も愛されて生まれてきたんだよね」

「うん。そうだよな」

「そして今は枝折さんと篤子さんが愛してくれてる。

幸せだよね。四季とも…ずっと一緒にいられるし」


四季が照れくさそうに笑って頷く。


当たり前だが生まれてこなければここに存在しなかった命。

普段はなんとも思わないが、四季はあらためて命の重さを考えさせられた。


ホテルの窓からは海が見える。月明かりだけの優しい夜。

母なる海、大地をコナと四季は感じていた。


「明日、帰る前にゆりさんに枝折さんのことを話すよ」

「うん」

「枝折さんのおかげで俺は今すごく幸せだって。

で、俺のお母さんは…枝折さんだ、って」


ゆりを安心させたいためでもある。もう家庭を持って子供もいるゆりが心配しないように。

そしてコナの本心でもあるので知っておいてもらいたかった。




次の日、ゆりがコナ空港まで三人を車で送った。

グレーの石碑に刻まれた

【エリソン・オニヅカ コナ

INTERNATIONAL AIRPORT AT KEAHOLE】

のKONAの文字を四人で見ていた。


「ゆりさんにもう一つ大切な話があります」


ゆりがサングラスをスッと外してコナを見上げる。

蒼と四季は少し離れたところにスーツケースを転がして移動した。


「僕にはお母さんがいます。

山形から東京へ出てきて、それからずっと僕のことを可愛がってくれて大切にしてくれる人です」

「そうなの…」

「名前は枝折。今、病気と闘ってます」


ゆりの頬に涙が一筋つたう。


「シオリ…」


「Manaʻo wau e ola ka maʻi o Shiori.」

(枝折さんの病気が治りますように)と

ゆりは顔の前で手を合わせた。


「だからゆりさんはゆりさんの家族を大切にしてください」

「コナ…」

「僕はゆりさんの息子です。

それを誇りにこれからも生きていくから。

心配しないで」


コナがゆりを抱きしめる。

ゆりは震えている手をコナの背中に回した。


「心配なんてしません。

こんなに良い子なんだもの。

コナ…可愛い私のコナ。元気で。

お母さんを大切にしてあげてね」

「はい…」


コナの目からも涙がこぼれる。

ゆりはこんなに細く小さな体でコナを一人で産んで育てたのだ。

ゆりの細い腕もコナには愛おしく感じた。


「最後に…一回だけ…」


コナとゆりは強く抱き合い涙を流した。


「Māma…(マア)」(お母さん…)

「ううう…う、う、

Mahalo…Mahalo, aloha au iā ʻoe, e Kona.

(ありがとうありがとう…愛してるわコナ)

「元気で」


また会いましょう、と言わずに二人は抱擁を解く。


ゆりの温もりをコナは一生忘れないだろう。

これはきっと別れた日、最後に抱っこしてくれた時の温もりだから。


気持ちのいい南風が吹いてくる。

ハワイの真っ白な日差しに揺れる赤い花が優しく手を振っているみたいだった。


 


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