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MOTHER  作者: 村上呼人
15/28

【15 】拗れた想い




四季しきの携帯に篤子あつこから枝折しおりのことでラインが来ていた。

続けてコナからも枝折が治療を始める、といううれしそうなラインが来る。

四季も体の力が抜けたように微笑んだ。


「良かった」

「四季さん三番お願いします」


ボーイが控え室に顔を出す。

四季は携帯をポケットに入れ、髪を整えて店に出た。


「いらっしゃいませ」


いつも四季を指名してくれる客だ。

まだ20代前半だろう。

しょっちゅう来てくれるのはうれしいが、金はどうしているのか。


今夜もシャンパンをボトルで入れたその客は

四季が座るとくっついて座る。

店内はそこまで暗くはない。四季には客の顔色が悪いように見えた。


「体調悪いの?」

「ううん」

「しんどかったら言ってね」

「大丈夫だよ」


グラスに入った黄金色のシャンパン。

乾杯するとその客は一気に飲み干した。


他愛無い話をしながら四季と客が飲んでいると、ボーイがやって来て膝をついた。


「四季さん。八番のお客様が、」

「ダメ」


客が四季の腕を掴む。その手に四季は自分の手を重ねて客に振り向いた。


「すぐ戻って来るよ」

「ダメ。もう一本入れるからここにいて」

「挨拶だけだから」

「ダメ!」


大声を出した客。他の客もチラチラと四季たちを見ている。ボーイを下がらせて四季は客と向かい合った。


「指名して、僕が来なかったら淋しいでしょ」

「淋しいよ、当たり前じゃん」

「だから顔だけ見せてくる。後で必ず戻るから」


静かに言い聞かせても客は首を激しく横に振るばかり。

困った四季は再びボーイを呼んだ。


「誰かついてもらって、」

「ヘルプなんかいらない!」

「お客様」


ボーイが四季と客の間に入るように足を進める。

その隙に八番テーブルに行くように、とボーイは四季に合図した。


「ダメだって言ってんじゃん!おいっ!」


暴れ出した客をボーイが歯がいじめにして受付まで連れて行く。

無理やり精算させられた客は怒って受付の

カウンターを蹴っ飛ばした。


「払うわけねえだろ」

「しかしお客様、本日はボトルを…」

「知らねえよ」


そのまま帰ろうとする客に、中から出て来た

篤子が応対した。


「お客様。お支払いいただけないのなら警察を呼ぶことになりますがよろしいですか?」


篤子を見た客は一緒怯んだが、すぐに一歩前に踏み出して自分より背の高い篤子をにらみつけた。


「四季は?ずっと私のところに置けよ」

「他にも指名が入りましたので」

「いくら落としたと思ってんの?

金出してる方を優先するだろ普通」

「当店はそういったシステムではございません」


微笑みながら対応する篤子。

言い返せなくなった客は再び受付のカウンターを蹴った。


「お客様。お帰りいただけますか?」

「金払って飲んでんだよ!無理やり帰らせるっての?」

「本日のお支払いはまだでございます。

それよりも騒がれては他のお客様にご迷惑なりますので」


客は悔しさを暴れることで解消しようとしている。

狭い受付のフロアであちこちの壁を蹴って騒いだ。


見かねた篤子が客に近づいて手首を掴む。

驚いた客が篤子を見上げた。


「金はいいから。私が静かに言ってるうちに

帰んな」


客にしか聞こえない声で篤子がささやく。

サッと篤子から視線を外した客は転がるようにして店から出て行った。


「オーナーすみません」

「いいえ。ああいうガチの子は困るわね。

遊びに来てるって思ってないんだから」

「金も…どこから工面してるのか、四季さんも気にしてました」

「確かに。最近頻繁よね。使い方も派手だし。

四季の気を引きたいのはわかるけど…

心配よね。

あの子は出禁にしてちょうだい」

「出禁ですか?」

「かわいそうだけど、取り返しのつかないことになってからでは遅いわ」


客に蹴られたところが壊れていないかを確認して、篤子は奥にあるオーナー室に入る。

たまたま来ていたから良かったものの、さっきのような客はキャストに何をするかわからない。


篤子が銀座で経営するクラブにはこんなに聞き分けのない客など来ない。

歌舞伎町ならではなのかもしれないが。


篤子が部屋でパソコン作業をしていると、

ドンドン!と激しいノックがドアを揺らした。


「オーナー!」

「どうしたの」


ドアを開けると血相を変えたボーイが飛び込んできて篤子の手を引いて店の外に出た。


店の前には血溜まりができている。

救急車のサイレンがけたたましく鳴り響き、

賑やかな街負けないぐらいの真っ赤なランプが光っていた。


ボーイに連れられて篤子は慌てて階段を降りる。

一階のエントランスを出ると救急車が後ろの

ドアを跳ね上げて停まっていた。


野次馬が多くて救急車の中が見えない。

篤子は野次馬をかき分けて救急車に近づく。

跳ね上がったドアを救急隊員が閉める寸前、

真っ白な顔をしたさっきの客が見えた。


「オーナー…」

「どういうこと?」


真っ赤なランプとサイレンの音が人混みを掻き分けて走って行く。

篤子は辺りにいた人に話を聞いた。


「ホストクラブの前で血を流して倒れてたん

だってよ」

「自殺?」

「だろうな。カッターで腕か首かを切ったって聞いたよ」


篤子にすごまれた腹いせか。それとも四季に見せつけるためか。

それよりも客がカッターを持っていたことが

篤子は気になった。


店に戻って30分ほど経った頃警察が来た。

篤子の経営するこのホストクラブの前は通路になっていて他にも五軒の店が入っている。

目撃者はひとりではないだろう。

しかし目撃者たちに話を聞いて篤子の店にたどり着いたとしたら早い。

まるで遺書でもあったみたいな勢いだった。


警察をオーナー室に通す。

篤子は、あの客を応対したボーイと二人で部屋に入った。


「お忙しいところ申し訳ございません。

ちょっと見ていただくのは恐縮なんですが、」


そう前置きした警察が顔に血がついている客の写真と名前と年齢を言った。


山本やまもとせりな。24歳。ご存知ありませんか?」

「うちのお店にも来られたことのあるお客様です、と言いましてもご年齢やお名前は存じ上げておりません。

救急車が来たので下まで見に行った時にお顔も見ました」

「山本さんは本日こちらのお店に来られてますか?」


来ていたのを知っているからここに来ているのに。

警察は白々しく篤子に聞いてきた。


「はい。キャストと揉めましたので私が間に入り、お帰り願いました。お代はいただいておりません」

「揉めた内容を教えていただけますか?」

「当店のキャストは指名制になっておりまして、指名料はもちろん発生いたします。

なので、指名してくださったお客様がかぶってしまった場合は時間ごとにお席につかせるんですが…そのお客様はそれが納得いかないとおっしゃられて暴れ始めたんです」


そして料金はいらないから帰ってくれと言って帰ってもらった、と篤子は正直に警察に話した。


「ありがとうございます。目撃者の話によりますと」


警察は持っていた手帳をパラパラとめくり、目を近づけた。


「山本さんはこちらの店の前に座って、

四季さんというホストの方へ文句を言っていたらしいんです」

「揉めていたのがその四季です」

「そうでしたか。あまりにうるさくしていたので廊下を通った他の店のスタッフや客が注意したらカッターナイフを取り出して、自分に近寄られないように振り回しはじめたそうです」


やはりカッターはその客が持っていたのだ。

そんなものを持って来店し、何をする気だったのか。

篤子の背筋に冷たいものが走った。


「それがたまたま自分の腕に当たって切れた。

傷は深かったようで出血も多かったそうです」

「そうだったんですか」


自殺ではなかった。ケガをしたことに驚いた

せりなは狂ったように暴れ始めて大変だったらしい。

防音扉にしてあるので店の中からはその一連の騒ぎは篤子たちには全くわからなかった。


「四季さんに向かって殺してやる、と言っていたとか」

「それでカッターを持って店に来たんでしょうか」

「わかりません。いつも持ち歩いているか、

たまたま持っていたか、もしくは四季さんを狙うため故意に持ってきたか。

命に別状はないようなので引き続き山本さんに話を聞くことにします」

「わかりました」


警察が帰っていく。入り口まで見送りに行った篤子が振り向くと四季が立っていた。


「篤子さんごめんなさい。話、聞いてて」

「四季が気にすることないわ。誰がどう見ても悪いのはあの客。それに私たちは規則を守っただけだから」


四季の顔色が悪い。狙われていたかもしれない、と聞けば怖くもなるだろう。

篤子は四季の不安をとりのぞくようにニコッと笑った。


「少し控え室で休みなさい。顔色が悪いから」

「はい、あ、顔色で思い出したんだけどさっきのお客様来るなりすごく顔色が悪かった」


四季の証言でわかった。せりなは最初から四季を狙うために今夜ここへ来たのだ。

嫉妬だろうか。それとも金が底をついてもう来られなくなるからその前に、ということか。


「元々体調が悪かったのかもね」

「かもしれないよね。いつもはあんなこと言わないから」


四季にはそう思わせておいた方がいい。

篤子は四季の背中を押して控え室に連れて行った。



数日後、またホストクラブに警察がやってきた。


まだ入院中のせりなは何も話さないらしい。

他になにか思い出したことはないかを警察は聞きにきたのだ。

しかしこの日は運悪く、篤子は銀座の店に出ていて不在。

呼び出された四季が応対することになった。


オーナー室に勝手に入るわけにはいかないので、四季は近くのカフェに警察を連れて行った。


「あなたが四季さんですね」

「はい」

「オーナーさんからはお話を聞いてますが、

あの後なにか思い出したことはありませんか?」


せりなが話さない限りなんの解決もない。

警察は、どんなことでもいいから、と四季に微笑む。

四季は顔色が悪かったこと、店で大声を出して暴れられていつもとなにか違うと感じたと話した。


「その、顔色が悪かったというのは店に来た時からですか?」

「はい」

「なるほど。山本さんについて四季さんが普段から感じたことや思うことがあれば教えてください」

「よく…来てくださるんですが、お金はどうしてるのかなといつも思っていました」


うんうん、と警察が頷く。四季はカフェオレを一口飲んでまた口を開いた。


「仕事のこととか話の流れで聞いてもごまかされました。

だからあのお客様のことは何も知りません」


心配になるほどなにも知らなかった。

しかし根掘り葉掘り聞くのも違う。

いつも篤子に言われていたのが、お客様はここへ楽しみに来ているということだ。

楽しんでもらうところだから客の言いたくないことは聞けないのだ。


「調べたところ山本さんはかなりの借金をしています。

年齢も年齢ですし、仕事はアルバイトなので

正規のところからは50万ほどしか借りられません。

それで足りない分は闇金から借りていました」

「闇金?」

「過剰な利息を条件に金を貸す金貸しです。といっても違法ですが」


せりなの顔が浮かぶ。自分に会いにくるのには金がいる。

四季は、会うためにそんな危ないところから金を借りざるを得なかったせりなの心を思って、苦しかった。


「遊び、と割り切れなかったのですかね」

「…」


カラン、とカフェのドアが鳴って、客が入ってくる。

四季はすっかり冷めてしまったカフェオレを見つめた。



篤子は銀座のクラブで、月に一度程度来る社長が連れてきたアメリカの取引先の客の接待をしていた。

歌舞伎町のホストクラブであんなことがあったので、歌舞伎町にいたかったがいたしかたない。


取引先のアメリカ人が好きだという酒を用意して、英語を話せるキャストをその日に出勤させる手配をするなど数日前から篤子は忙しかった。


「Then, is it your first time to come to Japan?」

(では、日本に来られたのは初めてなんですか?)


篤子が酒を作りながらそう聞くと、取引先の

アメリカ人は大きく頷いて笑った。


「That's right.

If I could meet such a beautiful person,

I wish I had come sooner.」

(そうです。こんなに素敵な人に出会えるなら、

もっと早く来ればよかった)


口を尖らせて悔しがるフリをしている取引先のアメリカ人を見てみんなで笑う。

また日本に来られた時はぜひ、とホステスが

英語で言うと取引先のアメリカ人はうれしそうに手を叩いていた。


「ママ」


ボーイがスッと篤子のそばに膝をつく。

歌舞伎町の店から電話がかかってきたらしい。


またなにかトラブルだろうか。

客にわからないように篤子はため息をついて

ボーイを下がらせた。


「Excuse me for a moment」

(少し失礼いたします)


篤子が立ち上がり、客に頭を下げて着物を直す。

店の奥の部屋にある、保留になっている受話器を取った。


「篤子です」

「お忙しいところすみません。実は四季さんが…」


今日で三日無断欠勤をしている、とホストクラブの店長が言った。



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