05 魔法講義 パート2
「おーい、機嫌直してくれよー」
「別に私は怒ってはいない」
「いや、…すまんって」
検査室の主人は笑いながら私達を見ている。
「…なぁ、先生。俺はどうすれば良いんだ?」
「なぁーに、心配いらんよ」
老人の淹れた紅茶は美味く、並べられた菓子も見栄えと味を両立していた。
何より使っている茶器がいい。派手すぎず質素すぎない、繊細な花細工がとても映える。
ドタドタと足音が聞こえる。
足音の主は、検査室の前に来ると立ち止まり、身嗜みを整えるためか数秒ほどした後に咳払いとともに扉をノックした。
老人の「どうぞ」という言葉を待ってから扉を開ける。
「失礼いたしますぞ!」
入ってきたのは騎士グスタフ。…王都守護騎士隊の隊長を務め、新人騎士の教官の一人である。
「んー?グスタフさん」
「おお!やはりまだこちらに居たのですねヘリオス君」
「…なっ!き、貴様!この方は我々の教官になられるグスタフ騎士長なのだぞ!そのような振る舞いを─」
口に焼菓子を入れた状態で片手を上げて挨拶をする、彼に立ち上がって注意をする。…少し品がない行いのような気がする。
「気にしなくてもよいですぞ、ネレイス殿」
「えっ…!は、はい…!いえ!!私は貴公の部下になる身、敬称は不要…それとオリビオと呼んでください…家は関係ありませんので」
「うむ、オリビオ君もそう畏まらなくてもよいですぞ」
「深呼吸ですぞー」と穏やかに笑うグスタフ氏を見ていて徐々に自分のリズムを取り戻す。
「失礼しました。私ともあろうものが取り乱してしまいました。」
「いえいえ、礼節を重んじる姿勢は美徳でありますぞ」
「ところで、グスタフさんはなんでここに?」
「パーティにヘリオス君が見当たらなかったものですから…検査に何か異常があったのかと思いまして…」
「異常はなかったよ。ただ、彼が既に魔法を修めていたんだ、魔力も変質する程に使い込まれていてね…そこで付き添いのご友人くんに魔法の講義を受けていたところさ」
「そうでしたか!でしたら、私もぜひ受けてみたいものですな!」
「いえ…それほど期待されるものでは」
「使えるものの知識が有ると無いとじゃ大違いだ、それに魔法は命を預けるものだしな」
ヘリオスは戦士としては使えるなら何でもよいと言う者もいるが、と小さく続けた。
「てか、変質って何?俺どうなってるの?」
「説明しよう」
一旦口に紅茶を含み、唇を潤す。
「『魔法』とは世界に反するとされる法則であり、それを用いて世界に現象として働きかけることを『魔術』という」
グスタフ氏は老人より椅子を受け取りそこに腰掛ける。
声の大きい人が静かになると、場の空気も冷たくなる気がした。
「そして、魔術の行使には儀式と代償が必ず必要になる。ここでは、代償の部分についてが重要になる。魔術の強弱にもよるが、発動の際に魔力を消耗する……ここまでは解るかい?」
「ああ」
彼は手のひらを上に向けるとそこに僅かな光が灯る。
それが彼の魔法─魔術なのだろう。
「そして長い期間魔法を扱い続けていると、魔法使いの肉体はその魔法や魔術に合わせて変化していくのさ」
私は指先を紅茶に向け、指揮をするように指を振る。すると、その先に追従するようにカップから紅茶が浮かび飛び回る。
「貴族は代々親から子への継承を重視する…そして婚姻も同じ魔法体系の者から優先的に選ばれたりもする…」
手を広げる。紅茶は宙で広がり、蜘蛛の巣のように形を変える。
「例えば、我がネレイス家は代々『水』に関した魔法体系を至上としてきた…おかげで不純物だらけの液体でもこうも簡単に操れる」
紅茶をカップへと戻す。色のない透明な水と中に溶けていた茶葉とを分けるようにしながら。
「ご老人…折角の紅茶を台無しにして申し訳ありません。おかわりをいただけますか?」
「かまわんよ」
ヘリオスに目を向ける。
2人の感想は。
「すごいことなんだが、俺にはピンときていない」
「君は光を出していたが…どういった魔法なのかい」
「んー?基本的に光ったり熱くなったりするだけだ」
光と熱…。
「だが、炎の魔法ではない…」
「ん?なんで炎じゃないっていいきれるんだ?」
「以前見たアドラヌスと違うからだ…彼は炎の魔法使いだからな」
「ふーん」
暫く茶会は続いた、ヘリオスとグスタフが質問し、オリビオが答え、偶に老人が補足するように言葉を足す。
ゴーンと立てかけられた振り子時計から音が鳴る。
茶会も終わりだと皆が思い、検査室を後にする。
その際に「またおいで、…ああ普段は一階の医務室にいるかもだけど」と言われた。
「いや~今回はためになる時間でしたな」
「そう言ってもらえて光栄です」
「魔術…うーん…?」
ヘリオスは茶会の中で出た魔法を用いた魔術について思案していた。手のひらに僅かに光、赤や黄、緑に青と色が移り変わっていく。
「一日二日で完璧にマスターするのは難しいだろう」
「そうだな、…今までにない発想だったからな」
「そうですな、実戦では一瞬の判断が命取りとなりますから複雑な術を好まない方が多い傾向がありますな」
「そういえば」
グスタフ氏が私達を見てピタリと足を止める。気づけば寮の前に到着していた。
「明日から訓練が行われます…そして最初の訓練はいきなりの実戦です。御二人…特にヘリオス君は問題ないと思いますが、戦いを知らぬ人が多いでしょう…特に平民の方々は」
難しそうに眉を寄せる。
「公平に新兵を二つのチームに分けての訓練になりますが…その、貴族の方々は…」
言いにくそうに言葉を詰まらせる。
快男児といった風貌の彼には少し似つかわしくない言動だったがだいたいは理解した。
要するに形態化したプライドが平民と肩を並べることを許さない者達がいるのだろう。
「元よりそのつもりです。グスタフ氏」
言葉に嘘はない。
「この私、オリビオ・フォン・ネレイスが貴族として皆を導くのは当然の義務ですから!!」
胸を張り、声高に宣言する。
「…なんでオマエそんなポーズとるの?」
「…オマエとは品がない、名前で呼び給え!敬称をつけると尚良し!」
隣を歩く彼に少し礼を教えるべきか…。




