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第8話

「「「グォォォォ…!」」」

虚ろな雄叫びを上げ、骸武者の軍勢が、津波のように私たちへと殺到した。


「来るわよ、影月!」

「フン、言われるまでもない!」


背中合わせのまま、私たちは同時に地を蹴った。

影月が振るう幽月の太刀筋は、まるで流麗な舞のようだった。黒い残像が駆け抜けるたびに、骸武者たちが次々と崩れ落ちていく。強い。あまりにも、強い。


私は、彼の邪魔にならないように、そして彼の背後を決して取らせないように立ち回った。

「光よ、邪を退け!」

守り刀に霊力を込めると、淡い光の結界が広がり、骸武者たちの動きを鈍らせる。その一瞬の隙を、影月が見逃すはずがない。


私たちの呼吸が、動きが、だんだんと一つになっていく。

言葉を交わさなくても、彼が次にどう動くのかが、手に取るようにわかった。


「…素晴らしい! なんと美しい舞だ!」

祭壇の上で、黒主が恍惚と手を叩いている。

「だが、それもいつまで続くかな? 踊れ、影月様! その魂が燃え尽きるまで、憎しみのままに!」


黒主が呪具にかざした手の紋様が、禍々しく光る。

その瞬間、影月の足元から、黒い茨のような瘴気が絡みつき始めた。


「くっ…!」

《…これは…》


影月の動きが、鈍る。彼の目の前に、かつて彼を裏切った家臣たちの幻影が、次々と浮かび上がっては消えていく。

『お前は独りだ』

『誰も信じられぬ、哀れな亡霊』

『我らと共に、永遠の闇に沈むがいい』


「やめて!」

「無駄ですよ、鍛冶師の娘」

黒主が、嘲笑う。

「彼に巣食う闇は、千年の時を経て、彼自身となっているのです。憎しみこそが彼の本質! さあ、影月様! その娘ごと、すべてを憎み、すべてを破壊なさい!」


「アァァァァァァ!」

影月の身体から、制御を失った黒い瘴気が、嵐のように吹き荒れた。

赤い瞳から理性の光が消え、純粋な破壊衝動だけが宿る。

「影月…!」

私の声も、もう彼には届いていない。このままでは、彼の魂は、完全に憎しみに飲み込まれてしまう。


(…いやだ)


こんな結末、絶対に認めない。

あなたの魂は、憎しみなんかじゃない。不器用で、優しくて、そして、誰よりも誇り高い。

私が知ってる。私が、それを証明する。


(覚悟を、決めなさい。私)


おばあちゃんの声が、聞こえた気がした。

そうだ。私は、鍛冶師だ。

折れてしまった魂があるのなら。


──私が、打ち直すまで。


「影月ッ!」


私は、吹き荒れる瘴気の嵐の中へと、迷わず飛び込んだ。

「なっ…!?」

黒主の驚く声が遠くに聞こえる。

熱い。痛い。魂が引き裂かれそうだ。でも、私は進む。暴走する彼の中心へ。


そして、その手に持たれた幽月の刀身を、力いっぱい抱きしめた。


「…私の炎で、あなたの魂を、打ち直す!」


目を閉じる。

私の意識は、現実の肉体を離れ、魂の奥深くへと潜っていく。

そこには、私の魂そのものである、紅蓮の炎が燃え盛る鍛冶場があった。

金床の上に乗せられているのは、ひび割れ、傷だらけになった、幽月の刀身。


私は、心のすべてを、魂のすべてを込めて、光り輝く鎚を振り上げた。


(あなたの悲しみも)

カンッ!

(あなたの怒りも)

カンッ!

(あなたの孤独も、千年の無念も!)

カンッ!

(全部、全部、私が受け止める!)


一振りごとに、私の魂が削れていく。それでも、私は鎚を振るうのをやめなかった。

やがて、傷だらけだった刀身から、黒い怨念が剥がれ落ち、中から、眩いほどの、清らかな光が溢れ出してきた。


《…そうか》

頭の中に、穏やかな影月の声が響く。

《我は…打ち直して、ほしかったのだ。この、折れてしまった魂を…》


──お前に。


その声と共に、私の意識は現実へと引き戻された。

目を開けると、吹き荒れていた瘴気の嵐は、跡形もなく消え去っていた。

私の腕の中にある幽月は、禍々しさを失い、まるで夜明けの空の色を映したかのように、静かで、清らかな光を放っている。


「馬鹿な…! 我が一族の、千年の悲願が…清められていく…!?」

祭壇の上で、黒主が絶望の叫びを上げる。

浄化の光は、彼と、彼が作り出したすべての呪いを飲み込み、廃城全体を優しく包み込んでいく。骸武者たちは、安らかな表情で塵へと還り、黒主もまた、光の中に溶けるように消えていった。


「終わった、の…?」


私がへなへなと座り込むと、目の前に、そっと誰かが膝をついた。

顔を上げると、そこにいたのは、穏やかな表情で微笑む、影月だった。



瘴気が完全に晴れた里は、嘘のような活気を取り戻していた。

病に倒れていた人たちもすっかり元気になり、私たち──私と、自由に人の姿を取れるようになった影月は、里の英雄として迎えられた。


「…フン。なかなか面白い物語を見せてもらった」

祝いの宴の隅で、一条蒼司が、少しだけ悔しそうに、でもどこか嬉しそうにそう言った。


そして、私たちの新しい日常が始まった。

鍛冶場には、いつも二つの鎚の音が響いている。影月は、剣士としての知識を活かして、私に的確な助言をくれる、最高の相棒になった。


そんな、春の日。

満開の桜並木の下を、二人で歩いていた。


「朱音」

影月が、不意に立ち止まり、私に向き直った。

そして、完成したばかりの、一振りの美しい刀を、私にそっと差し出した。


「この刀の名は、『朱月しゅげつ』。お前と共に鍛えた、永遠にお前を守る刃だ」

私の名前と、彼の名前が、一つになった刀。

その刀身には、満開の桜と、私の驚いた顔が、きらきらと映っていた。


言葉を失う私の手を、彼が優しく取る。

そして、桜の花びらが舞い散る中、そっと、唇が重ねられた。


「お前は俺が、一生守る」


触れるだけの、優しい口づけ。

でも、私の心臓は、あの時、鍛冶場で炎を見た時よりも、ずっとずっと、熱く燃え上がっていた。


「…俺の、たった一人の鍛冶師」


悪戯っぽく微笑む彼の顔は、もう、あの頃のような孤独の影なんて、どこにもなかった。

私の恋は、どうやら、最高のハッピーエンドを迎えたらしい。

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