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第6話

影月が放つ、怒りを帯びた霊力。

それは暴力的な嵐のようでありながら、私のことだけは守る、静かな結界のようでもあった。

その圧倒的な力の前に、一条蒼司も、後ろにいた里の人たちも、完全に言葉を失っている。誰も、一歩も動けない。


「…面白い」


長い沈黙を破ったのは、蒼司だった。

彼は青白い光を放っていた刀を、静かに鞘へと納めた。その表情からは、先程までの敵意が消え、代わりに、まるで極上の逸品を見つけた職人のような、好奇と興奮の色が浮かんでいた。


「ただの怨霊憑きが、これほどの意志を持つとはな。…風祭の娘、君はとんでもないものを呼び覚ましたらしい」

彼は私と、私の隣に立つ影月の姿を交互に見つめ、にやりと笑う。

「いいだろう。今日のところは、この一条蒼司、君たちの〝絆〟に免じて引いてやる」


そう言うと、彼は里の人たちに向き直った。

「皆さん、お引き取りを。この件、もはや我々の手出しできる領域を超えている。下手に刺激すれば、里が吹き飛びますぞ」


その言葉に、里人たちは青ざめ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

最後に残った蒼司は、私に意味ありげな視線を送った。

「ただし、勘違いするなよ。僕は君を認めたわけじゃない。ただ、君たちがこの先どんな〝物語〟を紡ぐのか、特等席で見たくなっただけだ。…せいぜい、僕を退屈させるなよ、煤けたお姫様」


捨て台詞までいちいち芝居がかっていて、なんだかムカつく。

だけど、彼が去ったあと、私は深く息を吐いた。ひとまず、最悪の事態は避けられたようだ。


鍛冶場に、私とおばあちゃん、そして再び姿を消して気配だけになった影月の、三(?)人だけが残される。


「…朱音」

おばあちゃんが、心配そうに私の肩に手を置いた。

「大丈夫かい?」

「うん…。ねえ、影月」


私は、誰もいない空間に向かって話しかけた。

「この里の瘴気、やっぱりあなたから出てるものじゃないよね?」


《無論だ》

頭の中に、即答が返ってくる。

《我が怨念は、もっと鋭く、乾いている。だが、この里に満ちる気は、粘りつくような…他者の強い悪意だ。おそらく、元凶は里の外にある》


やっぱりそうだ。

「誰かが、意図的にこの里を瘴気で汚染させて、その混乱に乗じて、あなたを…幽月を奪おうとしてるんだ」


でも、誰が、何のために?

「お父さんの日記か、蔵の古文書に、何か手がかりがあるかもしれない…!」


私は、蔵へと駆け込んだ。おばあちゃんも手伝ってくれて、片っ端から古い記録をめくっていく。

そして、一冊のボロボロになった手記の中に、それを見つけた。


「これだ…!」


それは、人の怨念を吸い上げて増幅させ、自在に操るという呪具の絵図。そして、その呪具に刻まれるという、禍々しい紋様。


《…! その紋様…》


私の頭の中で、影月の声が、初めて焦りを帯びて揺れた。


《見覚えがある。百年、二百年…いや、もっと昔か。我を裏切り、その命を奪った家臣の一族が使っていたものに、酷似している…!》


「え…!」


点と点が、線で繋がった。

敵は、影月を裏切った家臣の子孫。

彼らは、先祖代々、影月の強大な力を狙っていたんだ。そして、この里を瘴気で満たし、私たちを追い詰め、その隙に幽月を奪い取るつもりなんだ。


じゃあ、その敵は、今どこにいる?

瘴気を操る呪具がある場所。そして、影月の怨念に最も干渉しやすい場所。

答えは、一つしかなかった。


「…廃城」


私が呟くと、影月の気配が、ぴたりと静止した。

彼が生まれ、そして無念の死を遂げた、あの忌まわしい場所。


「行こう、影月」


私は、顔を上げた。もう、心に迷いはない。


「あなたの故郷へ。元凶がそこにいるなら、私たちで乗り込むの」

《…あの場所へ、我に還れと言うのか》

声に、拒絶の色が滲む。無理もない。彼にとっては、思い出したくもない悪夢そのものだろう。


「うん」

私は、まっすぐに、彼がいるであろう空間を見つめた。

「あなたの無念を晴らして、里を救うために。誰かに奪われるくらいなら、私たちの手で、本当のケリをつけにいくの。…一人じゃ、ない。私が、そばにいるから」


長い、長い沈黙。

やがて、諦めたような、でも、どこか安堵したような声が響いた。


《…好きにしろ。お前は、どうせ我の言うことなど聞きはしないのだろう》


その言葉は、肯定だと受け取った。

「ありがとう」


私は立ち上がり、再び鍛冶場へと向かった。

炉に火をくべ、清めた玉鋼を手に取る。


「決戦に行く前に、あなたに〝お守り〟を打つわ」


今までの私なら、絶対に打てなかった。

でも、今の私なら、できる気がする。

瘴気を払い、使い手の心を護る、小さな守り刀。


カンッ!


私が覚悟を込めて鎚を振り下ろすと、影月の静かな気配が、そっと背中に寄り添った気がした。

紅蓮の炎が、決戦の始まりを告げるように、激しく燃え上がった。

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