表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

第17話

 最初の神具「神聖な火」を手に入れたことで、『朱月』は、以前にも増して温かい光を放つようになった。そして、その光は、私たちの旅路を確かに照らしてくれている。


「見て、影月!」


 旅の途中、道端で羽を怪我していた小鳥に、私がそっと手をかざす。すると、手のひらからこぼれた『朱月』の光が、小鳥の傷を優しく癒していった。


「…お前の力も、変わりつつあるようだな」

 影月が、どこか眩しそうに私を見ている。

「ううん、私の力じゃない。これは、あなたと、私と、そして炎の神様から貰った、みんなの力だよ」


 二人でなら、きっと大丈夫。

 そんな確かな手応えを感じながら、私たちは、次なる目的地である、北の「古の森」へと向かっていた。


 その森は、これまでの道中とは、何もかもが違っていた。

 一歩足を踏み入れた途端、空気が、氷のように冷たく、そして重くなる。生命の息吹に満ちているはずの森が、まるで時間が止まってしまったかのように、シンと静まり返っていた。


「…この気は、好かんな」

 影月が、眉をひそめて呟く。

「静かすぎる。まるで、森全体が、何か巨大なものの夢の中にいるようだ」


『朱月』が指し示す森の奥へ、私たちは慎重に進んでいく。

 やがて視界が開け、霧の中に、鏡のように静かな湖と、その中央に天を突くようにそびえ立つ、一本の巨大な古木が見えてきた。


 その、古木の幹から、すうっと、人の形をしたものが分離した。

 樹皮のような肌。苔の衣。枝のようにしなやかな四肢。男でも女でもない、中性的な顔立ち。その瞳は、底なしの湖のように、静かで、冷たかった。

 第二の神、森の神だ。


『──人の子よ、あやかしの子よ』

 その声は、風の音とも、木の葉のざわめきともつかない、不思議な響きをしていた。

『お前たちは、何を拠り所に、我ら神に挑む?』

「私たちは、戦いに来たのではありません」

 私は、一歩前に出て、深々と頭を下げた。

「荒ぶる神々の心を鎮め、この世界の調和を取り戻すために、あなた様のお力をお借りしたく、参上いたしました」


 敬意を払う。対話する。それが、私たちが学んだ戦い方だ。

 しかし、森の神は、その美しい顔を、わずかに傾けただけだった。


『絆? 愛? そのような、移ろいやすく、儚い感情が、永遠なる我らに通じるとでも?』


 その冷たい言葉に、私は息を呑んだ。

 そして、神の視線が、私を通り越し、隣に立つ影月へと、真っ直ぐに注がれた。


『…ほう。面白いものを持っているな、そのあやかしの子は』


 森の神の瞳が、まるで彼の魂の奥底まで見通すように、すっと細められる。


『神の血、か。永い時の中で、人の血と交わり、ひどく薄れてはいるが…。その魂の根源には、確かに、我らと同じ〝永遠〟の匂いがする』


「…!」

 影月の身体が、微かに、しかし、はっきりと強張った。


「何を…言っている…? 俺は…ただの武将の霊だ。人間として生まれ、人間として死んだ…」

『否』

 森の神は、静かに、だが、有無を言わせぬ力で、影月の言葉を遮った。

『お前が仕えたという主君も、お前が愛したという女も、とうに土に還り、その名さえ忘れ去られた。だが、お前は在り続ける。その〝孤独〟の意味を、いつまで偽り続けるつもりだ?』


 孤独。

 その一言が、引き金だった。


「う…ぁ…」

 影月の身体から、制御を失った黒い霊力が、稲妻のように迸り始めた。

 彼の赤い瞳が、苦悶に見開かれる。彼の心の中で、人間としての記憶と、神に指摘された「永遠」という名の呪いが、激しくぶつかり合っている。


「影月! しっかりして!」

 私が叫んでも、その声は、もう彼には届いていないようだった。


「神の血を引く者が、なぜ、滅びゆく定めの人の子などに従う?」

 森の神の、冷徹な声が追い打ちをかける。

「思い出せ。お前の還る場所は、そちら側ではない。我ら神々の、静寂なる永遠の中だ」


「やめてッ!」


 私は、思わず影月の前に立ちはだかった。

 でも、どうすればいい? 彼の心を蝕むのは、怨念じゃない。呪いでもない。彼自身の、魂の根源。私には、どうすることもできない。


「アァァァァ…ッ!」

 影月が、苦悶の叫びを上げて、頭を抱えた。

 その瞳から、理性の光が、急速に失われていく。


 パートナーの、魂が、今、目の前で、壊れようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ