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第10話

影月に「関係ない」と突き放された夜、私は一睡もできなかった。

夜が明けて、顔を合わせた時の気まずさといったらなかった。影月はいつも通り涼しい顔で縁側に座っているけど、その視線は決して私と交わろうとはしない。


(…いいわよ)


心の中で、私は唇を尖らせた。

あなたが話してくれないなら、私一人でやってやる。

パートナーは、私なんだから。あなたの心を曇らせるその呪いも、事件の謎も、全部私が解決して、あなたのそのしかめっ面を吹き飛ばしてやるんだから!


私は、自分の心を奮い立たせるように朝餉をかきこむと、蒼司の部屋の襖を勢いよく開けた。


「蒼司さん! 私、この事件、本気で調査する! 何か手伝えることはない!?」

「おや、元気じゃないか、煤けたお姫様。てっきり、昨夜あたり旦那様に振られて泣き寝入りしてるところかと思ったよ」

優雅にお茶を飲んでいた蒼司は、嫌味を言いながらも、口の端に楽しそうな笑みを浮かべていた。

「なっ…! 振られてなんかないわよ!」

「はいはい。まあ、君がその気なら、付き合ってやらなくもない。僕といた方が、あの朴念仁といるより百万倍は楽しいだろうからね」


蒼司はそう言って、私を都の市街地へと連れ出してくれた。

彼は、さすが都の名家の御曹司だけあって、顔が広い。事件の被害者が出入りしていたという店や、怪しい噂の立つ場所を、効率よく案内してくれた。


「…やっぱり、何かおかしいわ。被害者たちはみんな、特別恨みを買うような人たちじゃなさそう」

「だろう? だからこそ、無差別な呪詛か、あるいは、何か別の目的があるのか…」

茶屋で一休みしながら、二人で集めた情報を整理する。誰かとこうして協力して謎を追うのは、なんだか新鮮だった。影月が隣にいないのは寂しいけど、蒼司の軽口を聞いていると、少しだけ気が紛れる。


(…あれ?)


不意に、茶屋の向こうの路地裏に、見覚えのある黒い着流し姿が目に入った。

影月だ。

そして、彼の目の前には、白無垢の巫女装束──美月さんがいた。


「…っ」

私は、見つかってはいけないと、咄嗟に身を隠した。

二人の距離は、近い。影月が、美月さんに何かを囁いている。その表情は、私には決して見せない、優しさと、痛みが入り混じった、複雑な色をしていた。

美月さんも、心配そうに彼を見上げている。その姿は、まるで悲恋の物語の主人公たちのようで、私が入り込む隙なんて、どこにもないように見えた。


(パートナーは、私なのに…)


心臓が、また、ちくり、と痛んだ。

ううん、ちくり、じゃない。もっと深く、ぎりぎりと万力で締め付けられるような、鈍い痛み。


「…どうかしたのかい? 顔色が悪い」

蒼司の声で、はっと我に返る。

「う、ううん、なんでもない! さ、次行こ、次!」

私は、無理やり笑顔を作って立ち上がった。影月が、私の知らない場所で、私の知らない顔をしている。その事実から、目を逸らすように。



その夜、私は悪夢を見た。

影月が、美月さんの手を引いて、遠くへ行ってしまう夢。私がどんなに叫んでも、彼は一度も、振り返ってはくれなかった。


はっとして飛び起きると、寝間着がじっとりと汗で濡れていた。

水を飲もうと部屋を出て、縁側を通りかかった、その時だった。

月明かりの下、するりと屋敷を抜け出していく、見慣れた黒い影。


(影月…?)


どこへ行くの? こんな夜更けに。

胸騒ぎを抑えきれず、私は音を殺して、彼の後を追った。

影月が向かった先は、白月神社だった。昼間の神聖な雰囲気とは違い、夜の神社は、どこか恐ろしく、静まり返っている。

彼は、御神木の前に佇んでいた美月さんの元へと、まっすぐに歩み寄っていった。


私は、灯篭の影に身を潜め、息を殺して二人を見つめた。


「…やはり、来てくださったのですね」

美月さんの、鈴のような声が夜気に響く。

「夜分に呼び立てて、申し訳ありません。でも、どうしてもお渡ししたいものが…」

彼女がそっと差し出したのは、小さな白い布でできた、手作りのお守りだった。

「これは、姉が…小夜が、あなた様のために縫っていたものです。私が、ずっとお預かりしておりました。どうか、これをお持ちください。今の私にできるのは、これくらいですから…」


影月は、何も言わなかった。

ただ、そのお守りを、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと受け取った。そして、自分の懐の、一番深い場所へと、大切そうに仕舞い込んだ。


その光景が、スローモーションのように、私の目に焼き付いた。


彼の懐は、私の定位置じゃなかったの?

彼が一番大切にするのは、私が打った、あの守り刀じゃなかったの?


信じたい、という気持ちの最後の糸が、ぷつり、と切れる音がした。

足元から、世界が崩れていく。

私は、その場にうずくまりそうになるのを必死でこらえ、音もなく踵を返した。


もう、彼の顔なんて、見たくなかった。

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