01
物凄く遅くなりました!
『ひっ、ひんっ、んっく、お、おかぁさあんっ』
『あぁ…都子さん、すみません、怖い思いをさせてしまいましたね』
『ひっく、もうやぁ…っ、おうちにかえりたいよぉ!』
あまりの疾走速度に恐怖で若干の幼児退行をしてしまった都子は、泣きすぎて呼吸が上手くできなくなってきている
二人が出会った山中から村二つほど飛ばして目的の街には着いたが、こんな状態で人込みに入るのはよくない
街の入り口から少し離れた場所でユンファイエンスが荷物を降ろし、幼い弟妹にしたように背中を撫でて宥めてやると
都子は、母親を恋しがるように首に抱きついて、ぐりぐりと額をすりつけてきた
(あぁぁっ、なんて愛らしいんでしょう!)
自分もぐりぐりと擦り寄ってみたが、どうにも違和感を拭えない
というか、鼻から口が当たって上手く頬擦りできない
ユンファイエンスはこっそりルルヴィスに戻って、もう一度頬を摺り寄せてみる
都子は気付いた様子もなく、ひっくひっくとしゃくりあげるばかりだ
(あぁ…しっとりと柔らかいです……)
ぽろぽろとこぼれる涙を舌で掬い取って、そのまま頬まで舐めて はむっと甘噛みをする
『あぅ…ぷりん?』
(?!、ぷりんとは誰ですか……っ)
我が物顔で都子を慰めていたユンファイエンスだが、第三者の名前らしき単語にぴくりと反応する
しかし、ここで声を掛けて都子を我に返らせれば そこで抱擁が終わることを理解していた彼は、ぐっと堪えて宥め続けた
(落ち着きなさいユンファイエンス
都子さんからは野生生物以外の雄の匂いがしますが それは都子さんによく似た匂い
恐らく彼女の父親の匂いに違いありません
種が違っても生活習慣、環境で似た匂いになりますからね)
冷静に冷静に、正当な理由を挙げつつも嫉妬で若干こめかみが引き攣るユンファイエンスであった
『ふぁ…ん……?』
『落ち着きましたか?』
都子が我に返りつつあるのを察して、さっとアヴァニスの姿に変わり
継続して彼女の背中を撫ぜつつ、都子本人ではなく彼女の着ている外套に対して魔術で干渉を始めた
今現在 古代語でしか会話できないのは仕方ないとしても、それをダダ漏れにしておくのはよくない
道往く大衆の多くはそれについて聞いたこともないだろうが、未知のものというのは恐怖を誘う
どこかで噂や相談をすれば、その情報は瞬く間に国の中枢へと吸い上げられるだろう
今、各国は女神を引き摺り出すことに躍起になっている
都子のような存在があれば即座に女神として祀り上げられ、あとは推して知るべしだ
しかし防ごうにも、都子に術を掛けることができない、彼女の持ち物にもだ
そこで次善策として、彼女が身に付けているものに術を施す
今彼女が纏っているのはユンファイエンスの外套だ、術を行使することができる
術が正常に作用すれば、彼女の言葉は空耳のようになってしまうだろう
"何となくこう言っているように聞こえる"そんな印象を与える筈だ
面と向かって会話するのでなければ、
わざわざ他人の会話に首を突っ込んで"今何ていった?"と聞いてくる者はそうそういない
『…ぇ…ぁー……あれ?』
『都子さん?』
大分、正気に戻ってきたらしい都子にそっと声を掛けてみる
『…あー…あの…あたし…え……』
『どうしました?』
『…!!、ぎっ…ぎゃぁぁああああああっ!!
記憶よ消えてなくなれぇぇえええええええっっ!!!』
『みっ、都子さん? どうしたんですかっ?』
突然もがきだした都子を危ないと降ろしてやると、彼女は脱兎の如く街の中へ走っていく
ユンファイエンスはさっと荷物を拾い上げると、慌てて都子を追った
丘の斜面に石を組んだ出入り口があり、地下へと入ると都子は早速通行人に蹴り飛ばされそうになっていた
『危ないっ』
『ぅあっ』
慌てて彼女を抱え上げ、事無きを得た
犇めくように行き交う人込みでは彼女の身体は簡単にのまれてしまうだろう
ショックが強かったのか、彼女は暫く放心状態だった
取りあえず、ユンファイエンスは都子の意識は自然に戻るのに任せ、採集したものを売ることにした
都子が呆けているのをいいことに、高値で捌いてしまうつもりだ
出逢ってまだ数時間しか経っていないが、その短い時間で把握した都子の性格では言い値で安く買い叩かれてしまうだろう、嘘の通訳内容で高く売ろうと考えていたが、彼女が放心状態なのは都合がいい
こんなことをしなくとも、自分の持ち金で十分に贅沢な旅ができるのだが、それを彼女が良しとしない以上
ここでちょっとした財産を作っておく必要がある
採集した果物や山菜、薬草の類は希少性と採ったばかりで状態も良いことから、思った以上に高値で捌くことができた
予備の皮袋にジャラリと売り上げを詰め込む
この皮袋は魔術で内部の空間を歪めてあるので、容量はかなりのものだ
後で、彼女の荷物も入れられるよう、口の大きな別の袋も用意してやらなければ
きゅっと皮袋の口を結んで彼女を振り返ると、都子はまだ何か考え事をしているようだった
『都子さん?』
『は、はぃい!』
『考え事の最中でしたか? 驚かせてしまってすみません』
『え、う、うぅん、いいの、大丈夫っ』
『果物や山菜などを売ったお金です、都子さんのお金ですよ』
『あ、ありがとう、手伝ってもらった上に、売るのも全部やってもらっちゃって…』
『いいえ、気にしないで下さい
相場より高く売れましたから、後で確認してみて下さいね』
『う、うん、ありっぅうわ?!』
渡した瞬間、都子には重すぎたようで彼女の手から落ちそうになった皮袋をさっと受け取る
『重かったのですか? すみません』
『え、ぁ、え、ぇえ??』
『これで大丈夫だと思います、どうぞ都子さん』
皮袋に施した紋様に重さを制御するものを描き加えて差し出すと
都子は恐る恐る皮袋を手に取った
『あ、わ、軽い……』
『重さを全く感じなくしてしまうと、なくしてしまった時に気付けませんから』
『ありがとう……』
『次は義肢ですね』
『あ、う、うん』
都子をさっと抱き上げて市を出る、店に近寄る段階で魔術で目眩ましをし 店先でなく店内で売買を済ませたお陰で自分達がちょっとした金持ちになったのは見られてはいないが、買ったにしろ売ったにしろここは高級な物品を扱う店だ
店を出た瞬間に襲われるというようなことはないが、そもそもこの店そのものが強盗に遭う可能性もあるし、人気の無い場所でこの店の者に襲われる可能性だってある
こういう場所はさっさと用を済ませ、さっさと退散するに限る
市を出て居住区に入り、家と家の隙間を縫うようにして下の階層へと下る、この辺りは街の中心部から離れ人通りも疎らになっているが、昔は細部にまで人々の生活の場になっていたという話だ
それも今では、人目を憚るような商売をする者や隠遁者、あるいは人嫌いの偏屈な人間の住処になっている程度
人は、確実に減ってきている
緩やかな死が、世界を徐々に蝕んでいる
『さあ、着きましたよ都子さん』
『え、あ、うん、あっ、ありがとうっ』
目的の工房に辿り着き、都子を丁寧に降ろす
煩わしいと言って、連絡用の咒具も受け取らない為に居るかどうか分からなかったが
ユンファイエンスは中の気配に知ったものを察し、無駄足でなかったことに安堵した
『髪を結ってもらえますか? 耳を覆うように』
『え、こ、こう?』
都子が渡された結い紐でさっと結った髪の耳の辺りを角度を変えて確認し
ユンファイエンスは失礼しますよ と、結った髪を少したわませるようにして、耳だけでなく顎のライン全体を覆うように髪に少し手を加え
更に、彼女が纏う外套に掛けていた術を結い紐に転移させる
『これなら耳を強調することもないでしょう』
『う、うん?』
中に入ると奥で微かに一度ベルの音がする、耳の良いユンファイエンスだからこそ聞こえる音で、恐らく都子には微かにすら聞こえてはいないだろう
すぐ横にある紐を三度引けば奥の方で三度リンとベルの音がし、少し間を空けて更に二度ベルを鳴らす
奥は生活空間になっていて、そこには技師の妻もいる
工房のドアは自由に出入りできるが、入ればそれは自動的に奥の部屋に伝わるようになっていて、もう一度ドアから音がしない限りは技師の家族は絶対に工房内には入らないようにしている
客が必ずしも善良な客とは限らないからだ
入る前にわざわざノックをしてくれるとも限らない、だからドアを開ければ必然的に反応があるようにしている
ベルを定めた間隔で五度鳴らすのは、信頼関係のある客だけに教えられた合図で
これを聞いて家族は潜めていた息を開放し技師の方へ連絡を取る
そうでなければ客が去るまでそのまま息を潜める
客は伝言があれば壁に掛けられた石版に用件を石墨で書き残す
『ファンシー?』
『ふぁんしい?』
このような場所に入るのは初めてなのか、都子は好奇心旺盛にきょろきょろと工房内を見回していた
そっと義肢に手を伸ばして、指先が触れる寸前でぴたりととまる
あちらこちら見回していた彼女の動きが、ぎしりと止まった
『…あれ?』
びくっと後ろに下がった都子が、ぎょっとユンファイエンスを振り返る
彼女はユンファイエンスに足を踏んでしまったことを謝ったが、実際には僅かな圧迫感のみだった
彼にとって都子はとても軽い
『ご、ごめんユンっ
足踏んじゃった!』
『いいえ、こちらこそすみません都子さん 驚かせてしまいましたね
ここで都子さんの耳と尾を作ってもらいましょう』
『え?』
『ここは、事故や病気などで手足や耳、尾、他にも身体に不自由を持つ人に
身体に合った義肢を作ってくれるのです』
『ぎしって、義手や義足のことだったの……』
彼女のところでは部位を明確に表して言葉を使用しているのでしょうか
ぽつりと呟く都子にええそうですよと返事をしつつも、ユンファイエンスは、妻の連絡を受けたのかこちらへ近づいて来るも、のんびりとして急ぐ様子のない技師の気配に急かすように呼び掛けた
「ジャルグ爺、ジャルグ爺いないのですか?」
『じゃんぐいにゃいれしゅか?』
その瞬間、ユンファイエンスの刻が止まった
相手は歴とした成人女性であるのに、この背徳的な雰囲気はなんだろうか
彼女は注意深く見れば童顔というほどでもなく、自分と似たような年齢に見える顔つきだ
明確な年齢を尋ねたことはないが、恐らく歳は外見相応のものだろう
背丈を除けば身体つきもちゃんと性徴を確認することができる
しかし幼い弟妹や甥姪が自分の言う言葉を真似て言うのは何度も聞いてきたが、そんな微笑ましいものとは一線を画す
ユンファイエンスは、尾が痺れるようにぶわっと膨らむのを押さえ込むようにごくりと息を飲み下した
『…ジャルグ爺さんです』
気のせいか、ソレは甘酸っぱいやら苦いやら辛いやらそんな味がする気がしたが、
飲み込むのに多大な労力を伴いつつも、なんとか根性で飲み込んだユンファイエンスであった
(そうです、その調子ですユンファイエンス
いいですよ そのままそのまま、ここで飲み込むどころか飲まれればエヴァ兄さんの二の舞です
往復ビンタに顔も見たくない大嫌い宣言なんて受けたくありません)
今でこそ笑い話だが、彼の16番目の兄は初対面だった義姉に一目惚れして押して押して押しまくり
あまりの猛攻に逃げ回る義姉を鹿の種独特の跳躍力を誇る足で追い詰めた
しかしその時、気が弱くて逃げ回っていた義姉はついに何かをブチリと切り、顔も見たくない大嫌いと叫びながら熊の種特有の鋭い爪でがりっと往復ビンタを繰り出した
大嫌い宣言に茫然自失となったユンファイエンスの兄は、彼の目の前で血だるまになり倒れた
その後、彼の兄は、彼女に嫌われた、もう生きていけない、と怪我よりも心の傷で生死の境を彷徨った……が、
あまりに憐れな姿に義姉は彼を受け入れ、兄は不死鳥の如く復活を遂げた、もちろん彼曰く愛という名の奇跡の力で傷跡などというものは存在しない
洒落にならない笑い話だ
(嫌いなんて言われたら死んでしまいます、焦りは禁物ですよユンファイエンス!)
色々思うところはあるが出逢ってまだ半日も経っていない、あらゆる意味で焦りは禁物だった
彼は決意を新たに、ジャルグ爺とはどのような人物かを都子に話して聞かせた
『ここの工房を一人で切り盛りしているんですよ、彼は偏屈なので弟子はとらないのです
しかも、営業は気が向いたらで殆ど材料探しと称してふらふらしているので
用があっても連絡を取るのが困難な相手です
せめて繋ぎに誰か雇えばいいのに、それすらも面倒臭がる変わり者です』
「久々に訪ねて来たと思えば、おんし、今何か悪口を言ったじゃろ」
「おや、随分お早いご登場ですね」
強盗避けの隠し扉から入ってきた目当ての人物に皮肉で挨拶を返す
ジャルグはユンファイエンスの父親が幼い頃からの付き合いで、その程度の皮肉はユンファイエンスの一族との付き合いでは そよ風程にも感じない程の慣れた遣り取りであるし 魔導士には変人も多い、だから聞き取れない妙な言葉を使っていても彼は気にはしない
その上、ルルヴィスである筈の友人の息子がアヴァニスの姿をしていても気にするだけ無駄だと知っている
しかし、都子は扉の開閉音も無く突然現れたジャルグに驚いたようで
あたふたとしながら挨拶するが、通じないのを思い出してか、ユンファイエンスの服の裾を引いてきた
『ユ、ユン、教えてくれる?
はじめまして如月都子ですって、何て言えばいいの?』
『勿論、お教えしますよ……』
縋るように見上げられると、先ほど飲み込んだものが再び顔を出しそうになるが
ぐっと堪えて、服の裾を持つ都子の手を取った
『まず、はじめましては"はじめまして"』
「はひ、」
「はじ、…はじめまして」
「はじぇみゃひて」
精神の制御は得意な方だと思っていた筈なのに、どうしたことだろうか
口を突いて出た彼女の名前も、子供のような欲望丸出しのものだ
「キサラギ=ミヤコ・ラム・ラ・ユンファイエンスです」
「キサラギ=ミヤコ…りゃむ」
「ラム、…ラム・ラ」
「らぅぁ」
丁寧に、拙くとも誰が聞いても理解できるように、細かく正して教え込む
頭上から呆れたようなため息が聞こえるが、ユンファイエンスは気にしない
「ユンファイエンスです」
「ゆんぁいんすれす」
『とても上手ですね、素質がありますよ』
『そ、そうかな?』
褒められて照れたのか、若干赤くなりながら都子はジャルグに挨拶をした
「はじぇにゃひて、キサラギ=ミヤコりゃむぁゆんぁいんすれすっ」
「おぉ、上手にご挨拶できたのぉ」
褒めるジャルグの手は技師だけあって、繊細に都子の頭を撫ぜるが
都子の頭はぐらぐらと揺れ、ジャルグはより一層気を使って撫ぜた
彼は都子を椅子に座らせると飴を与え、外道と話をするので大人しく待っているように言い含めてユンファイエンスに向き直った
「外道とは随分な言い様ですね」
「おんしなんぞ外道でも勿体無いわい
いつ婚約なんぞしおった」
「今です」
都子に名乗らせた名の一部、ラム・ラは婚約者を表す
キサラギ=ミヤコ・ラム・ラ・ユンファイエンスで"ユンファイエンスの婚約者の如月都子"だ
誰かの友人や師弟であるかなど、家族以外の諸々の関係は、相手の名前を最後に名乗る
誰の息子か、誰の弟か、誰の伯父か、可能な限り名を名乗る対象人物が知っている人物との関係を名乗り身の証とする
だから、基準となる真名以外はその時々によって違う
これについては都子が姓と名しか名乗らなかったのは遥か昔に文明が分かたれた所為だと考えている
ユンファイエンスはセレスセラスとミュリアルの息子だと名乗った
特に彼の父親であるセレスセラスはレヴァルヴム一族の長として名を馳せており
初対面の相手に対してでも、通じないことはほぼ無いからだ
逆に相手を重要だと思わないのなら名を名乗らず姓のみを使う、という場合もある
「あの様子では嬢ちゃんは理解なんぞしておるまい」
「ええ、勿論」
「年寄りを牽制してどうする」
「年甲斐も無くという言葉があります」
「わしには女房がおる!
まったく一から十までセレスセラスに似おってからに…っ」
「子は親に似るものです」
「見たところ、まだ物心つくかつかないかではないか
それを婚約だなどど、外道の振る舞いも甚だしいわ!」
「おかしいですね
職業柄、貴方ほど種に関係なく見極める者はそうそういないと思っていたのですが」
「なんじゃとぉ?」
ユンファイエンスの言葉に、ジャルグは片目を顰めるようにして都子を振り返り
彼女の手を取って裏も表もじっと眺めると、もう一つ飴を与えてユンファイエンスに向き直った
「なるほど、確かにもう大人のようじゃな……
ユンファイエンス…まさかとは思うが、おんし、この嬢ちゃんが小さいから」
「それこそまさかです
そんな理由で選んでいたなら、当の昔に幼女趣味で家族から縁を切られていますよ」
「それもそうじゃな……
それで、こんな辺鄙なところへ来た用は…耳か」
「それと、尾も
毛色は恐らく白かと」
「そうじゃな、細い毛じゃろう、綿毛くらいか」
仕事の話ともなれば、ジャルグの軽口は途端に鳴りを潜める
「何の種じゃ」
「分かりません」
「分からんことはないだろう……」
ジャルグはぬっと都子の頭に手を伸ばし、頭蓋の形を探るようにさわる
「ふぅむ……」
その手が隠された耳の辺りに差し掛かろうとした時
「ジャルグ爺」
「…耳か」
「ええ」
「それと尾も……」
「そうです」
単なる嫉妬に見せ掛けた"深入りはするな"という暗喩に、ジャルグは話を当たり障り無く進める
知らなくてもいいことを知る必要はない
それは己の身を守り、守りたい者の身を守る
「…分かった、その呪い殺さんばかりの眼はやめい
嬢ちゃんが医者に掛かったりする度に医者を怯えさせて使い物にならなくする気か」
「わたしがいるのですから医師は必要ありません
ですが、わたしは技師ではありません」
「そのうち技師にもなれるだろうよ」
「習得するつもりはありますが、それで稼ごうとは思いません」
「おんしの23番目の兄もそう言って嫁の欠損した足を自分の手で作るためにここに三ヶ月通った
お前たちレヴァルヴムの男の執着は本当に気持ち悪いのォ」
「余計なお世話です」
「…それで、どうするんじゃ
取り合えず、おんしと同じに狼の耳と尾を揃えるか」
人前なのを気にしてか飴を食べる様子のない都子の手から飴を片付け
じっとりと物欲しそうな顔をしながらも未練を振り払うように熱心に彼女の手を拭うユンファイエンスと彼の背後に存在を主張するソレをジャルグは長年培った忍耐で見なかったことにしつつも強引に会話を続けた
「それもそそられますが、……そうですね
垂れ耳の犬の耳と尾、猫の耳と尾、兎の耳と尾をお願いします
兎の耳は垂れ耳とそうでないものを二種類で、そうそう犬の尾は巻き尾がいいです
勿論、狼の耳と尾もお願いします
お金も惜しみませんので、毛色も白以外にも揃えて下さい」
「…こンの変態がっ」
年齢と特殊な仕事と交友関係のお陰で並々ならぬ忍耐力を持つジャルグにも限界はある
何度レヴァルヴム一族との縁を切ろうと思ったかは定かではないが、今のところ成功した試しはない
「採寸は先ほど彼女の頭を触ったので、もう必要ありませんよね
完成したら、連絡は何時もの様にお願いします
それと義肢ができるまで、コレをお借りしますよ」
ユンファイエンスは年寄りの怒りもどこ吹く風で、義肢が完成するまでに間に合わせで貸し出す品の一部から、猫の種の耳を模したものを取り、耳の部位だけ上手く髪から覗かせるようにして都子の頭に着けた
耳や尾は、魔術で神経と繋ぐので実際に機能する
ただし性能の良し悪しは、技師と魔導士の腕の良し悪しで雲泥の差がつく
ジャルグの作る義肢は精巧に出来ている上に、ユンファイエンスの父親によって構成された魔術が組み込んである為に質・性能共にその業界随一を誇っている
偏屈なジャルグは客を選ぶが、それでも大金を積んでジャルグを探させ、金に物を言わせて買い付けようとする下品な客は後を絶たない
そういう意味で言うならばユンファイエンスも同じだろう
ただし、"下品"の方向性は大分違うが
『え、な、なに?』
『急場凌ぎです、これからちゃんと聞こえるものを彼に作ってもらいますから
"ではジャルグ爺、宜しくお願いします"』
『も、もう行くの?』
『はい、次は服を見に行きましょう』
『あ、じゃ、じゃあお爺さんに お願いします、お邪魔しましたって言わなきゃっ』
『挨拶ですか?
そうですね…"義肢をお願いします"』
「ぎちぉにぇがいましゅ」
「さようなら」
「さぉうにゃあ」
「おぉ、任せておけ」
丁寧に挨拶をする彼女を尻目にそっと口元へ指を立てて安全の為に今回の来店を内密にするようジャルグに目配せをすると、心得ているという風に頷いたジャルグに頷き返し、ユンファイエンスは都子を抱き上げて店を出た
代用の耳を着けたことで外套を目深に被る必要の無くなった都子は、久々の広い視界に落ち着かないようで不安そうに きょろきょろと辺りを見回している
『…ここは地下なの?』
『えぇ、この辺りは地上が豊かなので
豊かさを保ったまま街を発展させた為に、このような造りになっているのです』
ユンファイエンスの答えに対する都子の反応は薄く
少し青褪めたような彼女は、怯えるように視線をどこへともなく彷徨わせていた
『都子さん……』
『う、うん、どうしたのっ?』
『少し遅くなりますが、服を購入したら昼食にしましょう
美味しいと評判のお店があるんですよ』
『うん、ありがとう』
不安そうな彼女の気を逸らすように言えば、都子は少しぎこちない笑顔をユンファイエンスに返した
表裏ともそれぞれ四話UPします
この四話は実は一話分でしたがあまりにも長いので分割しました