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04

でれ。

期日である三日後、ユンファイエンスは城に揃えられた材料で半日ほど掛けて咒具を造り

その数時間後、計画は開始となった



「咒具の使い方は簡単です」



涙滴型のその咒具は、黒く、光沢のある外見をしている

彼は涙滴型の咒具を丸みを帯びた方を手の平で包むようにして逆さにして見せた



「中に、魔法陣の図形が入っています

 今、わたしが持っているようにして持ち、

 魔力を注ぐことで動き出し誘導を始めるので、手を触れ魔力を注いだまま従って下さい

 それで図面を見なくとも咒具が魔法陣を敷いてくれます

 ただ、膨大な量の魔力が必要ですから、

 自然界から魔力を呼び込む為に、術者本人の魔力も制御の為に大量消費されます

 限度を弁えないと死にますから、各自自己管理を行って下さい

 他に細かいことはラ=カ・フィラーダ王に全て伝えてあります」



手押し式の汲水器に水を引き込む為の呼び水が必要なように

魔術でも、自然界の力を引き込む為に、術者本人の魔力が必要になる



「各自の担当地域は咒具の隣に置いたその紙に書いてあります」



脅しともとれるユンファイエンスの発言に、それぞれ躊躇うような仕草を見せつつも、

テーブルの上の咒具と紙、王が用意した手形を手に取り、それぞれが城を発った



「先日と顔ぶれが少々変わりましたね」



最後にそう呟いて城を発ったユンファイエンスの後ろ姿が消える頃

今回の計画の主導者として見送りを勤めたラ=カ・フィラーダ王は、

誰にも聞こえぬ声で呟いた



「そなたを恐れたのだ」




 *** *** ***




咒具に魔力を注ぎ込み、咒具から咒力として放出する

ユンファイエンスによって咒具を通して大地に注ぎ込まれたそれは、

彼がその場を動かなくとも地表にもぐらが通った様な跡を残して瞬く間に紋様を描き、

それは建物の下や川底をも進み、遠く咒具の力の及ぶ遠方までその印しを刻み付けた



(流石に他人の家を壊したり屋根の上を通ることも憚るのでつけた機能ですが

 教えた方が良かったでしょうか……)



しかし、どうせ魔力が足りず、そこまでの制御は出来なかっただろう、と結論付ける

疑問があれば術で問い合わせてくるだろうし、

ラ=カ・フィラーダ王には主導者として必要な知識だろうと全て伝えてある


例え建物を撤去する結論に至っても、必要経費で建て直すことができる

どのような手段を選ぶかは個人の頭の程度による


魔法陣が施された地面は、既に土の盛り上がりは治まり

今は水を蒔いた跡のような色の変化だけを残し元に戻っていた


ユンファイエンスは移動を再開した






(この分では、半年もしないうちに作業が終わってしまいます)



街角で露店商から土産物の名物を買いつつユンファイエンスは考えた

折角、手形を得たのだから必要経費で土産を買う、勿論食べ物のみだ、煩く言われたくは無い

父親も自分を含めた兄弟も稼ぎはすこぶる良かったが、家族はそうそうない程の大人数だ

金が足りないわけではなかったが、常識と節度は集団生活で学んでいる


利用できるものは自分で許せる範囲で何でも利用する、それが受けた教育の一端だった


あれこれと吟味しながら他の店でも土産を選ぶ

母は地域の特産物が大好きだ

母の機嫌が良いと父の機嫌も良い


各地に転移術に用いる印しを付けておけば、

土産が好評だった時にまたすぐに買いに行けるだろう

その様な目的の為かどうかは分からないが、

他の兄弟がつけた印しを見つけることも稀にあった



ユンファイエンスはサボりながら自分の担当ではない地域も廻ることにした



他人の財布で買い物をするというちゃっかりした行為を堂々としていると

ユンファイエンスは珍しいものを見つけた



あれは



(狼…ですね…おやおや、お使いでしょうか)



首に赤い布を巻いたその狼は、いびつな籠を咥えている

如何に眼が良くとも籠の中身は底までは見えないが、

はみ出して見えるソレは希少な薬草や果物だった



(人嫌いの偏屈な魔導師のお使いでしょうか、

 それとも怪我か病気で動けない主人のお使いか

 あれは相当珍しい、さて、それをどうするのですか……?)



狼は警戒心の強い生き物だ

人ごみであっても、己に近寄る存在には敏感な筈、

じっと見ていれば、勘の良い狼ならその気配すら気付くだろう


ユンファイエンスは、あからさまに視線を向けないよう気をつけながら

そっとその姿を遠目に追った



狼は立ち並ぶ露店の店主たちの顔をじっと一人一人眺めているようだった

誰かが近寄れば、ひらり、と かわし距離をとる



やがて狼は、人の良さそうな店主に目をつけると

その店主に、従順な犬を演じるように擦り寄って、籠をアピールした



(ふぅん?)



彼の視線の先では、狼の作戦が成功したのか

店主が狼を伴って店の奥に入っていき

暫くしてまた姿を現すと、狼の籠の中身は少し減り

代わりに、背中に何か包みが結び付けられていた



(物々交換ですか)



礼を言うように店主に擦り寄った狼は、再び露店の店主たちを物色するように眺める


狼はそうやって幾つかの店を回り、

籠の中身をすっかりさばいて意気揚々と誇らしげに露店街を後にした



(ちゃんとお使いできましたか?)



興味をそそられたユンファイエンスは手っ取り早く土産物を実家に転送し

十分な距離をとって、その後をついていくことにした













(随分遠くに行きますね……)



人里を出て森の中に入り、もうじき山を一つ越えそうな距離だ



(久しくこの姿で動いていなかったので、明日は筋肉痛でしょうか……)



ユンファイエンスの姿は、狼のソレになっていた

狼を使いに出すくらいだから相手は狼に慣れている筈だ、

狼の姿なら近づいても警戒されないだろうと考えてのことだった


魔術ではない、彼は、この地に降りた時から、本性はこの完全な狼の姿だ


幼い頃に歳の近いヴォルシスだった兄弟たちと一緒に教育を受け

今ではルルヴィスの姿で安定をとっている

それぞれの姿で安定を得て固定した兄弟たちとは異なり、

ユンファイエンスはアヴァニスになることもできた


しかし、一度ルルヴィスになってしまえば、

その指先の動きは物を加工するにも道具を使うにもアヴァニスよりも器用に動いた


ビロードのような毛皮に覆われた指先では

いくら肉球があっても、たった一枚の紙を摘み上げるにもこつが必要だった

自分にとってどちらの状態がいいかなど、彼でもなければ普通は比べられるものでもない


だから彼はルルヴィスの姿を好む






(おや?)



彼の遥か前方で、狼はぴたりと足を止め

耳をくいくいと動かしている


しかし、こちらに気付いた様子でもない、ユンファイエンスも耳を澄ませると、

奥では川が流れているのだろう、距離からしてあまり大きくは無いが水の流れる音と

それから川の流れる音とは違う、不規則な水の音が微かに聞こえた



(恐らく、狼の主人でしょうね)



ユンファイエンスから遅れること数秒、

水音を聞きとめた狼はぴょんと跳ねるようにして

先程よりも元気にそちらへ駆けていった




水音の主の姿が見えるまで近付き、そっと身を伏せる

狼の主人は、彼の想像とはかすりもしていない

視線の先には、水浴びをしているのか、小柄な女がいた


すぐ傍に置いてある果物を基準に測ってみるが、幼児のような小ささだった


しかし、小さくとも身体つきは大人のものであったし

微かに感じ取れる匂いからも、彼女が繁殖可能な成人に達していることが伺える



(何の種でしょう……)



耳の形と安定の取れた姿から、猿の種のルルヴィスのようにも見える

間もないうちに使いから戻った狼が彼女にほめてほめてと纏わりつき

彼女は狼を要求通りに褒めるように撫ぜていた


それから彼女は、狼の背に括り付けられた荷物に手を伸ばし

しかしその手を一度止め、傍にあった布のようなもので濡れた体を拭いてから荷物を解いた


どうやら荷物の中身は衣類だったようで、

しかし、その大きさは彼女には大きすぎるのは明らかだった


自身の身体に対して大きなそれを暫し眺めた彼女は

襟ぐりの部分に紐を取り付けて、それを肩紐のようにしてから衣服を身につけ

狼を労うように撫ぜた



(ふぅん……)



狼をがっかりさせないよう気を使ったのがユンファイエンスにも分かった

彼は狼の姿のまま、彼女たちに接触することにした


使いを果たした狼は、ユンファイエンスが接触する前に塒へと帰ってしまったようだったが

近付くにつれ、彼女の言葉ははっきり聞き取れるようになった



『片方の穴に、足が両方入りそう……』


(!、これは……)



彼女から発せられた言葉に

ユンファイエンスはぴくりと足を止め、彼女の傍の茂みにそっと身を隠す



『この下着は後で分解して小さく作り直そう』


(驚きました…まさか古代語を話すとは……)



茂みの向こうに見える彼女は、とても学者や魔導師には見えない

流暢な言葉とその内容は、彼女が古代語を常用語として使っていることをうかがわせる


古代語は世間では当の昔に消滅も同然に失われてしまった言語だ

女神が存在した時代でさえ使われることは無かった


深淵読みが使えることで、辛うじて自分は読み聞きができるが、ここまで流暢ではない


ますます興味を惹かれたユンファイエンスは

先程の狼のように、従順な犬を装うつもりで彼女の前に姿を現した



『ひゃう?!……ぁ、び、びっくりした!』



驚かせて警戒させないよう、彼はそっと姿を現したつもりだったが

それでも足りなかったようで、彼女はびくりと身を竦ませる

しかし、害意はないと伝えるようにじっと眼を見ると

彼女は正常さを窺わせるようにまっすぐユンファイエンスの眼を見返し、

ほっと肩の力を抜いた



『きみは初めて見る狼さんね、はじめまして

 怖がってごめんね、大きいからびっくりしちゃった』



大きいという言葉に、少なからずユンファイエンスの自尊心がくすぐられる

確かに、彼女に比べれば、彼の体格は大きく、突然現れれば警戒の対象になるだろう

初対面の印象としては悪い、だが、その礼儀正しい様子はユンファイエンスに好感を与えた


そのため、普段から身内以外に触れられるのは好まない彼だったが

彼女がそっと伺うように差し伸べた手は拒まなかった



(……誤算です)



彼女の香りは近くで感じ取ればとても良い匂いに感じられ、

しっとりと梳くように撫ぜる彼女の手は幼児のように小さいのに、その存在感は大きかった



(きもちいい……)



容姿は異国風のありふれたものだったが

慈しむような濡れた瞳は、彼を魅了する

既に、興味深かった筈の古代語も魔導師かどうかもどうでもよくなっていた


そろりと小さい身体に包み込むように抱き締められ

その柔らかな感触とうっとりするような甘い匂いにつつまれると、もう、たまらなかった



『あたし都子よ、きみはよく来る狼さんたちとは毛皮の色が違うね、

 真っ黒な毛皮がつやつやしてて綺麗、凛々しくてかっこいいね』



……ミヤコ、……みやこ、……都子

耳に心地良い鈴を転がすような声音で告げられるその名を、噛み締めるように復唱し

ユンファイエンスは抱き締める彼女に応えるように、ルルヴィスに戻って彼女を抱き返すと、

なるべく彼女に正しく伝わるように古代語で応えた



『わたしはユンファイエンスです都子さん

 貴女も小さくて柔らかくて可愛らしくてとても好い匂いですね、

 こんなに軟らかいなんて、降りたばかりの子供でもそうそうありえない触り心地です』



唐突な声に驚いたのか、彼女の擦り寄るような抱擁はぴたりと止まり

彼女の視線が恐る恐る上がってくるのをユンファイエンスは感じ取った


ひたりと合わさった視線に、良い印象を持たせたくて笑顔を返す



『ぎ、』


『ぎ?』


『ぎゃぁあああ!! 美形ぃぃいいいいい!!!』


『え、この顔はいけませんか?』



顔のことでこんな反応を受けたのは初めてだった

汲水器=ポンプのことです、ポンプって書きたい……!!!

日本語難しいよ!


彼は一見ただの冷酷人間に見えますが、人見知りが超激しいだけの庶民です

家族は大家族ですから、社交性が高いようにも感じますが、わりとそうでもありません

そして庶民らしくセコいです

本人の稼ぎは十分にあるのですが、貰えるものは貰います


それから繁殖可能な成人の匂いですが、

子供が出来ないだけで身体的には生殖機能を失ったわけではありません

ですから発情期も現存しますし人々は僅かにも可能性があると信じて行為を行います


体格は彼は2m前後で彼女は150cm辛うじてい…かない、というような感じです

この世界では彼は成人ですが子供サイズ、彼女は幼児サイズということになります

厳密に言うと、幼児と子供の間くらいだと思うのですが、面倒なので幼児で


彼の本性が狼だということについては

"あぁ、でも、いいゆめでした……"最終話のあの子がそうです

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