03
取り敢えず、面倒なシーンは一段落でしょうか……
具体案が決まったところで、話は術式について移った
魔術に関する手法は幾つも存在する
使用する場所の地形や使用用途、人数など
様々な事象によって用いる手法は多種多様
今回使用する魔法陣であったり、咒文であったり
咒文を唱える時間を省く為の言葉を印した咒言符であったり
代償によって得られるもの、契約によって成されるもの
身体、或いは装飾品、そういった身につけるものに恒久的効果を望む為に刻み付けるもの
そして今回、ユンファイエンスが行ったように、
思考内の想像のみで成立させるもの
「先程も言ったように、大陸全土に効果を広げたいので魔法陣を使用します
咒具を各地に配す方法は避けます、
様々な要因によって配置場所からずれてしまうかも知れません
ですから、直接大地に魔法陣を敷く方法をとります
これについては魔法陣を敷く順路や位置を誘導する咒具を造ります
なにせ大陸全土に複数人でこれにあたるわけですからね、
当然、ズレも生じることでしょう」
「手段は分かった、問題は魔法陣だ」
「一体、どのような構成を?」
「対象物が厳密に特定できないので、陣は平面で事足ります
というか、それ以上は幾ら構成しても無駄です
実際にはこうです」
ユンファイエンスがテーブルの中心を指差すと
そこに墨を垂らしたように黒く塗り潰された幾つかの円が現れた
大きな円に、一部が重なるように幾つかの円が不規則に添ったそれは、
一見して子供の落書きのようにも見える
「貴様は我々を莫迦にしているのか
紋様も咒言も何もないではないか」
「細かすぎて潰れて見えるだけです」
「なんだと?」
「貴方が大きく拡大して見ればいい」
ユンファイエンスの助言に、文句をつけたのとは別の魔導師が反応を返す
彼女はユンファイエンスが提示した魔法陣の一部を両手の人差し指と親指を使って囲み
口の中で静かに咒文を唱えた
指で囲われた部分が浮き上がるように大きく拡大されて映し出されたが
それでもソレは黒く塗り潰されたままだった
「もっとです、もっと大きく」
「もっと?……これは、」
言われるままに、ざっと三百倍ほどに拡大すると漸く目的のものは姿を現した
びっしりと細かく印されたそれは、三百倍でもまだ眼を顰めるほどに小さく
全体を見ようとすれば、くらくらと眩暈がするほどだった
「魔法陣に不備がないかどうかは各自ソレを写し取って検証して下さい
期限を設けましょう、おかしな箇所を見つけたら三日以内に各自連絡して下さい
連絡は…そうですね、わたしに対してはこの計画の進行中はここに下さい
それ以降は破棄するので繋がりません
三日後、訂正が無いようでしたら誘導用の咒具を人数分造ってもらうということで」
ユンファイエンスは先程の魔法陣の隣に連絡用に急遽造った小さな四角い陣を印すと
話は終わったとばかりに立ち上がった
「待て」
「何でしょう」
「咒具はそなたが造るべきだ
そなたが一番理解できている」
「…かまいません」
「では、必要なものは後で教えてほしい
計画に関する費用も我が国を初め、各国が融資する手筈になっている
三日後には各国の紋が印された手形をそなたらに手配できるだろう」
王の言葉に軽く肩を竦めるように返事をすると、
ユンファイエンスは思い出したように口を開いた
「そうそう、これはわたしの私的見解なのですが」
「?、なんだ」
「亡くなった人数に対して降りてくる子供の数が僅かに少ないのは、
恐らく大地の許容量の問題でしょう」
「許容量……?」
何のことを言っているのか、と疑問を隠さない王に、
…というよりは、王を含め、彼の背後にある鏡に向かって話し掛ける
今回の計画は各国協力の下、それぞれの国、または組織、個人から
計画の主導国であるこの国に魔導師が送り込まれている
その会議の様子は、報告書の他、
鏡を使った大掛かりな通信術を使いそれぞれ傍観できるようになっていた
ユンファイエンスは、丁度いいとばかりに、この環境を利用したのだ
「ご存知の通り、世界は果てまで行くと崖になり、奈落の底は見えません
この世界で人々が無理なく生存できる限界数が決まっているのではないでしょうか?
そして、これは更に想像の域ですが
大地は女神が消える前に既に許容人数いっぱいになっていたが、
女神が消えることで許容量は下がり続けている
その為、新しく降りてくる人数は制限され、亡くなった人数よりも少なくなっている……
というのは、どうですか?」
「…まさか……」
「そのような……」
各国で激震が走ったに違いないその話は、聞けば聞くほど恐ろしい、
何故降りてくる子供の数が死亡した数に釣り合わないのか、
この場に居る者だけでなく、恐らく世界中の誰もが疑問に感じていた
そんな、ばかな
そうは思うが、ユンファイエンスの吐いた爆弾は
考えれば考える程に真実味を帯びてくる
「まぁそれももう関係なくなるでしょう
恐らく後数年もしないうちに、子供は降りてこなくなるでしょうから」
「?!、」
「それは一体どういうっ」
「ただの夢の話です
それでは三日後にまた」
今度こそ話は終わった、と ユンファイエンスは退室し
残る魔導師もそれぞれ動揺を隠し切れない様子で魔法陣を写して立ち上がり、
王に礼をとって各々部屋を後にした
それを見送ると、王は深く息を吐き出した
「魔導師という人種が研究者肌で良かった、…と、言うべきなのだろうな」
対峙したのは僅かな時間であったし、己が感じ取ったのは微かな片鱗だったのだろう
しかし、それでもユンファイエンスが化け物じみていることは十分に理解できた
個体によって性格の差異は当然あってしかるべきだが、
それでも大抵の魔導師は興味のある対象に冷静に向かい合い、理屈で思考する
これが、それこそ子供のように口よりも先に手が出るのであれば、と想像すると
王はぞっと這い上がってくる寒気をまざまざと実感した
だが、それよりも……
「子供が…降りてこなくなる……だと?」
最後にとんでもない発言を残していった
夢の話だなどと言っていたが
あの男が夢を真に受けるようなおめでたい思考回路の筈が無い
王はそう考えるが、ユンファイエンスという男は、懇切丁寧に語るようでその実、毒を放つような男だ、問い質したところで、謎掛けのような回答をし、こちらの知りたいことなど分かりはしないだろうと結論づけ
這い上がってくる悪寒を振り切るように大きく息を吐き出すと、
鏡に向かって簡単な挨拶をし、城お抱えの宮廷魔導士にテーブルの魔法陣を解析するように命じた
*** *** ***
ユンファイエンスが退城するために回廊を歩いていると、その背を追う姿があった
先程の魔導師の中にいた、鹿の種の女だ
彼女は、ユンファイエンスが強い雄だと感じて誘いを掛けに追ってきた
子供が生まれなくなっても、皆、"もしかしたら"を期待し
単に快楽だけでなく、子供を望む儀式としての意味合いは消えていない
この世界では、今はもう関係のない問題になってしまっているが、
かつては異なる種の男女間でも子供が生まれた
ただし、種が違う為に子供が出来る可能性は限りなく低くく、生まれてもどちらか片方の種しか受け継がないので、猫の種の片親に外見のよく似た犬の種の子供、という感じだ
しかしそれも今は気にしても仕方の無いことだ
だから、もし偶然にもできるのならば、と
女はより優秀な男に目をつける
現在では婚姻の慣習は特定の身分に辛うじて儀式的な意味合いで残るのみで、
市井ではその意味はほぼ失われ、特に都市部の男女間では特定の伴侶も恋人も持たず
"もしかしたら何かの偶然で子供ができるかもしれない"という考えで、
比較的気軽にそういった交渉が行われる
尤も、手当たり次第というものでもなく、幾許かの暗黙の了解は存在し
誰に対しても際限なく下半身の緩い者は蔑みの対象になる
ユンファイエンスは自分の後に続くような幾つかの足音や匂いには気付いていたし
そのうちの一つがあからさまに自分に近づいてきているのも分かってはいたが
彼の興味の及ぶところではないので、歩く速度を緩めることも後ろを振り返ることも無かった
魔術での転移も可能だが、他人の居城でそれを行うほど無作法でもない
魔術の並々ならぬ技術といい、魔術的手段を必要としない魔術といい
彼は稀に見る良い雄だ、と 女の視線は定まったままユンファイエンスから外れることはない
魔術は霊的、あるいは自然的なものに、
己の意識を沿わせることによってその力に近づき、引き出す
つまり、炎の力を使いたいのなら、意識を沿わせる
"わたしも同じ炎なのだから炎の力を借り、その力を振るうことができる"
という、一種の催眠状態だ
魔術を発動させる手段は、自分の意識を催眠状態に持ち込む為の手段でもある
術が複雑であればあるほど、霊的、自然的な力に呑まれる可能性も高まり、制御も複雑化
そして、意識を取り戻すのも難しい
魔術を発動させる手段は、人では難しい部分を代行させる手段でもあるのだ
しかし、そういった手段を必要としない男が今、目の前にいる
確かに彼は美しいが身体は小さく細身で、一見強くは見えない、しかしこれを逃す手は無い
女は、わざとらしく足音を立てて、
ユンファイエンスが振り返るのを期待していたが、そんな様子は終ぞ無く
とうとう城門が見えてきたので慌ててその腕に手を滑り込ませようとした
……が、
「触らないで下さい」
「っ、」
あと僅かというところで、するり、と 狙った腕は掠めることもなくすり抜け、
彼女の幾分か下から、侮蔑の眼が見上げてくる
「貴女、臭いんですよ
一体何人と遊んでいるんです?
公衆の面前に出る時くらいは男の匂いを消したらどうですか」
ルルヴィスであることから、その能力の高さは伺える、
彼女のローブの留め飾りには有名な神殿の紋様が入っていることから
巫女も兼ねているのだろうと察することもできる
能力だけでなく容姿の美しさから、さぞや男にもてることだろう
そんな女から誘われるというのは、男にとっても自尊心を擽られる
しかし、彼の眼には明らかな侮蔑が見て取れた
「…だ、誰でも普通のことじゃ……」
「皆さん、貴女ほどじゃありませんよ
一体、神殿で何の仕事をしているのか
男の匂いが多すぎて、貴女個人の匂いが殆どありませんよ」
ユンファイエンスは狼の種であるが故に匂いには敏感だ
明らかな罵りに、女の頭にかっと血が昇った
自分は女として、優秀な男を探すという当たり前の行為をしているだけだ
そのように蔑まれる謂われは無い
声には出さなくとも彼女がそんな風に思っていることは、誰の眼にも明らかだった
「わたしの両親は、結婚しているんですよ」
「?!、」
しかし、意外な告白に、女は驚きで怒りを忘れた
結婚している、と言ったのか
結婚という慣習は、もはや王族や貴族、金のある商人の間でひっそりと継がれる儀式的な風習であり
婚姻関係に至っても、書類上でのみという感じであり実際のところはしていないのと同じだ
世間的には、既に寝物語の域で
そのような制度があったことを知ってはいても誰も重要視していない上に
知っている者も十人に聞いて二人知っていればいい、という方だろう
それを、彼の両親は結婚していると言う
「ですから、世間的には異様、教育的にはまともな環境で育ったわたしの眼には
特に貴女のような人種は、とても相容れられない、不快なものにしか映りません」
「ふかい……ですって?」
再び湧き上がる怒りを抑えるように視線を逸らせば、
城門を守る兵士が何の騒ぎかとこちらを見ていた
女は慌てて視線を戻す、野次馬はごめんだ
ユンファイエンスには他にも理由がある
健全な家庭で育ったせいか、彼の眼には、他人の目つきの異常さが分かるのだ
明るく朗らかに振舞っている者でさえ、視線は他人と合わず、微妙にずれている
それに、兄弟のこともある
彼の多くの兄弟は、同じ親元、特殊な教育で育ったお陰で皆ルルヴィスかアヴァニスなのだ
当然、力ある者として、異性に言い寄られやすい
しかし、大概の兄弟は、父親の教育で相手をよく選ぶのだが
歳の近い兄達の内の一人に、その例に外れる者がいる
彼は人がいいばかりに、様々な女に言い寄られ
時間は掛かるが、やっと相手の事が好きになる頃には
相手の女が一対一の男女付き合いに我慢できなくなり、捨てられてしまうのだ
そんな姿を見ていれば、相手選びが慎重にもなるというものだった
城門を目前に動かない二人に、
同じく退城する為に後から追いついてきた者の一人が声を掛けてきた
「おいおい、何をこんな場所でガキの夢物語の話しをしてンだぁ?
乳臭い話はいい加げ……あ?」
ぼとり、と音がして
周囲の者は、その音の元を目で追った
…腕だ
ユンファイエンスの肩を叩こうと伸ばされた腕が
肘の辺りから綺麗な切断面を見せ、足元に転がっている
「…ぁ、……あぁぁ……お、…おれのうで……か?」
「わたしは、貴方方全員に聞こえる音量で、
触らないで下さい、と言いました」
男の聞くに堪えない叫び声が上がり、全員びくり、と後ずさった
「彼は貴女の男の一人ではないのですか?」
「…ぇ……?」
「貴女からは彼の匂いもしています
貴女は巫女でしょう、腕を癒してあげないのですか?」
「ぁ……あ…ぁ、……ぁた……あたし……っ」
「男漁りばかりで、巫女としても役立たずとは
よく今回の計画に推挙されましたね」
「そ、そんな……」
女がいくら畏れ慄こうとも、ユンファイエンスは無関心だ
彼にとって、"女性"に値しない女は只の人間であり
親兄弟の中で学んだ、女年寄り子供は大事にするという項目には当て嵌まらないのだから
彼は、のた打ち回る男に魔術を掛けると、
元の場所に付ければ腕は繋がりますよ、と言い
城門を出ると、恐らく転移の術だろう、直にその姿は掻き消えた
彼が消え去った後も、残された彼らは、呆然と立ち尽くす
やがて、再び大きく上がる男の叫び声で自失状態を脱した兵士が
腕を押さえてもがく男に駆け寄り、言われた通りに腕を繋げても
彼らの緊張は尾を引き、なかなか解けることは無かった
初対面の相手に、誘いを掛ける、身体的特徴を揶揄する(ガキや乳臭いなど暗に子供のように小さいことへの嘲りも兼ねています、彼の身体は文中にある通り鹿の女性よりも小柄です)、名を名乗らない、挨拶をしない、等々
こんだけ失礼のオンパレードすれば、そりゃ相手の機嫌も損ねますよね
魔導師という頭のいい集団のはずなのに、臣下をやり込めるところを見てたにも関わらず学習しない、彼らは馬鹿です
えーと、それから 何故、後数年もしないうちに子供が降りてこなくなるのか、というのは
ぶっちゃけた話、"あぁ、でも、いいゆめでした……"に書いた通りです
彼が夢見たようにユンファイエンスも僅かながら夢を見ており、夢について考察もしています
文中、慣習は習慣と並び順が違うだけなので、どっちにしようか迷いましたが
慣習は"ならわし"や"しきたり"の意味合いがあるのでそちらを採用
以下、"あぁ、でも、いいゆめでした……"若干ネタバレ↓
彼が魂を送り出す機能を失ったので、これ以降魂の補充はありません
世界に落とされる子供の数は制限されている、と書いてある通り
彼によって送られた魂は、すぐさま子供になり地上に降りるわけではありません
無くなったら補充、という感じで地上に空席ができるまで待機状態です
後は待機状態の魂が総て降りてしまえば、それ以降は補充がないので子供は降りてきません