表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

01

大変長らくお待たせ致しました、続きです!

がりごりと断崖絶壁を形成する一塊の巨大な岩をユンファイエンスは抉っていた


本当はもっと後にするつもりだったが、肝心の妻、都子の体調がそれを許さない

彼は彼女を安全に隠して しまい込んでしまう為に、取り敢えず利便性だけを考えてごりごりと抉る



「お前の話を聞く限りでは、そのお嬢さん、我々とは大分毛色が違うようですね」



それも細胞単位で



「……さて、どこから、どのように、何故、迷い込んできたのか、その上……子供……ですか」


「ええ」



先日、暫くぶりに実家に戻ったユンファイエンスは滅多に使用されない書斎で その主と他者を交えず二人きりで話をした


相手はセレスセラス、彼の父親だ


都子と晴れて夫婦になって数日後、彼女の胎に違和感を感じ、注意深く探ってみれば、それはまだ胎芽ではあるものの、しっかりとした生命力を示す存在だった

流石に事は自分達夫婦だけの間に収まらないと判断したユンファイエンスは父親に報告と相談をすることにした



「しかし子が宿るのであれば、我々の身体が変質した……というわけでもなさそうですね」



問題はソコだ


単為生殖や無性生殖というわけでもないからこそ都子一人だけでは妊娠は不可能だ、細胞の模倣云々は兎も角として機能的には一般女性と何ら変わりはない

だから彼女が妊娠したということはユンファイエンスたち人類が身体的に変質しているわけではないという一つの解答が得られる


恐らく、女神は彼らの身体を作り変えたわけではないのだろう

だとすれば、一体、どのような要因で制約を架しているのか


この考えに行き着けば、それは災厄の火種に成り得るだろう



「……取り敢えず、ミュリアルにはわたしから話しておきましょう

 事が事ですからね、このことはわたしとお前と彼女と……ルルにも教えておきましょう

 当面はこの面子だけで、知る者は極力少ない方がいい

 我が家に不届き者はいませんが、我々を喰い物にしようとする輩は多いですから」


「そうですね、ルル兄さんに来てもらえれば心強いです」



レヴァルヴム家の変事ともなればハイエナの注目も集まろうというものだ

それも、所謂 看板息子のユンファイエンスの嫁取りともなれば外野の騒ぎは相当なものになるだろうことは想像に容易い


その上 彼は今、女神召還の為に集められた集団に属している

そんなユンファイエンスの妻が子を孕めるともなれば、それを女神と結びつけ

彼が周囲を出し抜き、傲慢不遜にも女神を独占していると、あらぬ思考に駆られる者も当然の事ながら出てくるだろう



そうなれば是が非でも女神を捕らえて、否、あちらの名目としては"保護"なのかもしれないが――



保護とは名ばかりに厳重に隔離監禁し、ひたすらに子を産ませる……というのは極めて優しい方で

彼女がどのようにして子を孕むのか、なぜ我々は子を生せないのか、その原因は何か、と

その原理を知ろうと都子をバラバラに解体してしまう……などという可能性も、無いとは言い切れない


寧ろ、彼女一人にひたすら産ませたところで、人口に大した変動は見られないことは自明の理、後者の可能性の方が、極めて高いだろう



「想像力豊かなのは結構なことですが、怒りは抑えなさい

 そのまま帰ればお前の妻を怖がらせるだけですよ」


「……すみません」



表情の消えた息子が何に憤っているのかは、同じ性質の父親には想像に容易く、恐らく同じ状況であれば自分も似たような反応を示すだろうとは分かってはいたが

よくもここまで似たものだとセレスセラスは思う


ユンファイエンスの左の薬指から発せられる禍々しいまでの咒力を見れば感心さえするほどだ、息子たちは大概が大なり小なり自分に似て育ったが、この息子は性質的には生き写しと言ってもいいくらいだろう



「……まぁ、他所事に関わっていればルルも多少は気が紛れるでしょう」


「……またふられたんですか」


「ええ、また」



ふられて落ち込む程度で済んでいるのだから"ソレ"はどうでもいい相手なのだ、そのことにあの鈍い息子は一体いつになったら気が付くのか

良くも悪くも母親の頼られると無下にできない優しい性格を継いでいる所為だからだということは判っている


……だが、よく注視していれば分かる


あの息子も根本は自分達と差して大差無い

例えば目の前の息子がそんな事態になれば間違いなく筆舌に尽くし難い事態に陥ることは判りきった事だが、度合いの差はあれどそれは大半の息子たちに言えることだ


あからさまに逸らされた話題を意図共々汲んで、よく似た方の息子はさらりとそれを受け入れたが

他人には隠し通せる怒気を身内である父親に覚らせてしまうところは まだまだ幼さが抜け切っていない所為だろう


先日どこぞの愚昧な男の腕を切り落としたという話はとうに耳に入っている

目的自体は想像に容易いが、殺気で脅せばすぐに呼吸にまで影響を及ぼし物理的に黙らせることができるものを わざわざ本人にも周りにも分かり易く切り落としたのは優しさ故にだろう

易しく、理解し易く、自分が恐怖に値する存在だ、と知らしめる


いずれその甘さも、幼さが抜ければ無くなってしまう



――自分と同じように



「では、兄さんに来てもらい、諸々落ち着き次第 父さんたちを新居に招きます」


「ルルにはわたしから話しておきましょう

 お前はもう戻りなさい、どうせ気が急いて仕方がないんでしょうから」



父親から追い払うような手振りでそう言われ、微かに自嘲の笑みを浮かべたユンファイエンスは僅かに目礼をするとセレスセラスの目の前から、文字通り、消えた


相変わらず自分の欲望には忠実な息子の様子に、ふ、と笑うと

父親はもう一人の息子を訪ねる為に席を立ち――まずは息子よりも遥かに大事な妻に報告する為に丁度行き会った息子の前を通り過ぎた


ユンファイエンスは女神召還の関係でどうしても都子と離れなければいけない事柄が生じる

たとえ女神という存在が既に彼の興味の対象から外れているとしても、この集団から今身を引くことは余計な疑惑を抱かせることになるだろう

それに、息子の話では別口の五月蝿い蝿も彼を煩わせているらしい


だからこそ、今はまだ抜けるべきではない


一応考え得る限りの対策は講じるつもりではあるが、物事というのは予定通りに経過し予測通りに変化するとは限らない、それを補間するのが兄弟の存在だ


その兄弟も、数いる中で妻も恋人も意中の相手も持たない暇を持て余す独り身で且つ武術、もしくは魔術に特化している兄弟となると自然と選択肢は狭まる

そしてその少ない選択肢の中で、現在、父親の言う通り気分転換が必要な兄弟は一人だけだ



……そんな遣り取りがあり、現在、彼は安全に寛げる家を造っている

子供の頃から目をつけている場所の中でも、立地、特に女神召還関係で国家であれ関わる人員であれ縁の在る場所は候補から排除し、その上で選び抜いた場所だ


地理的には、背後は崖で奇襲は無く、前面は程々に見通しが良く且つ障害物となる樹木が満遍なく覆っている

勿論、魔術的にも物理的にも罠を張り、家と、罠のある範囲と、そして山全体を覆う三重の結界を施した


山全体を覆う結界は相手が察知し易く単純で脆いものを、罠の範囲を覆うのはソレよりもやや強固なものを

そして家にはユンファイエンスが考え得る上で最上のものを施した


勿論言うまでも無く罠の範囲を覆うものは、結界を抜けたことで気を抜かせ罠に掛かり易くさせるためだ

当然のことながら家を覆う結界もえげつない仕様になっている



(いざとなれば転移も止むを得ませんが、術の性質上母体にどんな影響があるか分かりませんからね)



女神召還の魔方陣については今までと同じ作業速度で既にユンファイエンス一人で全体の三分の一ほどを済ませてある

都子の魔術が作用しない体質を目の当たりにした経験から、そういった問題が発生した場合にも対処できるよう考慮し、改変を加えたものを自身の持つ咒具からそれぞれの咒具に転送し上書きもしておいた


後は既に陣を敷き終えた部位も改変部分からの侵食で他の魔導師に覚らせないよう ゆっくりと書き換わっていくだろう

これ以上は甘えないでもらうとして、自分の居場所を知らせる機能を持つ咒具は最初から偽の情報を表示するようにも細工は施してある


後は可能な限り急いで愛の巣という名の要塞を完成させればいい

現在の工程は、間取りと内装は後で都子の体調が落ち着き次第 彼女の希望の通りに調整するとして、まずは取り急ぎ水周りの使い勝手と衛生面に重点を置き作業している

急いでいる筈なのに、自分に対する妻の好感度を更に良くしようと魔術で一瞬で空けられる穴を手掘りするのは置いておくとして……


粗方の間取りを掘り出し後ろを振り返れば、肝心の都子はくるまった毛布に埋もれるようにして眼を閉じていた

完全に眠っているようではなさそうだが、今にも意識が落ちそうになっていることは間違いない


体力面を配慮して家事から遠ざけ なるべく負荷が掛からないよう気を使ってはいるが



(……これ以上何をどうすればいいのか)



疲労の蓄積が著しい、食欲も落ち、少ない食事量でも賄えるよう栄養価が高く消化吸収の効率が良い食べ物を更に濃縮させた上で食べさせてはいるが改善の兆しが見られない

彼女を心配するあまり自分自身すら僅かではあるが頭痛を感じ食欲すら減退する始末だ

なんとかしてやりたい、だが病ではないからこそ、これ以上は手の打ちようがない


しかしそんな状態なのに、ユンファイエンスが都子を怖がらせないよう警護の為だということは伏せた上で予め兄の人相を教えると、彼女は眠気に朦朧とした様子ながらもじっくりと考え、ユンのお兄さんならあたしの義理のお兄さんになるよね、お義兄さんってこっちの言葉で何て言えばいいの? と気遣いまでしてくれる

彼には その姿が余計に健気でいじらしく、そして現状が歯痒い



(いつもより更に舌の回らない様子でお義兄さんを練習する姿はそれはそれは……

 それどころではありませんでした)



そんな砂糖と塩の塊りを同時に口に含んだような記憶をじゃりじゃりと咀嚼しながらも、手早く生成した水で手の汚れを落としつつ足音を抑えて傍に歩み寄り都子を目前に屈み込む

既に水気を取り払った指の背でそっと彼女の頬を撫ぜるが、都子が気付く様子は無い


彼女の唇に親指を軽く滑らせるが、量は兎も角、質ではかなりの栄養摂取量である筈なのに、その唇に水気は乏しく、栄養失調と診断してもいい程だ


まるで胎の子にそのまま流れていってしまっているようでさえある



(点滴をしたいところではありますが、たかだか針ほどの刺し傷がどんな影響を及ぼすか……)



随時改良中ではあるが、勿論 都子の為に欠損を含む怪我に効く治癒の術も病に効く術もある程度構築してはある……だが、それでも何が起こるか分からない以上、出来うる限り些細な傷一つでさえ負わせたくはない


都子の唇に滑らせていた指を引き戻し、代わりのようにその指をべろりと舐める

実際に夫婦生活があったのは あの夜を含め二日といったところで、妊娠が分かった今では我慢強くユンファイエンスは耐えている


何せ、女神が去ってより幾千年、女が子を孕むということはもはや知識のみのものになってしまっている

家畜や野生生物はいまだに繁殖しているお陰で、仕組みは理解でき母体がどのような状態になるのかも凡そは把握しているが、どこまで人間に当てはまるのかが分からないのだ


一応、深淵読みでそのあたりの情報は可能な限り精査は済んでいるし、何と言っても首と胴の分かたれたもう一人の自分の知識がある


……が、あるにはあるが、あちらの自分は万に一つの憂いも無いようにと妊婦や乳児には特に自分から近付いた記憶は一切無いし極力避けてきた


そしてなにより、あちらでの知識がこちらに、彼女に、当て嵌まるのか、それすらも定かではない

結局のところ所詮机上の論理、実体験の伴わない知識でしかない


今すぐ全ての憂いを解消する手段はある


しかし、彼女がそれを受け入れる可能性は限りなく低く

それを選択したとして、母体である都子に掛かる負担は……


――肉体的にも、――精神的にも、重く、厳しい



『都子さん』


『……ん、……ぇ?』



起こすつもりの無かった微かな呼び掛けは、しかし皮肉にも都子の意識を覚醒に導いた



『都子さん、我慢せずに眠って下さい、今の貴女にはそうとう辛い筈です』



誤魔化すように都子の頬を撫ぜつつ眠りを促すユンファイエンスの声をどこか遠くで聞くような反応の彼女は、先ほどまで素手で岩盤を抉っていたことを心配しているのか、彼の手を怪我の有無を確かめるように裏も表も確認し、そっと労わるように小さなその手で撫ぜた



『ん、あの、だいじょうぶ

 ユンは? つかれてない? きゅうけいは? おちゃでものむ?』


『……嬉しいお誘いですがお茶はやめておきましょう、休憩にします

 都子さんも一緒に休みましょう』



眠気に潤んだとろりとした眼差しで見上げられながら舌っ足らずに誘われると、飲み込んだ欲望も喉元からせり上がりそうになるが、ぐっと押さえ込んで都子が包まる毛布をそっと寛げ

彼女を自分の組んだ足の上に抱え込むようにして座り込むと、ユンファイエンスは自分諸共毛布でくるまった


けれど都子は眠りを拒むように凭れ掛かるユンファイエンスの肩口にぐりぐりと摺り寄り、まるで彼の忍耐力に挑発を仕掛けるようですらある



(……また血を抜かなければいけませんね、たっぷりと)



魔力を混ぜ込んだ血の結晶……否、もういっそこの際だから血晶とでも名付けようか、別に量産を心掛けているわけでもあるまいに、その貯蓄量は破竹の勢いで絶好調だった

その上、作業に慣れた所為か血晶の質も日々向上し、資産価値が高まっている、実に皮肉な副産物だ


折角なのでソレを使用した護符も念入りに造ったほどだが、材料誕生の逸話は当然のことながら勿論 都子には秘される



『……眠らないのですか?』


『ん……さすがにねすぎかな、って……』


『では、少しわたしとお喋りをしますか?』


『……うん』



辛そうに眠気を耐える姿は見ているこちらも辛く感じるほどであり、無理をせずに眠って欲しいとも思う

しかし彼女があまりに強烈な眠気に不安を感じ眠りを忌避していることを感じ取れるからこそ、あまり強く促すこともできずにいる



『一応、粗方の造形は終わりました、後は水周りに内装や家具などですね

 取り敢えずは急ぐので家具は既製品を買いますが

 後でしっかりしたものをわたしが作ります、希望があれば遠慮なく言って下さい』


『……ぅん、わかった』


『間取りも急拵えで造ってしまいましたが、後で貴女の体調が安定したら色々と調整をしましょう

 なんでしたら別の場所に新しく作り直してもいいですね』


『……ぅん』



せめて気を紛らわせられれば、と他愛ない雑談を試みるが、ぼんやりと眠気に滲んだ彼女の返事はどこか覚束ない



『……眠りたくありませんか?』


『……んー……』


『都子さんもご自身の身体の変化に戸惑っていることとは思いますが』


『うん……』


『……やはり不安ですか』


『……ちょっとだけ』



彼女の不安は夫である自分も同じように感じ よく分かる、けれど知識はあっても不安を払拭できるほどの経験が無い、いくら慰めようと思ってもユンファイエンスの口は思うように開かなかった


だからだろう



『……わたしは何よりも貴女が大事ですので、都子さんを守る為であれば、最後の選択も……』


『……ぇ?』



――とうとうその口から出たのは

――慰めるものではなく、不安を和らげるものですらなく


ユンファイエンスの不安がそのまま形になり吐き出されたようなものだった

そんな彼の様子は、流石に眠気を退けるほどの違和感があったのか都子の眼は僅かに見開かれる


本当は、肉体的にも精神的にも不安定な彼女の不安を煽るようなことは言わない方がいい

しかしどのような選択をしても、どんな結果が待っていても、それは都子一人の責任ではない、と

独りで抱え込み悩まないで欲しいと、ユンファイエンスは伝えたかった


この世で人の身にある限り血の繋がった子を得られることは限りなく不可能に近しい奇跡だが、都子の出自を外界だと予測する彼には驚く程のことではない

血が繋がろうが繋がるまいが子は授かりものであるし、彼女の命を脅かすのなら、それは排除すべき障礙に他ならない


……だが、ソレによって彼女の心を傷付ける結果は、何よりも忌避すべきものだ



『もし何事も無く、それでもこの子らが流れてしまったとしても

 それは貴女のせいではありませんから』


『え?』


『え?』



しかし、予想外のことを言われたというように、ぽかんと自分を見上げる都子の顔を見て、流石にユンファイエンスも意思の疎通が食い違っていることに気が付いた

次回更新は日曜の同じ時間です


愛の巣()の大まかな間取りはコチラ→ ://1239.mitemin.net/i170080/ ←


※因みにユンは所謂"男のつわり"状態です

ありがちな症状は吐き気、眩暈、頭痛、食欲不振、気分の悪さや不安感、腹痛、歯痛、等々(素で邪悪な癖に妻に対してのみメンタル紙装甲、不安を感じ食欲不振なのに性.欲減退はしないとかHAHAHA)

妻を大好き過ぎる男性に結構あるみたいですね、詳しくはネットで調べてみて下さい

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ