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SIDE 女性陣
森の中に幾種類もの樹々が寄り合わされた巨木が聳え立っていた
空を覆う程に大きな枝葉は、けれども所々木漏れ日が差し込み、その恵みを大地に与えている
傍には水路が引かれ、田畑が広がり、鶏があちらこちらで地面を啄ばんでいた
「キッシュ焼けた?」
「~七、八、九、…十種類は焼けたかな」
「じゃあ、次は包み焼きね」
「分かったわ、ちょっと頼んでくる」
女たちが所狭しと厨房を忙しなく行ったり来たりする中で、一人厨房を出て一つの扉に近づいた
扉に取り付けられた覗き穴の蓋をさっと横へ滑らせて覗き込むと目が合う
「アインリィ寂しいよ、まだ出て来ないのかい?」
「ごめんねスィアキ、お腹は空いた?」
「そういえば少し空いたかな」
「じゃあご飯を作るわ、その間に猪と兎と鹿と熊と鴨と鮭を捕ってきてくれる?」
「任せて、そういえば鶏や豚とか牛はいいのかい?」
「鶏も豚も牛もあるから大丈夫よ」
「分かった、行ってくるよアインリィ」
「行ってらっしゃいスィアキ」
覗き穴で不自由なぶん、親指と人差し指を自分の唇にあててから、その指をキスの代わりに男の唇にあてると彼は物凄い速度で扉を後にした
彼女は扉で見えない部分で、よっしゃ、と両の拳を勇ましく握った
この家では妙なところが繊細な男が多いので対応が難しく経験が必要だ、因みに彼女は先日対応を誤り五週間ほどいつも以上に密接し手洗い場前まで門番をされたりした、中まで同伴でなかっただけありがたいと思っているあたり既に色々毒されている
「アインリィ」
「なあに?」
「フェミュは何か用があるって言ってた?」
「うーん、何か言ってたかも、聞いてみるね」
「よろしく」
覗き穴の蓋を閉じようとしたところで、別の男に声を掛けられた
自分の妻も何か自分に頼みごとがないかとそわそわとしているのがよく分かる
さっと蓋を閉じて厨房へ戻ると、肉類を頼んだことを伝え、奥で卵を溶いている人物に声を掛けた
「フェミュー」
「む、何だ」
「ラグルムが何か用が無いかって」
「そうだな、牛の乳と山羊の乳が欲しいところだ、頼んでこよう」
「卵代わるわ」
「ああ頼む」
菜箸とボゥルを受け取ってカシャカシャと粗方溶くと、今度は次の作業と平行して別の食材を調理しはじめる
これは狩りを終えて戻った夫の胃袋に詰め込む分だ
「ねぇお義母さんの膝掛け見た?」
「見た見た、取り敢えずいつものように白基調で
新しく来るお嫁さんの好みが分かってから差し色するみたいだけど」
「あーあたしも見た、素敵な模様だよね」
「終わったら皆で教わろうよ」
「賛成!」
女たちが姦しく厨房を回す隣の部屋では料理に加わらない少女たちが幼い弟妹や甥姪の面倒を見ている
と言っても、余程激しい喧嘩にならない限りはちょっとした声を掛ける程度で基本放置
危険が無いか、危険な遊びをしないか、作業の片手間にちらりと目を配る程度だ
今彼女たちは新しく家族に加わる嫁の為に、この部屋で使う食器類や椅子、寝具や膝掛けなどをせっせと手分けして作っている
この家で必要なものは基本的に夫婦本人たちが用意するが、この部屋で使用するものに関しては歓迎の意を込めて女性陣が用意する
因みに厨房で作っているのは、歓迎にかこつけて新しく来る嫁の食の好みを知る為のあらゆる郷土料理やお菓子、スープや飲み物だ
出来上がった端から保存庫の中に熱々のまましまい込み、次の料理に取り掛かる
この中に入れておけば出来立てのままいつまででも保存可能だ
今回出せなかった料理はまた別の機会に出される
この部屋は基本的に男子禁制、ただし男児は五歳までは入ってよしの女の園だ
特に伴侶や恋人のいる女性陣が、愛してはいるが時折耐えられなくなる程に鬱陶しい夫や恋人から一時的に離れて息抜きをするために設けられた、厨房や寝室も備えた憩いの部屋である
尚、結界は張られておらず、出入りは男達の倫理感に任される、でも入ると嫌われる
中で妻が具合が悪くなった場合にのみ入ってもよしという具合だ
その為、部屋の出入り口前には自分の妻が早く出て来ないかと常に男共が何人か待機している
因みに一応彼らを気遣って理由も無く日を跨いで篭るのは禁止されている
「作業はひと段落しそうかい?」
「あ、お義母さん、これを窯に入れたらひと段落します」
「こっちも後は弱火にして長時間煮込むだけです」
「じゃあそろそろ昼食の用意を始めるよ」
「「「はーい」」」
女主人である母親の一言で、それぞれ調理台の上を片付けて部屋を出ると、男達が 逢いたかった! とわらわらと集まってくる
「あぁミュー、私のミュリアル逢いたかったです、
貴女のいない世界は凍りついた砂漠のようでした」
砂漠は凍らないだろう、そもそも凍る水分が無い
「おかしなこと言ってないで昼食の支度を手伝っとくれセレスセラス」
「勿論です、私は貴女への崇高なる愛の僕なのですから」
慣れた様子で一家の大黒柱である筈の父をいなしながら先程の部屋の厨房より広い厨房へ移る母に続いた面々は、今度は一人身で年頃の娘達を中心に比較的料理の得意な息子達も一緒に家族全体の昼食の支度に取り掛かる
伴侶や恋人のいる父母以下娘達は自分と相手の分を別に作った後、彼女たちの手伝いに加わるのがいつもの流れだ
*** *** ***
SIDE 男性陣
「さて、現段階では確定の話ではないが家族が新しく加わる」
「ユンの嫁だね」
「どんな娘か聞いてる?」
「いや、俺は聞いてないな、父さんは?」
「聞いていませんよ」
息子たちの視線を集めた父親は、脇目も振らず熱心に猪の毛束を揃えている
妻に新しいブラシを貢ぐためだ
尤も、実際には妻はブラシを使うのではなく使われるわけだが…
「まぁ、ユンの嫁についてはそんなに気にすることはないだろう
女性陣が何時もの様にはりきって迎える仕度をしてるからね」
「問題は兄さんの方だろ」
「そうだな、普段から俺ら嫁持ちの話はあまり興味無さそうにしてるし」
「まぁ、身体を冷やさないとか労わるとか、
そういう身体的な面は医術の心得があるから問題ないとして」
「問題は精神面だよな、極力寂しがらせないようにする、とか」
「妻の口には出さない意思もしっかり汲み取る、とか」
「そうそう、他にも先輩としてユンに助言することあるよなぁ」
「そこまで気にする必要はないでしょう
あの子は目も耳もちゃんと機能していますよ」
父親の諌める言葉に、兄弟たちはそうだろうか、と首を捻る
「でもユンは引っ込み思案の上に奥手だ」
「そうそう、とても女性相手に上手く気を回してやれるとは思えない」
既婚の兄弟が嫁に気を回す姿を、他の兄弟は学習するかの如くじっと眺めるが、問題のユンファイエンスにはそのような素振りは無い
姿が見える時はいつも静かに本を読むか、弟妹の勉強をみるか、姿が見えない時はどこかで何かの研究をしている
兄弟達はそんな物静かな弟が異性とまともな友好関係を築けるかどうか怪しいと思っている
総じて余計なお世話だが、寂しがらせないよう纏わり付くのは基本鬱陶しく邪険にされる要因で
妻の気持ちを汲み取るというのも凡そ夫達の脳内願望なので妻達の無言の言葉ではない
これで嫌われないのだから余程恵まれているとしか言い様が無いのだが、ここにいる誰一人としてそのような基本的な問題に気付いていない
ところで、新しく加わる(予定の)家族の話題に浮き立つ男共から一人、孤立気味な後ろ姿があった
「ルル兄ちゃん、話に混ざらないのか?」
「そっとしとけ」
「例によって例の如くだ」
ルルと呼ばれた大男は、先日押し掛け彼女だった相手にフられた衝撃を引き摺り、テーブルに両肘を突いて額を覆い、ぐったりと俯いていた
兄弟の中でわりと異質な部類に所属する彼は、女の猛烈な攻めに屈して付き合い始めるが、自分から女に好意を感じ始める頃には大体フられる、失礼、大体は必要なかった、確実にフられる
「やっぱさー自分から押しに行きたくなるような女じゃないとダメだよルル」
「そうそ、その点オレのかわいいかわいい嫁っ子はさー、こーんな可憐で」
「そうだよな、やっぱ俺の妻こそが世界一愛らしい」
「なにいってんの自分の嫁贔屓も大概にして、ボクの妻こそ一番」
「お前こそ自分の嫁贔屓だろそれ!」
「そうだ、俺の妻が一番だろっ」
あっという間に嫁自慢から喧嘩へ発展する男共を窘めることもなく
「お前たちは揃いも揃って馬鹿ですねぇ、
一番かわいいのは私のミュリアルですよ、と言いたいところですが……」
そう言いつつ茶を飲み干して席を立ち部屋を後にする父親を皮切りに、我も我もと喧嘩を切り上げ後に続く
「世界一美しいもの、可愛らしいもの、尊いもの
総ては百人居れば百通りですよ」
だから争うだけ無駄なこと、と
それよりは余程有意義に、同じく隣の部屋から出てきた妻に纏わり着いた
これで今回書き上げた分は最後です、またある程度まで書き溜まるまで先送りになりますが、宜しくお願いします
それにしてもウザ系因子は絶対父親の所為かとおm(ry