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07

『…はぁ』



熱い吐息を吐き出して、ユンファイエンスは意識を飛ばしてしまった都子にぐりぐりと頬擦りをした



(正直、人が精密な研究作業をしている横で酒盛りをして

 鬱陶しく猥談を繰り広げる兄達に苛々としたこともありましたが)



耳年魔のように経験も無いのに妙な知識だけ増えても…と思っていたが、聞いていて良かった



(五つにも満たない幼いわたしが本を読む傍らで愚痴会なるものを開いて

 どうせ意味が分からないだろうから、と姉が友人女性達と円陣を組んで

 初体験で気持ちいいわけがない慣れるまでは無理無理無理!!などと叫んでいましたからね)



そんな訳で男女両方の言い分を聞き齧った程度の知識だが、立派に役立ったようで

体格差の所為で若干苦しそうではあったが幸い辛そうな素振りは無く、都子は幸福そうだった

お陰で婚姻の申し出も受け入れてもらえて、儀式こそしていないものの今や自分達は晴れて夫婦だ


上機嫌で彼女をお湯で絞った布で拭き清めた後、清潔な夜着を着せた彼は

都子を自分の胸に背を凭れさせるように座らせ、天井辺りの空間を歪めて外と繋げ、煌々と円を描く月の光を天幕内に取り入れると荷物の中から小さな包みを取り出した


包みの中身は、束ねられた僅かな毛髪だった


これは都子の髪で、彼女に術を掛けられるようにする実験の為、櫛に残ったものを譲ってもらったものだ

従来のものとは全く異なる術の構築を基礎から考えなければならなかったが、実験の結果は良好で既に都子には守護の術が掛けてあり、ジャルグから納品された義肢も機能させることができた



(今はまだ最低限のものだけで随時改良が必要ですが…)



病や肉体的な損傷に対処する術、まだ他にも色々構築する必要があるが それでも物理的魔術的な干渉を阻むことができる、最低限としてもこの差は大きい


ユンファイエンスが束の中から一筋引き抜いた髪を端から端へ摘むようにして撫ぜると、黒く艶やかだったソレから色が抜け落ちた

そこへ、自身の髪からぷつりと一本引き抜き、彼の黒い毛髪を基調に彼女の銀糸が中央に紋様として浮き出るように魔力を込めつつ編み込んでいく



(つい気が逸ってしまって、この術を重点的に構築してしまいましたが

 却って良かったようです)



有る程度の長さを編むと、胸に抱えた都子の左手をそっと取り、左の薬指に編んだ髪を環になるよう巻きつけて端と端を繋ぐように編み込んだ


これで繋ぎ目の無い完全な環になる


次に、もう一本 また彼女の髪から色を抜き、今度は都子の髪を基調に先程とは逆に編み、自分の左手薬指に納めた



『いずれ貴女が家族と再会し、故郷に還るその時

 わたしはついていくことができないかも知れません』



背後から覗き込むようにしてそっと語り掛ける



『けれどもこうして繋いでおけば、

 その時は離別したとしても、わたしは貴女を探し出すことができる』



城の陣の構成を解析して魂に鎖を繋ぐ方法は分かっている

自分好みに改造されたそれは、都子とユンファイエンスの魂を繋ぐ


彼女が此処へ来た時のように、その意思に関係なく異なる空間へ、外の世界へ還ったとしても

術が二人を繋ぐ限りその存在を見失うことは決して無いだろう



ぐっと自身の舌先を鋭い犬歯で傷付け、じわりと血が滲み出たそれを都子の額に押し付ける

その血の一滴に、精密にして繊細、微細で深く重い、術と思慕を煉り込んで

早くも傷を塞ぎだした舌を、続いて彼女の胸元を寛げて左の乳房の下辺りにも押し付ける


頭と、心臓、


つまり魂と肉体を表す、この印しは魂と肉体の結びつきをより強固にする役割がある


次に彼女の左手薬指から、傷をつけずに僅かに血を抜き取り

その血で自身の額と左胸にも同じように印しをつけ、彼女の左手を自身の左手で甲の側から指を絡めるように包み込み、お互いの薬指の指輪が触れ合うようにした


双方四箇所に着けた血痕がじわりじわりと光りだしたのを見計らい

そのままそっと都子に口吻けて魔力を注ぎ込み、術の発動を促してやれば

指輪を納めた薬指がじりじりと熱を帯びてきた

お互いの額と左胸の印しは、最初は白く、今では紅い光を宿している


左の薬指は心臓に直接繋がっているという

心臓は肉体を現し、ユンファイエンスの術によって、魂との繋がりが強固なものになっている


そしてその薬指は、別の固体である彼と彼女を繋ぐ為、指輪によって絡め獲られ

指輪は徐々にその姿を変えつつあった



編み目は少しずつ滑らかに変化し、おうとつが無くなり

やがて輪郭を保ったまま、徐々に透け始める


月の光の当たる部位は薄っすらと水を纏ったような姿を見せ

しかし光の当たらない部位は、刺青のように肌に痕を残していた


しかし、どちらの状態でも触れることはできない



互いの薬指に印したこの咒術はじわじわと別個体との結びつきも強化する

二人はそれぞれ魂と肉体については結びつきを強化しているが唯一干渉しない精神については、これで何も問題ない

肉体と魂は兎も角、精神干渉は自我を歪めてしまう恐れもある

ユンファイエンスという別個体の精神と結びつくことで干渉を受け彼女が彼女でなくなってしまうことは、この世で最も忌避すべきことだ


この術の最も重要な点は"同化ではない"という一点にある

人は完全ではないからこそ、他の存在を求める

最も完璧であるということは、最も孤独であるということだ



こうして、別個体を保ちつつも、都子とユンファイエンスは深く深く密接に繋がる



彼女の小さな手をとって月の光に晒し、様々な角度から薬指を確かめた彼は

その出来栄えに満足そうに口許を歪めると、恭しく互いを繋ぐその証しに口吻けた






彼は彼女を、永劫に手に入れたのだ




 *** *** ***




朝、彼女の意識が浮上する気配に、夢も見ない程の深い眠りから目覚めると

薄っすらと目を開けた都子が、まだ意識が覚醒しきっていない様子で、すりりと擦り寄ってくる様子が目に入る

まだ眠っていてもいいと言うように彼女の背を宥めていると、やがて意識がはっきりした彼女は、恥ずかしいのか身悶えるようにして彼の腕から抜け出そうと試みるが、しかし身体の方は目覚めたばかりで思うように力が入らないのか僅かに身じろぐばかりだった



(こんなに深く寝入ったのは、初めてかも知れません)



彼女と出逢う前、幼い頃からあちらの自分を夢で垣間見ることの多かったユンファイエンスは眠りが浅く

向こうの夢を見ても見なくても、こんな風に熟睡することは初めてだった


昨夜からの何もかも満たされるような幸福の余韻と、今現在もつづく甘いまどろみを甘受していると、都子は何かに意識を定めたのか、ふ、と動きを止めた


彼女は、その薬指に見つけた二人の大事な婚姻の証しを、愛しむようにそっとさすっている



じわりと、泉のように涌き出る歓喜に促されるように

ユンファイエンスはその手をとって、自分も同じように愛しいと思っていると伝わるように二人の証しに口吻けた



『お、お、おは、お、おはようございますっ』


『はい、おはようございます都子さん』



照れたのか恥ずかしさを誤魔化すように朝の挨拶を口にする都子に、彼も挨拶を返す



『あ、あの、あのねっ』


『はい』


『えっと、え、えーっと、あー…』



彼女は顔を赤くし、かと思えば不安を押し込めるように少し顔を青くする

婚姻の証しは普通であれば装飾品を使うが、このような刺青状のものは初めて見るのだろう

自分で施しておいてなんだが、彼自身もこのようなものは今まで目にも耳にもしたことがない

その為、恐らく彼女はこれを婚姻の証しと認識するのは早計ではないかと不安に感じているのだろう



『こ、この指の黒いわっかなんだけどっ』


『これですか』



やはり、ユンファイエンスは的確に彼女の不安を認識できていたことに安堵する



『婚姻の環ですよ、対のものをわたしも着けています』


『え?』



都子の不安をそっと取り除くように、自身の薬指を彼女に見せ

今までの生活の様子から、都子の育った環境と此方はあまり差異はないだろうが、彼女の故郷では婚姻の習慣が違った場合も考慮し、一応尋ねてみる



『ご存知ありませんか?

 一般的因習として夫婦で婚姻の証として左手薬指に着けるものですが

 都子さんの故郷では違うのでしょうか?』


『あ、うん、えっと、結婚指輪的な…?』


『ええ、そうです、表す言葉が違うのですね、そうです、結婚指輪です』


『なるほど、うん、そっか……え?』



流石に、指輪と言われても平面の刺青のようなものを見ても実感がわかないのだろう



『一般的には装身具の指輪を使うのですが

 愛しい都子さんに婚姻の申し出を受けていただき、嬉しさのあまり舞い上がってしまいまして

 ついはりきって念入りに魔具で作ってしまいました』



自分でも浮かれ過ぎだとは思うが、もはやどうしようもない

彼女に対する己が行いの数々への自己認識は、ある種の達観さえしているかのように思う



『婚姻の儀は都子さんのご両親を見つけてから両家の近親の親族で行いましょうね

 家はどこに建ててどんな造りにしましょうか

 誠心誠意造りますから要望があればどんなに些細なことでも言って下さいね

 あぁでも都子さんは一人娘でしたね

 安心して下さい、わたしは兄弟が多いので婿入りするのに何の問題もありません

 とりあえず家は仮の家ということにしましょうか、しかし仮とはいえ住み易くしたいですね

 でもその前に近日中にわたしの家族に都子さんを紹介させて下さい』


『え、あ、はい』



ユンファイエンスは都子の両親のくだりで思い至った

彼女の父親は、娘の男関係は無条件で無差別排除対象だろうか?

自分の父親は娘が成人に達してさえいれば娘たち本人の判断力に任せているが、都子の父親はどうだろう


彼女の両親に認められるどころか、会ってもいないうちから婚姻の証しを刻んでしまったが早計だっただろうか


…いや



(既成事実は作っておくに越したことはありません)






どのみち都子を諦めることなどありえないのだ、地は固めておくに限る

取り敢えずこの話でひと段落です、次回も四日後の同じ時間に、今度はExを上げます


それにしても出逢って二週間ですよ、手が早過ぎるだろユン

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