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06

『今夜はここで野営しましょう』


『すぐ晩ご飯の仕度を始めるね』


『はい、お願いします

 わたしは野営準備に取り掛かりますので』


『うん、お願いね』



樹の合間が丁度良く空いた場所を見繕い、そこに都子の為に誂えた調理台を設置して彼女に任せ、その近くに天幕を張る

天幕の傍には簡易式の水周りを配置した後、野営地をぐるりと囲むように結界を張りつつ明日採取する予定の山菜等の事前調査と食後に軽く摘めそうな果物類を探す

都子は顎があまり強くないようで、先日のリェンルーニも食べるのに苦労していた事を踏まえて、探すのは なるべく柔らかいものを



(…齧れない厚みのリェンルーニをせめてとぺろぺろ舐めていた姿には、

 身体を落雷のように突き抜けるものがありましたが)



途中、丸々とした兎を見つけたが、兎は先日一羽獲って大量に保存してある為、今回は見逃した

味や食感が鶏肉によく似ている上に、彼女の元へ持ち帰った時には既に使い勝手の良い大きさに解体した後だったからか彼女はその肉を鶏肉だと認識しているようだが、特に目立った差異もないので別にいいだろうとユンファイエンスは思っている


因みに獲った兎の毛皮は艶があり上質だったので綺麗に剥ぎ取って腐食防止処理を施し、現在は天幕内に敷物として敷いてある

敷物としても充分な大きさがあり、何より都子は大層その感触が気に入ったらしく、寝ている時は結構な頻度ですりすりと頬擦りをしている



(…その様子を見るだけで嫉妬で毛皮を燃やしたくなりますが)



都子の呼び声に野営地に戻ると、濃厚なシチューの匂いと香ばしいパンの香り

そして笑顔の彼女が迎えてくれた



『わー甘い匂い、美味しそうだね』


『冷やしておいて食後にいただきましょう』


『うん』



果物の甘い匂いは、都子の好みに合ったようで

彼女は嬉しそうに受け取ったそれをいそいそと洗うと、潰れないようにか丁重に冷蔵庫へ収めた



『いただきます』


『どうぞ、あたしもいただきまーす

 あつっ、はふ、おいひぃ』


『具沢山ですね、味もよく染み込んでいます』



熱さにほんのり涙目になっている都子を見ながらの所為か、がつがつと夕食を消費していくユンファイエンスの姿に彼女が尋ねる追加の申し出を有難く受ける



『うん、それにとろみも丁度…、おかわりいる?』


『はい、お願いします』


『もっと量を増やしたほうがいい?』


『食事の量をですか?』


『うん、足りてないんじゃないの?』


『いいえ、充分足りていますよ

 わたしは底無しなので気にしないで下さい

 量より質、都子さんの作って下さる食事はとても美味しいです

 料理上手ですね、いつも有難う御座います』


『そう? あ、ありがとう』



食べきれる量を用意する、というのは彼女の育った文化でも同じだったようだが

がつがつと消費していく姿に、もしや毎食足りない思いをさせているのか、と都子を心配させてしまったようだ


味については褒めると何時ものように素直な反応が返ってくる

照れる姿はそれだけで食欲増進に繋がるのだが、彼女を心配させてしまうのなら食べる速度をもう少し抑えた方がいいのかもしれないと思うユンファイエンスであった



食事の後は二人で後片付けに取り掛かる

彼女が洗い、彼が水気を拭き取り仕舞う


身体的な差で 手が届かないのであれを取ってもらいたい、重たいのでこれを運んで欲しい、などと頼りにされると、浅ましいと思いつつも薄暗い優越感を感じてしまう



(いけませんね、まだまだ未熟な証拠でしょうか)



本人は気にしていないつもりでも、体格の小ささを随分気にしていることを嫌でも自覚してしまう

しかし数少ない劣等感も都子を前にすれば取るに足らない些細なことに感じられる

それにそうだ、彼をよく世話してくれた自分の1.75倍程の兄を昔は羨んだものだが、仮にあの恵まれた体格を自分が有していたとして、その体格で彼女と出逢っていたらとても切ないことになっていたに違いない

父は独自にそういった術を開発していたようだが術の対象人物とその目的が目的だけに実際の作用は見たことが無かったし、使わなければ使わないでそれに越したことはないだろう

自分達はこれで釣り合いが取れているのだ



『明日の朝ご飯は豚の角煮とポテトサラダだよ』


『楽しみですね』



嗜好、性格、体格、総じて最良の相性のように思える

彼女の夫として認められる日が本当に楽しみだ



『この街道を使えばすぐ次の街なのですが、

 ここを迂回すると此処と此処に村があります、そこを尋ねてみましょう』



明日の朝食の準備をする彼女を手伝いつつ、次の目的地とそこへの経路を説明する



『ありがとうユン、遠回りさせてごめんね』


『そんなに難しく考えることはありません

 旅行気分で気を楽にして行きましょう』


『うん、あ、そうだ、地図のこの部分はどうなってるの?

 国がまぁるくわっか状に並んでるのは分かるんだけど、この真ん中のところ

 点々とあるのはお城?』


『そこは砂漠と荒野が入り混じった、人の住めない土地です』


『随分広いんだね、じゃあこの点々としたのは遺跡か何か?』


『それは切り立った石柱のようなものです

 砂や大地を突き破るように迫り出して聳え立っています』


『石柱…』


『遥か太古には、其処は女神の土地だったようですが、記録も遺跡も残ってはいません

 かの石柱は神代の時代の名残なのかもしれませんね…

 術でその地の記憶を覗いたこともありましたが、あまりに遠い過去で』



都子の家族が彼女と同じだと想定するならば直接作用するわけではない深淵読みを使うことは可能だ

ただ、術を行使する場所に目処が立たず、行く先々で試す必要があるのが難点だが

今のところ立ち寄った先総てで術を使ってみたが、結果は思わしくない






ざざっと耳に届く水音に意識を囚われないように無心を心がけながら薬草を擂り潰す

彼女が入浴をしていると思うと耳に意識が集中しがちだが雑念だとか執念だとか諸々の筆舌に尽くし難いアレやソレを叩き潰すように薬草を擂り潰す

こうして、希少な薬草と清らかな水と、そして何か別の何ともいえない物理的には存在しないのに圧倒的な何かを感じさせる得体の知れないもので都子の洗髪剤や石鹸、化粧水などが作られている


物凄く負…というか怖の要素を多分に含んでいそうなそれらは、知らないことは幸せなことだとばかりに彼女には大好評だった



『お風呂お先でした ありがとう、ユンどうぞ』


『はい、いただきますね』



既に日課になっている冷水の時間だ

都子は湯船派のようだがユンファイエンスは彼女と出逢って以来ずっとシャワーだ

基本的には彼だって湯船の方が好みだが、今は冷水の世話になるしかない


それも最初の頃は只の冷水だったが、日を追うと共に慣れてしまった為に次第にそれはシャリシャリとしたミゾレのようなものを含むようになり

次にはアラレのような粒状になり、氷の粒は日を増すごとに大きくなり、現在は拳大のものががつんがつんと落ちてくる…



(いい加減わたしも湯船に浸かりたいです)



都子と一緒に入浴して身体だって懇切丁寧に洗ってあげたい、そう思ったところでこれだけ冷水に晒されても上がった体温に魔力を強めてさらに水を冷やせば



…ごすっ。



人の頭の五倍程はあろうかという氷の塊が彼の頭頂部に命中した



(……。)



冷水は一定以下の温度にはならず、効果も無いと悟ったユンファイエンスは、これ以降血圧を下げる為に物理的に血を抜くことにした

勿論抜いた血は育った環境から勿体無くて捨てられないので魔力を混ぜ込み結晶化させて貯蓄することにする

通常こういったものは石や何かの結晶に魔力を込めたものが市場に出回るが、本人の血に本人の魔力を込めた所為か相性が頗る良く、同系統の物のなかでも極めて上質な仕上がりになった

出るところに出ればこれだけで一財産どころの表現で済む価値では収まらないだろう


ジャラジャラと大量に結晶を量産したところで久々に湯船に浸かり ようやっと入浴を済ませて天幕に戻ると、都子は毛皮にうつ伏せになって眠っていた



「血の抜き加減が足りませんでしたか……」



一応、人体にはギリギリ影響が無い程度には抑えたが、そんな配慮は必要無かったかもしれない

ぽつりと誰にとも無く呟いた彼は、彼女を起こさないよう そっと膝に抱え込むようにして座ると柔らかなタオルで都子の濡れた髪を拭き始めた


一瞬で水気を奪う術も彼女にねだられて作った"どらいやあ"という温風を出す道具もあるが

勿論、都子との抱擁が第一なので余程の事がない限り使うことはない


じっくりと丁寧に時間を掛けて彼女の髪を乾かしてから そっと横たわらせて毛布を掛けてやり、その隣に寄り添うように自分も横になる

それから何時ものように、都子にふわりと尾を被せた






うとうとと眠りの狭間を彷徨っていると、夜中にびくりと彼女が目を覚ました

そのまま彼女はいそいそと毛布から抜け出すと天幕を出て、間もないうちに戻ってきた


けれども戻ってきた都子は毛布の中に戻ろうとする気配がない


彼女は折々に見せる、あの何か言いたげな視線をユンファイエンスに向けるだけだった

やはり何か差し迫った悩みを持っているのだろうか

今日は結局、仄めかすことすらできなかった

家族の行方の手掛かりが見つからないことで落ち込む都子に、もしかしたら追い討ちを掛けるような結果になるかも知れない会話を持ち掛けることはできなかった



いっそのこと、いま、ここで、きいてしまおうか


そう思った時だった



 ―――――ッ!!



彼女が、ふわり、と


触れるか触れないかの、微かな抱擁を



 わたしはなんと愚鈍な男だったのか!



彼女はずっと待っていたのに、初心で謙虚で控えめな彼女にここまでさせてしまうとは

気がついたかユンファイエンス、彼女の恐れるかのようにささやかなその愛撫を!


彼が眠っていると確信している僅かな間だけ、そっと、ほんのすこし

精一杯の大胆さを覗かせる、その健気さ!



 お前の秘めたる愛は疾うの昔に彼女へと届き、そして彼女はずっとずっと待っていた!!



『鈍い男で申し訳ありません、都子さん』


『はい?』



まさかユンファイエンスが起きているとは思ってもみない様子であった都子は、状況の急な展開についていけずに、呆然と彼を見た


出逢ってから今この瞬間まで、彼の脳内でまるで大仰な一人芝居よろしく桃色の葛藤があったことなど勿論知りもしない、知るわけが無い、というか知っていたなら即座に逃げていたであろう都子は

しかし哀しいかな、やはり知る筈も無く、知っていたとしても恐らく予測可能回避不可能な事態に呑まれていくのであった


四六時中むらむらと燻ぶっていた若い激情が遂に本懐を遂げんと―…などとやや古めかしい表現を用いるよりは、さながら超大型台風で現在進行形の増水した河の濁流に呑まれる一枚の小さく可憐で無力な花弁と言えばいいのか、あるいは早い話が人間には到底太刀打ちできない超自然災害に見舞われ人間の無力さを痛感させられているとでも言い表せばいいのか


斯くて無情にも時が止まることなどありえる筈も無く、連続する未来を刻み続けるのであった

次回も四日後の同じ時間です

ふふふ、ユン良かったね

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