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02

ユンファイエンスが都子を連れて行った店は、ルルヴィスやアヴァニスの衣料専門店だ、旅人向けに外套や靴も一通り揃う

人口はヴォルシスが一番多く、他は人口が少ないため、その辺りの仕立屋に行っても品揃えはそんなによくはない

その為、専門店に連れて行ったが、ルルヴィスやアヴァニスは身体に自信のある者が多く、それを強調するように露出度の高い服を好む傾向にある

だからこういった専門店は露出の多い衣服の品揃えが多い



(都子さんにこのように露出の多い服を着せては危険ですね

 どんな不届きな輩に遭遇するか分かりませんから、なるべく肌を覆うようなものがいい

 しかし彼女に似合う可愛らしい服があまりありませんね、

 後でもっと大きな街に寄った時にでも揃えましょう)



薄くとも保温性通気性に優れ、しかし触った感触は肌の柔らかさが分かるような質の良い生地で作ってもらいましょう、などと一人決意を固くするユンファイエンスは

一番の危険人物が自分だということには露ほども思い至らないようであった



『これなど、いかがでしょうか』


『え、えー……と』


『それとも、こちらは』


『…あ、…うん、…かわいい…と思う……よ?

 ね、ねぇユン、そんな可愛いのじゃなくていいよ

 オシャレを楽しむためじゃないんだし……』



先ほどから あまり元気の無い都子は、自身の気が緩むのを許さないようにそう言った



『そうですね、確かに旅が行楽目的でないことを考えれば動きやすい格好の方がいいでしょう

 しかし都子さん、心に余裕を持たなければいけないとわたしは考えます』


『え?』


『ご家族が心配なのはお察しします、わたしにも大切な家族がいますからね

 しかし心に余裕を持たなければ、精神だけでなく いずれは体調も崩してしまうかもしれません

 折角ご家族を見つけても、貴女の心身が弱っていればご家族は悲しむでしょうし わたしも辛い

 ですから、時には美味しいものを食べ、綺麗な服を見たり着たりして楽しんでいただければ、と』


『…うん、ありがとうユン』



気持ちを奮い立たせるように彼女が見せた笑顔は、まだぎこちなかったが

明るさを取り戻そうとする彼女の姿に益々やる気の出たユンファイエンスは

姉や妹に付き合わされた時よりも熱心に都子の服を選んだのだった……が、



『こ、こんな短いの恥ずかしいよ』


『ッ!!』


『ユッ、ユンっ?!』


『だ、大丈夫です、少し休めば……』


『ほんとに? ほ、ほんとにだいじょうぶ??』



困ったように俯きつつも恥ずかしそうに頬を染めて上目遣いに見上げてくる彼女に、またも床に蹲ったユンファイエンスは

子供が何をマセた反応を、と白い目で見る店員も何のその

蹲った自分を心配して追い討ちのように覗き込んでくる都子の追撃に、それどころではなかった



暫くして落ち着きを取り戻した彼は

何とか、都子の希望と自分のよくぼ…願望を兼ね備えた衣装を選ぶ


今着ているものから買った衣服に着替えて店を出ようとユンファイエンスが都子に提案すると、流石に女性と言うべきか、彼女は鏡の前でじっと固まったように自分の服装をじっくり確認している


その間に、何本かの髪結い紐や彼女がこっそり買おうとした下着類も含めて職人に手早く手直しをしてもらう

幼児と見紛う容姿に見える都子だが、種によっても個体差によっても発育差はある、彼女が大人向けの下着を購入することに、店側は内心はどうであれ表面上は疑問を持っていないかのように振舞う


流石に職人だけあって、服の寸法から下着の寸法を割り出したようで、ユンファイエンスの眼から見てもその下着は都子に丁度良さそうに見えた

手間賃に色を着けて払ったが、相手は職人としての意識が高いらしく

こんなに貰うわけにはいかない、と幾らかを返してきた


相手の誇りは正当なものなら尊重すべきものだ

その代わり、次に街を訪れた時にまた世話になる、と硬貨を皮袋に戻そうとした時だった



『あ! ま、まって自分で払うから!!

 足りるかどうか分かんないけど、せめて足りる分だけでも!』


『安心してください、都子さん

 ルルヴィスやアヴァニスの服は左右対称に作ることが可能ですので複雑な加工は要りません

 ですから高価な生地や装飾をあしらわない限り、価格はあまり高くありません

 加えて都子さんの服に使用した生地は一般よりも遥かに少ないので更に安いですよ』


『る、るる? あばば…いや、そういう問題じゃなくて!

 自分で必要なものは自分で買うから!!

 そのために果物とか集めるのを手伝ってもらったりしたんだから!!』


『そうですか……?』



どうやら彼女はこれから支払いだと思っているらしく、一生懸命に自分の皮袋を主張してくる

男の甲斐性という名の自己満足を満たしつつ、彼女の意思も尊重したい

しかし、職人はこれ以上は受け取らないだろう

だからと言ってたとえ僅かにでも払った分を戻してその分を彼女が…というのもいただけない


そこでユンファイエンスは



「彼女は一度に家族を失い、頼る親族も無く、唐突に孤立しました

 そんな自分を奮い立たせるように、心が折れそうになる己を厳しく律しているのです

 独りでも生きていかなくてはならない、誰かに頼ってはならない、と」



そのように気を張らずとも、少しくらい甘えてもいいのに……

ふ…と表情を蔭らせ、職人からそっと目を逸らすように俯くと


職人の心の琴線に触れるものがあったのか、職人はぼろぼろと大粒の涙を零した

幼い子供が独りで気を張って生きていくなどという憐れを誘う話は職人気質やこの年齢層には受けがいい、すこぶるいい



「まだ言葉も上手く話せないくらい小さいんだからそんなに頑張らなくてもいいんだよ!

 このお兄ちゃんだって、あんたがそんなだからとっても寂しそうじゃないか!

 もっと甘えておやり! 人は一人じゃ生きていけないんだよ!!」



感極まって息も絶え絶え嗚咽を漏らす職人は暴走気味に慰めに掛かる店員にうんうんと同調した、都子は何が何だか分からない様子だ

結局、それでも彼女の頑張りは尊重したいと思ったらしい職人は少し仕立ての良いハンカチを三枚、子供のお小遣いで買える程度の値段に割り引いて彼女に売り、それで彼女に自分で払ったつもりにさせた

都子にとっては大きなスカーフのようなそれは、沢山買ってくれたおまけとして彼女に認識させられる



職人と店員に店先まで見送られ後ろをちらちらと振り返って支払いについていまいち納得のいかない様子の都子を連れ、ユンファイエンスは彼女を食事に誘った











『さ、都子さん、ここは美味しくて品数も多いんですよ

 ちょうど席が二席続いて空いていますね、あそこにしましょう』


『うん、でもお昼はもう過ぎてるんでしょ?

 なのにほぼ満席なんて凄いね』



さして大きくもない街の食堂であるため見た目の華やかさはないが、味は確たるものがあると評判の店は昼の盛りを過ぎても賑わっていた


都合よく二席続いて空いている場所を見つけたが、どうにも彼女が使うには椅子が高すぎる

都子本人もそう思ったようで、なんとも言いがたいというような声で呻いた



『そこの椅子を借りてきましょうか?』


『え!、あ、だ、大丈夫大丈夫、こうすればっ、ね!』



彼女が断るだろうことは分かりきっているが安全面を考えると無視できない問題のため、店内の壁際に寄せてある子供用の椅子を勧めてみるが、やはり渋い返事が返る

しかも都子は椅子の上に膝で座るというようなことをしてみせる

彼女にとっては十分な広さの座面だが、危ないことに変わりは無い


しかし危ないからとしつこく勧めれば彼女に悪い印象を与えかねない

ユンファイエンスは仕方なく彼女の隣に座り、椅子の話から遠ざけようとメニューを開く都子にメニューの説明をした


思った通り、都子は古代語でない文字も読めない

どんな料理かユンファイエンスに説明を求めて、どれも美味しそう!と暫くまともな食事を採っていなかった欠食児童のような都子のきらきらと嬉しそうに涙ぐむ反応に

ユンファイエンスはおおいに興奮し、激しく尾を揺らした


丁度後ろを通った他の客がびたんびたんと彼の尾で叩かれ このやろうと掴みかかろうとしたが

何か得体の知れない恐怖に襲われ、その客は文字通り尻尾を巻いて逃げた



話は戻って、問題は椅子の他にもあった

彼女に乞われて箸を取ったが、取った瞬間、それに気付いた


彼女の手には大きすぎて、とても食事などできそうもない



しかしユンファイエンスは手先の器用さを都子にアピールするかのごとく、この箸は使い捨て目的の造りの粗雑な量産品なので、好きに加工しても構わないだろう、と

袖口から都子の小指の爪ほどの細身の刃をつけた暗器を取り出し、都子の手に合うように小さく削り出していく

飾り細工には鋭く硬く尖った爪を使うのが一番いいが、箸のようなものを平らに削り出すには普通の刃物がいい


ささくれた部分で彼女の柔らかな手を傷つけないよう表面を薄く丁寧に削って整え都子に渡すと、彼女は大層喜んで彼に礼を言い、それによってユンファイエンスの尾の破壊力は増し、周囲の客への被害は拡大した

一気に顔まで血液が上ってくるのが自分でも分かるが、生まれついてのこの肌の色と現在アヴァニスの姿をとっていることで肌を覆っている短い毛皮のお陰で幸いにして都子には気付かれていない

彼女にはなるべくかっこいいところだけ見せたいというささやかな男心だ



『ありがとうユン、大事に使うねっ』


『う、は、はい』



喜ぶ都子を眺めながら食事にはメニューによってフォークもスプーンもナイフも必要だと思いつくがフォークとスプーンは兎も角、この箸を削ってナイフを造るには丈夫さが足りない

都子の為に軽さも重視したいので金属で造るのも素材としては良くない

今回は注文の時に生姜焼き定食を彼女に、と頼んだので 店の者が彼女を気遣ってかあらかじめナイフを出しておいてくれたので箸のみで事足りるが、後で硬くて軽い木材を採取して今回造った箸も新たに造り直しセットで彼女に贈ろう

草花の模様を彫り込めば彼女も気に入ってくれるだろう

そうだ、自分も彼女と揃いのものを造り直そう


などと思考を逸らしながら、じわじわと鼻の奥にせり上がった鉄臭い匂いを諌めるように自分の首の後ろをトントンと叩くユンファイエンスであった



「はいお待ちどーさんっ

 イェイェル豚の生姜焼き定食と、ハウェルスォンのこんがりお焦げスタミナ雑炊だよ!」


『来たようですね、いただきましょう』


『あ、う、うん、…え…これ…ちょ……』


『どうしました都子さん、食べないのですか?』


『え、あ、う、うん、いただきます』



出てきた料理が今までみたことのないものだったのか、彼女は少しの間じっと料理を眺めた後、意を決するように挑んだ



……が



ひょっこりと やっと頭だけ出して覗き込むような体勢でナイフを持つ都子の手は、ナイフが重いのか小刻みに震え、見ていて危なっかしい



『…都子さん、やはり椅子を借りてきましょうか?』


『え、だ、だいじょうぶっ 膝立ちすればほら!!』


『しかし疲れるし危ないでしょう、

 借りてきますから都子さんはそのまま食べていて下さい』



余計に危ない体勢になった都子の姿に、ユンファイエンスは客が座って不規則に狭くなった椅子の合間を縫うように慌てて子供用の椅子を取りに向かったが、椅子を確保して彼女の方へ向き直ると都子はバランスを崩して椅子から落ちそうになったところだった



(危ないっ)



都子自身には魔術が作用しない、咄嗟にユンファイエンスは都子の背後に風を発生させ それによって背中を押された彼女はカウンターに戻された

結界をクッションのように彼女の背後に発生させても良かったが、魔術の効かない彼女ではそのまま結界をすり抜けて結局落ちてしまう可能性もあった


ほっと息をつく間も無く、都子の隣の席の男が何が気に障ったのか彼女に難癖をつけているのが目に入る、よく見れば男の手のすぐ傍に彼女が使っていたものと思われるナイフが突き立っていた



(そのまま手の甲に刺さるなり指の一本も持っていかれれば良かったものを、気の利かない男ですね

 あぁでもそれでは都子さんが気に病んでしまいますね)



それは兎も角、移動の速度に怯えて泣く都子は可愛らしかったが、自分以外が泣き顔を見るというのは許し難いものがある

珍しく自分自身の爪や牙で直接引き裂いてやりたくなったが、彼女に怯えられでもしてはたまらない

ユンファイエンスは椅子を持たずに都子の傍に戻った


せめて首を斬り落としてやりたいがそれもできない

殺意を滲ませるようにジレンマを押さえ込めば それが伝わったのか、男は見る間に恐怖に顔を引き攣らせ、がくがくと震えだす



『都子さん』


『は、はぃぃぃいいい!!』



男に睨まれて緊張していたところに声を掛けたせいか、彼女は飛び上がるようにして驚いた



『闘技場の観覧席の方で食べましょうか、

 ここの闘技場は上三段はテーブルがついているんですよ』


『え、と、とうぎじょう?

 あの、それよりこのひと……』


『はい?』



怒らせてしまった男を気にしてちらちらと視線を行ったり来たりさせる彼女を安心させるように笑顔を向け、片手間に手早く荷物と定食を纏めると

流れるように自然な動作で都子を抱き上げた



『食べ終わった食器は後で自分で返せばいいですし、

 お金を余分に払えば元の食堂が回収してくれますよ』



食器の回収代を含めた代金を二人分近くにいた店員に手渡し、カウンター横の通路から奥へ進んだ

このまま奥へ抜ければ闘技場の観覧席に出ることができ、普段から一般人の訓練風景や個人的な闘いを観ることができる

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