アンミラとプリン
「お嬢さま見て下さい! 黒い物体をあんなにも美味しそうに口にしていますよ! はぁ、どうしましょう! あんなにも可愛い生物がこの世界にいたとは驚きです! はっ!? これは王国が保護するべき存在なのではないでしょうか! いえ、するべきです! 金孤族を保護し共存の道を探るべきです! ハァハァハァハァ」
鼻息荒く今の気持ちを口にするアンミラに、羊羹をあげていたライセンとキラリは引いていた。もちろんそれは羊羹を食べていた幼い金狐たちも同様で、鼻息を荒げハァハァするアンミラの視線から外れるべくラフォーレとニッケラの後ろに隠れる。が、その姿も可愛く見えるアンミラに取ってはご褒美でしかないだろう。
「剣の腕では優秀なのですが、こうして可愛いものを見ると発作的なものを起こしてしまい……申し訳ありません」
ライセンとキラリに向け頭を下げるリロリアル。家臣の罪は上が取るものだと自覚しているだけましな上司なのだろう。
「ええと……国から保護とかはやめていただけると……」
「保護よりもそっとしておいてくれた方が嬉しいというか……」
ライセンとキラリからの言葉に目をパチパチとさせるアンミラ。保護がダメなら安全に幼い金狐たちが育てられる環境を作れるのだろうと頭の中をフル回転させている。
「あまり迷惑を掛けるようならアンミラは別室に入ってもらうからね」
ジト目を向けられたアンミラだがその声は届いていないのか、ぶつぶつと呟きながら思案している。
「アンミラが暴走したときはルナに任せるわね。『黒曜の黒薔薇』さんたちも元は同じ冒険者パーティーだったのだから連携が得意でしょうし、力を合わせて止めてちょうだいね」
リロリアルからのお願いに顔を引き攣らせる『黒曜の黒薔薇』とルナ。アンミラが王国一の剣の使い手だという事実は広く知られておりルナを含めた全員が魔法使いという現状で、更には屋敷の中という狭い空間で使える魔法など限られており近接戦が予想される現状でアンミラ相手にどうにかできる気がしないのを理解しているのだろう。
「奥さま、そろそろ冷えて固まった頃かと、お出ししますか?」
給仕をしていたメイドがラフテラへ声を掛け、それを耳にしたラフォーレがスッと立ち上がり、幼い金狐たちも同じように二本足で立ちラフォーレの足に手を添えバランスを取る。その姿を目にしたアンミラはゆっくりと横へと倒れ「ここは天国です」と言葉を残して気絶し、ホッと胸を撫で下ろす『黒曜の黒薔薇』たち。
「ルナも良かったわね。あまりの愛らしさに気絶したわ。もしも私が森の中で可愛い魔物に襲われたら助からないかもね……」
ふと頭に浮かんだことを口にするリロリアル。
「その時は私が何とかします。アンミラが敵に回らなければですが……」
「敵に回りそうで怖いわね……」
互いに顔を見合わせる二人。立ち上がったラフォーレは幼い金狐たちを気にして動くことができず、ニッケラが一匹ずつ引きはがしそれを確認したラフォーレはトテトテと歩き先ほど部屋を出たメイドを追い掛ける。
「ふふ、あの子ったら手伝いたいのね」
「ラフォーレちゃんがメイドの仕事をですか?」
ひとり呟くラフテラに部屋を出て行く姿を目にしたリロリアルがその言葉を拾う。
「ええ、王女殿下と金孤ちゃんたちが来ると夫から教えられたら真っ先に言ったのよ。歓迎するおやつを作りたいって。きっと、それを自分で持ってきたいのよ」
「まあ、急な訪問なのに申し訳ないわね」
「いえ、娘と一緒に料理ができて楽しかったですもの」
「それって、これから運ばれてくる料理はラフテラさまとラフォーレちゃんが作ったのですか?」
伯爵夫人であるラフテラが料理を作ったという事に驚きの声を上げるリロリアル。
貴族であれば料理をするものは少なく手荒れなどしていては貴族の婦人として相応しくないと思われるだろう。多くの貴族夫人の手には装飾品で飾られ美しく見せることに力を使い、料理などは専門職の使用人に任せるべきだと口にするだろう。ただ、ラフテラは商家の生まれでケンジ自身も料理が好きな事もあってか、この世界に新たに誕生している異世界の料理の殆どは二人で力を合わせて作られたものである。
「その通りですわ。料理はとても楽しいし、娘と一緒ならその楽しさは倍に、食べさせるひとがいれば更に倍に膨らむのよ。今頃は古龍さま方に夫が腕を振るっているわね」
微笑みながら話すラフテラの態度は本当に嬉しそうで自分でも料理をしてみようかと頭の隅に留めるリロリアル。
「お待たせしました!」
元気よく登場するラフォーレ。その手でプリンの乗ったキャスター付きのワゴンを押し、後ろに控えるメイドは不安気に見守っている。
「クゥ~ン!」
ラフォーレの登場に一斉に駆け出しテンションを上げる幼い金狐たち。ゆっくりと畳の上をキャスター付きのワゴンを押しながら進むラフォーレを手伝いたいのかワゴンの下部に手を添えつかまり立ちをしてよちよちと進む。
その姿に微笑みを浮かべるラフテラとライセンにキラリ。アンミラが目にしていればまた気絶していただろう。
「私とお母たまで作ったプリンです」
「クゥ~ン」
停止したワゴンの横で運んできたプリンを紹介するラフォーレ。テキパキとメイドがカラメルソースをかけて配り、目の前に現れたプリンを見つめる一同。
「とても柔らかいのかしら? 置いた時にプルンプルンと震えたわ」
「先ずは食べて見て下さい。上手にできているはずだわ」
リロリアルがスプーンですくい口へと運ぶと目を見開き、次を口に運ぶと味を確かめるように目を閉じるが自然と笑みを浮かべる。
「とても美味しいわ。食の都だという噂を聞いたけどその言葉に嘘はなかったわね。ラフテラさま、ラフォーレちゃん、ありがとう」
お礼を言われたラフテラは微笑み、ラフォーレは群がる幼い金狐たちにプリンを食べさせている。ニッケラは夢中でプリンを口にし、ルナや『黒曜の黒薔薇』たちも一口食べると次々に口に運び自然な笑みが溢れ、キラリ素早く食べ終えるとライセンが幼い金狐たちへと視線を向けている間に手を伸ばしこっそりと口へと運ぶ。
「アンミラの分は私が貰おうかしら」
未だ気を失っているアンミラだがその表情は幸せそのもので、夢の中で幼い金狐たちやラフォーレとニッケラに相手にされているのだろう。
「お嬢さまはもう一つお食べになったではありませんか。ここは席程戦闘を頑張った私が食べるべきかと」
「あら、貴女が作りだしたゴーレムは道の修繕に使われただけではなくて?」
主人とメイドという関係であっても美味しいプリンの前では体を成さないのか、倒れているアンミラの分を主張するリロリアルとルナ。『黒曜の黒薔薇』たちは器に残るカラメルまで綺麗に口に入れ成り行きを見つめる。
「クゥ~ン!!」
「まだいっぱい作ったのです! おかわりを持って来てもらいましょう。お願いできますか?」
「すぐにお持ちします。えっと、プリンのおかわりはまだありますので、お申し付けください」
「私はこれを食べるからルナと冒険者さんたちの分もお願い」
リロリアルがそう口にすると『黒曜の黒薔薇』たちは目を輝かせ、ルナも「それなら」と口に出しアンミラの前に置かれたプリンをリロリアルへと差し出す。
「はいはい、私もおかわりでーす!」
ライセンの分を既に盗み食べ終わったキラリが手を上げながらおかわりを申告し、ラフテラはラフォーレと一緒にプリンを作って良かったと微笑みを浮かべるのであった。
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