パナナと新たな
大聖堂を掃除しているとその身が輝き神託を受けたシスター見習の少女は頭に響く声を一言も間違えずに、目を輝かせ奇跡を目にする先輩のシスターや司祭に内容を伝えるとあれよあれよという間に聖騎士隊の隊長が乗る馬へと乗せられケンジたちと合流した。
まだ八歳になったばかりでシスターの仕事も始めたばかりであり、満足な礼儀作法もできないまま領主の前で頭を下げるパナナ。その心は緊張に支配され、貴族であり英雄であり勇者であるケンジの前に立ち、もし無作法でもあれば自分だけではなく家族の首が飛ぶと頭の中で妄想し足の震えが治まらないなかでの自己紹介は噛みに噛みまくったものであったが勇者ケンジは優しい笑みでその話を聞き、大賢者ナシリスも孫を見るような瞳を向けている。
「そうなると、このお嬢さんを亀裂の傍まで連れて行けば良いのかの」
「神託ではそう伝えたみたいだな……俺とナシリスで何があっても守るから安心しろな」
そう口にしながら新米聖女の頭を撫でるとパナナはウルウルとした瞳を向け頷き、アンミラは口を開く。
「我々は先を急いではいないのだが、お嬢さまの安全を考えれば隣街へと急ぎたいのだが」
近衛騎士として当然の意見を口にするアンミラ。護衛依頼を受ける『黒曜の黒薔薇』たちも無言で頷き、自分たちでは足手まといだというのも自覚しているのだろう。
「確かに姫殿下には、」
「姫でんきゃ!?」
ケンジがリロリアルの正体を口にすると同時にパナナが驚きの声で噛み、リロリアルは口元を押さえ肩を震わせる。
「えっと、そちらのお嬢さまの安全を考えるのは理解できが馬車は壊れているし、馬も、無事みたいだな」
横転している馬車の車輪は大破しているが引いていた二頭の馬は『黒曜の黒薔薇』たちがポーションを使い回復させており、一番の後輩であるアルジャが二頭の綱を引いている。
「亀裂までは共に行動し、そこから別行動で先に街へ向かえばいいだろう。できれば先の村へ魔物は討伐したと伝えくれ」
「畏まりましたわ。そのように兵士に伝えましょう。『水遊び』さんも回収を終えたようですし、進みますか?」
細々とした鉄くずは落ちているがほぼ回収を終えたリンクスはまた幼い金狐たちに飛び付かれ毛玉に変わり、それを羨ましそうに見つめるアンミラ。ライセンとキラリは引きはがすような事はせず、フリルはリンクスにくっ付く幼い金狐たちを撫でキャッキャと微笑んでいる。
「あ、あの、先ほど見た飛龍は、あちらの少女が人へ姿を変えたということで間違いないのですよね?」
ついでとばかりにケンジへと説明を求めるリロリアル。
「フリルだな。前にグンマー領へも来たが、ペプラと名乗る古龍種の妹だそうだ。風を司る古龍種だな……頼むからちょっかいを掛けて怒りを買うような事はするなよ」
王女相手でも平気でジト目を向けるケンジ。話を聞いていた聖女パナナや聖騎士たちは顔を引き攣らせ、アンミラは素早く王女の後ろへまわると肩に手を置いて目を輝かせ暴走しようとしていたリロリアルを静止させ、更にはルナも加わり両サイドから行動を完全に制する。
ゆゆゆ勇者さまや、お、王女さまだけでも私にとっては天上人なのに古龍種の人までいるのです……私、生きて帰られるのかな………
自分とは一生縁のない人々や古龍を前に震えが加速する新人聖女パナナ。それに気が付いたのかクラウス領に赴任する聖騎士長は優しく肩に手を置き口を開く。
「安心しろ。俺からしたら聖女として認定されるであろうパナナも別格として扱われる人材だ。もしも不敬として扱われそうになってもフォローするからな」
自分より遥かに大きく頼り甲斐がある聖騎士長からの言葉に多少なり安心感を覚え、現実逃避気味に見た目が可愛らしい幼い金狐たちを見つめるパナナ。リンクスに張り付きライセンとキラリが剥がそうとするも抵抗し「クゥ~クゥ~」と鳴き声を上げる姿に癒されているのはパナナだけではなく、聖騎士やアンミラや『黒曜の黒薔薇』たちも同様に可愛らしい金狐たちを視界に入れ癒されている。
「ん? おいおい、新手が来るぞ!」
「ワシは先に行くぞ! リンクス!」
まだ遠く見える視線の先にある亀裂からはまた狼が数匹飛び出してくる姿が見え、ナシリスはあの場に残してきた商人と冒険者を助けるべく杖に跨り飛翔する。
「ほらほら、俺はまた戦いに行くからライセンさんとキラリさんにくっ付こうな」
「クゥ~ン」
寂しそうな鳴き声を上げる幼い金狐たちだが素早くライセンとキラリに飛び付くと改造サーフボードに乗り加速するリンクス。
「水魔法を推進力にしているのね! あれは絶対楽しいはずよ!」
「楽しいのは確かでしょうけどお嬢さまには危険過ぎます」
「推進力と考えれば水でなくても火や風でも楽しめそうですね」
あっという間に遠ざかるリンクスを見つめケンジも光の翼に魔力を送り飛び上がり、「聖騎士たちは姫さまも頼むぞ」と言葉を残し剣を抜き飛び去るケンジ。アンミラは手助けに向かうか一瞬迷うも本来の護衛対象はリロリアル姫殿下であると心に言い聞かせ辺りを警戒し、『黒曜の黒薔薇』たちは飛び去る勇者と大賢者へ期待した眼差しを向け続ける。
「こちらに漏れてくる魔物がいれば討伐するぞ! 他にも魔物が襲ってくる可能性もあるから気を引き締めろよ!」
「おおおお!」
聖騎士たちから頼もしい声が上がりビクリと体を震わせる幼い金狐たち。ライセンとキラリはそれを宥めようと抱く力を若干強め、フリルは自分も戦いに行こうか、それともこの場に残り幼い金狐たちを守ろうかと悩むも、頬を撫でる風に不思議と安心感を覚え幼い金狐たちの背中を撫でることにしたのか微笑みを浮かべ優しく背中に触れる。
「あ、あの、私は行かなくてもいいですか?」
神託により自身のなすべきことを思い出し口にするパナナ。先ほどとは違い震えは収まっているが使命感に燃え、今すぐにでも亀裂の前へと進まなければという気持ちで檄を飛ばす聖騎士長へと顔を見上げ口にする。
「今行ってはかえってケンジさまや大賢者ナシリスさまの邪魔になってしまいます。先頭後、すぐ向かえるよう馬の近くに待機致しましょう」
「は、はい! 頑張ります!」
パナナの役目は神託により≪亀裂の前で祈りなさい≫と頭の中に響いた言葉が今でもはっきりと心に刻まれており、それを最優先すべきだという事は理解している。が、次の瞬間、その心は大きく揺さぶられる。
ガシャン!
その音と共に広がる亀裂。飛び出してくる大型のメタリックな蛇。更に大きな甲高い破裂音と共に巨大な頭が首を下げ現れ、巨大な口が開き地面を揺らすほどの咆哮が一団を貫く。
「う、うそ………」
「あ、あれって……」
ルナとリロリアルが恐怖を感じながらも口を開き、他の者たちは遠くに見えるそれに誰しもが絶句する。
ギャオォォォォォォオォオォォッォォッォォ!!!
地面すらも揺るがす咆哮を上げたのはメタリックなドラゴンである。瞳が赤い以外はすべてがメタリックな色で統一され、一歩踏み出すごとに地面が凹み揺れる。甲高い咆哮は無数の鋭い牙が確認でき、絶望の象徴とされるその巨体に見合うほどの迫力が遠目でも確認でき、聖騎士長は声を上げる。
「お前ら! 相手がドラゴンならこちらまでブレスが届くと思え! 常に逃げられる体制をっ!」
聖騎士長の叫びに息を飲みながらも視線は遠くに見えるメタリックなドラゴンに釘付けとなり、ガタガタと震える重装甲の聖騎士たち。リロリアルも自身を抱き締めるように震えを堪え、ルナは盾役になるべくゴーレムの生成に取り掛かるのであった。
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