討伐と幼い聖女
「集団戦において最も重要となるのは同士討ちを避け、確実に敵の数を減らすことである」
師である大賢者ナシリスから教わったことを思い出しながら目の前の光景に顔を引き攣らせるルナ。
雨のように降り注ぐ氷球を掻い潜り鉄のような狼に斬りかかる勇者ケンジ。背中の羽根は黄金に輝き手にしている剣も同じように光を纏う一閃は一見優雅にさえ見える。が、降り注ぐ氷球が一度もケンジにあたることはなく、更に云えば、氷球が不自然にその方向を変化させ突き進み狼の足の関節へと吸い込まれるように誘導されている。巨大な大蛇の口には多くの氷球が命中し牙を発射させることができず、古龍であるフリルに乗るライセンやキラリは幼い金狐を抱き締めたまま得意の雷撃を打ち既に一体の大蛇は煙を上げ行動不能なまでにダメージを与えていた。
「師匠がいなくても勝てそうですね……」
小さく呟いたルナにリロリアルは目を輝かせ叫ぶ。
「勇者さまがいるのだから当然よ! いけーやっちゃーえー!!」
「あまり騒がないで下さい! 魔物の意識がこちらに向かわないようにして下さい!」
リロリアルの前で剣を構えるアンミラが更なる叫びを上げるが狼たちは向かって来る氷球とその中で剣を振るい迫りくるケンジに向かい一斉に飛び付こうとするが、氷球を受けた足は想定と違い動くことはなくその場でゴロリと転がり輝く剣に二分される頭と胴。
「神から神託を受け急いできたが想定よりも弱かったな」
「あとは狼が3の大蛇が、」
「クゥ~」
幼い金狐たちの声が重なり今日一番の雷撃が降り注ぎ、大蛇が放電しながらその場に倒れ煙を上げる。
「うむ、こちらも問題なさそうだの」
救助活動をし遅れてやってきた大賢者ナシリスが空から舞い降りならが閃光のような光が残った狼へと降り注ぎ一瞬にしてテニスボールほどの穴。穴のまわりは超高熱で熱せられたように赤く融解しており、狼は鉄のような素材で作られたか、それとも鉄のような素材で生まれてきたのか、日本には存在しない未知の生物なのだと理解するケンジ。
「まるでアイアンゴーレムといったところかの」
大地に足を付け絶命した狼へ視線を向けるナシリス。ケンジも傍に行くと剣で突きながら関節や内部を見て「ファンタジー世界にSFを持ち込むなよ……」と小声で呟く。
「アイアンゴーレムにしては中身が複雑に見えるが……ケンジは何か知っておるのかの?」
オオカミの胴にぽっかりと見える融解した穴の内部はゴーレムなどとは違い、複雑な電子部品が見えケンジへとジト目を向けるナシリス。
「ああ、ゴーレムというよりもロボットと呼んだ方がしっくりくるな。俺の元居た世界にも似たようなものがあったが、ここまで精巧な動きはできないと思うが……それにこれ自我があるのか、それとも誰かが操っているのかとか知りたい事は多いが……検証する方法がないのが現状だろうな」
二人で話し込んでいると危険はないと思ったのか幼い金狐たちがリンクスに向け飛び出し慌てるライセン。そんな親心を知らずに幼い金狐たちはリンクスに飛び掛かり服を掴み登り毛玉へと変わり、アンミラは剣を鞘に収めると羨ましそうに見つめ、リロリアルとルナは立ち上がり勇者ケンジの元へと優雅に歩きながら向かい声を掛ける。
「ケンジ伯爵、助けていただき感謝しますわ」
「師匠も元気そうで」
二人の言葉に振り向くとその場で膝を付いて頭を下げるケンジ伯爵。家臣の礼を取る姿もさまになっており『黒曜の黒薔薇』たちはその姿を目に焼き付け、大賢者ナシリスは男爵という爵位を受けているが跪くことはせず弟子と名乗るルナ相手に首を傾げる。
「ん? 師匠? すまぬがどこの誰かの? 弟子など取った記憶が……もしかして、孤児院で魔法を少し教えた事かの?」
「はい! もう十年も前になりますがグンマー領の孤児院で魔法を教わったルナです! あの時の経験を活かし冒険者になり、いまではリロリアルさまに仕えるメイドとして仕えております!」
本来なら王女が伯爵へ話し掛けようとしていたのにメイドであるルナが言葉を挟むのは無作法にあたるが、リロリアルは暴走王女と呼ばれながらも空気を読むことは得意であり師弟の再会を前に無言でケンジの手を取り立ち上がらせ、ケンジも立ち上がるとナシリスとルナのやり取りに目を向ける。
「ほう、あの時の子がもうこんなにも立派になったのかの。良く努力したの」
目を細め笑みを浮かべるナシリスにルナは「が、頑張りました」と口にすると崩壊したように涙を流し、傍についていたリロリアルは優しくその肩を抱き寄せる。
「ルナは冒険者として活躍しており無理を言って私のメイドになっていただきました。引き抜きの際には『黒曜の黒薔薇』の皆さまに迷惑を掛け申し訳なかったですわ」
嗚咽交じりに泣きだしたルナを優しく抱きながら『黒曜の黒薔薇』たちへ視線を向け、このタイミングがベストだろう引き抜きを謝罪するリロリアル。王家の王女が一般の者に謝罪する事などまずあり得ないがリロリアル自身がルナの引き抜きをずっと気にしており、時折寂しそうな表情を浮かべるルナにも心の隅で申し訳なく思い謝罪を口にしたのだろう。
「ルナを引き抜かれた頃は恨んだりもしたが、そのお陰で確実に強くなることができたからね。それにルナには私ら以上の才能があったのも事実だからね」
「ふん、ルナだろうが大賢者ナシリスさまだろうが……超えてみせるわ!」
「お姉さまはいずれ私に元へ帰ってきますので問題ありません! 戻って来ないのなら私が迎えに行くだけです!」
三者三様のリアクションを見せる『黒曜の黒薔薇』たち。王都ではBランクの冒険者としての実力と女性だけの三人組という珍しい構成で、多くの冒険者や女性たちからの人気が高い。特に前向きな姿勢が評価されているのだろう。
「それにしたってファンタジー世界にSF展開とか、宇宙船で攻めてくるとか勘弁してほしいが……」
ひとりメタリックなボディーをした狼を観察しながら呟くケンジ。そこへ蹄鉄と煙を上げる集団が到着し名乗りを上げる。
「我々はクラウス領に派遣された聖騎士である! 女神さまから神託を受け参上したのだが、もう討伐は完了しているのか?」
馬上からの名乗りに眉を顰めるアンミラは素早くリロリアルの前に立ち不敬を咎めようとしたが涙するルナや薄っすら涙を浮かべる『黒曜の黒薔薇』たちと、伯爵であるケンジが口を開いた事で空気を読み成り行きを見定めようとその場で発言することはしなかったのだが、視界の隅でリンクスから鳴き声を上げ離れたくないと駄々を捏ねる幼い金狐たちの可愛さにヤキモキとした気持ちを募らせる。
「ああ、討伐は完了したよ。生半可な攻撃は通用しない化け物だったが、創造神からの神託を受けてきたということはその小さなお嬢さんが聖女さまなのか?」
馬上には聖騎士と一緒に馬に跨る小学生低学年ほどの少女が顔を青くしており、聖騎士が馬を降り優しく抱き上げ地面に下ろすとペコリと頭を下げる。
「はい、女神さまから神託を受け、割れた場所へ行き祈りを捧げよと」
「新たな聖女が生まれたのは喜ばしいことだが、怪我人などがいるのなら治療するので申し出て欲しい」
「この先で怪我した者たちはおるがワシが治療したからの。それよりも祈りを捧げるのなら早く向かった方が良いのではないかの。リンクスは素材の回収をせい」
大賢者ナシリスだと聖騎士側も気が付いたのか丁寧に頭を下げ、少女を連れ亀裂のある場所へと移動を開始し、リンクスは煙を上げるメタリックな狼と蛇の回収を幼い金狐たちと行うのであった。
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