リロリアルの馬車旅
二頭引きの馬車に乗り西に向け出発をしたリロリアルたち。御者には『黒曜の黒薔薇』のリーダーが付きその横には福リーダーが座り警戒を行う。馬車の後方に付けられた荷物置きには後輩が背後を警戒する形で乗り込んでいる。
そんな馬車が他にも二十台近くあり、同じように冒険者を雇い警護させたり馬に乗り並走させたりしている。これは孤立したら襲われる草食動物と同じで密集していた方が盗賊や魔物などに襲われるリスクが減るからだろう。
「多くの馬車が列を作るのは王都か魔道列車の終点ぐらいと聞きますが、本当に多くの馬車が集まるのですね」
「ケンジ伯爵が魔道列車をグンマー領まで引かなかったのはこういった馬車に関わる者たちへの配慮があると聞きました。世界を救うような方は人々の思いも汲んで下さるのでしょう」
リロリアルの何気ない発言に答えるルナ。出発をして三十分ほどは田舎の風景を興味深げに見つめていたが、延々と続く麦畑の変わらない風景に飽きたのだろう。
北の魔王が討伐される前までこの地は小麦が育つほど温かくはなく、魔王が討伐されてからは小麦が栽培されるように変わり穀物地帯へと変わった。税収が右肩上がりに上がり男爵家でありながらも収益がうなぎ上り状態のクラウス領。他にもこの近くの領主たちはケンジ伯爵のお陰で流通が整い多くの物を王都や他国へと輸出するまでに発展している。
「魔物や盗賊などの討伐も頻繁に行われていると聞きますが、ボレオ男爵領の好景気を見れば盗賊の数は増えるかもしれません。隣国も御家騒動などできな臭くなっておりますし、天候不順でもあれば戦争が起こる可能性もあります」
何気ない話から戦争の話へと発展する馬車内では視線をまた窓の外へと向けるリロリアル。ルナとアンミラは警戒しながらも今後の国の動きやもし戦争が起こったのならどう対応するだろうといった話へと移行し、リロリアルが何気なく見つめる麦畑から一瞬光が漏れ、瞬きをしながら信じられない光景が視界に入り言葉を失う。
それは岩に入った亀裂がひび割れ、その中からな見知らぬ生物がゆっくりと姿を現すかのような現象であり、ただリロリアルの視線の先に岩などはなく空間にひびが入り銀色をした四足歩行の生物が光を放ちながら姿を現したのである。
「敵だ! 見た事のない魔物が現れた!」
「左に注意しろ! 狼に見えるが明らかにおかしな生物だ!」
外から聞こえる冒険者だろう大声にすぐに確認をしようと窓から様子を窺うルナとアンミラ。リロリアルは真っ先に気が付いていたが空間が割れるという不思議な光景に目を開き固まっている。
「お嬢さま! すぐに避難の用意を! あのような魔物は見たことがありません!」
「これは………あの姿はアイアンゴーレムで作られた狼でしょうか………奥には大蛇の形をしたアイアンゴーレム?」
遠目から見てもその巨体が視認できたルナは自身が扱うゴーレムを使った魔法に似ていると思えたが、どう見てもそれは異様に思え視線を釘付けにされながらも視界に映る鉄のような外観を持つ生物たちを見える範囲で分析する。
「ここならすぐに次の街が見える! 集団に紛れて飛ばした方が!」
御者を勤める『黒曜の黒薔薇』のリーダーからの声にアンミラは「それで頼む!」と声を返し、腰に携えた剣に手を掛けると馬車の入口から飛び出し馬車の速度に合わせ並走する。辺りを見渡すと後ろを走っていた馬車が横転する姿が目に入り顔を歪ませ、馬車の天井に立ち炎を魔法を使おうと杖を構える姿が目に入る。
轟音を立て発射された特大の火球は後方で襲われそうになっていた鋼鉄の狼を弾き飛ばすがすぐに立ち上がる姿にダメージはないと悟ると次の炎症へと移行し、アンミラも投げナイフを構える。
「アイアンゴーレムに近いのだろうが動きが滑らか過ぎるな。これはゴーレムで操るというよりも鉄の骨格を持って生まれてきた狼と表現した方が正確かもしれないな」
ゴーレムは術者の練度によってばらつきがあるがどうしても動かしている感がでるもので、四足歩行の生物をゴーレムとして錬成しても術者のイメージに偏りがあれば二足歩行するような事もある。正しいイメージができて初めてゴーレムの操作が可能となり、二足歩行の人型が使われているのが一般的である。
目の前に迫る狼という形のゴーレムを操作するとすれば四足歩行のイメージはもちろんだが、攻撃の際も相手の首へ目がけ噛み付く仕草や強靭な爪で引っかく動作などもイメージしなければその通りに動くことはなく、まして後ろから鎌首を上げ追ってくる蛇の動きなどイメージできるだろうか。
「蛇のゴーレムを操ろうとか、どんな変態な術者なのよっ! フレイムバースト!」
大声で叫びながら火球を放出させ鋼鉄の大蛇へと命中させるがこちらもダメージが通っていないのか、少し焦げただけでスピードを落とすこともなく馬車へ向け迫る。
「私が時間を稼ぐしかないな。お前たちはお嬢さまを頼むぞ!」
視線の先に鋼鉄の大蛇と狼を見据え馬車から手を離そうとした時だった。一筋の光が馬車の車輪へと突き抜け横転する馬車。破裂音が響き横滑りに地面を進み、内部でルナがリロリアルを強く抱き締める。
「くっ! 蛇が牙を飛ばすなど聞いた事がない!」
地面に放り出され転がりながらも銃弾のように飛ばされた牙を視認したアンミラは瞬時に態勢を整え立ち上がり群がる狼と大蛇の数を把握する。
「狼が十二に蛇が三か………これは少し厳しいぞ………」
視線を走らせ『黒曜の黒薔薇』が馬車からリロリアルを助け出す姿を確認すると腰から剣をゆっくりと抜き両手を広げ自分へ意識を向けるアンミラ。狼と大蛇も敵と認識しているのか唸り声を上げゆっくりと近づく。
相手の強度次第ではあるがここで抑えなければお嬢さまの足では逃げられないだろう。馬も今の転倒で足を怪我したか立ち上がる気配はなさそうだ……ルナの後輩も足を引きずっているが、来るっ!
先頭の二匹が大きく口を開けアンミラの首目がけ走り、アンミラは手にしていた剣に魔力を通し赤く輝く魔剣。赤い光が一閃すると狼は弾き飛ばされ、もう一匹が大きく開かれた口を閉じるが赤く輝く左手一本でそれを受け、眉間を剣の柄で強く叩くと「キャン」という鳴き声を上げ離れる。
「本当に生物のような……」
小さく呟くアンミラだったが空を切る音に素早く剣を走らせ飛来した大蛇の牙を薙ぎ、後のリロリアルたちへは手を出させないという意思を視線に乗せて相手へと強く向ける。
「援護します!」
その声は空から降り注ぎ圧倒的な数の氷球が降り注ぎ硬い金属音が辺りに響き、空を見上げたアンミラやリロリアルたちはその身を硬直させた。
多くの魔法陣が浮かび上がった空と十メートル越えの飛龍に加え、黄金の羽根を持つ勇者ケンジの姿に圧倒的な安心感と畏怖する強さを感じ取ったのだろう。『黒曜の黒薔薇』のリーダーがルナへポーションを飲ませながらも視線はリンクスの操る氷球が降り注ぐ空を見つめ息を飲み、リロリアルは空を埋め尽くすような魔方陣の数に震えていた体が解放されキラキラとした瞳は降り注ぐ氷球を反射させ輝く。
「げ、姫殿下………」
地上に降り立ったケンジの一言目がそれだったことにアンミラは眉間に深い皺を作るが、リロリアルの耳に入っていなかったのか胸の前で手を重ね勇者の登場に歓喜するのであった。
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