釣りと古龍の宴会
ケンジと静稀の会合を終えたリンクスたちはケンジを連れ湖畔の家へと帰宅していた。湖畔の家は絶界の中腹にあり、広く巨大な池には多くの水生生物が住みそこへ糸を垂らし釣りをするのがリンクスの一番の趣味であり、夕食のテーブルを飾る一品になっている。
「俺も竿を借りていいか?」
「この竿なら大物が掛かっても竿が折れないと思うのでどうぞ」
家に着くなり池へと向かうリンクスに興味を持ったケンジは後に続きリンクスが腰かける石の横に座ると竿を借り、リンクスと同じようにパン屑を水で固め針に付け糸を垂らす。
「こうして二人きりで話すのは初めてだったな」
「そうですね。初めてひとりで街へ行った時に迷惑を掛けたときを思い出します。あの時はすみませんでした」
「冒険者ギルドを水浸しにした件だったな。あれは笑ったよ。冒険者に絡まれてギルドホールで絡んできた冒険者を溺れさせ、助けに入った冒険者たちも水流で吹き飛ばすとかな。報告を聞いたときはティネントかナシリスがやり過ぎたのかと思えば、リンクスがギルドマスターと睨み合っていたからな。休憩がてら急いで見に行って正解だったぞ」
リンクスが『水遊び』の二つ名で呼ばれるようになった事件を思い出して肩を揺らすケンジ。リンクスの中では思い出したくない記憶なのか俯き浮を見つめる。
「俺も冒険者登録の際は絡まれたからな~でも、アレックスやレレネがそいつらをボコボコにして俺が止めに入ったからな。冒険者は基本荒事が得意な連中が大金を夢見てなる職業だ。リンクスのように魔物の素材を換金に使うのは珍しいだろうからいいカモだと思われたんだろうさ」
二人で話すというよりはケンジが一方的に話しながら釣りを続け、その後姿を見つめるフリル。ケンジには感じられても見ることのできない水精霊のカレイはリンクスの頭の上でお腹を上にして空を見つめている。
「そういや、ティネントとペプラは上にいっているのだろう?」
視線を常に雲の掛かる絶界の上部へと視線を向けるケンジ。
「天竜さんの家で新たな子が生まれるそうです。古龍種は新たな命の誕生の際には親しいものを集め祝うそうで、嫌な顔をしながらも二人で祝いの品を持って出かけましたよ」
「古龍種とかいっても変なところで人族と似ているよな」
「そうですね。成人の儀式とかの話を聞くとそう思います」
「古龍種の成人の儀か?」
「この辺りだとアーマードベアをひとりで討伐したら成人らしいですよ。俺はもう一人で倒せるようになったのでティネントさんは成人扱いしてくれますね」
「水魔法で窒息させて討伐したんだったよな。器用で羨ましいよ。俺は成人の儀式とかはした事がないが、住む場所によっては古龍種と同じような成人の儀式を行う所もあるらしいが……アーマードベアの単独討伐なんて無理な事はさせないだろう。そうじゃないと皆子供のままだな」
もしアーマーベアが街に現れれば軍が出動する案件であり、熟練の冒険者が三チームは必要となるだろう。Sランクの冒険者なら単独突破可能かもしれないが、それはSランクという特別な存在であるからであり、大賢者ナシリスや勇者ケンジといった魔王討伐をするような化け物じみた強さが必要になる。リンクスがアーマードベアの討伐を単独で成しえたのは相性が良かった事と、生まれ持っての力と毛や皮の防御力を過信した結果にすぎない。
アーマードベア相当のゴーレムが相手であれば呼吸を必要とせず、リンクスは苦戦するか敗北する可能性もあるだろう。
「フリルも頑張ればアーマードベアの討伐ぐらいできるよな?」
こちらを窺っていたフリルへと振り向き声を掛けると顔を左右に振り無理だと表現し、そこへ大きな鳴声を上げ現れる幼い金狐たち。
「クゥー」
釣り糸を下げていたリンクスへと突貫し一気に黄金の毛に囲まれ、遅れて現れたライセンとキラリに片手を上げ挨拶をするケンジ。フリルはリンクスに群がった幼い金狐へと向かいその背中を撫でる。
「こらこら、釣りをしているだろ。そんなに煩くしたら魚が逃げ、ケンジさん引いてます!」
「おっ! これは大物の予感がするぞ!」
一気に弓なりにしなる竿を力いっぱい握り立ち上がるケンジ。リンクスにくっ付き鳴き声を上げる幼い金狐たちも白熱した状況に視線を向け尻尾を立て、やってきたライセンはリンクスが用意していた大物用のタモ網を手にする。
「くっ! こりゃでかいぞ! ライセンさん引き寄せるのでフォローお願いします!」
「任せろ!」
緊張感に包まれる湖畔。そこへリンクスの頭から身を起こしたカレイは状況を理解したのか、飛び上がり両手を糸の先へと向ける。
「なっ!」
「これは……カレイ殿が手伝ってくれたのか……」
池の水面が凹み大きなナマズの姿が現れ、完全に姿を現すと水面をピチピチと跳ねる状況に目を見開くケンジとライセン。水面なのに水中へ潜ることができず暴れる大ナマズの姿が不思議に見えるのは幼い金狐たちやフリルも同じなようでリアクションもなく只々見つめ固まり、キラリだけはお腹がふっくらとした大ナマズに「食べ応えがありそうね~」と頬に手を当て口にするのであった。
絶界の頂上にある巨大な白い神殿には多くの古龍種が集まり、殻を破り生まれてきた黄金に輝く幼い天龍が眠る姿に祝いの席が設けられていた。
「無事生まれて来てくれた我が子の為に集まってくれたこと、嬉しく思います」
黄金に輝く長髪に住んだ瞳を向け集まった人化した古龍たちへ頭を下げるのはこの神殿の主である天龍。神々に最も近い場所を与えられた空の門番である。
「古龍種としてはフリル以来となるな。健やかに育てよ」
そう口にしたのは赤く長い髪が印象的な女性の姿を取る火竜。その横ではペプラが酒瓶片手に眠る幼い天龍を見つめ、ティネントも微笑みを浮かべ見つめている。
「天竜の子なら心配あるまい。それよりも気になるのは氷竜の生まれ変わりだ。リンクスは強くなったのか?」
ギラリとティネントを見据えたのは黒く艶のある髪に黒い瞳を向ける女性の姿をした黒竜。
「それはどういう意味かしら?」
ギラリを向けられた視線を真っ向から受け睨み返すティネント。ちなみにティネントは地竜が人化したメイド服姿でこの場に参戦している。
「そのままの意味だ。リンクスには氷竜と人族の魂が融合され、その怒りが収まるまで転生を繰り返すと聞いている。リンクスが弱く怒りを溜めているようではどれほど転生を繰り返しても怒りが静まらないだろう?」
「ふっ、それなら問題ありません。人の領域と考えればその実力は片手で数えるほどでしょう。まあ、あまりに強大な魔力は封じていますが……」
「人族の枠で考えているのか? 我々古龍種の枠で考えねば敗北もあるだろう?」
手にしていたグラスを一気に口に流し込む黒竜。
「有り余る力は時に反感を買い嫉妬されます。それこそ魂の怒りに連鎖するでは?」
片眉を上げ口にするティネント。
「なあなあ、黒竜はリンクスが弱かったとして、どうしたいんだ?」
空気を読まないペプラの言葉にまわりの空気が一気に凍り付く。
「そんなのは決まっている! 私だってリンクスを構いたい! 授けられるなら暗黒魔法を教え弟子にしたい! ティネントばっかりズルイぞ!」
まるで駄々っ子のような言葉にティネントが呆れ顔を浮かべ、ペプラは共感できるのかうんうんと頭を縦に振り、参加している古龍達も同じような仕草を取り、そんな一同へ天龍も同じように呆れた表情を浮かべるのであった。
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