湖畔の我が家にて
「クゥー!」
「離れるのはあなた達の方です!」
そんな声が木霊する湖畔では釣り糸を垂らすリンクスの左腕にしがみ付く幼い金狐と、左腕にしがみ付き離れないティネントの姿があった。リンクスがアリの巣の水脈へと落ち、カレイと契約し、ダンジョン内まで流され脱出したのだが、その後ティネントの様子は一変したのだ。
普段から過保護であったティネントだがひとりでそれなりに戦えるようになり、古龍種の成人の儀で試されるアーマードベアの単独討伐という偉業を行った事もあり少なからずリンクスを認めていたのだが、勝手に水の精霊と契約して水脈へと連れ去られ命の危機にも繋がった行動に過保護が再発したのである。
その結果として家に帰ってもリンクスから離れることはなく家事以外の時間はすべてベッタリとくっ付き安心感を求める始末であった。
「酒や水あめのお礼にと思い色々と持って来たが、その様な事があったのでは致し方ないだろう……」
右腕に抱き付くティネントを見つめ共感するライセン。隣では微笑みを浮かべながら欠伸をする二匹の幼い金狐を抱えるキラリ。
「精霊の方から契約して欲しいと迫るとは驚きです。我ら金狐族にも精霊と契約しているものもおりますが、儀式で力を貸してくれるようこちらからお願いして契約させていただくというのが普通なのだがな……」
そう口にしたのは金狐のなかでも長老に継ぐ権力者であるキラル。キラリの母であり現長老の妻である。凛とした一凛の花のような美を持つ女性で九つの尾を持ち、目を細めリンクスの頭の上で湖面を見つめるカレイへ視線を向けている。
「うむ、精霊に好かれるのは仕方がないにしても契約までしての。ティネントが心配すのも無理はないにしても、あれだけ付きっ切りなのはどうかと思うがの……」
「私もくっ付きたいけどティネントさまに睨まれた……」
「フリルも頑張らないとな~ライバルは多いからな~」
適当に煽るペプラにナシリスとキラルはジト目を向けるがフリルは拳を握り締め隙を窺う。
「まあ、あちらはあちらで、こちらは先日の礼を持ってきました。どうかお納めください」
そう口にするキラルは頭を下げ、ライセンが愛用しているマジックバックから金狐族が育てる日持ちする野菜や乾燥させた茸になめした革などをウッドデッキに広げる。
「豪華な夕食になりそうだな! この前食べた天ぷらが食べたいぜ!」
「うむ、野菜の天ぷらは苦みがあっても美味しいからの。酒との相性も良くワシも楽しみだの」
「テンプラ? それはどのような料理なのでしょうか?」
野菜を見て目を輝かすペプラにキラルが疑問に思い尋ねるとナシリスが簡単に作り方を説明する。
「小麦粉を付け油で揚げた料理だの。塩でも美味いが魚と醤油で作ったタレで食べるともっと美味いからの。ティネントが作ってくれれば良いが……」
視線をリンクスが釣りをする湖畔へとナシリスが向けると他の者たちも同じように視線を向ける。
「だぁーもう、邪魔だ! 釣りぐらいひとりでさせてくれ! って! 腕が折れる! 左手を噛むな! 魚が引いてるんだ! 釣りをさせろ!」
竿がしなり魚が食いついたのだが、それよりもティネントと幼い金狐たちからのかまってちゃんが激しく竿を立てられず、仕方なしに湖面を見つめていたカレイが代わりに竿を持ち釣り上げる。針にはカジカに似た魚が掛かり尻尾を揺らしている。
「魚の天ぷらも美味いよな!」
「うむ、魚の天ぷらも美味かったの。ケンジの所で食べたエビの天ぷらがまた食べたいが……この辺りにおるエビでも美味しいかの?」
「手が長い奴だろ? 焼いても美味いんだから美味いだろ! ティネントにお願いしてくれよ~」
「うむ、ワシも食べたいから構わぬが、キラルたちも食べて行くかの?」
その言葉に生唾を飲み込みコクリと頭を下げるキラル。キラリやライセンから美味しい食事の話を聞き、更にはこの場で未知の料理ながら自分たちが育てた野菜が美味しくなる料理法を教われるとなれば興味を持つのは仕方のないことだろう。
「ナシリスさま、料理もそうなのですが先日頂いた酒ですが多くの老人たちが気に入りまして、できればまた仕入れて頂きたいと……可能でしょうか?」
「うむ、それは構わんが、街へ行くとなるとティネントをどうにかせんとの。ワシひとりで行っても良いが、ケンジの娘との約束があるからの」
「それは孫たちと会わせるという約束でしょうか?」
姿勢を正し鋭い瞳を向けるキラル。自分のかわいい孫たちがテイムされそうになったという事実を耳にしており警戒したのだろう。
「うむ、ワシが見た感想であれだが、まるで姉妹のように見え驚いたわい。うむ、ティネントがリンクスを待ちへ行かせなかったとしてもお主が付いてくるのであれば一緒に連れて行けるかの?」
「おっ、それならまたオレが送ってやるよ! お礼は酒で良いからな!」
キラルの返答の前にペプラがタクシー役を引き受け唖然としながらも「よろしくお願い致します」と口にするキラル。その後ろではキラリが微笑みを浮かべる。
「また水あめや甘味が食べられるわね~」
もう腕の中で眠りに落ちた二匹の幼い金狐に優しく語り掛けるキラリ。一歩が左右に振れ一番喜んでいるのはキラリ自身だろう。
「クゥ!? クゥ~」
キラリが口にした水あめという単語が耳に届いたのか、一匹を残してリンクスから離れ皆がいるウッドデッキへと走る幼い金狐たち。
「あらあら、街へ行くのが楽しみねぇ」
「クゥ~」
母であるキラリの足元に集まり尻尾を揺らし鳴き声を上げる幼い金狐たち。祖母であるキラルもゆっくりと九本ある尻尾を揺らし、また人族に迷惑を掛けてしまうなと思案する父のライセン。
「楽しみなのはわかるが危険でもあるからの。注意す……そういえばアーマードベアやらのオークションがそろそろ開催されておるかもしれんの……行くにしてもそれの売り上げの回収と一緒にして、早くても半月後ぐらいかの?」
以前、勇者ケンジの娘であるラフィーラたちが絶界の調査という名目で修行し、ナシリスたちが助けに入り討伐したアーマードベアなどの素材を王都のオークションへと掛けた事を思い出し口にするナシリス。
冒険者ギルドを通してのオークションは魔道列車を使い運ばれ王都では大金が動き、数名の商人と大貴族が競り落とし、丈夫な皮や牙に爪などは多くの武具へと加工され、巨大な魔石は魔道列車などのエネルギーとして国が競り落とされている。
「あの熊の肉はあまり美味しくはないが売れるのですか?」
「うむ、毛や皮はコートや鎧、爪や牙は武器に、内臓は薬や錬金素材。眼球すら利用価値があるからの。肉もちゃんと処理すれば臭みが抜けると聞いたことがあるが、それなら別の肉が良いの」
「そういや、肉の天ぷらは見なかったな。肉の天ぷらにも挑戦しようぜ!」
頭の中が天ぷらで支配されているペプラの言葉にナシリスが肩を揺らし、釣りを諦めティネントと幼い金狐の一匹を腕に付けたリンクスが合流する。
「はぁ……少しゆっくりしたい……」
リンクスから漏れた言葉に今度はペプラも混ざり声に出して笑い声を上げるのであった。
これにて第二章は終了です。体調不良が続いているので三章まで少し期間が空くかもしれません。
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