ケンジと冒険者ギルド
領主館では報告書を静かに閉じるケンジの姿があり、その横に控える執事のポールと次期領主であるやや頼りなさそうに見える息子のムサシが紅茶を口に運ぶ。
「またリンクスに助けられたな。それにしてもダンジョンへ続く水脈があるとは……」
「ダンジョンは他からの干渉を受けづらいと言われておりましたが、完全に否定する形です。これは新たな発見です」
「冒険者ギルドや国からも調査隊が送られてくる案件になるな。はぁ、王都からの使者が誰になるか気になるところだが、ムサシに任せる」
「はい、次期当主となるべく実力を発揮して、」
「慎重にな。あくまでもダンジョンの調査に来る王都の調査団の相手を任せるのであって、お前がダンジョンに調査に向かうわけではないからな。それとラフィーラにこの事を知らせるのは絶対に禁止だからな」
ケンジの言葉に緊張していたムサシは微笑みを浮かべる。
「もちろんです。下手したら王都の調査隊よりも先にダンジョンに潜る可能性もありますから」
「そうだな……はぁ……あのヤンチャ娘も心配だが、報告書にあったようにペプラとフリルが古龍種だと冒険者と聖騎士たちにバレたのも……まあ、こちらはどうとでもなるな。敵対するようなバカがいるとは思えない。俺がティネントの背に乗り北の魔王を討伐した事実は本や唄になって伝わっているからな……
ナシリスからの報告も信じたいが、転生とかどう信じろと……」
「ですが、ナシリスさまが認めプロペラなる技術や巣穴を温める技術などは参考になります。父上も空を飛ぶ技術にヒコウキやドローンという乗り物があると申していたではありませんか。プロペラもその技術の一端だと耳にしました」
「確かにそうだが……この件は俺が一人で責任を持って静稀殿に会いに行く。土産に水あめや甘味が欲しいとあるし、領主権限で多めに持って行こう。恐らくだが醤油や味噌を見せれば本当の転生者か判断できるからな」
「元々は日本と呼ばれる国の調味料なのですよね。今では他国でも重宝される味になりつつあります。特に水あめの需要は年々上がっていますし、日本酒もワインにとって代わる人気だとか。父上は勇者としての才能よりも、商人や領主としての才能の方が高いと世間では呼ばれておりますよ。僕もそれに続ければ良いのですが……」
顔を伏せ小声になるムサシ。親が偉大過ぎると子供が比べられるのは世の常である。受けるプレッシャーは相当なものだろう。
「ムサシは良くやってくれていると思うぞ。貴族との付き合い方も俺異常にちゃんとしているしな。静稀殿の件が上手くまとまれば領主としてのアドバイスも貰えるかもしれないな」
異世界の技術を使いアリたちを統べ、巣穴を快適にする静稀の才能を思い浮かべるケンジ。自分にない才能のある人物なら情報交換し助力を得るのも有りだと蟻人相手に思案する。
「蟻人に領主としての才能があると?」
「ああ、元は俺と同じ世界に暮らしているとしたらな。相手が女性というのも男と女では求めるものが変わるからな。悪役令嬢とかが好きならそう言った知識に詳しいはずだ。あくまでも予測だがな……はぁ……まったく、絶界の奴らは俺の胃が鉄かなんかでできていると思っているのか、問題事が次々に下山してきやがる……はぁ……」
「胃薬はこちらにご用意があります。ムサシさまもご使用致しますか?」
できる執事のポールは素早く胃薬と水を用意すると親子仲良く口に含み水で流し込む。
「口直しにはどら焼きをご用意しております」
ケンジとムサシより先に求めるものを用意するポール。二人はシクシクと痛み出した胃を抑えながらどら焼きを口にするのであった。
「未知のダンジョン調査で三階層まで調べられるとは幸運だったな」
子供が見たら泣きそうな風体の男は冒険者ギルドマスターのレスターであり、ダンジョン調査をした三パーティーのリーダーと共に会議室でお茶を飲みながら報告を受けていた。
「幸運は『水遊び』に助けられた事ですよ。あのリーダーのサギハンを単独で討伐する技量は確実にBランク以上です」
「取り巻きのサギハンも同時に倒してたよな」
「砂を水で取り込みドリルのようにしてサギハンに放ち、次々と腹に大穴を開けていたぞ! しかも、それを放ったのは水の精霊だといっていた。精霊を見ることのできる聖女さまが口にしていたので間違いないな」
「ふぅ……リンクスひとりでそのサギハンの軍勢を討伐した事になるのか……これは本気でリンクスのランクアップを考えねばならんかもだな……」
腕を組み報告書へ視線を落とすギルドマスター。
「ちなみに『水遊び』の冒険者ランクはいくつなのですか?」
「ん? ああ、Eランクだな」
冒険者ランクにはFからはじまりSランクまでとされている。特例として北の魔王を討伐した勇者ケンジにはSSSというランクが付けられているが、最高到達地点はSランクとされ両手で数えられる程度にしか存在しない。この場にいる者たちで一番ランクが高いのはギルドマスターのレスターで元Aランク。次いで『北の黒剣』のリーダーがAランク間近のBランクとされ、この度の活躍で昇進も期待できるだろう。
「あれでEランクとか詐欺師を疑いたくなるな」
「高ランクを語る冒険者はいれど、低ランクを偽装するものなど早々おるまい……」
「『水遊び』がEランクなのは理由があるとか?」
『月の遠吠え』のリーダーの言葉に頷くギルドマスター。
「冒険者ランクはギルドへの貢献度と依頼の達成率に特殊依頼の達成と色々な評価があるからな。ただ強いだけで高ランクの冒険者になることは出来ない。まあ、『水遊び』の場合は基本的に依頼を受けていないからな。持ち込む素材は一級品でも討伐依頼のある魔物でもなければ素材でもない。
この度、アリの巣の調査を頼んだが引き受けたのはナシリスさまとなっている。こちらとしてはBランクでもAランクでもやりたいが実績のない扱いの物をポッとBランクに昇格できないというのが本音だな」
ギルドマスターの言葉に呆れ顔のリーダーたち。
「そうなると今回もEランクのままでしょうか?」
「ああ、本人からも拒否されているからな。サギハンの軍を一人で相手にできるEランクの冒険者なのが『水遊び』だよ……俺としてもお前たちを助けた恩人であり実力者だから優遇してやりたいが、本人が拒否するのでは上げることができない。冒険者は自由を重んじるからな……」
腕組みを解き冷めたお茶を口にするギルドマスター。
「『水遊び』が低ランクなのは理解できました。ですが、龍と親しいという話は聞いていません。空を埋め尽くすような巨大な龍の出現には驚きましたよ……」
「勇者ケンジさまが北の魔王を討伐した話を思い出したな!」
「だが、ケンジさまが乗ったのは古龍種の地竜だろう。アレはどう考えても古龍種の飛龍。別の古龍種……それも二頭……」
ティネントに抱擁されたリンクスの元へと心配しやってきたペプラとフリル。その姿は探索中と同じように龍の形状を取っており、その場に居合わせた冒険者は目を丸くしながら人化する二人を視界に入れ声もなく固まったのである。
「数日前、西に飛び去る龍を見たという話があったろう。あれの犯人がそのペプラ様とフリル様だ。本来は別の場所に住む古龍種らしいがリンクスの家へ遊びに来ていたそうだ。今回もアリの巣に入り込む水脈に落ちたリンクスを探すべく龍となっていたそうだが……
ここからは他言するなよ。あの場には三頭の古龍種がいた事になる。あのメイド服を着たティネントと名乗る女性も古龍種であり、伝説として語り継がれている北の魔王を討伐した際に勇者ケンジさまが騎乗したドラゴンだ」
ギルドマスターに極秘案件を打ち明けられた三名のリーダーたちは伝説を目にしていた事実に数分ほど固まるのであった。
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