ダンジョンからの脱出
二階層へと続く階段を『北の黒剣』のリーダーが先頭を進み、その横を歩くリンクス。特に会話はないのだがリンクスをライバル視しているのか、時折視線を向ける『北の黒剣』のリーダーにカレイが首を傾げる。
≪たまにこっちを見てくるけど、これってアレか? 恋とか愛とかなのか?≫
「ぶふっ!? な、何を言って、絶対違うからな」
カレイからの念話を受け吹き出すリンクス。急に吹き出し独り言をいうリンクスの反応に後ろを続く冒険者たちは一斉興味を持ったのか口を開く。
「水の霊性に何かあったのか?」
「吹き出すほど驚くって魔物の気配か!」
「注意をした方が良さそうだね」
完全な勘違いなのだが注意すると話す声を背中に感じつつ、否定はしなくてもいいかと放置することにしたリンクスは階段を抜け二階層の入口で足を止める。
「ここからは大口と呼ばれるワニとニードルクラブが出現した。他にもクラーケンの触手を見たという話もあるから油断するなよ」
『北の黒剣』のリーダーからの言葉に頷くリンクス。ただ、カレイはひとりリンクスから離れ二階層へと飛び出し一早く光を浴びて喜んでいる。
≪さっきも思ったけどキラキラした砂がいっぱいだよ! 水面も輝いているし、大きなイカの肌も綺麗だねぇ。えいっ!≫
先を行くカレイは水に砂を含ませ、先ほどのように円錐状にしたそれをクラーケン目がけ放出する。
「ギャヒィィィィィィィ」
二階層へと侵入したと同時に耳に入る断末魔に体を震わせる冒険者と聖騎士たち。リンクスはひとりその断末魔の正体と犯人を知っているので驚きはしなかったが、どう説明したものかと指輪からロングソードを取り出して警戒をする。
「何だ今の叫びは!」
「ここを通った時には聞こえなかったぞ!」
「聖女さまを守れ! 声から察するに大型の魔物だ!」
心の中で申し訳なく思いながらもリンクスは足を進め、視界に入り小さいながらも手を振り喜ぶカレイの姿と、その身よりも遥かに大きなドロップアイテムである魔石とイカのゲソを水球に包む浮かせる姿に真顔を向けている。
「落ち着きなさい。今のはリンクスさまの精霊が先に進み巨大な魔物を討伐しただけです。その証拠に水球に入り浮いているクラーケンの腕が見えるではないですか。ああ、リンクスさまはどれだけ手柄を立てられるのでしょうか……」
うっとりとした瞳をイカゲソからリンクスへと移し手を合わせる聖女ラスティネラ。リンクスはカレイが勝手に行動した結果、皆を驚かせて申し訳ないという気持ちと変に持ち上げないでほしいという気持ちでいっぱいになり、こちらに向かい手足を動かす大口ワニの登場に魔法陣を浮かべ水球で応戦する。
無数の水球が大口ワニの口と鼻を捉え呼吸を封じ前進する勢いを止め、鞘だけ指輪で回収すると剣で切り付けようと走るが、カレイによって素早く円錐状の触手によってその身が貫かれ光の粒子になって消え、その場にドロップアイテムが残される。
「一瞬にして討伐したな……」
「あれでは我らの出番などないな……」
「『水遊び』ひとりで調査できるよな……」
『北の黒剣』と『赤鉄の斧』に『月の遠吠え』のリーダーたちの言葉に一斉に頷く冒険者たち。聖騎士たちも無言で頷き、リンクスへ飛び掛かろうと走り出す聖女ラスティネラを再度羽交い絞めにする聖騎士団長。
「はぁ……安全なのは良いがどう報告したものか……」
一瞬にして大口ワニを討伐する姿に『北の黒剣』のリーダーは嫉妬心が失せ、その手際の良さを褒めながらも精霊とコンビで戦う姿を冒険者ギルドに信じてもらえるか疑問を浮かべ提出する書類の書き方を模索する。
精霊術士というものもいるのだが数が少なく、それはエルフに限ったものである。聖職者のなかにも精霊が見えるものもいるが契約し共に行動するものはおらず、リンクスが精霊と契約したという事実を冒険者ギルド長へ信じさせることを書き出しにするのだろう。
≪見て見て! ウニウニしてるけど、キラキラもしているよ!≫
戦果を誇るカレイにどう注意したものかと考えながら指輪の収納へとイカゲソと魔石に大口ワニの皮を入れるリンクス。
「キラキラしているが他の冒険者たちが驚くから勝手に討伐するのはやめような。それと俺から離れるのもダメだぞ。精霊だと知られたら誘拐されちゃうかもしれないからな」
カレイに対して誘拐されると心配するリンクス。だが、それを耳にした冒険者や聖騎士たちは「いやいや、見えない相手を誘拐するとか無理だろう」と口にはしないが心の中で総ツッコミを入れる。
「あれほど強くありながらも優しさを伴うとは……リンクスさまは最高です! やはり創造のふがふがふがふが」
慌てて聖女ラスティネラの口をふさぐ聖騎士副団長のリリューロ。先頭よりも極秘事項を簡単に口走る聖女への対応で疲れを見せる聖騎士団長と聖騎士副団長。聖女ラスティネラも口をふさがれれば極秘事項を口走りそうになったと理解してその後数分は口を閉じるのだが、魔物を討伐する度にリンクスを称え極秘事項を口にする無自覚な暴走に頭を悩ませるのであった。
「おっ、あの階段が地上へ向かう出口ですか?」
二階層を突破し、安堵する冒険者と聖騎士たち。第一階層は特に魔物が出ない事もありゆっくり足を進め、カレイは咲き誇る花々に目を輝かせて喜び、辿り着くダンジョンの入口。
「ああ、『水遊び』には本当に助けられたよ……何か困ったことがあれば俺たち『北の黒剣』を頼って欲しい」
「それを言うなら俺たちもだ! 『赤鉄の斧』とドワーフたちが手を貸すと約束しよう!」
「俺も俺も、『月の遠吠え』が手を貸すからな! 絶界の調査の借りもあるから気軽に声を掛けろよな!」
それぞれのリーダーたちからの言葉に頷くリンクス。帰ってきた冒険者たちに気が付きシェルパたちが歓声を上げる。が、リンクスの姿に首を傾げる。
「聞いてくれ! ダンジョンの調査は三階層まで終了した! 三階層はサギハンが大量に出現する危険地帯であったが『水遊び』の助けもあり誰一人欠くことなく帰還できた! 小さな救世主に拍手を送って欲しい!」
『北の黒剣』から叫ぶように伝えられた戦果と事実にシェルパたちは歓声と拍手で応え、気恥ずかしくなったのかリンクスは頭を下げ素早くダンジョンの入口から距離を取る。
≪見て見て、あれが一番キラキラだ! あの光りを受けてすべてが輝いて見えるよ!≫
太陽を見上げ念話で叫ぶカレイ。
「アレは太陽だな。太陽のお陰で朝が来て夜を、ん?」
≪げっ!? もう来た!≫
空を見上げる二人の視線には太陽の光を遮る影が映り、次の瞬間には数メートル離れた場所にクレーターが現れ吹き飛ばされそうになるリンクスとカレイ。冒険者や聖騎士たちは一瞬で警戒態勢に移り武器を構える。
場所が絶界の近くということもありシェルパたちも解体用に装備しているナイフや、冒険者が帰ってきた時に用意していた鍋をかき回すヘラを持つ構えるものなど現場に緊張が走る。
「リンクス!」
砂煙の上がるクレーターから飛び出してきたメイド服に安堵しながらも、身構えるリンクスはティネントから万力のような抱擁に痛みを堪えるのであった。
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