第三階層
三階層に辿り着いた冒険者たちは先ほどと同じような砂浜を前に警戒しながら散策を進める。砂浜は長く続き時折海面から魚が跳ね、それを追う大型の魚の姿や、更にその大型の魚を追う背びれに気が付き声を上げる聖女ラスティネラ。
「すごく大きなお魚もいるみたいですね!」
「あの背びれだと二メートルはあるかもしれないぞ」
「海に近づかぬよう注意しれくて」
『北の黒剣』のリーダーの言葉に深く頷く聖騎士団長。聖女が走り出そうものなら飛び付いてでも止めるだろう。
「魔物の気配はなさそうだが……あっちの小島に四階へと続く階段がないことを祈りたいね」
「まったくだ。魔物が泳ぐ海を越えるとなれば氷魔法で海を凍らせるか、船を用意せねばならん」
「船なんて足場の悪い場所で戦えるかよ。落ちたとたんに魔物の餌だろ」
「ああ、そうならない為にも階段は海岸線沿いにあって欲しいが……」
慣れない砂浜を警戒しながら歩いていると遠くに崖が見え、更には波しぶきを上げる滝が目に入り声を上げる聖女。
「見て下さい! 虹が掛かっています! 何か良い事があるかもしれませんよ!」
キャッキャとはしゃぐ聖女の言葉に若干イラっとしながらも『北の黒剣』の魔法使いは三度目の探索魔法を使い魔物の気配を探る。
「えっ!? 魔物です! 魔物の群れがすぐそこにっ!」
叫ぶように事実を伝えるが魔物の姿はなく、足を止め武器を構え警戒する冒険者たち。
「ん? 海だっ! 海から上がってくるぞ!」
一早くその存在に気が付いた『月の遠吠え』のリーダーの言葉に魔法使いは術の詠唱に入り弓を構え、水面が盛り上がり次々に姿を現すサギハンの群れ。二メートルほどの大柄な体躯に三又の矛を持ち、全身が鱗に覆われた存在に聖女は悲鳴を上げる。
「聖女さまは下がって! 『赤鉄の斧』は前衛! 『月の遠吠え』は『赤鉄の斧』のフォローを! 弓使いは俺たちの後ろから援護! サギハンは火属性に弱いからな!」
『北の黒剣』のリーダーの叫びに自身を奮い起こすように叫び応える冒険者たち。真っ先に大楯を持ち先頭のサギハンに体当たりする『赤鉄の斧』の三名。力負けすることなく吹き飛ばすと斧を片手に大楯を構える。
吹き飛ばしたサギハンに止めを刺すべく疾風の如き素早さでショートソードを突き刺す『月の遠吠え』のリーダー。だが、鱗が硬くショートソードが突き刺さることなく弾かれすぐに距離を取り体制を立て直す両名。
「鱗が硬いぞ!」
「ふんっ! 生半可な武器では傷すら付かぬ! 目か脇にあるエラを狙え!」
手斧で切り付けるが強靭な鱗を前に吹き飛ばすのが精いっぱいだった『赤鉄の斧』のリーダーの言葉に頷く『月の遠吠え』たち。
「中央開けろ!」
『北の黒剣』のリーダーの叫びに『月の遠吠え』の弓使いが剣聖の弓を放ち、大楯を持つドワーフたちが一斉に左右に別れ、火炎を帯びた旋風が轟音を立てて中央を通り過ぎる。香ばしい臭いと共に黒焦げになるサギハンたち。だが、それでも海からは続々とサギハンが姿を現す光景に身を震わせる聖女ラスティネラ。
「我々も前線に出るぞ! リリューロは聖女さまに付き護衛を!」
聖騎士団長の言葉に一斉に盾と武器を構え走り出す聖騎士たち。聖女は震えながらも自分ができる事があるはずと祈りの姿勢で聖騎士と冒険者たちに補助魔法を唱える。
「剣には力を、盾には思いを、心には鋼を、戦士たちに一時の雄姿を! ホーリーナイト!」
聖女の詠唱が終わり冒険者や聖騎士の剣や盾が白く輝きを帯び、先ほどまでは傷すら付けることができなかった鱗を切り裂き驚きの声を上げる『月の遠吠え』のリーダー。
「これなら行ける!」
「おお、力が溢れるぞ!」
「一気に片付けるぞ!」
「我ら聖騎士も参戦する! 前線を請け負うので指示を頼む!」
九名の聖騎士が前線に加わりサギハンたちを追い返すべく剣を振るい盾で押し返す。『北の黒剣』のリーダーも中盤から前線へと切り込み混戦気味になりながらも、指揮を執り傷付いたものは『月の遠吠え』たちが後ろ襟を掴み聖女の元へと運び回復させすぐに前線へと復帰する。
「もう一度打ちます! 中央開けて下さい!」
魔法使いが詠唱を終え先ほどと同じ炎の中級魔法を使おうと声を掛ける。が、混戦になり中央から冒険者と聖騎士が離れられず術者が炎上げる杖を持ち待機していると聖女から新たな補助魔法が降り注ぐ。
「その身に聖なる炎を宿し、悪しき闇からその身を守腐ベールとなれ! ホーリーアーマー」
更なる光を帯びた聖騎士と冒険者たち。そこへ聖女の傍で警戒していた聖騎士副団長リリューロが叫び声を上げる。
「一時的ですが属性魔法が無効化される補助魔法を使いました。味方ごとやっちゃって下さい!」
普通ではありえない提案に魔法使いは判断に困りながらも聖女と視線が合い無言で頷かれ、それを信じ待機させていた魔法を付き放つ。
「フレイムブレス!」
竜の咆哮と名付けられたそれは炎の中級魔法としてはありふれたものだが、使い勝手が良く威力も高く使い手も多い魔法である。味方ごと巻き込み燃え上がるサギハンに驚く冒険者たちだが、聖騎士たちは訓練や実戦で何度も経験しているのか苦しむサギハンに止めを刺し、冒険者たちも一瞬戸惑っていたが適応能力が高くすぐに聖騎士たちと同じ動きでサギハンの肋骨付近にあるエラへとショートソードを突き刺して数を減らす。
「こんなにも力が溢れるとか、勇者さまにでもなった気分だな!」
「まったくだ! 大楯ですべてを弾き、手斧で真っ二つだ!」
「だが、油断するなよ! 魔物はまだ増えて、でかいのが来るぞ!!」
『北の黒剣』が叫びを上げ最前線で盾役をする『赤鉄の斧』たちに注意を促す。が、現れたそれは海面から飛び上がるように水飛沫を上げ砂浜に着地する。と同時にその巨腕でドワーフたちを薙ぎ払う。
大楯を構えていた事もあり後方へと吹き飛ばされ命に別状はなさそうではあるが『赤鉄の斧』のドワーフ二名は意識を失い、もう一人はかろうじて意識があるが砂浜にできたクレーターの中心部で曲がってはいけない方へと曲がった足を押さえうめき声を上げている。
「でかいのは俺が相手をする! 聖騎士はこのままサギハンを頼む! 『月の遠吠え』はフォローを!」
この調査隊で一番冒険者ランクが高く個人技にも優れている『北の黒剣』のリーダーが巨体の前に立ちふさがりロングソードを構え、口角を上げるサギハンキング。頭部には王である証の王冠に似たヒレがあり、その体躯も三メートルを優に超える。武器は持っていないが水かきのある巨大な手には鋭い爪がギラリと光る。
「くそっ! こいつらまだ増えているぞ!」
「聖騎士らしく最後まで戦い抜くぞ!」
「聖女さま、回復魔法を!」
混戦になりながらも各自が割り当てられた仕事を行い戦線を保つ戦士たち。聖女も回復魔法で意識のあるドワーフを戦線へと戻し、気を失ったドワーフの治療に取り掛かる。サギハンキングが砂を踏みしめ一気に加速すると『北の黒剣』のリーダーは剣を構え意識を集中させる。
「キシャァァァァアァァァァァァァア」
「行くぞっ!」
絶叫に似たサギハンの突進と『北の黒剣』のリーダーの剣が交差する。聖女からの補助魔法を受けサギハンの鱗を二分させていたが、キングともなると更に硬さは上回るのか硬い金属音が木霊し砂浜に倒れ手の痺れを感じながらも立ち上がる。
「こりゃ分が悪いかもな……」
小さく漏らした言葉に撤退の文字が脳裏に浮かぶ冒険者たち。聖騎士たちも無限に湧いてくるサギハンを前に膝が震えるものもおり絶望の色が砂浜を染めはじめるのであった。
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