ダンジョンの調査開始
「では、予定通りに『赤鉄の斧』たちが戦闘で二階に潜る。『月の遠吠え』たちは後方と索敵を、聖女さまは勝手に動き回らないで下さいね」
『北の黒剣』のリーダーの言葉に「おおおお」と声を上げる冒険者たち。ただ聖女は頬を膨らませているが聖騎士団長は深く頷く。
「ダンジョンの一階層は草原と遠くに見える海だったけど、二階層はどんなだと思う?」
「さあね。でも、きっと海が関係していると思うね」
「この魚が腐ったみたいな臭いが治まればいいけどね」
『月の遠吠え』たちコボルトは鼻が利き遠くに見える海から漂う臭いに顔を顰めている。第一階層はそれほど広くなく透明な壁で制限されているのか波の音が聞こえるが海まで進むことができなかったのである。
こういった事例は他にもありダンジョンが生まれて間もない頃に発生し、ダンジョンが成長すると階層も広がりいずれは辿りつけるだろうと『赤鉄の斧』のドワーフが語っていた。
「薬草以外にも綺麗な花がありましたので摘んで帰りましょう」
「冒険者ギルドへの報告にサンプルを取って帰るのにも必要になりますので、そこは注意して下さい」
「もちろんです。これ以上冒険者さま方の前で怒られては悪い噂が立ってしまいます。ルルエラもあまり怒らないで下さい」
口を尖らせそう口にする聖女に『北の黒剣』の乙女たちは肩を揺らし、リーダーはひとり気を引き締め、先を行く『赤鉄の斧』が二階層へと続く階段を降りるのを確認して足を進める。
ダンジョンにおいて階段は基本的には安全とされており魔物が階段へ侵入することはない。が、例外もあり冒険者は気を抜くことはない。
「おお、海が近くに見えるぞ」
二階層へと辿り着きドアのない入口から見える風景に声を上げるドワーフたち。先ほどよりも海に近く砂浜が広がり波の音が耳に入り、遅れて姿を現した後続たちも声を上げる。
「海をちゃんと見るのは久しぶりね!」
「グンマー領を拠点としているとどうしても海は遠いからな」
「砂浜が多いな……足を取られないよう注意しろよ!」
「うへぇ~臭いがきつくなってる」
「こりゃ、索敵に鼻を使えないね。音も波の音が邪魔でアタイらに索敵は難しいかもしれないね」
コボルトで構成されている『月の遠吠え』たちは臭覚と聴覚を使い魔物の気配を察知しているところが多く『北の黒剣』のリーダーに進言する。リーダーは腕を組みパーティーメンバーの魔法使いに声を掛け索敵を担当させ、大楯と斧を持つ『赤鉄の斧』たちが二階層へと足を進め警戒しながら辺りの状況を確かめる。
「見えている範囲に魔物らしいのは大口ぐらいだ!」
「もしかしたらあの砂山にも潜んでいるやもしれん。注意しろ!」
「大口?」
「大きく口を開ける鰐だ。人などひと噛みで食いちぎられるぞ」
「噛み付いてから身を回転させ食いちぎってくるからな! 噛みつかれたら同じ方向へ体をまわし助けを待て!」
中々無理な事を口にする『赤鉄の斧』たちに顔を引き攣らせる冒険者たち。聖女はひとり海を見つめキラキラと乱反射する海面に目を輝かせている。
「海がしょっぱいという噂を確かめないとですね!」
聖騎士副団長のリリューロへ目を輝かせ話し掛けるが聖騎士団長であるルルエラは聖女の肩を確りと両手で押さえ走り出すのを先に封じ、リリューロは大きなため息を吐きながら辺りを警戒しつつ『北の黒剣』の後に続く。
「小さなカニや海藻が流れ着いているわ」
「げっ!? ニードルクラブだ! できるだけ水から離れて迎撃するぞ!」
鋭い棘が全身に生えている大きなカニがわらわらと現れ威嚇しているのか両手の爪を上げて広げ、細身の女性ならウエストごとチョキンと切ってしまいそうなほどの大きさに、素早く弓を構え援護射撃に入る『月の遠吠え』の弓使い。他にも遠距離攻撃が使える魔法使いからの風魔法や、『赤鉄の斧』たちが盾を構え一斉に走り出し一匹相手に盾で相手を押しながら手斧を使い関節を狙う。
「関節を狙えば容易い相手だ!」
「水面には近づくな!」
「くっ!? 大口も来るぞ!」
五匹ほどのニードルクラブとの戦闘に大口と呼ばれる鰐が参戦し、止めが刺せそうだったカニに食いつき得意のデスロールと呼ばれる噛み付きから体を回転させる捕食方法で灰が崩れ去るように消え、魔石とドロップアイテムである大きなカニバサミが砂浜に転がる。
「こりゃ、同士討ちを狙ってもいいな!」
「無駄口叩く前にカニの身を食われないようにしな!」
「カニは絶対に死守です! 聖騎士の皆さんも参加して下さい!」
カニの味を知っている女性冒険者と聖女からの激に冒険者たちは声を上げ、乱戦になりつつある現状を打破しようと剣を振るい弓を射る。中でも『北の黒剣』のリーダーは別格なのか、砂浜という慣れない足場でありながらも立ち回りロングソードを使いニードルクラブの足の関節を狙い切り落とす。
「大口は任せろ! こいつらは口を尻尾に気を付ければどうとでもなる!」
「鎖を使って口を塞げばすぐに終わるぞ!」
「合金製の鎖だ! 口を狙え!」
鎧代わりに太い腕に巻き付けてある合金製の鎖を使い、投げ縄の要領で大口の上顎に引っ掛ける『赤鉄の斧』たち。ドワーフは力のある種族で五メートルを超える大きさの鰐相手に綱引きをしながら相手の体力を削り鰐の口を封じると飛び上がり一斉に手斧を振り下ろす。ニードルクラブの方も『月の遠吠え』たちが素早い動きで翻弄し、それに合わせて『北の黒剣』のリーダーが一撃を入れながら討伐し、聖騎士たちはこれ以上魔物が戦闘に加わらないよう注意してドロップアイテムを集め聖女が暴走しないよう努める。
「これで最後だ!」
残ったニードルクラブを仕留め終わると索敵を担当する魔法使いがホット胸を撫で下ろし、まわりに魔物の気配がない事を伝えると砂浜から離れる一行。
「海辺には魔物が多いのかもしれないな。ほら、遠くにもニードルクラブが見える」
「先ほど気が付いたが水面に白い触手のようなものが見えたぞ。もしかしたらクラーケンなどもいるかもしれん」
「クラーケンだって!? そりゃおとぎ話に出てくる船を沈める魔物だろ!」
「ああ、そのクラーケンかもしれん。できるだけ砂浜には近づかず調査するぞ」
「あっ! お魚が跳ねましたよ!」
クラーケンという化け物クラスの魔物の話で軽く絶望しかけた冒険者たちの空気を一言でぶち壊す聖女ののんきな発言に一瞬イラっとするも、『北の黒剣』のリーダーは体を震わせ吹き出すように笑い出す。
「ぷっ、あはははは、聖女さまの豪胆さには驚かされますね。僕たちももっと冒険を楽しまないと冒険者として失格かもしれません! 気合を入れて皆で頑張りましょう!」
「そうだな! 俺たちは冒険者だ! 危険何て日常茶飯事!」
「冒険するのはいいけどよ、この臭いだけはどうにかならないかね。鼻が馬鹿になりそうだよ……」
どっと笑いが起き和やかな雰囲気に変わりやる気を漲らせる冒険者たち。遠くに見える三階へと続く階段を発見するのはこのすぐ後であった。
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