蟻人(アントマン)の静稀(しずき)
≪自分はレッドアントの静稀と申します。この度は自分の命乞いに耳を傾けていただき大変恐縮です≫
ペコペコと頭を下げるレッドアントの静稀。念話を体験した事のある者は当たり前のようにその脳内に響く声に頷くが、初めて体験するリンクスは目をパチパチとさせ不思議な体験に驚く。
「リンクスは一度落ち着きなさい。これは念話と呼ばれる会話方法です。こちらの声も認識しているようですし、発言を許可しますのでミスリル甲冑について説明を求めます」
驚いているリンクスを宥め、ティネントは静稀に視線を向けミスリル甲冑という今まで見たことのない空洞のあるジャイアントアントについて説明を求める。
≪これは自分の特殊のスキルを使い作ったものです。ここより北にジャイアントアントの巣があったのですが攻撃性が高く我々と戦争になり、レッドアントにマジックアント、アイアンアントたちで滅亡させました。ジャイアントアントはその大きな体躯と暴食によってこの辺りを荒らし、木々を無駄に伐採しては山崩れを起こす危険な魔物……自分たちはこの辺りの治安を守っただけで覇権を取ろうとしている訳では……≫
「ジャイアントアントを滅亡させるとは驚いたの」
「ええ、ドラゴンにも牙を向けるジャイアントアントを他のアリたちと協力して倒すとは驚きですね。それにスキルを使いジャイアントアントを模倣した口角を作るとは……」
「これって、こいつらの方が危険な存在じゃねーの?」
ナシリスとティネントが驚きの言葉を口にし、ペプラが危険だと認識したのかジト目を向けると、静稀は勢いよく首を横に振る。
≪自分たちは共存を求めただけです。ですが、ジャイアントアントは対話にも応じず好きに生きて破壊することを選びました……仕方なく戦うことになり、水脈を掘り巣ごと水に沈めたのです……何度も言いますが自分たちは共存を求めた結果です≫
両手を合わせ信じて欲しいとアピールする静稀。
「うむ、そこは信じても良いのだが、ひとつ聞いても良いかの?」
≪自分の知っている事ならすべてお話します≫
「うむ、では聞くが、名前を持っている理由を聞いても?」
魔物にとって種族名はあっても個体名を名乗る者は少なく、それは個という存在を強める。古龍などは親から名を付けられることがあるが、アリなどの大量に存在する種が個を主張することはまずなく、況してや念話を使い会話する手段を取る者はまずいないだろう。
≪名は自分で付けました。自分の名は前世で生きていた名をそのまま使っています。ああ、でも、これは自分だけで他のアリたちには理解されず……もしかしたら自分の種族が蟻人という種族だからかもしれません≫
先ほどまでは手を合わせ上目遣いで念話をしていた静稀だが、今は顔を伏せ少し悲し気なオーラを放っている。
「前世ですか。今日は何度も驚くことがありますね……」
「うむ、生まれ変わりという現象は前例もあり知っておるが……記憶を持ってアリに生まれ変わるとはの……」
「ん? 逃げていたアリたちが戻ってきたぜ。二回戦はじめるか?」
散り散りになって逃げだしたアイアンアントたちが戦闘をしていない様子に少しずつ戻り距離を置きこちらを見つめている。ペプラの指摘に首を左右に振り二回戦を否定する静稀。フリルは囲むように現れたアイアンアントの数に恐怖しているのかリンクスの後ろに隠れる。
≪二回戦とか本当に勘弁して下さい。自分たちは平穏に暮らせるだけで充分です。自分からはミスリルぐらいしか提供できませんが、敗戦処理として出せるだけ出しますのでどうかご勘弁を≫
そう念話をすると四本ある足を曲げ両手を地面に付け土下座ポーズで平伏する静稀。
「あの、ここへは冒険者ギルドからの依頼で調査に来ただけで、」
≪冒険者ギルド!? この世界には冒険者ギルドがあるのですか! マジですか! これって自分も冒険者になって無双が……いえ、アリの冒険者とかきっと君が悪いと難癖を付けられ……≫
冒険者ギルドという単語に反応し顔を上げるがすぐにテンションを下げ、頭も下げる静稀。
「えっと、冒険者登録はわかりませんが獣魔登録ならできるかな? それよりもミスリルの鉱脈があるのですか? ジャイアントアントの甲殻を模したアレはミスリル製ですよね?」
空洞になっているアイアンアントの甲殻を指差すリンクスに静稀は顔を上げて首を横に振る。
≪アレは自分のスキルで銀をミスリルに変えアイアンアントの甲殻を作りました。自分のスキルは鉱物を上位変換させ好きな形を作れるというもので、ジャイアントアントが我が物顔でこの辺りを支配していた事もあり奥の手として張りぼてですが敵を退けるのに使えると思い制作しました……あっさりやられちゃいましたが自信作だったのですよ≫
ジャイアントアントはその巨体もあってか威圧感があり危険な存在だと相手をひと睨みすれば大抵の魔物は逃げ出すだろう。そういう意味では有効だったのだろうが相手が古龍であり、修行のために戦いなさいとティネントから命令され戦ったリンクスとフリル。二人からしたら数で攻めるアイアンアントよりも、動きの遅いジャイアントアントの方が戦いやすかったのかもしれない。
「では、冒険者ギルドにはミスリルの鉱脈はなかったと証言しますね」
「うむ、鉱脈がないのであれば総報告するしかないの」
≪えっ、でも銀の鉱脈がありますし、自分のスキルを使えばすべてミスリルに変えることも……≫
リンクスとナシリスに顔を交互に向ける静稀。
「実際にないのでしょう? ならそう報告すれば良いのです。仮にあったとしても冒険者がここまで無事に辿り着き、更にはミスリルを掘り持ち帰るのは至難です。我々に依頼してこられても拒否しますので安心しなさい」
ティネントの言葉に状況を理解した静稀は大きく息を吐くと胸を撫で下ろす。
≪お気遣い感謝いたします。ミスリルが必要ならいつでもお声掛け下さい。希望の量を用意して見せます≫
深く頭を下げ感謝する静稀。ティネントは数度頷きリンクスもこれ以上戦闘が行われないだろうことに安堵しながらロングソードを鞘に収め指輪に収納する。
≪もし宜しければ我々の巣で女王さまに謁見されませんか? 感謝の印に自慢の巣の中やミスリル製品をお見せしますし、お土産にお好きなものをお持ち下さい≫
「女王への謁見ですか? アイアンアントの女王で?」
≪この巣にはアイアンアントとマジックアントにレッドアントが共存しています。他の巣とは違い衛生的に管理し共存する新しい形のアリをご覧いただけると思いますので、是非ともお越し下さい。地下は水脈や水晶などもありとても綺麗ですから≫
静稀の顔はアリそのものなのだがとても穏やかに見え、興味を引かれたティネントが「ええ、それなら見学させていただきましょう」と了承すると静稀は身を震わせアイアンアントたちに念話を送る。
≪仲間にも皆さまをご案内するとメッセージを送りました。ささ、どうぞこちらに≫
崩れた巣穴ではなく、それよりも奥にリンクスたちを招く静稀。話の流れから拒否できないと思ったリンクスはフリルに上着を掴まれながら足を進めるのであった。
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