ロングソードの扱いと聖女参戦
翌日、青い顔をしたペプラが最後尾を歩く絶界は青空が広がり、真剣な表情で右腕だけを龍状に変える練習をするフリル。ナシリスは杖に跨り低空飛行でゆっくりと進み、先頭はティネントが殺気を放ちながら足を進める。
「のう、剣はどうしたのだ? よもや忘れたわけではあるまい」
革鎧を着ているが腰にはナイフだけを装備しているリンクスにナシリスが問う。
「もちろん持って来ていますよ。でも、あの剣は長いので鞘から抜くのも大変で、指輪に入れてすぐに取り出せるようにしています。ほら、こうやって」
指輪の収納から剣を取り出すリンクス。ロングソードを一人で抜くにはそれなりにコツがあり、緊急時に上手く抜けませんでしたでは話にならないと指輪に収納することにしたのである。
実際、背中にロングソードを装備し緊急時に抜くのは難しく、腰に差しても鞘から抜くまでには時間が掛かる。いっそのこと指輪の収納に入れ必要な時に素早く剣を取り出し両手で鞘から抜いた方が早いとリンクス自身で気が付いたのである。
「うむ、慣れないうちはそうかもしれんの。その剣を使っておったアレックスも同じように背中や腰には装備せず両手で持っておったの」
「そうなのですか?」
「その剣はアレックスが設計して作ったからの。普通のロングソードよりも重く長く作らせておる。鞘から抜こうとして何度も指を落としそうになったからの」
「指を落としそうにですか……それは怖いですね……」
笑いながら話すナシリスに対して顔を青ざめるリンクス。最後尾を歩くペプラは二日酔いで青い顔をしているが状態異常回復ポーションを「苦いから嫌だ」と飲むのを拒みフラフラと足を進めている。
「少し慣れてきたのかな……素早くでききて、ん? 人の気配?」
腕だけを元に戻す練習をしていたフリルが何かに気が付いたのか声を上げ、ティネントが殺気を放っている事もあってか悲鳴が木霊し、その直後にはガサガサと木々が揺れ走り出すティネント。ナシリスも飛行スピードを上げ、リンクスは指輪から剣を取り出して両手で抜くとまわりを確認しながらスピードを上げ、アワアワしていたフリルは顔色の悪いペプラの背中に付く。
「お姉ちゃん!」
「静かに頼む~頭が割れる~飲まなきゃよかった~」
まったく緊張感のないペプラの背中で異変に覚えるフリルは背中を押しながら先を行くリンクスたちを追い掛けるのであった。
西の門には冒険者たちが集まりシェルパと呼ばれる荷物持ちたちが馬車に荷を運び入れる。既にダンジョンの場所が特定されている事もあってか、緊張感があるがどことなく余裕を持つ冒険者たち。
依頼もダンジョンの攻略ではなく調査となっており、三チーム合同で階層にある資源や魔物の情報を持って帰るのが仕事であり、危険だと感じたら撤退も許可されている。
「この前の絶界調査と同じような顔ぶれだよな」
「シェルパたちも見知った顔が多いなぜ」
「俺はまたティネントさんの料理が食べたいな……」
コボルトで構成された冒険者チーム『月の遠吠え』のリーダーが耳をピコピコとさせながらパーティーメンバーに先日の絶界調査の事を思い出して声を掛ける。
「あの時は死ぬかと思ったが、あの料理は美味かった」
「『水遊び』の実力も知れたのも大きい収穫だった」
「酒を大量に買って帰ったらしいぞ。ドワワラが喜んでいた」
ドワーフ三人で構成される冒険者チーム『赤鉄の斧』たちも『月の遠吠え』の話に加わり言葉を交わす。この二つのチームはどちらも冒険者ランクがCと中堅であり、グンマー領を起点に活動しており領主であるケンジも一目置いている。
「僕もあの時はダメかと思いましたが……あの模擬戦で見た水球の打ち合いは凄かったですね……今でも夢で見ますよ」
「水球を使ってアーマードベアを逃げながら倒したのも驚いたわ。私は水属性の資質がないから羨ましかったわね……」
「大賢者ナシリスさまの魔術も凄かったわ。剣を使い魔道砲でアーマードベアの硬い筋肉を貫いたんだもの。魔導士の憧れね」
更に人族で構成された冒険者チーム『北の黒剣』が加わり絶界での話に盛り上がる。『北の黒剣』はBランクと三チームの中では頭ひとつ抜き出ており、今回のダンジョン調査の指揮を取っている。
「冒険者の皆さま方、この度は宜しくお願いしたします」
そう口にしたのは白地に金糸の刺繍が入るシスター姿で聖女と呼ばれる立場にあるものであり、後ろには白銀のフルプレートの鎧をまとった騎士たちが続く。
「これは聖女さま、この度の調査に協力していただき感謝します」
「いえ、これもまた神の思し召しです。勇者ケンジさまのお力になれることを嬉しく思います」
微笑みを浮かべる聖女に『北の黒剣』のリーダーが顔を赤く染め、取り巻きたちの機嫌が若干悪くなる。
「ほら、手が空いているものは物資の搬入を手伝いなさい!」
「早く調査をして早く終わらせるわよ!」
本来ならシェルパの仕事を手伝う冒険者は少ないが絶界で互いに協力して生き残った仲間意識があるのか『赤鉄の斧』や『月の遠吠え』たちも率先して馬車へ荷物を運び入れるのを手伝い作業を終わらせる。
西の門には8台の荷馬車が集まりゆっくりと動き出す。
先頭は馬に乗った『月の遠吠え』たちが索敵をしながら進み、その後を馬車に乗り込んだ冒険者たちと最後尾には聖女を乗せた馬車と聖騎士の騎馬隊が守るように進む。
馬車と騎乗した冒険者に聖騎士たちと多くの者たちが集まった事で魔物たちの気配は消え、索敵をしながら逃げる魔物たちを確認する『月の遠吠え』たちは安堵の表情を浮かべながら目的の場所へと向かうのであった。
「行ったな……上手く行けばいいが……」
丘の上にある領主館のサロンからその様子を確認したケンジは横で口を尖らせているラフィーラへ視線を向ける。
「いつまでもへそを曲げていないで訓練でもしてきたらどうだ?」
「へそなど曲げていません! それよりも聖女さまや聖騎士さま方までも参加なさるのはどうしてなのですか? 教会がダンジョンの所有権を主張するような事はないと思うのですが……」
「ああ、所有権は主張していない。が、神託によってもたらされた情報というのが大きいらしい。俺はその場にいて創造の女神シュレインからダンジョンの情報を聞いたが、神託によって聖女や教会へ伝わったらしいかな……リンクスが創造の女神から祝福された情報も流れたと見て間違いないな……」
「それで聖女が出張って来たのですね……」
「まあ、こちらとしても傷ついた冒険者やシェルパに兵士たちを回復してもらえるから問題はないが、リンクスの事を思うとな……」
「女神シュレインさまから祝福を受けたとなれば教会が囲い込みをすると?」
「そうしないように神託を下ろしたらしいがな。あの女神は抜けているからな……俺の時だって魔王討伐を頼んでおいて寄こした剣と鎧に魔力制限が掛かっていたしな」
「魔力制限ですか?」
「ああ、一定以上の魔力がないものには切ることもできない鎧と、重くて持つ事すらできない剣だったよ。まあ、俺も激戦を経て成長し装備ができるようになったがな。この世界に来たばかりの時は絶望したっけ……」
昔を思い出すかのように視線を空へと向けるケンジ。その横でラフィーラは米粒よりも小さくなってゆく馬車を見つめるのであった。
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