釣りと冒険者ギルド
第二章のはじまりです。読んでいただけたら幸いです。
キラキラと乱反射を繰り返す湖面へ糸を飛ばすリンクス。買ったばかりの竹製の釣竿にはエンチャントが施され強度が数十倍へとグレードアップし、糸の先には羽虫に似せた毛鉤が水面を数度叩くよう竿を前後に動かして湖面に落ちた羽虫を演出する。
「釣れないな……」
ぽつりと呟くリンクス。
「やった! また釣れましたよ~」
電信柱ほどの間隔を開け、小ぶりなイワナを釣り大きく手を振るフリル。
「もう五匹も釣ったな! フリルは偉いぞ!」
「………………」
数十秒ほど待ち竿を上げまたキャストを繰り返すリンクス。その表情は真剣そのもので糸から伝わる感触に集中する。
「おっ!?」
湖面に波が立ち毛鉤を餌だと思った魚が突き、糸から竿へ、そして手へと伝わったことで毛鉤でも釣れると確信を持ち、タイミングを合わせるべく更なる集中をする。
「やった! また釣れた!」
先ほどよりも大きなイワナを釣り上げキャッキャと喜ぶフリルに一瞬目を奪われ、肝心な合わせを失敗し竿を上げる大きなため息を吐く。
「残念だったな! フリルはよくやった! 夕食が楽しみだな!」
「うん!」
大きく頷き釣りたてのイワナを木をくり抜いた桶へと入れ、リンクスは仕掛けを変える。先ほどの毛鉤ではなく硬くなったパンを小さく千切り湖面へと撒き、釣り糸には千切ったパンを少し濡らして確りと釣り針に固めて湖面へと入れる。
「結局いつもの方法かよ……」
「だって見ていろよ……ほら、きたっ!」
池に釣り針を入れ五秒ほどで竿が弓なりにしなり力を込めるリンクス。
「ここの池の魚はパンが好きなんだよ! こりゃ大物だぞ!」
「折角買った毛鉤やグネグネしたので釣ってこそじゃないのか?」
「そういう拘りで、夕食のおかずが、少なくてもっ、いいのかよっ!」
腰を落とし力いっぱい竿を立て池に引きずり込まれないよう抵抗するリンクスを余所目にペプラは冷めた視線を向けている。
「やった! 少し小さいけどまた釣れた!」
フリルは手の平サイズのナマズを釣り上げ喜んでいる。
「くっ! こっちもナマズだ! この引き方はハクレンかも、ももも、持ってかれる!!」
ずりずりと足が引き込まれ力を入れて腰を落とし抵抗するリンクス。
「仕方ねぇな~ほら、手伝ってやるよ」
後ろからリンクスの腰を持ち引っ張るペプラ。古龍種ということもあってか人化した姿でも馬鹿が付くほどの力があり楽々と後退するが、前と後ろから引っ張られるリンクスに掛る力もそれ相応のものとなり、苦悶の表情で竿を握る力を強めながらも腹筋に掛る痛みに耐える。
ザバンと音を立て湖面から飛び出したナマズは二メートルほどの巨大なものでエンチャントを施していなければ竿も釣り針も折れていただろう。
「こりゃ食べ甲斐があるな!」
地面へと引き上げた巨大なナマズに喜びながら拳で止めを刺すペプラ。リンクスは吹き出す汗と痛みからの解放に安堵しながらも、高い金を出して買った毛鉤よりもカチカチのパンの方が食い付きの良い事に不条理さを感じ何とも言えない表情を作る。
「ん? どうした? 痛いところもでもあるのか?」
手刀で止めを刺したペプラがケロッとした顔でリンクスに尋ね、フリルは巨大なナマズを竿で突いている。
「痛みは大丈夫だけどさ、買った餌よりも食べ残しのパンの方が良く釣れるからさ……不条理だなと……」
「そりゃティネントが作るパンが美味しいからだろ。オレだって偽物の料理よりも本物のパンの方を食べるぞ」
それは正論ではないかもしれないがリンクスは「確かに……」と呟き、フリルは会話を聞きながら肩を揺らす。
「これだけ大きいと料理するのも大変そうですね。ティネントさまに知らせてきた方が良いですかね?」
「ああ、頼む。これだけ大きければ食べ甲斐もあるよな!」
ペプラの言葉に走り出すフリル。家はすぐそこなのですぐにでも戻ってくるだろう。
「食べ甲斐よりも食べきれるかだな。最悪は指輪に収納すればいいが、やっぱり毛鉤で釣りたいな……」
変えた仕掛けを見つめるリンクス。
「でも、連れれば一緒だろ?」
「結果は一緒かもしれないが、そんなこと言ったらペプラが湖面を叩くだけで気絶した魚が浮いてくるだろ。それと同じだよ。折角高い金で買ったんだからさ、これで釣りたいんだよ……」
「う~ん、リンクスがやりたいようにあればいいんじゃないか? もう夕食分は十分にあるからさ」
そう口にしながら止めを刺した巨大ナマズの額をペチペチと叩きヌルヌルする表面に顔を歪ませるペプラ。リンクスはそのリアクションに笑い声を上げながら仕掛けを戻し、毛鉤で湖面を叩く。
「これはまた見事なナマズを釣り上げましたね。疑似餌と侮っていましたが、」
「パンで釣ったぞ!」
フリルと共にやってきたティネントが驚きの声を上げるがすぐにペプラが訂正し、リンクスはそれを耳に入れながらも釣りに集中する。
「なるほど、それで意地になって……ふふ、フリルはナマズの解体を手伝いなさい、ついでに料理も教えましょう」
「本当ですか!?」
「ええ、あの木に吊るして解体します。持ってきなさい」
巨大ナマズを竿で突いていたフリルはパッと笑みを浮かべると竿を放り出し、元の姿へと変わり巨大ナマズを片手で掴み上げる。ペプラほどではないがそれでも古龍の姿へと戻ったフリルの大きさは十メートルに届く勢いであり、風を司る一族らしく宙に浮きティネントに従い巨大なナマズを運び、ガックリと肩を落とすリンクス。
「ん? どうした?」
竿を片付け始めたリンクスを不思議に思って声を掛けるペプラ。
「古龍が姿を現したのに魚が釣れると思うか? ほら、ウコッケイたちも鶏舎の中へ逃げて行ったよ……はぁ……」
大きくため息を吐きながら竿を片付けるリンクスに「ああ、そりゃそうか」と同意し、フリルが釣った魚が入れてある木をくり抜いて作った桶を持ちリンクスと共に道具を片付け、解体を始めたティネントとフリルの元へ向かうのであった。
冒険者ギルドの会議室ではギルドマスターを前に三組の冒険者チームのリーダーが席に着き説明を受けていた。
「事前に呼び出していた通りに明日、西側を探索しダンジョンの探索を行うこととする。領主さまの言葉通りにダンジョンが見つかったからな……これからはグンマー領は大いに忙しくなるぞ」
ギルドマスターの言葉に拳を握り締めつつも尻尾を左右に揺らす『月の遠吠え』のリーダー。種族がコボルトということもあり小柄だが愛嬌のある耳や尻尾とは裏腹にCランクの実力者である。
他にもこの場には『北の黒剣』と『赤鉄の斧』と呼ばれる冒険者チームのリーダーがおり、金髪の碧眼のイケメン戦士とゴツイ顔にひげを蓄えた歴戦の勇士が席に着き、合同で行われるダンジョン探索に静かに心を躍らせている。
「事前に第一階層だけは確認済みだがフィールド型のダンジョンだ。中は広く手付かずのダンジョンなだけあってどんな危険があるかわからん。攻略ではなく調査ということを自覚してくれ」
「それはもちろんですが、攻略してしまっても構わないのでしょう?」
「無理のない範囲でだがな」
「ガハハハハ! 頭角を現してきた『北の黒剣』と探知に優れた『月の遠吠え』がいるのならそれも可能かもしれんな! ガハハハ」
「探知は得意だけど、ダンジョンは罠もあるから俺たちは無理をしないぞ。仲間の安全が第一だからな」
「はい、自分たちも絶界での無力さを感じたばかりです。無理だけはせず仲間の安全を第一に考えますよ」
「ああ、ありゃ地獄だったからな。『水遊び』や大賢者さまでもいれば違うかもしれないが、俺だって無駄死にはごめんだ。でもよ、未開のダンジョンの出現は胸が躍るぞ! ガハハハハ」
会議室に木霊する笑い声にギルドマスターは若干の心配をしつつも、本当に見つかったダンジョンの探索に同じように胸を躍らせ、明日に迫った調査隊の派遣に期待するのであった。
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