真夜中の剣閃
「やっぱり眠れないや……」
月明かりの入る一室で身を起こしたリンクスは視線の先にある勇者ケンジから受け取った剣へ視線を向ける。黒い鞘には金細工が輝きグリップに使われている革は新品なのか美しい光沢を月明かりに浮かばせている。
「少しだけ振ってみるかな……」
ベッドから降りたリンクスはパジャマ姿に上着を羽織ると剣を手にして部屋を出る。脳裏に剣を持ち歩いていては不審者として扱われるかもしれないと思い左手に持ち替え指輪に収納しながら長い廊下を進みカギを開け外へと向かう。
「ここなら邪魔にならないよな」
ひとり呟き中庭のロータリーの前で足を止める。外は月明かりのお陰で明るく丁寧に整備された砂利の敷かれた地面や彩のある花々。木々の間や庭石の隙間から薄っすら光を発する精霊のような存在を感じつつも、指輪の収納から取り出しロングソードに手を掛ける。
「これって抜き方とかもあるんだよな。背中や腰に固定しても簡単に抜けるのかな……それにしてもやっぱり重いな……」
リンクスが手にしているロングソードは長さが一メートルと少しあり、作りもミスリルと黒曜鉄の合金で作られ鞘にも特別な加工がされているのか総重量は十キロ近くあり、ずしりとした重さを感じつつも鞘から抜き去ると黒く美しい刀身が姿を現す。刀身には魔剣特有の溝が掘られ魔力が流しやすい構造やワイバーンをイメージして装飾された金細工の鍔が目を引く。
「鞘は収納しておけばいいか……剣だけでも重いがケンジさんがいうには魔力を流すと軽くなるんだよな……おお、これなら軽く振れる!」
剣に魔力を通すと掘られた溝が青く輝き刀身にも薄っすら光を帯び月明かり以上の明るさに目を輝かせる。刀身だけでも五キロ以上の重さを感じていたリンクスだったが魔力を通し軽くなったそれは片手で扱えるほどに重さを感じず子供のように喜びながらブンブンと振り回す。
本来のロングソードよりも重く作られ二倍以上の重量があるが、魔力を通すと一キロほどになる重量軽減というエンチャントが施されている。他にも劣化防止なども施されており魔剣としてはありふれた物だが、何よりもリンクスの手に不思議と馴染みテンション高く体を動かし始める。
ロングソードを片手に持ち上から下へと振り下ろすと風を切る音が響き、両手に持ち左から右へと薙げば光の筋が美しく、突きを放てば自身の気持ちすら一緒に放たれるような気さえしたリンクスは剣に身を任せロングソードを自由に振り続ける。
そんな姿を同じように眠れないラフィーラが窓辺から見つめ驚愕していた。
「あ、ありえない……リンクスさまは剣を教わったことがないと……どうしてあのような動きが……魔力を通すと重量が軽くなると耳にしましたが、あのスピードで振り続けるとか……それに踏み込みだって……嘘、あれは私の突き………………」
昼間に戦い散々リンクスを驚かせた自身の突き技を完全に模倣した姿を見つめ唖然とするラフィーラ。五才の頃から木剣を持ち玩具代わりに育ち、騎士や警備隊と共に剣を教わり過ごしてきた中で考え付いた突きによる連撃をあっさりと模倣するリンクスの姿に驚くのも無理はないだろう。
「いま剣が二重に見え……ありえない……一度で二振りの斬撃……」
ラフィーラの目に映るリンクスの剣技は今日始めて剣を手にしたものとは思えない卓越した技量を思わせ、鳥肌が浮かぶ自身を抱き締めながらその動きを見つめる。魔剣特有の輝きで素早く振られる剣線が見えやすくあるのだが、その輝きは一振りで二本の線を宙に浮かばせ速度は更に上がる。
「ありえない……ありえないです……アレはまるで……数十年剣を振り続けた戦士のよう………………私だって剣の才能があるといわれてきましたのに……」
月明かりと魔剣の輝きが中庭を照らし映し出されるリンクスはとても楽し気に剣を振るう。が、見るものから見ればそれはあまりにも洗練された動きであり、つい先ほど始めて剣を手にしたものができる動きとは到底思えず、剣士であるラフィーラが自身の技量と比べるのは仕方のない事だろう。
「やっぱり体を動かすのは楽しいよな……精霊たちも興味があるのかな?」
薄っすらと輝き剣を振るリンクスに興味があるのか隠れていた精霊が顔を出す。教会で見た蛇のような精霊や鳥の姿をしたものにカエルや空を泳ぐ魚など、他にも姿が光るピンポン玉のような希薄な存在や、ニヤニヤと笑みを浮かべ肩に剣を担ぐ勇者ケンジの姿もあり動きを止めるリンクス。
「いつから……」
「ついさっきだよ。窓から見えて楽しそうだなと思ってな。始めて剣を手にしたとは思えない動きだな」
ニヤニヤとしながらもリンクスを見据える勇者ケンジに褒められているのか、それともこんな時間に中庭を使って起こしてしまったのではないかと心配になりながら口を開く。
「すみません。起こしてしまったようで……」
「いや、まだ仕事をしていたからな。領主ってのは書類関係の仕事が山のようにあってな、自由なナシリスが羨ましいよ……それよりもどうだ? 手合わせするか?」
肩に担いでいたロングソードを構える勇者ケンジに「お願いします」と口にするリンクス。
「俺は手加減するからさ、全力で来い!」
「はい! お願いします!」
互いに正眼に構える姿にラフィーラは小刻みに震えながらも瞳は瞬きすることなく両社の動きを目に焼き付ける。
先に動いたのは勇者ケンジで滑るように地面を蹴り左から右へと剣を払い、リンクスはそれを受けることなく一歩下がり上から下へと振り下ろす。寸止めする心算で放ったリンクスの一撃は金属音と共に防がれ、火花が浮かぶと同時に腹部にきつい一撃を受け後ろへと吹き飛び、蹴られたのだと実感しながら剣を地面に刺し転倒を免れる。
「おいおい、手加減するのは俺だからな。初心者が上級者に気を使うなよ……寸止めしてくれるのは有難いと思うがな、十年早いんだよ!」
地面を蹴り一気に加速する勇者ケンジ。リンクスは地面から剣を抜き慌てて構えを取りケンジからの言葉に、確かにそうだよな。始めて剣を取った俺よりもこの地を開放させた勇者が弱いわけがないよな! と心の中で納得し、受け取った剣に恥じないよう全力で向うと心に決め地面を蹴る。
「覇っ!」
互いの掛け声が重なり上段からの一撃と横薙ぎの一閃が重なり高い金属音が中庭に響く。
「すごい! お父さまの重い剣を真っ向から打って弾いた!」
こっそりと窓辺から様子を見ていたラフィーラであったが、いつしか叫ぶように声を上げ闘技場で観戦しているよう気持ちを高ぶらせていた。次々に繰り出す父である勇者ケンジの剣戟を真っ向から迎え撃つリンクス。火花散る両者の姿にいつしか驚きや嫉妬心が消え失せ、ラフィーラ自身は手を握り締めて目を見開きこの瞬間を脳裏に刻み込む。
「楽しいな!」
「はい!」
どれ程の時間が経過したか、二人は互いに繰り出す一撃を受けながら汗を流し自然と笑みを浮かべ、火花越しに打ち合う。
が、決着は思いもしない形でつく事となった。
「何時だと思ってるのっ!」
中庭に響く叫び声に体が硬直し、次の瞬間には勇者ケンジとリンクスの頭の上に水球が命中する。
声の主はケンジの妻であるラフテラであり、明かりのついた窓辺から鬼の形相でケンジたちを見つめ、その後ろにはキラリがジト目を向けている。
「こりゃ説教コースだな……ここまでだ。はぁ……」
「すみません。夜中なのに相手にしてもらい楽しくて……」
「楽しい? ああ、楽しかったな! またやろうな!」
ずぶ濡れになりながらもリンクスに向けニッカリと笑うケンジ。
「だからうっさい!」
二発目の水球がふたりに放たれたのは仕方のない事だろう。
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