リンクスの秘密2
廊下を進むケンジが足音に気が付き振り返ると後を追って部屋を出たナシリスのニッカリとした顔があり足を止める。
「一緒に待っていれば良かったのに、態々追って来たのか」
「うむ、少し思う所があってな……ほれ、歩きながら話すとしようかの」
「ああ、そうだな……」
長い廊下を歩きながら口を開くケンジ。
「リンクスには強くなろうという気概があまり感じられなかったが、さっきの表情を見ていると昔の自分を思い出してな……」
「うむ、嫌々とまでは言わんが強くなることに貪欲ではないの。それこそアレックスとは全く逆だの。あ奴は強くなるためにワシに喧嘩を売り、お前にも噛みつき……ティネントにもボコボコにされても決して諦めず戦いを挑んでおったの」
「ああ、あいつこそ勇者だと今でも思っているよ。北の白き魔王と戦い俺を庇ってくれた事には今でも感謝しているし、俺の剣の師であり、最高のライバルだった……」
「うむ、あ奴の笑い声は今でも耳に焼き付いておる……いつかひょっこり現れケラケラと笑いながら現れるんじゃないかとの……」
「そうだな……っと、この部屋だ。入ってくれ」
カギを掛けていないのかドアを開け中に入るケンジ。ナシリスも後に続き足を踏み入れる。なかはそれなりに広く取られグンマー領の歴史と書かれた資料が壁に掲示され、この街の名産品などが展示されている。酒や水あめに魔道列車の心臓部にあたる動力部のレプリカが飾られているのだが、その一角でひときわ目を引く日本の展示物の前へ足を向ける。
「ん? 変わった剣を飾っておるの」
「ああ、これはレプリカだな。本物はこの下だ」
そう口にしたケンジが枝分かれした鹿の角に乗せられている長さの違う二本の日本刀を外し壁に立て掛けると、鹿の角を持って力を入れ引き上げる。ゆっくりと上がる鹿の角の下には空間が現れ装飾された一本の剣が姿を現すとそれを取りナシリスに手渡し、元に戻し日本刀も飾ってあった通りに戻す。
剣を受け取ったナシリスはその手に収まったロングソードを見つめ薄っすら涙を流し、元の持ち主である戦士アレックスを思い出していた。
「苦しい時ほど笑い、誰よりも逞しく、ワシの前に立つ姿は戦士そのものであったの……」
「ああ、あいつよりも勇ましい奴を見たことはないな……まあ、その勇ましさをうっとおしくも思ったが、いなくなると寂しく感じるがな……北の白き魔王を討伐できたのもアレックスのお陰だったよ……」
「うむ、その魂を魔王と融合させるとは思いもしなかったがな……で、どうなのかの? 少しは魔王の怨念なりは安らかになっておるのかの?」
剣を手にしていたナシリスは窓から見える外へ声を掛け、光が集まったと思ったときには人型へと変わり姿を現す女神。
「気が付いていたのですか?」
「いや、感じゃが、暇しておるのなら声ぐらいは届けてくれると思うたまでだの」
ナシリスの言葉に微笑みを浮かべる創造の女神シュレイン。勇者ケンジは訝し気な瞳を向ける。
「そういやプライベートや人権なんてものはこの世界になかったな……それで、リンクスの中に眠る白の魔王はどうなんだ? まだリンクスが生まれて十五年しか経っていないが少しぐらい痰飲を下げてくれたのか?」
「どうでしょう。確かに私が北の魔王と亡くなったアレックスの魂と融合させ、輪廻を巡りその怒りを鎮めようとしましたが……リンクスの魂自体が争いを好まないように見えますから……怒りを爆発させ我を忘れない限り問題ありませんね。
ふふ、あの子も先ほどは適当に戦った事を後悔していましたが、それも成長なのでしょう」
「うむ、リンクスにしては珍しく反省しておったの」
「同世代に負けるのは悔しいからな。しかも、それが女なら男としては思う所があったんだろうな。まあ、うちの娘は優秀だからそこは仕方ないにしても、リンクスにやる気があるのならこの剣を持ち主に返したいと思ってな……」
「持ち主に返すですか……魂が融合し別の人物になりましたが半分はアレックスですから、それも正しき行いなのかもしれませんね……」
「ほれ、重くてかなわん。この剣はお前が渡してやれ」
そう口にしながらケンジへと剣を渡すナシリスは涙の跡を袖で拭う。
「ああ、何なら使い方も教えたいが、ティネントは素手だから剣の扱い方は教えてないだろ?」
「うむ、ワシも教えられるよう棍棒を基礎とした丈夫な杖にしたからの。剣の扱いは飛び道具として魔力で打ち出す方法しか知らん」
以前、アーマードベアを討伐した際に兵士が使っていた剣を拾い、エンチャントして魔力を使い強引に発射させ討伐した大賢者ナシリス。その威力は絶大だが剣自体がその強大な魔力に押し潰されてしまい、完全な使い捨ての武器へと変わるのが難点である。
「ミスリルと黒曜鉄の合金で硬く重いが、魔力を取り込むと軽くなり強度も更に増す魔剣。装飾はドワワラが施したワイバーンを模した金細工とスノーバードの赤い魔石……アレックスの形見の剣だからこそリンクスに使って欲しいと、ずっと思っていたよ……」
「うむ、まだちと早い気もするがの……」
「それだけ俺らが年を取ったということだろうな……」
剣の状態を確かめるべく剣を半分ほど抜き確かめるケンジ。その黒くも美しい銀が通る刃を前に微笑みを浮かべるナシリス。
「リンクスはまだまだ強くなるはずですから貴方たちが導くのですよ。ああ、それとこれは助言なのですが、ここから西の岩山に新しいダンジョンが生まれています。まだ5階層と浅いので潰すなり利用するなりしてはどうですか?」
「何っ!? ダンジョンだと!」
「これは好都合だの。そこでリンクスを鍛えても良いかもしれんの。昔は我らでダンジョンを荒らしまわり鍛えたものじゃしの」
「いやいや、ダンジョンとかこの街の近くにできたら、それこそ貴族連中からまた嫉妬されるぞ……はぁ……できたものは仕方ないにしても、新たな街をダンジョンの近くに作り冒険者ギルドに押し付けるか……」
大きなため息を吐き創造の女神シュレインからの助言に解決策を練るケンジ。
「好きにしなさい。それよりもアクアラがまた勝手に……少ししばいてきますので貴方たちも早く来なさい」
そう口にして光の粒子が崩壊するように姿を消す創造の女神シュレイン。残った二人は顔を見合わせ急ぎ部屋を後にする。
一方、ラフィーラたちが食事をしていた部屋では水の女神アクアラとティネントが手四つと呼ばれる姿勢で互いに手を合わせて力比べをしているかのような状況であり、その背には陽炎のような闘志が揺らいでおり、ペプラとリンクス以外は部屋の隅に逃げライセンとキラリがシールド魔法を構築している。
「この変質者はどうしてこうも可愛い息子を付け狙うのでしょう。いっそこの場で息の根を止めた方が良さそうですね」
「やれるものならやってみろ! 私がリンクスのママであるという証明に古いトカゲを一匹始末すれば済む話です! さぁ、可愛いリンクスよ! ママの雄姿を凝視するのです!」
双方からの言葉を耳に入れ頭痛を覚えたリンクスは顔を引き攣らせ、ペプラは笑いながらその状況を楽しむ。ある意味、一番平静なのかもしれない。
「水の女神程度が調子に乗るなっ!」
「老けたトカゲかっ!」
互いに罵り合いながらもその噴出される魔力は凄まじく、料理は吹き飛び、ガラスにはヒビが入り、ふすまや畳を吹き飛ばす姿に世界の終わりを感じるラフィーラたちであった。
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