すき焼きとリンクスの後悔
「生の玉子がこんなにも美味しいとは驚きですね……なぜ今まで隠していたのです?」
初めてすき焼きを食べたティネントが殺意の籠った瞳をケンジに向けると一斉に逃げ出す幼い金孤。母であるキラリや父であるライセンにラフォーレの後ろへと隠れ震え、フリルもペプラの後ろへとサッと身を隠し、流れで食事を共にしていたニッケラはプルプルと震え隣のラフォーレの裾を掴む。
「これこれ、ティネントが威嚇をすると他の者たちが怖がるではないか。ケンジも隠していたわけではあるまい?」
「ああ、もちろんだ。ティネントを驚かせたかったのもあるが、生で食べられる玉子を生む鳥やその量産体制に浄化と鑑定。すべてが揃わないと玉子の生食なんてできないだろ。安全に食べられない状態にするまでどれだけ時間が掛かったか……で、この玉子を生む鳥が番で欲しくないか?」
ニヤリと表情を変えるケンジ。ティネントはケンジからの視線に眉間に深い皺を寄せながらもコクリと頷く。
「なら、あの酒を譲ってほしい。味はもちろんだがラフテラにお願いされてはこれぐらいしか交渉方法がないと思ったからな」
「………………はぁ、良いでしょう。ですが、アレを一本飲むとどれだけの効果を発揮するかはわかりません。飲むにしても一週間は様子を見ながらコップに一杯ですからね。最悪は卵子と精子に戻り……なんて事になりますから……」
ティネントの言葉に頷くケンジ。その横ではラフテラがキラキラした瞳を向けて静かに頭を下げている。
「やっぱり女性は若返りたいものなのかね……」
小さく呟くリンクスにペプラは笑い声を上げる。
「そりゃ種族によって違うだろうが、長寿なエルフですら若返りを希望するんだ。そうなのだろうぜ。まあ、オレぐらいになれば年齢とか超越してるからな~」
「古龍種だからだの。ティネントとペプラの年齢は既に数千から数万だからの。自身の誕生日すら覚えておらんじゃろ」
「私が生まれたときに暦などありませんでしたが、何か?」
「オレだって生まれてからどれだけ経ったとか言われてもな。生きているだけで充分だし、今更毎年祝われてもな。オレはフリルが元気に育ってくれるだけで嬉しいからよ」
そう口にしながら後ろに隠れたフリルへと振り向き頭を撫でるペプラ。
「私もリンクスさえ立派に育てばそれで充分幸せです。そう、幸せですが、ラフィーラとの試合に負けたそうですね……しかも、馬乗りになり往復ビンタで決着がついたと……」
「それはワシも聞いたが水魔法はどうしても地面へ影響を与えるからの。滑って転ぶのも想定し戦うことが重要だの」
「訓練場は粘土質の土だったからな。草原でも濡れた足場に滑らせることも可能だろうが、術者でも気を付けないと転ぶだろうな」
「いえ、論点はそこではなく、それほどの水魔法を連発するリンクスさまが規格外なのですわ。水球だって百発を超える数を放出していましたし、水流で人が浮くほどの威力を出したのです! もし、中級以上の魔法を使われていたら私の勝ちなどあり得ませんでしたわ……手加減をなさったのですよね?」
ジト目を向けるラフィーラに、リンクスは言い訳をする事もなく残ったカレーを口に入れる。
「ちょっと、聞いています?」
「………………聞いてるし、すげー悔しかったよ」
ラフィーラに詰め寄られカレーを咀嚼し飲み込んだリンクスが声に出すと大賢者ナシリスとティネントは目を丸める。
「ほぅ……」
「リンクスが珍しい事を言いましたね。悔しいとはどういう風の吹き回しでしょうか」
大賢者ナシリスとティネントに興味深げに見つめられたリンクスは俯き静かに口にする。
「年が近いしやられ方も納得できなかったのもあるが、ラフィーラさんに失礼だったかなって……あの時こうすれば、あの間合いならこうした方が、剣を使っていたら変わったのか、水球や氷球に熱水球を使ったら、琥珀棍の使い方だってまだ納得できていないしさ……
自分なりには全力で戦った気がするけど、ティネントさんやジジイと戦う時とは違って、終わったら悔しい気持ちがこう胸の中でモヤモヤしてさ……次、戦うとしたら……」
喋り終わる頃には顔を上げティネントと大賢者ナシリスに視線を向け、ラフィーラはニヤリと口角を上げる。
「再戦ならいつでも受けます! あの試合は私の中でも得るものが多かったですし、リンクスさまが戦いに前向きになられたのは素晴らしい事ですわ! まあ、次も私が勝ちますけどね!」
胸を張るラフィーラは誇らしげな表情を浮かべながらも次第に頬を赤く染め顔を背ける。どうやらゼロ距離で押し倒して馬乗りになった事を思い出したのだろう。
「素晴らしい! リンクスが負けて悔しいと口にするのは初めてです!」
「そうだの。ワシに負けてもがっかりした背中を見せてはくれるが、口に出してまで悔しいということはなかったからの。こりゃ楽しくなってきたの」
「ええ、その通りです! 悔しい気持ちがある内にこれから母である私と特訓しましょう!」
「なら、オレもやる! たまには人型じゃなく龍の姿で戦いたいしな!」
盛り上がる大賢者ナシリスとティネントにペプラだが、領主であるケンジが待ったの声を掛ける。
「おいおい、頼むからやめてくれ! もう外は夜だしお前らが本気で戦ったら街がめちゃくちゃになっちまう!」
「では、すぐに絶界へ帰って、」
「それも待ってくれ! 冒険者ギルドからの支払いもまだだろ。それに明日の朝食は特別なメニューを用意しているからさ。俺ができる最大限の朝食を用意する心算だから明日までは大人しくしてくれ」
両手を合わせて頭を下げる勇者ケンジに眉間の皺を深くするティネント。ペプラも戦えると思ったのに横槍を入れられ顔を歪めるが、リンクスはホッと胸を撫で下ろす。
「ペプラと手合わせするのはよいが、龍の姿で戦うとかはダメだからなの。リンクスの体が持たんし、折角出たやる気がお前の風に吹き飛ばされるからの」
「そこはちゃんと手加減して……殺さないよう気を付けるからさ」
ペプラも両手を合わせて頭を下げるが、リンクスは顔を引き攣らせる。
「手加減しないと殺されるとか……それは修行の域を越えていますわね……」
「そうか? ラフィーラだっけ? 一緒にどうだ?」
手を合わせていたペプラはニコニコと笑顔に変え提案するが、首だけが飛んで行きそうなほど首を左右に往復させるラフィーラ。
「頼むから娘を誘わないでくれ……そういや、さっき剣がどうのとか言ってたよな? あの光る杖もいいが、剣を覚えたいのなら特別な剣を譲ってやろうか?」
勇者ケンジの特別という単語に目をパチクリさせるリンクス。剣はティネントに用意してもらおうと思っていた事もあり即答できずにいると、大賢者ナシリスが何やら思い出したのかケンジへ向け目を細める。
「今から取ってくるからさ、手に取って使うか決めたらいい」
そう言葉を残し立ち去るケンジ。その後を黙って追う大賢者ナシリス。
「剣なら私の抜けた牙を使えば良いものが作れます。特別な剣がどれ程か知りませんが母である私が用意すべきでしょう」
「古龍種の牙を使った剣とか最強間違いなしだな!」
「最強というか、そんなのを手にされては私が勝つ事などできる気がしませんが……」
「間違いなくお嬢さまは武器ごと真っ二つにされると思いますよ」
赤くしていた顔を青く変えるラフィーラ。リンクスは特別という単語に心躍らせケンジの帰りを待つのであった。
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