ペプラとフリル
勇者ケンジが西門に集まった住民や商人たちに対し領主として問題はないと演説めいた説明をするが龍をその目に見た商人の目は金貨へと変わっており、頭を掻きながら「古龍種を討伐するとか俺には無理だからな。俺が北の魔王を倒せたのもその古龍種の仲間に手伝ってもらっての事だ。その古龍種と敵対したいのなら場を設けるから戦うか?」という言葉に商人たちは商機ではないと実感したのか肩を落として去り、住民たちには「こちらから手を出さない限り優良な存在であるから安心してほしい」と演説したことで安心したのか散り散りに去る。
そんなやり取りの間に門の裏では街で買った蜂蜜漬けにした果実をペプラとフリルに食べさせていた。
「これヤバイな! 前にティネントが似たものを作ってたけど、それよりも味は良いかもな!」
「姉さま、美味しいですね」
「ティネントが作ったのは世界樹の蜂蜜漬けだの。これはこの辺で採れる果実を使って蜂蜜で煮たものだろう。やはり女を黙らせるには甘味に限るの」
ペプラは豪快にスプーンで口に入れ笑みを浮かべ、フリルも一口食べては頬に手を当てその味を堪能している。大賢者ナシリスがいうように女性に甘味好きは多く古龍種である二人も例外なく甘味が好きであり、それを条件に大人しくさせたのである。
「ケンジが集まった住民たちに説明し馬車を呼んでくるからの。大人しくしておるのだぞ。特にペプラは龍の姿に戻るでないぞ」
「ん? ああ、戻らない戻らない。龍の姿じゃなくてもそれなりに戦えるしさ。リンクスにだって引きを取らないからな~あむあむ」
「そりゃペプラは風を扱うのが得意だか、ヘックシ! 寒っ!」
「これ、ペプラよ。食べるばかりではなくこれから馬車に乗るのだからリンクスの水気を飛ばしてやれ。このままでは風邪を引きそうじゃしの」
「ああ、それぐらいお安い御用だぜ~ほら、温かい風にしてやるから早く乾かせ」
両手がスプーンと果実を入れた蜂蜜の瓶に埋まっているが無詠唱で温かな風が発せられるとリンクスは普段から使っている皮鎧を外して上着を脱ぎしぼり流れ落ちる泥水。ズボンも脱がずに軽くしぼり水気を飛ばしていると重厚な門が開き馬車と共に現れる勇者ケンジ。
「待たせたな。ん? 甘い香りにリンクスのセクシーショット?」
「ぶふっ!? 変なこと言うなよ! フリルはまだ成人していないんだからな! 私が変な事を教えたと広まったら天竜に睨まれちまうからな!」
蜂蜜を吹き出すペプラと頬を染めるフリル。リンクスはそれどころではなく靴を脱ぎ中に溜まった水を出したところで何かに気が付いたのか魔力を高める。
「はじめからこうすれば良かったな」
リンクスが魔力を高め右手に集中させると濡れた髪や服に付いた水分が集まり水球を形成する。これは魔方陣を使わずに魔法を使う応用技で近くにある水分を集め魔法が行使できるというものである。体に付着した水分を使い水球を形成させて自身を乾かすリンクス。
同じような方法で池の水を使い水球や水流を使いペプラと遊んだことを思い出したのだろう。
「おっ、アレって……」
「うむ、環境魔法だの。ワシがアレをできるようになったのは三十代に入ってからだの……水属性に特化しておるが魔術の才能はワシ以上じゃの……」
「ラフィーラとの模擬戦では負けたと耳にしたが……手加減でもしたのか?」
リンクスの魔法の才能に感心する大賢者ナシリスと、急ぎここへとくる前にメリッサから勝敗だけを耳にした勇者ケンジは不思議に思い言葉にする。
「ええ、足元が滑って……手加減はしてないと思いますが、水球を使って窒息させるのは違うかなと思い……戦い自体は楽しかったですし後悔もありませんが、少しだけ悔しかったですね」
「なら、オレが仇を取ってやろうか?」
満面の笑みを浮かべそう口にするペプラ。その後ろではフリルもやる気なのかスプーンと蜂蜜を持つ手でファイティングポーズを取る。
「頼むからやめてくれ……あくまでも練習試合だからさ。どっちが勝っても反省点はあるし、互いに強くなろうという試合だからさ」
「そっか、それなら仇とかじゃないか……」
リンクスの説明に納得したのか蜂蜜漬けを口に運ぶペプラ。その様子にホッと胸を撫で下ろすケンジとナシリス。
「乾きました。少し砂っぽいですが大丈夫ですか?」
「ああ、あれは軍を派遣するときに使う馬車だから汚れても問題ない。帰ったらリンクスは風呂に直行だからな」
「ワシも今日は疲れたから風呂に入って寝たいの……」
「鯨は食べないのか? あれは本当に美味いのに~」
馬車に乗り込みながらペプラが口を尖らせフリルもその通りだと何度も頷き、勇者ケンジがドアを閉めると馬車は出発し領主館を目指す。馬車は広く重装備の兵士十人以上を乗せて走れるよう馬も六頭で引き住民たちからの視線を受け進み、あっという間に到着するとリンクスは風呂へと向かい、大賢者ナシリスがペプラとフリルを連れサロンへと向かう。
「ペプラよ。本当に暴れるのはなしだからの。フリルの嬢ちゃんも頼むからの」
「わかってるって、暴れたりしないから美味いものを食べさせてくれよ」
「はい、美味しいものが嬉しいです」
二人の返事に若干の不安を覚えつつもサロンの中へと入る三人。中では幼い金孤たちに囲まれるラフォーレとニッケラ。お茶を飲みながら寛ぐラフテラとラフィーラにキラリ。部屋の隅ではライセンとポールが大賢者ナシリスの帰りに目を丸くして驚く。
「ぺ、ペプラ殿……」
「これはまた……強者の気配が色濃いですな……」
「おっ、金孤も街に来てたのかよ! ちっこいのを連れて来て大丈夫なのか?」
「ふふ、ペプラこそナシリスに止められていたのに来ていいのかしらね?」
ペプラにジト目を向けるキラリ。二人の間で何やらバチバチと視線が交わされるがそんな二人視線を横切り幼い金孤たちの元へ向かうフリル。
「ふわぁ~可愛いですね」
「貴方は誰です? 私はラフォーレでしゅ……です……」
ソファーから立ち上がりスカートを持ち上げカーテシーを取るラフォーレ。幼い金孤たちは警戒しているのかラフォーレが広げたスカートの後ろやその中に隠れ、フリルも立ち上がり「フリルです。ペプラお姉さまの妹です」と頭を下げる。
「えっと、ニッケラと申します。ここから二つほど東にある町の領主です」
ラフォーレと同じようにカーテシーをして頭を下げると、フリルもカーテシーを真似て挨拶をして自然と笑い合う三人。それを見ていた大賢者ナシリスやラフテラは微笑みを浮かべ、大人気ない態度を取ったペプラとキラリは気まずそうになりながらも笑みを浮かべる。
「フリルお姉ちゃんも食べるです?」
自身が型抜きを手伝ったクッキーを進めるラフォーレに目を輝かせ頷くフリル。メリッサがフリルとペプラに紅茶を入れ、執事のポールは椅子を用意しテーブル席に腰を下ろすペプラ。フリルはラフォーレが勧めたクッキーを口に入れながらソファーに座り、恐る恐る顔を出した幼い金孤たちに微笑みを向けると尻尾を振りその手に額を擦り付ける。
「あら、驚いたわ。あの子たちが心を許すなんて……」
「古龍種に心を開くとは……」
「ん? 何でそんな顔をこっちに向けるんだよ……オレは懐かれなくてもフリルは純粋だから好かれるんだろ……何か納得いかない……」
幼い金孤たちに好かれるフリルからペプラへと視線を移すキラリとライセンにナシリスに口を尖らせ不満顔を浮かべるペプラなのであった。
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