それぞれの午後と翡翠棍(ひすいこん)
「コック長、あの人の視線が怖いのですが……」
「領主さまの許可が下りているから無下にできん。我慢してお前はスパイスを混ぜろ」
「は、はい……」
領主館の広い調理場では多くのコックが夕食の準備に取り掛かり熟成させた肉をカットし下味を付け、スープの仕込みなどをしているのだが、その様子を凝視しメモを取るティネントの姿に不気味さを覚えコック長にどうにかしてくれと懇願するコック。
「なるほど、最初にスパイスを引き混ぜることで香りを調和させるのですか……むっ、あちらは先にスパイスを入れ油で炒めて……作る料理ごとにスパイスの使い方も変えているのですね……」
ぶつぶつと呟きながらメモを取るティネント。コックたちはティネントの鋭い視線を浴びながら料理を続ける。
「絶界で生活をなさっているのですか……すごいですね……」
「うむ、どんな所でも住み慣れれば落ち着くからの。危険な魔物も多いが気の許せる仲間も多くおるからの。金孤たちもそうじゃし、エルフやラミアなどとも良くさせてもらっておるの」
「古龍種とも仲良くなれるのはお前とリンクスぐらいだろう」
「うむ、リンクスは特にそうだの。ここへ来る時もペプラが付いてくると煩いので特別な酒を持たせて帰らしたからの」
「また世界樹の果実を使った酒とか言わないよな……」
「うむ、世界樹ではなくベリーの酒だの。あれも美味いがこの日本酒とやらも美味いの。スッキリとした味が癖になるわい」
「果実水も美味しいでしゅ」
「ええ、ラフォーレちゃんが作ったクッキーもとても美味しいです」
貴賓室では緩やかな空気が流れ大賢者ナシリスと勇者ケンジに妻のラフテラとキラリ、ラフォーレとニッケラがお茶しながら話し合い、幼い金孤たちはひとつに固まりお昼寝中である。
「グンマー領は珍しい料理が多く驚きました。カレーという屋料理も先ほど頂きましたが美味しかったです。あれだけのスパイスを使ったら高額になりそうですがお手頃な価格設定で驚きました」
「カレーは販売許可や免許を導入しているからな。価格やメニューもこちらで決め、一定の売り上げまで届かない時は保証金も支払っている。カレー屋の屋台と店は俺が全てオーナーだな。カレーに関してはこの世界に広めるため利益が出ないが他で儲けているからな」
「蒸留酒や日本酒に水あめといった物も王都や海外へ輸出していますのよ。最近ではそれ目当てにこの辺境まで足を延ばしてくれる商人や貴族も増えましたわ」
「あ、あの、それでしたら魔道列車をグンマー領まで引いた方が宜しかったのではありませんか?」
「ああ、あれは仕方がないんだよ。この辺りは馬の育成をしているし、隣の町では馬車の生産をしているからな。魔道列車をこの街まで引いたらそれらが一気に廃業するからな。ゆっくりと廃れるのなら対応もできるが急には困ると懇願され、ここまで引くのを諦めたよ。クラウス領までは引いてあったよな」
「はい、お陰で鉄鋼業が盛んになりました。魔道列車の開発に一番喜んだのは父かもしれません」
魔道列車は魔石を動力とした列車でありケンジが考案して十年掛かりで実現させ、流通を飛躍的に進歩させ国王から新たな勲章を受けたほどである。絶界で採れる魔物の魔石を使い運用することが多く、リンクスが定期的に売りに来ることで運行が可能になっている。
「喜んで貰えているのなら良かったよ。他の領地では馬車が売れなくなったと耳にするし、馬の生産者からは文句を言われるからな……」
「文句といえば鎧男の姿がないが……事故現場に忘れてきたかの?」
ニッケラの馬車の御者をしていた鎧男の事を思い出し口にする大賢者ナシリス。
「彼には事情聴取がありましたので残って説明させ、本日は反省を込めて一晩牢に閉じ込めるよう警備の方にお願いしてきました。この事や酒場での事にカレーの屋台での事、深く謝罪させて下さい」
「うむ、ワシは気にしておらんが謝罪は受けよう。だから気にすることはないからの」
「ありがとうございます……」
「ほれ、顔を上げて果物でも食べよ。ラフォーレの嬢ちゃんも食べるといい」
孫を可愛がるような優しい笑みを浮かべるナシリスに微笑みを浮かべるニッケラとラフォーレ。ケンジだけはマンイーターの果実なんだよなとカットされた果実を見て引き、キララやラフテラは気にせず口に運び表情を蕩けさせている。
「ふわぁ~甘くて美味しいです」
「これも絶界で採れる果実なのですね。とても美味しいです」
頬に手を当て美味しさを表現するラフォーレ。爽やかな香りと甘みにうっとりとした表情を浮かべるニッケラ。
メイドのカレンは生唾を飲みそれを見つめ、「カレンも食べて見て下さい」とニッケラに勧められ、一生ニッケラについて行くとこの場で心に誓うのであった。
一方リンクスはラフィーラとメリッサ、更には執事のポールと多くの警備兵の前で屈伸をしている。
「病み上がりですので無理しないで下さいね」
「ええ、わかっているわよ。でも、リンクスさまと戦えるのは今日ぐらいでしょうし、全力でお願い致しますわ!」
闘志を燃やすラフィーラはリンクスからの言葉に頷きながらも、お姫様抱っこされた状況が頭に浮かびそれを払いのけるよう首を左右に振る。
「致命傷となりそうな一撃が入った時点で終了ですので、追撃はなしにして下さい。他にも目を狙った攻撃なども禁止です」
ポールからの言葉に軽く頭を下げ肯定するリンクス。ラフィーラも左右に振っていた頭を制止させ頷きショートソードを構える。
「魔導師として戦って下さるのかしら?」
「えっと、折角ですから翡翠棍も使いましょうか」
そう言って指輪の収納から一メートルほどの長さの青いラインの入った杖を取り出すリンクス。
「ほう、それがメリッサのいっていた武器ですか……水龍の鱗を使っているのでしょうか? 魔石も埋め込まれていますが……」
「水龍の鱗を棒状に加工して水虎の魔石を埋め込んだ棍棒兼杖ですね。ティネントさんに作ってもらいました」
「水龍に水虎……どちらも伝説に出てくるような生物なのですが……」
「ち、ちなみにその翡翠棍は凄く強力な魔法が放てるとか、刃が飛び出すとかあるのでしょうか?」
翡翠棍に使われている素材を聞き、顔を引き攣らせるラフィーラからの質問に魔力を通して答えるリンクス。
「水の刃は無理ですね。水だけでは刃として使うには無理がありますから。でも、こうやって魔力を通して覇っ!」
明後日の方へ向き兵士たちがいない場所へと翡翠棍を振り下ろすリンクス。衝撃波が走りその先を凍った半円状の刃が放出され三十メートルほど先で転がり停止する。
「氷の刃なら出せますよ。ああ、でも、これは危険過ぎるので使いませんね」
「そそそ、そうして下さい……生きた心地がしませんわ……」
自身に向けられるかと思っていたラフィーラは使用しないと確約を取り安堵する。
「あの技は見せかけだけで耐久力が弱く切ることができないんですよね……どうせ飛ばすにしても初速が早い水球か重さのある氷球の方が扱いやすいですね。まあ、アーマードベアを相手にする時は水球一択ですけど……」
「何故ですの? 氷の塊や刃ならアーマードベアにダメージが入ると思いますが……」
「アーマードベアは打たれ強いですから。それに今のように半月上の氷を打っても掴まれて投げ返されますし、水球なら口を塞いで窒息させられますので水球の方が使い勝手が良いんですよ」
アーマードベアとの戦いを思い出し顔を引き攣らせながらもショートソードを握る手に力を籠めるラフィーラなのであった。
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