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水遊日和  作者:
第一章 塩を買いに街へ
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簡単な検証と領主への報告



 ティネントと共に薪も拾い終える頃になると気を失っていた警備隊たちも意識を取り戻し、貴族令嬢が事故に遭ったと急いで報告に戻り、更には貴族に馬車をぶつけられた薪運を運んでいた男は土下座の姿勢を取り、一番の原因である御者をしていた鎧の男は大賢者ナシリスが回復魔法を掛け終わっても目を覚まさずに寝息を立てている。


「こちらが悪かったのですから頭を上げて下さい」


「いえ、本当に申し訳ありません。こちらが減速していれば防げたかもしれません。何とぞご容赦を」


「これ、そのぐらいにしなさい。お嬢さんが困っておるからの。馬車の倒れた状況から見て合流の際にお嬢さんの馬車が強引に前に入ったのだろう。その証拠に、ほれ、西側に続く石畳には擦った跡があるからの。雨上がりということもあって滑りそこへお主の馬車が衝突したのだろう」


 現場に残る馬車のスリップ跡を指差す大賢者ナシリス。薪を運んでいた馬車の男も顔を上げ頷き、警備隊たちも頷く。


「馬車を出して実況見分してもよいがどうするかの?」


「倒れていた状況や馬車の傷跡からしても自分も同じ意見です。大賢者ナシリスさまがおられて幸運でした……」


 この場を仕切る警備兵の意見は尤もで貴族絡みの事故は相手側に取って不利になる事が多く、大賢者ナシリスが治療したこともあり馬車の破損と一頭の馬を失うだけで済んだのは不幸中の幸いだろう。


「こちらで馬車の手配もしておりますのでもう少しだけお待ち下さい」


「うむ、それは良いのだがリンクスは何をしておるのかの?」


 薪を拾い終えたリンクスはひとり交差点近くを流れる小さな川を覗き込むように見つめている。


「ん? ああ、小さな川だけど魚がいたので……早く帰って疑似餌を試してみたいなと……」


「そうですね。私も早く帰ってカレーの研究をしなくてはなりませんし、水あめを使った料理などもしなくてはですね」


 マイペースな考えの二人に呆れる大賢者ナシリス。だが、その言葉で笑い出すニッケラ。


「ふふふ、何だか気持ちが落ち着きました。リンクスさま、ティネントさま、お気遣いありがとうございます」


 事故を起こし焦っていた気持ちが二人の天然発言にリラックスできたと頭を下げて感謝するニッケラ。リンクスとティネントは二人揃って首を傾げメイドのセレンも肩を揺らし、警備たちも笑い声を上げる。


「『水遊び』の噂は耳にしていたがやはり大物だったな。あのような事故に遭遇しても自分を貫くとは、ガアハハハハ」


 馬車を連れ現れたヒゲの警備が大きな声で笑い現場にいる警備たちは一斉に敬礼の姿勢を取る。


「これはまた懐かしい顔だの」


「はい、ご無沙汰しております。お嬢さん方はこの馬車で領主館へ御向かい下さい。お前たちは調書を頼むぞ」


「はっ!」


 御者席から降りて大賢者ナシリスに頭を下げる男は警備隊のトップであり、ナシリスとも顔なじみなのか数度言葉を交わし、ニッケラは薪を馬車で運んでいた男に頭を深く下げ馬車に乗り込み後に続くメイドのセレン。


「ワシらは先に領主館へ向かうからの。お嬢さんの事は頼むからの」


「お任せ下さい。では、失礼します」


「ほれ、いつまでも川を見てないで行くぞ」


 そう口にして杖に跨る大賢者ナシリス。ティネントはその言葉と同時に走り出し、リンクスはこれから領主館までの坂道を走るのかと顔を引き攣らせながらもスタートを切るのであった。






「クゥ~ン」


 幼い金孤たちが甘えた鳴き声を上げる領主館の貴賓室では領主である勇者ケンジがニッケラとセレンの話を聞き、更には大賢者ナシリスに対しての無礼を謝罪したいと報告を受けていた。


「ナシリスに対する謝罪は別にいいとしても大変だったね。ご両親はクラウス領にいるのだろうから手紙を出して伝えなさい。確かこっちに家があったはずだね?」


「はい、貴族街に……それと学園の編入手続きをお願いしたく……」


「ああ、それも俺がしておくから今日はゆっくり休むといい。馬車の修理もさせるから心配しなくていいが……リンクスがいるとどうしてこうも問題に出くわすかね……」


 ソファーの一角で幼い金孤たちに囲まれるリンクスへとジト目を送るケンジ。その横ではティネントが星やハートの形をしたクッキーを口にし、大賢者ナシリスは日本酒を飲みつまみにビーフジャーキーを口にする。


「俺のせいですかね?」


「お前だけじゃないな……」


「私は大人しくしておりましたが?」


 ジト目を向けるケンジに不満顔を向けるティネント。


「街中でお前が殺気を放ったのはここからでも分かったからな。お前の殺気は生物の存続に関わるような迫力があるから街中で使うなよ……まあ、ネズミが逃げ出したなんて報告も上がっているから害だけじゃないが……それを止めるのがナシリスの役目だろ……はぁ……」


 大きなため息を吐きながらニッケラから受け取った転校手続きするケンジ。


「ニッケラ、今日は家に泊まって行きなさい。学園に通うのなら歳の近いラフィーラを紹介するわ」


 ケンジの妻であるラフテラの言葉に目を輝かせるニッケラ。ラフィーラの活躍は国中に広がっており同世代からしたら憧れの存在であり、その噂を耳にしたニッケラの両親がグンマー領の学園へと転校を進めたのである。

 更にはこの街独自の食文化や貴族としての繋がりが持てればという打算もあるが、人脈を広げるのは貴族に取って生命線と呼べるものであるため、あの事故である意味得をしたのかもしれない。


「体調の方はどうですか? 一応は風邪薬を持たせましたが」


 リンクスの言葉に目を細めて口を開くケンジ。


「リンクスが持たせた瓶は確実に風邪薬ではなかったからな。すぐに体調が良くなったが、世界樹の果実を風邪薬って……俺が住んでいた国ではミカンの缶詰をそう呼ぶ奴もいたが……リンクスに常識をもっと教えてやれよな……はぁ……」


 大きなため息を吐きながら大賢者ナシリスとティネントに視線を向けるケンジ。世界樹の果実と呼ばれるおとぎ話で出てくるような話題に目を丸くするニッケラとメイドのセレン。


「家ではそれが風邪薬だったかの」


「そうです。アレが一番効きますし、風邪以外にも効果があります」


「そりゃ、そうだろなっ! 風邪どころか世界樹の果実は四肢が損壊しても再生させるからなっ! その常識を直す所から始めないとかよ……はぁ……お前たちには助かりもするが心労が溜まって疲れるよ……はぁ……」


 席を立ち大声で注意するケンジは溜息を吐きながら座り三名の常識の無さに呆れ顔を浮かべ、そんなリンクスにクッキーの型抜きを手伝ったラフォーレは声を掛ける。


「美味しいです?」


「ん? ああ、美味しいよ。形も綺麗だし、上に乗っているドライフルーツやナッツも美味しいな。持って帰れるのなら欲しいぐらいだよ」


 リンクスの言葉にパッと笑顔になるラフォーレ。幼い金孤たちもあ~んしながらクッキーを待ち、手にした一枚を入れてやると尻尾を一斉に揺らす。


「ここでの生活を体験すると森に帰りたくなくなるわねぇ」


「流石にそこまで迷惑は掛けられないからな。で、砂糖は買えたのか?」


 キララに釘を刺し、リンクスへと詰め寄るライセン。砂糖の購入を確かめ自身の身の安全を確保したいのだろう。


「はい、きっちり購入してきましたよ。ああ、それに水あめと酒も購入しました。水あめは購入制限があったので後で分けますね」


「そうか、そうか。それならいいんだ。これでしばらくは女たちが大人しくなるな……はぁ……良かった……」


 心底ホッとするライセン。ソファーに座りながら砂糖の購入の話題を聞いて笑みを浮かべるキララ。


「うむうむ、色々とあったが明日には絶界へ帰れそうだの」


 大賢者ナシリスの言葉に口をあんぐりと開けるニッケラとメイドのセレンなのであった。







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 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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