騎士再びとさすまた
「どれも美味しかったですね」
「うむ、唐辛子のマークが3つまでは美味かったの。それ以上になると美味さよりも辛さがの……」
「カレーも真っ赤でしたね……」
屋根のある休憩スペースに買ってきたカレーを並べ口にしていたリンクスと大賢者ナシリスは食べ比べをしながら昼食を楽しんだ。途中、乳母車のような移動式のドリンク売りが現れナシリスは果物で割った酒をリンクスは果実水を注文し喉を潤した。
そんな二人を尻目に黙々とカレーを食してはメモを取るティネント。店ごとに評価を付け使っている素材や香辛料をまとめ基礎となるカレーの作り方を考えているのだろう。
「結局全部食べましたね……」
「うむ、十五軒もの屋台料理を食べるとは恐れ入るわい……」
「どれも美味しく感じましたが唐辛子8個のカレーは人を選びそうですね。ですが、その辛さも病みつきになるのでしょう。口に入れたときの痛みなどもありますが食べ終えると達成感がありましたし、付いてくるパンの甘さが心地よく感じました。アレは一種の麻薬かもしれません……」
すべてのカレーを食べ終えたティネントは満足げにそう語り、リンクスは使用した食器をトレーに乗せ休憩所に併設されている食器を片付ける専用の窓口に向かう。
「お願いします」
「はい、見ない顔だね。カレーは口に合ったかい?」
「とても美味しかったです。でも、辛いのは無理でした」
「あはははは、あれはマニア向けだからね。普通に食べるには辛さ4までだよ。それにしてもいっぱい食べたね」
ティネントが全ての屋台をまわったことで返却するカップが二十近くもあり驚く返却窓口の職員。
「仲間がいっぱい食べたので……」
ティネントがカレーを分析するために多く食べたとはいえず言葉を濁すリンクス。
「気に入ってくれたのなら良かったよ。季節が変わればまた違う具材のカレーの屋台になるからね。また足を運んでおくれ。
そうそう、もうすぐ貴族さまや騎士さまがお忍びで来る時間になるから注意しな。近隣の貴族や王都の貴族たちがお忍びでカレーの屋台目当てにこの街を訪れることがあるからね。列に並んでくれる貴族は良いがマナーを知らない貴族とかはその場で剣を抜く輩もいるから早く帰った方が、」
「貴様! 貴様は酒屋であった無礼なメイドではないかっ!?」
食器返却口の職員からの助言を受けていると大きな叫び声が上がり振り返るリンクス。そこにはドワーフの酒屋でティネントが力任せに頭部鎧を変形し気を失った男爵家に仕えていると自称していた騎士の姿があった。全身甲冑を着ていたが今では中年のゴツイ顔をさらけ出しティネントに向かい抗議の声を上げているが、顔を出している為かティネントは首を傾げている。
「起きたらゴミ捨て場に放置され男爵様に賜った兜のバイザー部分がひしゃげ脱ぐこともできず……貴様っ! 何を欠伸している!」
カレーを十五杯も食べお腹がいっぱいになったティネントが口元を隠し欠伸をしたことに腹を立てる騎士。そうでなくとも主人から与えられた頭部鎧を壊され怒っている所で欠伸をすれば更に激高するのは仕方のない事だろう。
「まあ、そう怒ることもあるまい。酒屋での出来事はお前が明らかに悪いのだからな」
「老いぼれは黙っ……大賢者ナシリスさま!?」
大きな声を上げ驚く自称男爵仕えの騎士。更にその驚きの声には後ろにいる男女三名の者たちも同じように大賢者ナシリスと叫びを上げ、慌てて一人の若い女性が頭を下げる。
「し、知らぬ事とはいえ、私の騎士が申し訳ありません……私はここより二つ隣の町を治めるクラウス家の次女で、ニッケラ・ドン・クラウスです。どうか私の首ひとつで済ませていただければ……」
深く頭を下げる少女に大賢者ナシリスは笑いながら口を開く。
「構わん、構わん、ワシなど老いぼれに過ぎぬ。それよりもカレーを食べるのなら席を譲ろう。カレーを手にしたまま頭を下げていては折角のカレーが冷めてしまうからの」
そう口にして席を立つ大賢者ナシリスに再度深々と頭を下げるニッケラとメイド。騎士は主の娘が頭を下げたことに困惑しているが遅れて頭を下げ手にしていたカレーを落としそうになるが堪え、頭を上げる。
「ほら、ティネントさんも行きますよ」
リンクスがカップを返却し終え椅子から立ち上がらないティネントに手を差し伸べると笑顔でその手を取り立ち上がり、今までの事を忘れたかのようなご機嫌な態度でリンクスの手を取って歩みを進める。
「ふふふ、息子に手を取られ歩くのも悪い気がしませんね」
「いや、そこはすぐに話して欲しいのですが……」
「恥ずかしがることもないでしょう。私が母でリンクスは息子なのです。ふふふ~」
ご機嫌なティネントが手を放さず歩みを進め大賢者ナシリスも後に続き、それを見送るニッケラたち。若干顔色が悪いのは騎士から色々と話を聞き、相手が報告とは違い大賢者ナシリスになったことで頭痛を覚えたのだろう。
「食べ終えたら領主さまの下へ向かい謝罪しなくてはですね……」
頭を上げジト目を向けながら冷たい口調で騎士に言い放つニッケラ。騎士は顔を青ざめながらカレーを持つ手を震わせるのであった。
西の向上エリアを北へと進み時折装飾された馬車とすれ違い本当に貴族がカレーの屋台に通っているのだなという感想を持ちながら北の高級住宅街へと入ると街並みは明らかに変わり、家々の間隔が広く鉄格子状の壁の奥には広い庭が広がり如何にも豪邸といった造りになっており豪商や貴族の別荘が建ち並んでいる。
「これらの家は王都の貴族たちがケンジが作る料理などに魅了され移り住んだと聞いたが……」
「入口を警備する者たちもいますし、それなりの人数が住んでいそうですね」
「警備たちの詰所もあるみたいですよ。あっちには服装の違う警備隊もいますし……武器も持っていますね」
リンクスの視線の先には鎧でなはく自衛隊の迷彩服のような姿をし、さすまたとよばれるUの字型をした槍を持った二人が歩く姿を目撃する。
「変わった武器ですね……魔剣のような武器ではなさそうですが……」
「あれはさすまたと呼ばれる槍のような武器じゃの。相手を拘束するための形をしており剣などを持っておっても安全な位置から取り押さえることができると前にケンジから聞いたの」
「敵を拘束させるための武器とは凄いですね」
「うむ、ワシのような魔法が使えるものにはバインドという拘束魔法を使えば済むが、アレはセンスが必要じゃからの。武器でそれができるなら誰でも使えて便利だの」
「ですが、少し平和ボケしている気がしますね。相手を無力化するのであれば意識を奪う方が手っ取り早いと思いますし、あの武器では殺傷能力がほぼありません。いざという時に困りそうですね……」
「うむ、それの為の二人一組だの。ひとりがさすまたで押さえ、もうひとりが腰にしている警棒と呼ばれる武器で相手を殴り戦意を削ぎ手錠と呼ばれる拘束具で捕縛するからの。それに首から下げた笛で巡回する警備を呼ぶこともできるからの。よく考えられておる」
「重い鎧を着ていないからそれだけ早く駆けつけられそうです」
「なるほど、ケンジなりに考えているのですね。笛の音です」
静かだった貴族街に笛の音が木霊し発生源だろう場所へと走り去る警備兵。リンクスたちが進む先から聞こえた事もあり野次馬根性で走り出すティネント。まだ手を繋いでいた事もあり引っ張られるようにリンクスも走り、大賢者ナシリスは杖を取り出して空を駆けるのであった。
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