豪雨とカレー
「これ程のドライフルーツは初めて食べたにゃ! 私が店長なら仕入れたいぐらいにゃ!」
雨宿りをしながら猫耳店主が入れたお茶を飲みながらティネントが作ったドライフルーツを口にする一行。
絶界で採れる果物はどれも甘く芳純な香りが特徴で美味なのだが、魔物すらも捕食する食虫植物のような木々に実を付ける。いま摘まんでいるドライフルーツもレーズンのようなものとマンゴーのような見た目なのだが魔物化した植物の実をカットして天日で干したものであり、どちらも討伐ランクがAを越える狂暴な魔物である。
「うむ、この茶とも良く合って美味しいの」
「食べるとまた次が食べたくなるのにゃ」
大賢者ナシリスと猫耳店員がひょいパクと次々に口に入れてはお茶で流し、リンクスはひとり雨粒が叩きつけられる窓を見つめていた。
「先ほどよりも雨が弱まってきましたね」
「この時期の雨はすぐに通り過ぎるのにゃ~」
「あむ……甘みも香りも十分に引き出されています。やはりマンイーターの実はドライフルーツに向いていますね」
満足気な表情を浮かべるティネント。だが、それを聞いた猫耳店員は食べようとしていたドライフルーツを落とし、リンクスも顔を顰める。
「マママ、マンイーターにゃ!? 罠を張り人やドラゴンも蔓で絡め取り捕食する。あのマンイーターにゃ!?」
目を見開き叫ぶ猫耳店員。
「ええ、ドラゴンといってもレッサーと付くドラゴンですね。走竜やワイバーンなどを捕食することがありますが、狼や猪の方が多いと思いますよ」
さも当たり前に口にする言葉に口をあんぐりと開け固まる猫耳店員。
「ついこの前にもリンクスが食われそうになっておったの」
大賢者ナシリスは笑いながら話しティネントも口元を押さえて肩を揺らす。
「マンイーターの気配を感じて慎重に行動していたけどペプラが驚かせてきたから……壺のような消化器官に入れられたときは死ぬかと思ったよ……」
「ペプラが自慢げにリンクスを助けたといっておったが……ぷっ! ペプラが驚かし蔦の踏ませたのかの」
マンイーターとはウツボカズラのような見た目をした食虫植物で人間がニ、三人入れるほどの大きさの消化袋を持ち、厄介な事に巨大な消化袋は木々に擬態させている。
長い触手を地面に這わせそれを踏んだ虫や獣を絡め捕るように消化壺へと運ぶのである。マンイーターがいるところには甘い香りが立ち込め、香りを知るものは注意して蔦を踏まないようにするが、ペプラに驚かされたリンクスは足を滑らせその蔦を踏み巻き取られ消化袋へと直行したのである。
「無我夢中で抵抗したっけ……無駄に消化液の中は甘い香りだったな……」
「無駄ではありません。それも植物の生きる知恵でしょう」
「うむ、魔物化した植物は知恵を付けるからの。いや、この場合は進化か? どちらにしても気を付けておれば対処できるがの」
「対処できるのは一部の強者ぐらいなのにゃ……」
固まっていた猫耳店員がリンクスへ向け優しい目を向け、リンクスは窓の方へと視線を向ける。
「おっ、屋台を動かし始めましたよ。再開するのかも」
窓から見える道を挟んだ向かいでは豪雨から一時的に避難していた屋台が元の位置へと運ばれ、休憩所で避難していたものたちも仕事へと戻るのか移動を開始する。
「カレーを食べに行くのなら辛さに注意にゃ。看板に唐辛子という赤い実の絵がいっぱいあるほど辛いのにゃ。注意しないと激辛を食べて大変な目に合うのにゃ」
一同が席を立つと猫耳店員が助言を告げ「参考にさせていただきます」と微笑みながら口にするティネント。
リンクスも頭を下げて店を出ると光が差し込む空には虹が掛かり先ほどの豪雨が嘘のように青空が広がる。石畳の道は水気を帯びて光を乱反射させ、並ぶ屋台にはまばらな人影がある程度で殆どの客はもう仕事へと戻ったのだろう。
「馬車も先ほどの豪雨であまりおらんの。さっさと渡るぞ」
大賢者ナシリスに促されリンクスも追い掛けるように道を渡り、近づくにつれスパイスの香りが強くなり食欲のそそる香りに胃が動き出す。
「どの屋台にするかの?」
道を渡り切った先では十軒ほどの屋台が並びそのすべてに車輪が付いている。これは勇者ケンジが開発したゴーレムを応用した馬なし馬車で速度はあまり出ないが簡単な操作で使用できる移動式屋台である。完全な貸し出し式になっており専用の免許と登録するば誰にでも貸出できるがカレーの基本的な作り方は極秘事項となっており、許可なくカレーを販売することを禁じている。
味を盗もうと商人や貴族たちから圧力が掛かることもあるが衛兵が屋台近くに待機し、すぐにでも領主館へ魔法で知らせることができる仕組みを取り入れている。フットワークの軽いケンジが知らせの度に飛んでくることもあり悪質なものは起きていないのが現状である。
「どの屋台ではなくすべての屋台です。私なら数回も食べれば再現できると自負しておりますから」
そう口にしたティネントは若干ドヤ顔を浮かべるが、目の前の屋台の主人の男が笑い声を上げる。
「あははは、そいつはスゲーや! もし味がアンタの舌で再現できるのならやってみたらいい! カレーには多くのスパイスを使いベースになる味を作っているからな! 泣きついてきてもカレーのレシピはこの街の極秘事項! 教えることはできないからな!」
「それは楽しみです。この屋台の辛さは二ですか……ひとつ頂けますか?」
「おう、うちのカレーは鳥を使ったカレーだ。辛さは控えめで子供でも食べられるからな。ああ、そうそう、この屋台軍は北へ行くほど辛くなるからな。参考にするといい」
「これはご丁寧にありがとうございます」
屋台にはメニューが絵付きで書かれており、メニューにはメインとして使っている鳥の絵とカレーの量に料金。更には付いてくるパンの種類が書かれている。パンだけの購入もでき店ごとにカレーに合うパンを提供しているのだろう。
「一人前銀貨一枚だ」
そう言いながら用意する店主。大鍋にお玉を入れ器にカレーを注ぎ入れ、手持ちの付いたカップの上にはナンのような薄いパンを乗せスプーンを付けて提供する。
「面白い料理ですね。このスープ上のものがカレーなのですね」
「ああ、ここらで一番美味いカレーだよ。あんたらは食べなくていいのかい? って、大賢者さま!?」
リンクスが銀貨を支払おうと銀貨を差し出すが大賢者ナシリスに気が付いた屋台の男は目を見開き固まり、仕方なしにリンクスは銀貨をわかりやすいよう目の前に置く。
「サックリとした薄いパンに付けて……ふふ、美味しいですね。一口だけではどのスパイスが使ってあるか理解できませんが適度な刺激が後引く味です。それに鳥の旨味も十分引き出されていますね……骨を使った出汁を使い、赤みは唐辛子だけではなくトマトも使っていますね。パプリカの粉も入れているのでしょうか?
奥にはニンニクと生姜にコリアンダー……他にも数種のスパイス……甘みもありますので果物? いえ、玉ねぎ? だけじゃないですね……これは奥が深そうです……」
ぶつぶつと口にしながらナンを付けてカレーを食べるティネント。
「ワシはあっちの屋台にしようかの。リンクスはどうするかの?」
「そうだな……辛いのは苦手だからあっちにします」
集中して食べるティネントを放置して大賢者ナシリスは更に北側の辛いカレーを目指し進み、リンクスは南の屋台へと足を運ぶのであった。
もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。




