領主館では
「豪雨ですね……」
店のドアを開けるとバケツをひっくり返したような雨が降り、先ほどまでは賑わっていた屋台は屋根のある休憩所付近に避難し客足はほぼほぼない状態へと変わり、雷が空をにぎわし始める。
「この店のドアや窓が二重扉で気が付かなかったのかの」
「雨音もしませんでしたね……どうします?」
「どうもないでしょう。領主館に帰りましょう……はぁ……今日はついてないですね」
大きなため息を吐くティネント。そんな肩を落としたティネントに店主の猫耳店員が声を掛ける。
「暇があるのでしたら雨が上がるまでお茶でもしませんかにゃ? これからお得意様になるお客さまなら媚びておいて損はないにゃ」
レジから出てそう声を掛け尻尾をゆっくりと左右に振る猫耳店員に三名が振り返り、微笑むティネントはゆっくりと頷くのであった。
一方、領主館の一角ではササーリが小麦粉を混ぜそれを真剣に見つめるキラリと尻尾を振って見つめる幼い金孤たち。ラフォーレも金孤たちに囲まれ真剣に見つめ出番を待っている。
「ふふ、ラフォーレがあんなにも面倒見が良いとは思わなかったわ」
「妻共々迷惑を掛けてすまない……」
「いえ、良いのよ。ここでの暮らしは退屈することが多いもの。まあ、王都での窮屈で灰汁が強い生活よりは遥かにマシだけどね。ラフォーレに友達ができた事も嬉しいわ」
ラフォーレの母であるラフテラは王家御用達の商人の娘で、爵位を貰いこの地を受け取ったケンジが街を作る際に協力したひとりであり、貴族の娘たちとの親交もあってかその手の情報と政治に強くケンジをフォローしながら愛を育み婚約する。世間では裏でケンジを操りこの街の発展に尽くしていると思われているが、今は鬱陶しかった貴族社会でのゴタゴタが遠のいた地でゆっくりとした生活を楽しんでいるひとりである。
「奥様、先ほどリンクスさまから頂いた薬を飲み熱が下がったとメリッサから報告がありました」
音もなく現れたポールの言葉に微笑みで応えるラフテラ。ライセンは急に現れたポールの声に驚くが危険がないと理解しているのかその事に言及することはなく幼い金孤たちへと視線を向ける。
「倒れたと聞いた時は驚きましたが、またリンクスさまに借りを作ってしまいましたね……」
「風邪薬も甘く煮た世界樹の火事だとか……もし、アレが売りにでも出されたら街が買えると領主さまが仰っておりましたが……」
「そうよね……世界樹の果実なんて伝説の中の物だと思っていたけど、昨夜はそのお酒を飲んで若返ったものね……」
目を細めポールへ視線を向けるラフテラ。女性からしたら喉から手が出てほど欲しい若返りといった効果のある酒を飲んだケンジとポール。その事実を知られていることに額から冷たい汗が流れる。
「領主さまが伝えたのですか?」
「ええ、嬉しそうに言うものだから嫉妬してしまったわ。鑑定を久々に使って体力が落ちたと嘆いたかと思ったら、二歳も若返り魔力量は増えていたそうよ」
「………………そ、その様な事があったのですね……では、私は仕事に戻りますので失礼します」
逃げるように退出するポール。ラフテラは視線をライセンへと移すが既に姿はなく、幼い金孤とラフォーレへと向ける。
「こうやって混ぜて少し寝かせたら型抜きをします。ドライフルーツなどを混ぜても美味しく焼けますからね」
「型抜きは得意です! 私がみんなの為にいっぱい型抜きしますね!」
「クゥ~クゥ~」
一斉に鳴き始める幼い金孤たち。自分たちも型抜きがしたいと叫んでいるのかもしれないが手の形状が明らかに獣なため、それは叶わないだろう。
「もう少し大きくなって人化の魔術ができるようになったらクッキーを一緒に作りましょうね。その時はラフォーレちゃんたちにもお裾分けしましょうか」
「クゥークゥー」
尻尾を振り鳴き声を上げる喜びの声を現す幼い金孤たち。ラフォーレも笑顔で喜び和やかな雰囲気に包まれる。
「この雨ではリンクスたちも早く帰ってくるかもしれんな」
ひとり窓辺で豪雨を見つめるライセン。稲光が走る空は暗く雷の音にラフォーレがビクリと体を震わせ、それと同時に幼い金孤たちも尻尾を膨らませて驚き更にラフォーレに密着する。
「あらあら、みんな雷が怖いのねぇ。私がみんなを守るから安心しなさいねぇ~」
そう口にしてソファーで密着する毛塊りを抱き締めるキララ。
「私もいるからね~」
ソファーの後ろから抱き締めるラフテラ。普段なら懐いていないラフテラに気を許すことはないが、ラフォーレに抱き付き更には母であるキララが腕をまわしている安心感と、雷の音という非常時が重なりすんなりと腕をまわしても逃げ出さない幼い金孤たち。
「ラフォーレがいうように本当にフワフワとした感触で素敵ね。癖になるかもしれないわ」
「ううう、こんなに集まると暑いです。でも、みんな仲良しで嬉しいです」
「クゥクゥ」
ラフォーレと共に鳴き声を上げホッコリした気持ちで見つめるライセン。自身も抱き付きに行こうか迷いながらもノックの音で視線を向けると勇者ケンジの姿があり、毛だまりになる妻と娘に金孤たちの姿に目をパチパチとさせ状況に戸惑い、窓辺にいるライセンの元へと足を向ける。
「えっと、これは?」
「雷を怖がった子供たちに妻が抱き付き、ラフテラも抱き付いた結果だな。絶界でも雷の音で子供たちが怖がるとああして塊りになって落ち着かせているからな」
「絶界に住む猛者でも雷を怖がるとは驚きだが、家族を守るのは一緒だな」
「ああ、健やかに暮らせるよう子供たちを守る……それは人でも魔物でも変わらんだろう……北の魔王がそうであったようにな……」
「そうだな……」
男二人で話しているとノックの音が新たに聞こえポールと共に中へと入るラフィーラ。顔色も元へと戻り熱などもなさそうで、報告を受けていたケンジは足を進め笑顔で迎い入れる。
「もう熱はなさそうだな。だるさや疲れは取れたかい?」
「はい、ご心配をかけて申し訳ありません……リンクスさまから頂いた風邪薬を食べさせていただいたらすっかり楽になって……アレってかなり高価なものですよね?」
「かなりというか非常に高価なものだな。いや、非常識にか……」
「絶界でも世界樹の果実はエルフが守る秘宝だからな。本来であれば世界樹の果実が人の手に渡る事などないが、ティネントさまには世界樹の方から献上に来る。ティネントさまとリンクスに感謝することだ」
若干ドヤ顔をするライセンだったが子供たちを後ろから抱き締めていたラフテラがゆっくりと顔を上げ「世界樹の果実……」と呟くと、勇者ケンジは身を震わせドアの近くに待機していたポールは娘のメリッサに後を頼み部屋を出る。
「感謝はもちろんです。ですが、あの、腕の古傷や筋肉痛なども治ってしまったのですが……」
「世界樹の果実だからな。それを酒にすれば若返る事も可能と言われている。エルフの中でも地位の高いものはそれを飲み永遠の命を手にしていると聞くが……」
ライセンの説明に目を丸くするラフィーラ。その横ではこれ以上口にしないでくれと願うケンジ。ソファーからはダークなオーラが漏れるなか手を止めずに更なるクッキー生地を捏ねるササーリ。
「クゥ~」
いつの間にか逃げ出した一匹の金孤がライセンの足にしがみ付き、抱き上げられ傍にいるラフィーラをじっと見つめ尻尾を振り甘えた声を上げるのであった。
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