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水遊日和  作者:
第一章 塩を買いに街へ
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カレーの香りと水あめ



 着地したのはどこぞの屋上で塔のような施設は見晴らしがよく辺りをキョロキョロと見渡すリンクス。飛び上がると分かっていても多少は慌て詳しく見ようとしなかった事もあり、改めてこの街は碁盤の目のように作りが分かりやすくなっていた。


「この街並みは綺麗だが雨が降って来たの」


「水あめの店は西と言っていましたからあちらですね」


 ティネントが指差す方へ視線を向けると建物はどれも大きく家とは違う形をしておりその間を馬車ではない乗り物が動き何やら運んでいる。煙突の数も多く近くの道沿いには馬車を引く商人だろう姿も目に入り、複数の屋台が店を出し昼時と重なっているためか並ぶ人影も目に入る。


「あっちにも屋台が出ているの」


「お目当ての屋台だとよいのですが……」


「目当てというとカレーというスパイス料理ですか?」


 まだ襟首を掴まれている事もあり隣に視線を向けるリンクス。


「ええ、雑貨屋のエルフが美味しいと進めていましたので気になりました。昼食はカレーで構いませんね?」


「ワシは構わんが美味い料理なのだろうな?」


「さあ、美味しいといっていたはずです。不味かったら雑貨屋へ乗り込めば良いだけのこと……行きますよ」


 何度かカレーを食べているリンクスは入る店のカレーが美味しいことを祈りながら襟を起点に飛び上がりティネントに運ばれ着地に備える。大賢者ナシリスは杖に跨りその後を追う。


 着地した先では子供の手を引く一家の姿があり、すぐ横に着地するメイド服と冒険者風の男に空から杖に跨り下りて来る初老の男を目撃し口を半開きにして固まる。


「驚かせたようですまぬの。この辺りに水あめを売っている店はあるかの?」


「え、あ、はい、水あめでしたらこの道沿いで多く扱っています」


「あそこに見える店にも売っていると思います……あの、もしかして大賢者ナシリスさまですか?」


 夫婦が恐る恐る尋ねるとナシリスは静かに頷きながら「うむ、そうじゃの。教えてくれて感謝するぞ」と声を残し慌てて頭を下げ、ポカンとする少年。


「驚かせてしまい申し訳ありませんでした」


 そう声を掛けリンクスも頭を下げ教えてもらった店へと足を進めるティネント。まだ後ろ襟を持たれている事もあってか頭を下げたままズルズルと後退するリンクスにポカンとしていた少年は笑い出し、その後を追うナシリス。


「大賢者さまがこの街にきているという噂を聞いてたけど……」


「本当だったな……」


「大賢者さま? おとぎ話の勇者と一緒に魔王を倒した?」


「ええ、そうよ。多くの魔法を使い氷の魔物を倒し、勇者と共に北の魔王を討伐した凄い人よ」


「そ、そんな人に道を教える日が来るとは思わなかったよ……この辺りの警備兵をしていて良かった……」


 男はこの辺りを警備する兵士で息子に水あめを買いに来た帰りに偶然リンクスたちと出くわしただけである。


「貴重な体験だったわね……」


「ああ、普段は声を掛けるのにも勇気がいる存在だからな……」


 大賢者ナシリスとの出会いを光栄に思いながらも心底ホッとする二人。幼い少年は後ろ向きに引きずられるリンクスに手を振りたいが、両手が塞がっている事もあり笑顔で見送るのであった。






「香辛料の匂いがしますね」


「あっちの屋台からかの?」


「それよりも、そろそろ手を放してくれませんか?」


 引きずられ進むことに首の苦しさを覚え始めたリンクス。ティネントはすっかり忘れていたのかパッと手を放し慌ててバランスを取り姿勢を保ち転倒を免れながら前を向く。


 道幅が広く取られ程も広いこの道沿いには屋台が並び香辛料の匂いが流れ、多くの人々は反対車線にある屋根のある休憩スペースでカレーを口にしている。

 この辺りには水あめ工場などの大きな工場が集まりそこで働く者たちに向け屋台が集まった結果なのだが、カレーの屋台が多く集まるのには理由がありスパイスの問屋や肉の卸問屋などが集まっているからだろう。他にも領主であるケンジがこの道をカレー街道と名付けた事も大きく、この屋台で一番長い列を作るカレー屋には自然と町一番のカレー屋として認知されるのである。


「まだ人が多そうですし先に水あめを買いましょう」


 カレーの匂いに誘われていたが小雨が降り更には多くの人が濡れながらも列を作りカレーを求める姿にティネントが店に入る事を選び、目的地である先ほどの一家が指差した店へと足を踏み入れる。

 店内は甘い香りに包まれ貴族用に販売しているガラス瓶に入れられた色取り取りの水あめや、子供たちが首から下げている小さな水あめの壺に、ひと抱えはありそうな大型のものまであり視線を走らせるティネント。


「いらっしゃいませ~大小さまざまに取り揃えておりますよ~」


 猫耳をピコピコと動かす店員の明るい声に棚に並べられている水あめを見学するリンクスと大賢者ナシリス。ティネントは商品に添えられている説明書きを読みながら一つ一つ丁寧に確認し、なかの容量や果実が入っているものなどを選んで行く。


「買いたいものはこの札を持って行けばよいのですか?」


「はい、その通りです。ですが、一度に購入される限界量もありますのでご注意下さい」


「限界量?」


「はい、どの水あめ屋もそうですが多く購入し他国で勝手に売り捌くことを禁止しております。それを防止する為にもお一人さま大壺ひとつとさせていただいております。大壺はこのサイズになりますね」


 レジ横に飾られてある子供が一人は入れそうな壺へ手の平を添える猫耳店員。


「ならそれを貰いましょう。こっちの小さい壺やガラス入りの水あめの購入は次の機会にしなければダメなのですね?」


「いえ、貴族さま用の水あめに関して購入制限はありません。こちらの小壺はお一人さま三つまで可能です」


「うむ、ならこっちもそれぞれを三つずつ買おうかの」


 レジ前にあるガラスケースに入れられた水あめを指差すナシリスに手揉みしながら「畏まりました~」と声を上げる猫耳店員。ガラスケースには鍵か掛かっており丁寧に開け三つほど取り出す。


「贈答用の箱もありますが如何でしょう?」


「うむ、それでは箱に入れてくれ」


「毎度ありですにゃ~」


 語尾ににゃ~と付けた店員の尻尾はゆらゆらと揺れる。先ほどまでは語尾ににゃ~を付けることはなかったが、高額商品が次々に売れテンションが上がり普段から気を付けていても自然とにゃ~が漏れたのだろう。


「誰かに送るのですか?」


「うむ、ほれ、ラフィーラの嬢ちゃんやメリッサとラフォーレに送れば喜ぶじゃろ」


「それだったらキラリたちにも分けないと文句が出そうですね……」


「こっちの小壺だけ買うことはできますか?」


「壺だけの購入も可能ですにゃ~」


 リンクスの提案にご機嫌な店員は更に尻尾を加速させ、ティネントとナシリスも大壺から分けるのならキラリたち金孤も文句が出ないだろうと頷く。


「合計で金貨2枚と銀貨3枚ですにゃ~」


 ニコニコとしながら手揉みする店員に支払いを済ませ指輪に収納するリンクス。


「これは収納の指輪とは驚いたにゃ!? 貴族さまには見えなかったのにゃ」


「えっと、自分は貴族ではないですよ。ジジイが貴族だったと昨日知りましたが……」


「うむ、男爵だがあってないような爵位だからの。ワシらのことは気にするでない。この水あめも貴族用のは送るが、基本は自分たちで消費するからの」


「そうですかにゃ……今後も御贔屓にして欲しいのにゃ~」


 大壺の大きさから数年は買いに来る必要はないと思うリンクスだが「その時はお願いします」と口にして店を出るのであった。






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